亜種日本聖杯戦争   作:木々津皆守

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万能の願望器、魔術師はそれを聖杯と呼ぶ。
 過去に冬木と言う土地で、聖杯を求める者達が行う聖杯戦争と呼ばれるものが存在していた。
 しかし、その戦争は大聖杯の破壊と言う形で終結を迎えた。
 
「素に銀と鉄。礎に意思と契約の大公。祖には我が大師シュバインオーグ」

 だが、それでも『』に至ると言う可能性を閉ざさず、聖杯戦争を再現しようと試みた者も確かに存在してしまった。
 そんな魔術師の中でも、たった一つの言葉を、たった一つの嘘を奇跡によって現実にしようとする者が居た。

「降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 偶然と呼ぶには余りにも出来すぎており、天啓というには余りにも胡散臭い。

「閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。
 繰り返すつどに五度。
 ただ、満たされる刻を破却する」

 日本三大霊山が一つ恐山。
 そこに大聖杯は創られた。

「―――――Anfang(セット)
 ―――――告げる
 ―――――告げる。
 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 まるで、運命は嘲笑うかのように。

「誓いを此処に。我は常世総ての善となるもの、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」

 魔術師は一人、小さく笑う。

「サーヴァント、ライダー。まかりこしました。武士として誠心誠意、尽くさせていただきます」

 これは、小さな嘘を本当に変える為の物語である。


序章 1-1

 東北のとある田舎。桜ヶ咲(さくらがさき)市、そこは春には桜が咲き誇り、冬には雪が舞い大地を白く染め上げる。

 そんな街で彼は生まれ育ち、良き友に恵まれ、唯一つ不満があったとするなら時代錯誤も甚だしい魔術師の家系であったということだ。

 父は魔術を極め、いずれは『』に至る事こそお前に望むことだと願い、勝手に願いだけを託して死んでしまった。

 幼い頃から仕方なく続けていた魔術の鍛錬は身を結び、一人前の魔術師と言えるほどには成長したが、科学技術の発展したこの世の中では使う機会などそうそう訪れはしなかった。

 しかし、それは確かに刻まれたのだ。逃れることの出来ない運命を。願いを叶える道標を。

 

「具合はどうだい、希実香(きみか)?」

 

 病院の一室、白いベッドの上で静かに小説を読む高校生ほどの少女、絃城(いとしろ)希実香(きみか)に世間話をするように話しかける。

 

「ん、今日は調子が良い方だから恭夜に買ってきてもらった小説を読んでるよ」

 

 希実香は小説から視線を外し、恭夜に笑顔で言葉を返す。

 

「そっか、それなら良かった。何か欲しいものがあったらいつでも言ってくれていいからさ」

 

 その笑顔に恭夜は罪悪感を感じながらも、今までのように、それが当たり前だというように気軽に言う。

 それは鞘師(さやし)恭夜(きょうや)が絃城希実香に対する償いであり、決して永くは生きることの出来ない呪いを請け負わせてしまった事実から目を逸らすための行いであるのだから。

 

「欲しいモノ、か。無理とはわかってるけど元気な身体が欲しいかなぁなんて、冗談だから気にしないで? 今、君と話すこの時間が何より幸せだから」

 

 そんなことは無理だと、笑いながらいつもならば答えていた。

 しかしその言葉は出てこず、何故だか不思議と別の言葉が出ていた。

 

「オーケー、確かにその願い承った。知ってたか、実は俺魔法使いなんだぜ」

「あはは、そんなの初めて聞いたよ? それに―――」

「いいや、叶えてやるって。俺は嘘が嫌いなんだ」

 

 信じられないのは当然だと思うし、実際に自分が何を言っているのかわからなかったが、こうでも言わなければ決心が鈍ってしまいそうで、怖くて逃げ出したくなってしまいそうだったから、恭夜は嘘を吐く。

 内心では嘘が嫌いなどとよく言えたものだと吐き捨てながら、希実香の言葉を遮り続ける。

 

「次に俺が此処に来るときは絶対にお前の身体は健康で、他の奴等と同じように暮らせるようになってるからさ」  

「期待しないで待ってるからね?」

「そこは嘘でも期待してるねくらいは言って欲しかったけどな」

「だって、嘘は嫌いなんでしょ?」

 

 希実香のそんな言葉に恭夜は笑う。同じように希実香も笑っていた。

 

「じゃあ、そろそろ帰るよ。ちゃんと安静にしとけよ」

「うん、大丈夫だよ。また、来てくれるよね?」

「ああ」

 

 短く答え、病室を後にする。

 どのみち勝ち残らねば此処には二度と来ることは出来ないだろう、そう思いながらも足早に駅に向かい、今から自分が参戦するべき舞台へと彼は向かう。

 日本三大霊山が一つへ。 

 そこに行けば何がある? そう問われれば彼はこう答えるであろう。

 万能の願望器、過去に失われし魔術師の夢、聖杯があると。

 電車の窓から夜の暗闇に閉ざされた風景を眺めながら、彼は呟く。

 

「明日はいい天気ならいいんだけど」

 

 

 

 霊山の麓町、その一角で光り輝く町並みを眺めるものが二人。

 

「ほぅ、聖杯より賜った知識で知ってはおったが実際に視てみるとやはり信じられぬな」

 

 カジュアルな服装を着こなした黒髪の男は感心したような声で景色を眺める。

 

「さてはて、感心ばかりしておられぬな。小生もマスターより請け負った任務を果たさねば」

 

 などと言いつつも、懐から煙草を取り出しては火をつけ、紫煙を吐き出す。

 そんな姿に痺れを切らしたのか、その頭をごちりと殴りつける少女がいた。

 

「なにをするでござるか、拙者は今から偵察に行くつもりであったというのに」

「どっからどう見ても煙草吸ってサボってるようにしか見えないのだけれど?」

 

 わざとらしく頭をさすりながら、男は頭を殴りつけた人物、燃えるような赤髪の少女に返すが、左手に三画ほど刻まれた刺青のようなモノを見せ付けられると冷や汗をかき始める。

 

「あいや、待ち為されマスター、冗談でござる。だから軽率に令呪を使おうとするのは―――」

「ランサー、わかってるわ。わざわざ令呪をこんなことに使わないし、令呪を使うまでも無いのだから」

 

 にこりと赤髪の少女は微笑むと、人差し指を拳銃のようにランサーに向け、シングルアクションで発動する魔術を放つ。

 

「ガンド!」

「体罰反対!!」

 

 ランサーは叫びながらも身体を軽くひねり、容易く回避を行う。ランサーから射線が外れたそれは、後ろに生えていたイチョウの木にぶつかると鈍い音を立てた後に雲散した。

 本来のガンドとは物理的な破壊力を持たないものだが、彼女の放つそれはフィンの一撃と呼ばれるような代物であり、物理的な破壊力を秘めた呪いの弾丸だ。ランサーの対魔力のステータスで考えれば当たったところでダメージなど無いはずなのだが、彼は必死だった。

 

「ちょっと、素直に当たりなさいよ!」

「マスター、少しは理性的になるでござるよ、こんなことに魔力を消費してはしょうがないであろう」

「ふんっ」

 

 ランサーの説得に不満気に少女は顔をぷいっとそらす。

 

「元々はアンタが悪いんじゃない、聖杯の知識があっても百聞は一見に如かずとか言うからわざわざ寒い思いをしてまで連れて来たってあげたって言うのに」

「ふむ、コレがツンデレという―――」

 

 おちゃらけた様に会話をしていたランサーの表情が一瞬で真面目なものへと変わる。

 

「マスター、サーヴァントが来るぞ」

「へっ?」

 

 少女は突然なことに反応しきれず、間の抜けた声を出してしまう。

 それとは反対に、ランサーは先ほどまでの雰囲気とは打って変わり、歴戦の兵(つわもの)を思わせる鋭い眼つきになっている。

 

「ほう、流石は三騎士の英霊じゃの。気配は完全に絶っていたと思っておったのだが、まだまだ未熟ということよな、カカカ」

 

 現れたのは赤い陣羽織、腰には短く反りの大きな刀、般若の面をつけた小柄な人物だった。

 声を聞く限りは女性だと判断できる。

 

「そんな事無いと思うがね、此処まで接近を許しちまった。見たところセイバーのサーヴァントとお見受けするが如何に?」

「カカカっ、ヌシも世辞が上手いのう、槍兵にそう言われるとワシも鼻が高いと言うものじゃな。じゃが、生憎と魔術師のクラスであってな」

 

 ランサーは少女を背に隠すように構える。

 それに対してキャスターと名乗る般若面の女は手をひらひらと振り、戦闘をする意思は無いと言うように続ける。

 

「そう警戒せんでも今日は戦うつもりなど微塵もないわ。しかし不意打ちなどされては魔術師風情では槍兵に勝てるとは思わぬのでな、武具を持つのは護身ゆえじゃ」

 

 ランサーはキャスターの身体の動きと、その言葉の真意を探ろうとするが、判断材料となるはずの表情は般若面によって見えず、その声から判断するしかできない。

 そのため警戒をするなとは言われたものの、いつでも行動できるように自然体を装いながらも警戒をするのはやめないでいた。それは後ろにいるマスターへのささやかな気遣いでもある。

 

「ちょっと、ランサー。本当に敵意はなさそうだし警戒しなくてもいいわ」

 

 だがそんなランサーの気遣いなど、マスターである少女は微塵も気にせず、警戒を解けという。

 やれやれと思いながらも、マスターの命令ならば逆らうわけにもいかず警戒を解かざる得ない。

 

「ふむ、小娘と侮っていたがなかなかに胆の据わった女子であるな」

「あら、侮って貰っていた方が嬉しかったのだけれどお褒めを預かり光栄ね。それで、戦うつもりが無いなら一体なんの用件で来たのかしら?」

 

 ふたたびキャスターはかかかと笑うと、楽しげに、知り合いと会話をするように答える。

 

「簡単なことよ。ワシはどうしてもこの手で殺したい英霊がおってな、その者をワシに譲って欲しいということじゃ」

 

 そう言う声こそ至って普通に聞こえるが、その言葉を聞いていた少女には強い怒りが含まれていることがわかった。

 生前に因縁を持っているかのように感じる。

 

「もしこの願いを聞き入れてくれるのならば、ワシからは把握している英霊の真名を答え、ヌシらに一切の危害を加えぬと約束しよう」

「その前に答えてくれるかしら?」

「ふむ、答えられることであれば答えよう」

「キャスター、貴方が聖杯に望む願いは一体なにかしら?」

 

 キャスターは少女の言葉に悩むそぶりも見せず、即答した。

 

「ワシが聖杯に願うことなど何も無い。ワシはこの聖杯戦争に召喚されたただ一人の英霊さえこの手で殺し、私怨を晴らせればそれだけでいい、その為だけにワシはわざわざこの聖杯戦争に出向いたのでな」

 

 そう言ってキャスターは般若面を外し、その顔をあらわにする。

 流れるような黒髪、気の強そうな瞳をした美しい顔、その瞳には一遍の曇りも無く、今までの言葉に嘘が無いのだと分かった。

 

「わかった、さっきの条件で私達は貴方の邪魔をしないと約束するわ」

「お、おい、マスター」

 

 その言葉にランサーは焦ったように少女の口を塞ごうとするが、それと同時にキャスターはにやりと微笑む。

 

「では、契約成立じゃな。確かに言質は取った、ゆえに結ばせてもらう」

 

 素早くキャスターは手で印を組み上げると、少女の左手に刻まれた令呪の一角に痛みが走る。

 少女は何事かと自分の左手に刻まれた令呪を確認すると、その一つだけが赤黒くなっているのがわかった。

 

「あーあ、やっちまったなマスター」

 

 ランサーは片手を額にあて、呆れたように項垂れる。

 そこで漸く少女は自分のやらかしたミスに気がつく。

 

「ちょっと、もしかして?」

「お察しの通りだぜマスター、キャスターに強制(ギアス)を許しちまったんだよ。もしかしなくてもアンタ馬鹿じゃないのか」

「だ、だだだだって、こんなことになるなんて思ってなかったもの!」

 

 呆れるランサーと慌てふためく少女にキャスターは言う。

 

「ふむ、焦ることはない。こちらから契約を違えるつもりは無いのでな。ほれ、ワシもしかと刻まれておるからに」

 

 そう言ってキャスターは左手を二人に見せつけ続ける。

 そこには少女の左手に刻まれた令呪を写したような何かが刻まれていた。

 

「安心せい、契約の中には危害を加えぬというものがきっちり含まれておる。では早速だがワシの知りうる情報を提供するとするかの」

 

 

 

 

 霊峰の中腹にある菩薩(ぼさつ)寺で二人の女は楽しそうに笑う。

 

「凄いなぁ、此処まで上手くいくとは思わんかったわぁ」

「クハハ、そうであろうそうであろう。我を褒めてもいいのだぞ」

 

 一人は赤いジャケットを着こなし、寺の雰囲気にはそぐわぬ格好をした糸目の女性。もう一人は美しい装飾が施された着物を纏い、額からは二本の美しい角の生えた金髪の少女である。

 

「なんや聖杯戦争やったっけ? この調子だったら茨木ちゃんの一人勝ちになりそうやねぇ」

「うむ、我が召喚された以上それが当たり前というものよ。玲香(れいか)のような者に呼ばれたことも幸いであったしな」

「いややわぁ、そんなにほめんといてぇな」

 

 唇に指を当て、妖艶な雰囲気を漂わせながら赤いジャケットの女性、玲香は呟く。

 

「そんな茨木ちゃんに朗報なんやけどなァ、漸く七人揃うたようやよ」

「なに、それはまことか! クハハ、遂に我が聖杯を手に入れる条件が整った!」

「ほんでな、この近くに一匹おるらしいんよ。今から味見でもしにいかん?」

「それはよいな、うむ、では行くか」

 

 茨木のその答えに玲香はにっこりと微笑むと立ち上がり、菩薩の前に置かれた一振りの刀を手に取り腰に差す。

 そこで玲香は楽しそうに言うのだ。 

 

「んー、わざわざ出向かなくても向こうから来るなんてせっかちさんやねぇ。でも、嫌いやないよ」

「む、我の知覚には引っかからぬがこちらに来ておるのか?」

 

 茨木も同じように楽しそうに聞き返す。

 

「いま極楽浜の近くにおるようやし、移動速度も考えればまだ正確な位置はわかっとらんはずよ」

「ふむ、我等がじきじきに向こうてやるか」

「さーんせー、じゃあ、軽く向かいましょ。わるいけどまたおぶってくれる?」

「よかろう、それくらい容易いこと」

 

 茨木は玲香を背負うと寺の扉を開け放つ。

 目の前には収まる限りの視界どころか、一面が銀世界だ。普通の人間であったならば、慣れている者でも移動は手間だろう。

 しかしその身はただの人間のものではなく英霊と呼ばれるもの。軽く板張りの床を茨木は蹴り付け、高く飛び上がる。

 そのままの勢いで次々に背の高い樹木を足場に、一直線へ極楽浜へ向かう。

 

「すとっぷすとっぷー、此処からは茨木ちゃん霊体化してなぁ。うちがまずはあそびたいからなぁ」

 

 そう言うと玲香はよいしょと雪の上に足を下ろし、茨木に霊体化してもらう。

 

「まぁ、こんな真冬にこんな場所にまともな人間なんておらんし、間違ってたら殺しちゃえばええしな」

(我が危険だと判断すればどういった状況であろうが戦わせてもらおうぞ)

「はいはい、茨木ちゃんも血気盛んやねぇ」

(ヌッ、玲香にだけは言われとうないな)

 

 そういいながら玲香は雪に足を取られぬように器用に歩く。

 そうして幾許か歩いたところでお目当てであろう少年を見つけた。

 満足そうににっこりと玲香は微笑むと、そのままその人物に声をかける。

 

「すんまへん、見たところお兄ちゃん一人みたいやけどこんな真冬にどうしておるんや?」

 

 不意に声をかけられた為か、その人物はびくっと振り返り、玲香と視線が交わる。

 

「いえ、ちょっとした用事がありまして。お姉さんこそ一人でこんな場所にいたら危ないですよ?」

「用事、ね。もしかしてこんなものに見覚えあらへん?」

 

 玲香は不意に胸元を晒すようにそれを見せ付ける。

 刺青のようなそれを見た瞬間、少年は玲香から距離を取るように飛びのき呟く。

 

「起動(スイッチ)開始(オン)」

 

 少年の瞳は黒い瞳から薄い蒼に変わっていた。

 

「しっかりサーヴァントも引き連れているようですし、どうやら貴方もマスターというわけですね」

「ふぅん、在り得ざるモノが見えるやなぁ。浄眼って言うんやっけ? そないなもんつこわれたら隠す意味もないわなぁ。バーサーカー、でておいでぇ」

 

 その言葉を待っていたと言わんばかりにバーサーカーのクラスで召喚された少女、茨木は姿を現すと同時に少年に向かって斬る事よりも叩き潰すことに特化した骨刀を振りかざす。

 

「くっ、アサシン!」

「承知」

 

 少年の眼前まで迫った骨刀は、侍のような格好の男の身の丈ほどある刀に受け流される。

 

「クハハ、いいぞ、良くぞ往なした」   

「やれやれ、血生臭いことよ。むっ、構えろマスター!」

 

 それと同時に玲香も腰に差した刀の柄を握り、少年に向かって一歩、二歩、三歩と変則的に加速しながら飛び込んでいく。

 

「油断したらあかんよぉ、ついつい刀が出てまうからなぁ!」

 

 そして懐に潜り込んだ瞬間、凶刃は放たれ、少年の身体を両断せんと奔る。

 しかしその凶刃は空を切るだけで、少年には当たることは無かった。

 

「ふぅ、女性だと思って侮っていたのは詫びましょう。しかし、それはお互い様ですよ」

 

 少年は懐から切れ味の良さそうな短刀を取り出し、姿勢を低く構える。

 

「今のはずすかぁ。なんや、出来るみたいやし分が悪いなぁ。そやそや、お兄ちゃんの名は?」

「弓塚(ゆみつか)幹久(みきひさ)。お姉さんは?」

「うちは軋間(きしま)玲香いいますわ」

 

 そう言って玲香は抜刀した刀を鞘に収める。

 

「何の、つもりですか?」

 

 その姿を訝しげに幹久は見つつも、構えを解かずに問いかける。

 すぐ近くでは茨木とアサシンが今もなお、剣戟を切り結んでいるというのにだ。

 

「なんのつもり言われてもなぁ、味見も済んだから帰ろう思うてね。バーサーカー、そろそろ帰ろか」

「ヌッ、折角血が滾って来たと言うのにか?」

 

 茨木は楽しそうにアサシンと刀を交えながら、不満そうに玲香に答える。

 

「だってなぁ、うち疲れてもうたもん。あー、疲れたなぁ、帰りたいなぁ」

 

 手足をばたばたと振って玲香は駄々をこねるように、茨木をちらちらと見る。

 

「駄々をこねるでないわ、わかった、わかったから騒ぐな! クッ、此処は我がいったん退いてやる、逃げるのではないからな!」

「ふむ、それも良かろう。こちらとてこのような場所では戦いにくくてな、次はお互い全力で切り結ぼうではないか」

 

 アサシンはそう言うとあっさり刀を鞘に収めると、幹久の隣に並び立つ。

 

「ほんなら、またね」

 

 茨木に玲香は背負われると、楽しそうに手を振ってその場から遠のいていく。

 

「この聖杯戦争も随分と愉快な御仁が参加しているようだ」

「まあ、アサシンが言うのも大概だよね。なにせ本来呼ばれるはずの無い英霊の皮を被った農民だって言うんだしさ」

 

 そう言われるとアサシンは堪え切れずに笑う。

 

「はっはっは、違いない。しかし、アレは鬼種の類であったと見るがどうであろうな」

「日本の英霊として召喚されそうな鬼ね。んー、有名どころが多すぎるし情報が少ないなぁ。アサシンはわかるかい?」

「私が知る限りではないぞ、そもそもそれはマスターの役割だろう?」

 

 幹久は返す言葉も無いと笑うと、この聖杯戦争の異常さについて考えるが、一抹の不安が過ぎり、思考を停止する。

 

「まあ、とりあえず頑張るよ」

 

 そう言って本来の目的を果たすべく、その足を進めるのだった。

 

 

☆  

 

 外を眺める。そこには私の求める世界があった。

 当たり前のように学校に通い、当たり前のように友達を作って、好きな人と一緒に笑って過ごす。そんな日常が外の世界には広がっている。

 病室で与えられる些細な幸せは、毎日のようにお見舞いに来てくれる少年とのほんの少しだけ許された会話だけだった。

 だというのに、そんな些細な幸せな時間すらも世界は私から奪い去ろうというのか?

 

「嘘は嫌い、か。丈夫で健康な身体なんかより、君と話す時間が、私にとってのかけがえの無い幸せだったのに」

 

 断片的にしか視えない未来は、私を奮い立たせるには充分すぎる理由だった。

 

「君が死んでしまう未来なんて私は許容できないし、絶対に見たくない。だからごめんね、私だけ待ってるなんて出来ないよ」

 

 歩くだけで倒れそうになる身体に鞭をうち、ふらふらと彼と過ごしていた日常である病室から抜け出す。

 足がもつれ、転びそうになっても私には心強い味方がいる。

 

「ちょっと、マスターなにしてんの! ほら、アタシに掴まって」

 

 最優のサーヴァント、セイバー。それが私が召喚した英霊だった。

 

「だい、じょうぶ。ううん、ありがとうセイバー」

 

 初めて彼女を見たときはいくら未来を断片的に視ていたとはいえ驚いた。

 鈴鹿御前、彼女は神霊と呼べるような存在だったのだから。

 

「いいの、アタシはマスターのしたいことを手伝うって決めてるからさ」

「でも、本当にいいの? 聖杯、壊しちゃうんだよ」  

「アタシが聖杯に望むことなんてなんにもないし、マスターの魔力量なら聖杯のバックアップ無しでもしばらくは大丈夫だし、無問題じゃん?」

「ごめんね」

「なんであやまるし、別にいいって。アタシはマスターの願いを触媒に呼ばれたんだし、なにより恋する乙女なら手伝いたいって思うし」

 

 私の身体は少しだけ特異で、普通の魔術師の十倍以上の魔力が常に身体の中を巡っている。

 そのせいで私の身体は常に魔力中毒状態にあり、放出することが出来たならば健康体で居られたはずだった。

 しかし、私の身体は自分の意思で魔力を外に出すことが出来なかった。

 けど、今は違う。セイバーのおかげで今まで体内で渦巻いていた魔力の奔流は解消し、すこぶる調子がいいのだ。

 ただしばらく動いていなかったせいで上手く身体が言うことを聞いてくれない。

 

「じゃあ、私達も向かおうか。セイバー、お願いできる?」

「あったり前じゃん!」

 

 セイバーは私の言葉に二つ返事で答えると、その小さな身体に私を背負うと、病院の屋上から飛ぶ。

 

「ねぇ、セイバー?」

「ん、舌噛まない様にね。どうしたの?」

「マスターじゃなくて名前で呼んで欲しいなって、駄目かな?」

 

 セイバーはにっこりと笑い、答える。

 

「いいじゃん、希実香。アタシそういうの大好きだし」    

 

 凍える様な冬の寒さも、背中越しに伝わってくるこの英霊の心強さに忘れることが出来そうだ。

 

「恭夜だっけ、ちゃんと二人で助けようじゃん」

「うん、セイバーならできるよ」

「違う違う、アタシ達ならでしょ」

 

 在り得ざる聖杯なんて求めない。

 私はただ、先が永くないと分かりきっている身体だとしても、君と生きる時間が大好きだから。

 だから抗ってみせる。血生臭い奇跡なんか必要ないのだから。

 

 

 

 

 七つの駒が置かれた古めかしい地図のようなものを見て、小柄な少女は叫ぶ。

 

「ワシの出番が全然来ないのじゃが!」

 

 彼女の名は織田信長。アーチャーのクラスで召喚された英霊である。

 

「んー、そんな事いわれましてもねぇ。ささ、信長殿、和菓子でも食べて落ち着いて落ち着いて」

 

 そんな彼女に対し、マスターである明智(あけち)有彦(ありひこ)は和菓子を差し出し宥める様に言う。 

 

「む、しょうがないのぅ。べ、別に和菓子に釣られたんじゃないんじゃからな!」

「わかってますよ、まあでも、焦って戦う必要も無いわけですし。小生としましては先祖がやらかしたツケを返せるだけで満足ッスから」

「なんじゃ欲の無いやつじゃのー。ワシつまんない」

「是非もないっすよねー」

「あー、それワシの台詞じゃ! む、この羊羹美味しいのう」

 

 ぎゃあぎゃあと騒ぎながらも、羊羹を食べると歳相応な少女の笑顔となる。

 

「まあでも、まさか信長殿が女性だったとは小生知らなかったッスよ」

「そんなことを言うたら英霊なんてもんは大体あれじゃ、伝記とか歴史とか捻じ曲がって伝わっておるしの。是非もないネ☆」

「絶対それ言いたかっただけッスよね?」

「むっ、言わせるでない馬鹿者!」

「逆ギレっす、理不尽ッス!」

 

 そういう有彦の顔は目だけ笑っているように見えるが、それ以外のところは全く笑っている要素がない。

 

「む、そういうところだけは光秀にそっくりで嫌になるわ!」

「言いがかりッス!と、まあ、冗談はさておき、これからどうするッスか?」

「突然真面目になるのをやめんか。ふむ、ワシとしては顔合わせでもしたい気分じゃがどうせ駄目じゃというんだろ?」

 

 有彦は考えたかのような素振りをみせ、何一つ変わらない目だけが笑っている表情で答える。

 

「んー、別にいいッスよ。小生も叶えたい願いとかは特にないっすけど研究材料が欲しいところなんで」

「かるっ、今までの腰を重く行くスタイルとやらはどうしたのじゃ!?」

「軍師は仕える主の願いを聞き入れるものッスよ。あと、個人的に霊峰の近くにある温泉に入りたいからッス」

「有彦、後者が本音と見えるが如何に?」

「き、気のせいッスよ?」

 

 ちゃきりと有彦の額に冷たい筒状のモノが添えられる。

 

「じょ、冗談ッスよ? いや、マジでそれはだめッス!!」

「是非もないネ☆」

 

 ズガンと脳を揺さぶるような音が有彦を襲う。

 

「じょ、冗談にならねぇッスよぉぉぉぉ!!」

「たわけ、避けるでない」

 

 

こうして亜種日本聖杯戦争の幕は密かに開かれていくのだった。

 




――――――
登場キャラ
セイバー 鈴鹿御前
マスター 絃城希実香

アーチャー 織田信長
マスター  明智有彦

ランサー ????
マスター 赤髪の少女

ライダー ???
マスター 鞘師恭夜

キャスター ????
マスター  不明

アサシン 佐々木小次郎
マスター 弓塚幹久

バーサーカー 茨城童子
マスター   軋間玲香 


―――――― 
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