放課後、特に何もやることのないオレは不良に絡まれないように即座に家へ帰宅した。
今日はバイトもない。夕食ができるまで、リビングのソファで寝転んでアイスを頬張りつつ、スマホのアプリゲームをプレイして時間を潰す。
キッチンからまな板をリズムよく叩く包丁の音が聞こえる。もうすでに何か美味しそうな匂いがリビングにも漂っていた。今日の献立は何かな、聞こうかな、できるまで知らない方がいいのかな、なんて考えながらソファをからこっそり身を乗り出し、少しだけ様子を伺ってみようとする、我慢のできないオレ。
夕食の支度をする母さんはいつも通り鼻歌を歌っていた。そして、もう一人エプロン姿で母さんの手伝いをする聖女様がいた。
うん。特に普通だ。
藤丸家の食卓事情として、お隣のジャンヌ三姉妹を家に招いてみんなで食事を取る。
ジャンヌ家の事情とかで、おばさんは夜勤で家を空けることが多く、おじさんはギョロ目でフランスに単身赴任中だったりで、だから世話焼きな母さんが三姉妹を家に招いて食卓をみんなで囲むようになった。
それは昔からずっと続いている。
「こら。お行儀が悪いですよ・・・ほら、ソファにアイスを零しちゃってるじゃないですか」
「うわっ、やべ……」
オレはよほど行儀の悪い恰好でジャンヌを眺めていたのだろう。あざとカワイイ聖女様がエプロン姿だから眺めていたわけじゃなく、今日のお昼休みのことでちょっと心配になってジャンヌを観察していただけだ。
他意はない。
下心もない。
何故なら、あざとカワイイ聖女様のエプロン姿など見飽きて特に普通なのだ。
普通って素晴らしいな、おい。
「うふふふー。そのソファってこの前買い替えたばかりのはずよねー。あーあー、お母さんのお気に入りだったのになー」
「それは大変だ……っ!?」
母さんはのんびりした口調で、だがしかし、オレを咎めた。
藤丸立夏、一生の不覚。端っこの方に落としただけだから、こ、殺されないよな……??
「ジャンヌちゃん、私今手離せないの。ちょっと変わりにバカな息子シバイてきてくれる~?」
「では、喜んでシゴいてきますね♪」
「おい、オレの聞き間違いだよな!?聖女様はそんなこと言わないし、待て早まるな貴様……っ!!」
あざとカワイイ聖女様がウキウキワキワキしながらこっちに来る前に、オレはスタンドアップ・ハリアーップ、ティッシュでこぼれたアイスをふき取って見せた。
そして、インターホンが鳴った。
ピンポーンと。
あ、これは逃げの口実を作れるチャンスだ。
「あーもう、今いいところでしたのに」
「あらあらー、うふふー、誰かしらね~」
「は、母上、姉君、この不詳の息子にお任せあれっ」
今日のあざとカワイイ聖女様は情緒不安定である。まぁ、昼間にあんなこと聞かされちゃ、仕方が無いかと思ってしまうのだが。
とりあえず、モニター越しを確認した。
姿が見えない。イタズラかな。もしくは不審者かもしれない。だから、念のためにモニター越しに尋ねてみた。
「どちらさまですかー?」
「ロジカルです!!」
これじゃ誰だかわからない?伝わらない?いいや、オレには伝わったね。
「少し待ってな」
「はーい♪」
オレは後ろにいるニコニコしている聖女様と般若へ振り返ることもなく、玄関を出て来客を出迎えた。
来客は律義に玄関前で待機していた。小学生がランドセル背負ってお辞儀した。
「こんばんは、トナカイさん」
「こんばんわ。リリィ」
オレをトナカイさんと呼ぶのは、お隣さんちのジャンヌ三姉妹が三女のジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィ。
長女や次女と違ってこの末っ子は普通に可愛い。
時間的に「こんにちは」でもよかった気がするが、それは些細なことだ。気にしないでおこう。
「あ、トナカイさん。アイスキャンデー食べていたんですか?」
「あぁ、グレープ味だ。リリィの分も取ってこようか?」
「夕食まであと少しでしょうし大丈夫です。それより、そのトナカイさんの分をちょこっとください」
「あいよ。」
そう言ってオレのアイスをちまちまと残りを舐め始めた……まっ、いっか。
それで、オレ達は家に入ることなく、玄関前のちょっとしたポーチの所で腰を下ろした。いつものように末っ子のリクエストも兼ねて外でちょっとお話をする。小学生だから高校生な姉二人と違って一緒にいられないからなー。
だから、ちょっとしたこういう時間は貴重なんだぜ。
この時間帯、我が家でジャンヌは大体一階にいるし、オルタは二階のオレの部屋でシレっとPC立ち上げて居座っていたりで、リリィと静かに過ごす時間が家の中では作れない。
あの二人には困ったもので、リリィの隣に座ってお喋りしただけで、「私も」「アタシも」とすぐにかまってちゃんになるから、リリィも作戦を考えたのだろう。「中が駄目なら外!まさにロジカルです!」と意味深な言葉を発して、オレ達が平穏に過ごせるひと時のこの状況を実現させたのだ。
実際、オレは凄く助かってる。三姉妹の喧嘩などの面倒ごとが少なくなったと思う。癒されてもいる。ロりは正義とまでは言わないがな。
しかし、この笑顔は守りたい。
「トナカイさん。アイス、美味しかったです。ごちそうさまでした」
「今度は一緒に食べような」
オレの食べ差しのアイスをあげるのもリリィだけだろう。他には絶対やらない。
長女は論外。次女は「は?アンタの喰い差しとか誰がほしいわけ?キモッ」って言われるのがオチだが、リリィにそれを渡している所に居合わせていたら「は?アンタ、あのガキンチョをちょっと甘やかしすぎなんじゃない?だからソレはアタシが貰うわ!」などと見事なツンデレっぷりを見せて次女VS末っ子のどうでもいい不毛な争いになるのだから、めんどくさいのだ。
「ところで、トナカイさん。今日、学校の音楽の時間で新しい曲を練習してきました。聞いてくれますか?」
「勿論だぜ。なんて、曲?」
「『色彩』って曲です。とてもいい曲なのです」
リリィはランドセルにぶっ刺していたリコーダーを引き抜く。かなり乱暴な表現になってしまったが、大体イメージできるだろう。
リリィはえへへと少し照れながら、深呼吸をして吹き始めた。
ピーヒョロロ……
夕刻に鳴くのはカラスではなく、リリィの奏でる音色だ。
たまに音を外したり詰まることもあり正直下手である。そりゃ今日が初めてだ。でもリリィは一生懸命に吹いてくれた。
それがたまらなく愛おしく見えた。
そして、オレは涙を一粒こぼした。
「ト、トナカイさん……??」
「え、あ……これは、あれだ、目にゴミが入ったからだ。それより、本当に良い曲だな。聞かせてくれて、ありがとな。リリィ」
「は、はい……!!」
危なかった。
オレはバカなのか。ロリコンなのか……子供の前で本気泣きをしかけた。
なんでかはオレもわからない。
疲れているのだろうか……うん。確かにあざとカワイイ聖女様に振り回されて疲れているよ、今日。
そして、パチパチと拍手が聞こえた。
「こ、こんにちは。よかったですよ、今の曲」
「こんにちは。お姉さん、ありがとうございます。ほら、トナカイさんも挨拶してください」
「ど、どうも……」
「ふふっ、たまにお見かけしますが、本当にお二人は仲がいいのですね」
「はい、ロジカルな『家族』ですから♪」
「………」
ここが家の外だから、リコーダーの音色もご近所に響いていたのだ。
家の前をジョギングしているお姉さんにも聞かれていた。
リリィは礼儀正しくお辞儀までしてらっしゃる。長女と次女にも見習わせたいぜ。
そして、ジョギングのお姉さんは遠慮がちに手を振って去っていった。たまに見かけるお姉さんだが、どこかで見たことある顔なんだよな、これが。
「しかし、いつ見てもデカい乳上だったなー」
「むっ、今何か言いましたか?トナカイさん」
「さて、何のことやら。それよりも、こんなオレをさ、ロジカルな『家族』って言ってくれたこと、凄く嬉しかったぜ。改めて礼を言うぜ……リリィ、ありがとな」
「何を言っているんですかトナカイさん。当たり前じゃないですか。それにお礼を言うのは私達の方です。いつも私達のことを本当の家族のように接してくれてありがとうございます。姉二人はいつもあんなですけど、どうかこれからも私達のこと、よろしくお願いします」
「うぉおおおおん、リリィはええ子や~」
「ちょ、なんで泣くんですか。近所迷惑にもなりますし、すごく恥ずかしいです。それに家の外で過度の密着は……きゃーーーー!?」
ごめん、感極まってどうかしてた。
危なかった。こんなのロジカルでもなんでもない。家族じゃなかったらただの犯罪だった……
で。
夕食時。
藤丸家の食卓にて稀に起こる裁判が始まった。
「えー、トナカイさん。あなたの罪状は以下の通りです。女の人のお胸ばかり見て鼻の下を伸ばすどうしようもない節操無し。これについて裁判を始めたいと思います」
「あ、そっち……」
よかった。ロりに手を出してブタ箱行きかと思った。
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