過去を変えることが出来るのならば、あの日あの時の全てをやり直せたのならとこれまでの間、毎日のように考えていた。
いつも夢に見る悲劇の光景。それは脳裏に焼きつき、忘れることを許してはくれなかった。
「マスター、マスター! どうなされたのですか、随分とうなされていたようですが」
「ん、いや、ちょっと夢見が悪くってさ。わざわざすまない」
真冬だというのに背中は汗でやけに濡れている。
「いえ、私は私がするべき事をしたまでです。戦は万全の状態で行ってこそ勝率が上がるというものですし」
そう言ってライダーはにこりと笑う。
ライダーの、彼女の聖杯への願いは歴史を覆しかねないものであると同時に、それは過去のやり直しと言いえるものであった。
兄との仲直り、たったそれだけの事を聖杯に願うなど彼女のことを知らぬ人間であればきっと理解をしようなどと思うなかっただろう。
クラスはライダー、日本であれば彼女を知らぬものは居ないというほど名高い英霊。何の因果か文献や資料とは違い男性ではなく女性で、しかも全盛期であろう次期よりも若い姿で召喚された彼女の真名は牛若丸。後に源義経となる英霊である。
天才ゆえに兄の、人の気持ちが理解できなかった存在。
その一言が牛若丸の全てであった。
「ん、ありがとな。さてと、他の陣営に動きは?」
だが彼には彼女、牛若丸が辿って来た果てに行き着いた願いは余りにも真っ直ぐで眩しくて、羨ましく思えた。
それに対して自分が聖杯に望む願いは過去の否定、やり直し。此処までは牛若丸と同じように聞こえるが本質は全くの別物である。
自分はただ、誰にも分かち合って貰えない罪の重さから逃げたかっただけなのだから。
「霊峰付近に恐らく二騎、市街地に三騎、それとマスターの故郷の方角から一騎向かっているようです」
「桜ヶ咲から?」
「ええ、それも他の英霊よりも圧倒的な」
それを聞いて恭夜は戸惑う。
あの土地で魔術師の家系は鞘師だけなのだから。
「ライダー、お前なら勝てると思うか?」
「愚問ですよマスター、勝ちます」
「わかった。こちらから仕掛けるぞ」
外様の魔術師である可能性は否定できないものの、不確定要素は排除しておきたかった。
あの土地の人間と戦い、つまり殺し合いをすることが出来るかの確認も兼ねての考えだ。戦いに人間の情を残したままでは足元を掬われかねない。故に恭夜は自らの願望の為に人殺し足りえるのか、どんな相手であろうと非情に徹することが出来るのか確かめたかった。
「ええ、必ずやマスターの期待に応えましょう。準備が出来たら随時指示を」
自らが戦いの場に立つ覚悟、それを表すかのように恭夜は鞘師の宝刀であり、受け継がれてきた魔術礼装である獅子刀(ししとう)を腰に携える。
戦う意思を表現するかのような赤い鞘、抜き放てば触れたものを両断する概念を付与された刀身、如何なる魔術師といえどこの攻めを受けきるのは不可能と言わざる得ない鞘師最高の一品である。
「じゃあ、行こうか」
拭い去れぬ不安を胸に、彼は凍える大地を駆けるのだった。
☆
その身一つで長距離移動を行っているセイバーは近づいてくる一つの気配に気付く。
「ん、希実香。こっちに誰か向かってきてるっぽい」
「他のマスターかも知れないね。セイバーはどうするべきだと思う?」
一瞬だけ考える様な仕草をしてからセイバーは希実香に答える。
「今のうちに余計な敵を減らしておくのもありかもって思うけど、そこは希実香に任せるじゃん。未来視はどうなの?」
「未来視は私が望んで使えたら良かったんだけどね。答えは視えていない」
「ん、了解。とりあえずこのまま行くと間違いなくぶつかるから此処で待ってみようか」
セイバーはすとんと地面に着地すると希実香を背中から降ろし、不意を打たれぬ様に周囲の警戒を始める。
「私、戦えるかな?」
「希実香はアタシの後ろで見てくれてるだけでいいよ、アンタが死んじゃったらどうしようも無いからさ。ん、そこの樹の影にでも隠れてて」
「ごめんね」
希実香は小さく謝ると言われたように樹の影に身体を隠す。
それから数分ほど経った頃、セイバーの刀は振りぬかれていた。
「その首、頂戴致す」
やけに軽装の少女は軽い身のこなしでセイバーの首を刎ねんと一撃を放つが、その一撃はセイバーの振りぬかれた刀で受け止められている。
腰には尻鞘と呼ばれる、動物の毛皮を鞘に拵えたものが携えられており、その刀身の美しさは名のある名刀なのだと推測できたが、それが何の刀なのかまではわからない。
「あっぶなー! ちょっと、不意打ちとか卑怯じゃん、見たところ武士でしょ? だったら正々堂々戦うってモンじゃん」
その言葉に相手の英霊は動きを止め、しかめっ面だが律儀に応答する。
「むっ、そう言われては武士の名折れというもの。私はライダーのサーヴァント」
「うんうん、じゃあアタシも名乗っておこうかな。セイバーのサーヴァント、今宵アンタを倒すものじゃん!」
お互いに名乗りを上げ、意気揚々と剣戟を結び合う二騎の英霊。
素人目に見るとセイバーの方がやや優勢かと思えるが、実際のところはセイバーは攻めあぐねていた。
「アンタのその刀、常時発動型の宝具って所でしょ?」
「死闘の最中にその観察眼、最優は伊達では無いようですね」
源氏宝刀(げんじほうとう)・四種刀(ししゅがたな)。それはライダーが生前に愛用していた刀である薄緑の過去全てを束ねる宝具である。
牛若丸が源義経として生きていた頃に彼女は源氏の宝刀に薄緑と名を授けたが、それ以前には別の名称、真名で呼ばれていたのだ。
ある時代には膝丸と呼ばれ、ある時代には蜘蛛切り、またある時代には吠丸、そして今現在の名称である薄緑。
それぞれに逸話があり、彼女は源氏最後のこの刀の主であるため、この刀の歴代の真名を知っている。
故にその逸話全てをこの一振りで機能させることができるのだ。
「魔力を吸われる感じってか異形に対する効果? それにアンタの剣術もアタシは知ってる、京八流剣術。つまるところアンタの真名は源義経って所じゃん」
「有名すぎる弊害という奴ですね。しかし知られたところで私に弱点という弱点はありません、天才ですから」
なんたる出鱈目な存在なのかとセイバーは思いながらも、己の宝具の一つも使用せずに戦えているのはやはり最優の名は伊達ではないと言うことであろう。
しかしこのままではジリ貧であることは確かなため、己の切り札の一つを切らざる終えなかった。
「あんま本気(マジ)になって戦うって好きじゃないんだけど、しゃーないってカンジだしぃ、いっちょやってやるじゃん」
彼女の持つ大通連という刀は、一本二本三本とその数を増やすように分裂し彼女の周りに意思を持っているかのようにふよふよと浮かんでいる。
神霊としての頃よりは劣化しているが神通力のスキルにより鈴鹿御前は自身のアイテム限定で操ることが出来る。そして本人としては余り使いたくないが才知の祝福の同時発動により自在にその分裂した刀を操ることが出来る。
「別にさっきまで手を抜いていたって訳じゃないけどさ、これならどう!」
ライダーから距離を取るように後ろに飛び退ると同時に、分裂したセイバーの刀が意思を持ったようにライダーに襲い掛かる。
それに対しライダーは回避行動で避けれるものは避け、防がねばならない物だけを見極め刀で受け流す。
「真名開放―――膝丸!」
「ちょ、マジ!?」
真名開放を行ったライダーの刀は先ほどと同じ要領で受け流した刀を数回に一度、幻想を打ち消すかのように刀を破壊する。
離れていた距離は次第に近づいていき、あと一歩でセイバーを切り伏せるには充分な距離だった。
流石に身の危険を感じたセイバーは咄嗟にマスターである希実香に念話を行う。
『希実香、宝具使うよ!』
『大丈夫、全力でいいから負けないで』
まさか此処まで早い段階で宝具を使わざる得ない状況になるとは思わずセイバーは悔しさに歯噛みしながらも、更に分裂させた大連通を足場に宙を移動する。
「ほんと出鱈目すぎて頭に来るけど、これならどうじゃん!」
自身の髪飾りを大連通の夫婦剣に見立て、彼女の宝具は初めて形を成す。
「文殊智剣大通連(もんじゅちけんだいとうれん)恋愛発破―――天鬼雨(てんきあめ)!!」
先ほどまでの数本とは違い、天を埋め尽くさんばかりに増えた大通連は迫り来るライダーに向かって一斉に降り注ぐ。
完全包囲からの一斉射撃、精度こそ低いがオールレンジからのその攻撃には精度の低さをカバーするには充分すぎるほどの破壊力を秘めていた。
だが相手は日本の歴史で織田信長と並ぶほど有名な相手である。故に一切の慢心も油断も無く、相手が沈黙したことを確認するまでは息を吐こうとはしなかった。
その心構えが功を奏した。
「鵯越(ひよどりごえ)なんて二度と御免だと思っていましたが、あの経験に救われました」
セイバーがその声の聞こえたほうに目を落とすとボロボロになったライダーの姿があるがその目は死んでなどおらず、むしろ手負いの獣を思わせるような眼に変わっていた。
確かに一切の油断も慢心も無かったはずだ。
それだというのに、今この瞬間に霊核を破壊せんと迫る一撃を前に身体の反応が追いつかないでいる。
「壇ノ浦―――八艘跳!!」
「ダメッ!!」
どうしてセイバーは目の前にマスターがいるのかなど理解できなかった。理解したくなかった。
守るべき対象であるはずマスターが自分を庇い、切り伏せられ絶命する姿など見たくなかった。
「ライダーやめろッ!!」
だが、その光景はいつまで経っても訪れることは無かった。
「何故です、何故止めるのですマスターッ!! 例えこの女性がマスターの想人であろうと、貴方はそれを覚悟の上で此処に来たのでしょう!!」
「ダメだ、頼む、わかってくれライダー」
自分の意思とは反する令呪の束縛に、ライダーは苦しげに、苛立ちながらも身体の動きが止められている。
「何故、兄上が私を見る時と同じ眼で私を見るのです、何故!」
「頼む、わかってくれライダー」
「くっ、わかり、ました」
強く唇を噛み締めたせいか、ライダーの唇からは血が流れている。
令呪の強制もあり、ライダーは不満そうに霊体化する。
「どうして、お前が此処にいるんだ・・・・・・希実香!」
今まで戦況を見守るだけだった恭夜は腰に携えている獅子刀の柄を握り締めながら叫ぶ。
「私は、君を止めに来たんだよ」
「止める? 俺は、お前の為に、命懸けの戦いに身を投じたって言うのに、何でだよ」
「私はそんなこと頼んでないから。それは、私の願いじゃないよ」
恐怖の余りに震える身体を精神力で押さえつけながら希実香は答える。
その言葉は届くことは無いというのに。
「希実香、そこを退いてくれ。じゃないと、次は抑えられない」
「嫌だ、絶対に退かない。私はそのために来たんだから」
「お願いだ、退いてくれないと俺は―――」
「その刀で私を斬るって、そう言うの?」
「ッ!!」
抜き放たれた凶刃は寸分違わずに希実香の首筋を捕らえ、薄皮一枚の所で止まる。
「出来ないでしょ? だから―――」
「うるさい、煩い、五月蝿い!! 何でそんな眼で俺を見るんだ! 俺は、俺は!!」
「桜ヶ咲に帰ろう? そこで今まで通り、私は―――」
そう言って差し伸べた手は誰にも掴まれる事は無い。
「希実香! もう何を言っても無駄じゃん、行くよ!」
「でも、私はっ!」
「このままだと何も出来ないじゃん、いったん退くのも戦略って奴」
何かに焦るようにセイバーは希実香を無理やりに背負うと、その場を離れるために飛び上がる。
「ちょっと、待って、まだ私は!」
「悪いけど今のアタシじゃ二体同時に相手するだけの余力残ってないっての。アンタが焦ってもしょうがないじゃん」
「え、二体って・・・」
「どっかのサーヴァントに感づかれたっぽい」
遠のく恭夜の姿を視界から外せぬまま、セイバーによってその場を去る。
私の言葉を貴方に絶対届けると、そうもう一度心に刻み、希実香はセイバーと共に敗走するしか出来なかった。