鼻歌交じりに上機嫌そうに洋服を選びながら、玲香は茨木童子に着せては脱がしてを繰り返していた。
「ヌッ、ぬぅ。玲香よ、そろそろ仕舞いにはせぬか?」
それに対して茨木童子はいつまで経っても終わる気配の無い時間を終わらせるべく期待を込めてやんわりと言う。
「えぇ、こんな可愛いのにぃ? もっとつきおうてくれてもいいんやで?」
「そうか・・・・・・」
しかしそんな期待など微塵も無かったかのように、そのまま着せ替え人形と化す運命は変えられなかったようだ。
「んー、そうやねぇ。終わったらチョコ買ってあげるから我慢してぇ?」
「あの甘いのか!」
「そうそう、茨木ちゃんの大好きなあの甘いのやよ」
だが先ほどまでの終わりの見えない着せ替え人形としてくるくる回されていた時間とは違い、茨城童子はチョコという魅惑の条件を前にお預けを食らっている犬のような状態になった。
もっとも、そのどちらであろうが玲香にうまくあしらわれていると言う事には気が付いていないのだが。
「とりあえずコレとコレとコレ、全部お買い上げでよろしゅうな店員はん」
ゴシックロリータと呼ばれそうな一式、その他小物を指差して玲香は楽しそうにしながら店員に品物をレジまで運ばせ、会計を済ませる。
その顔は非情に満足そうで、良き買い物になったとにこやかだ。
そのついでと言わんばかりに菓子類の置いてあるコーナーに向かうと、カゴいっぱいにさまざまな種類のチョコレートを突っ込み同様に会計を済ませる。
「コレ全部我が食べても良いのか!」
「うんうん、ぜーんぶ茨木ちゃんのやから帰るまで我慢なぁ」
何故彼女等がこのようにショッピングを満喫しているのかと言われれば、たいした理由などないのだ。
つい先日には霊峰の中腹にある寺を陣地として引きこもってはいたのだが、引きこもるにも食料品などの備えなど全く無く、たまたま持っていたチョコレートを茨木童子にあげたところ非情に気に入ってしまったのだ。ならばと玲香は考え、モノを餌に茨木童子を着せ替え人形にして遊びたいなと思ったためにわざわざふもとの町まで下りて来てショッピングに勤しんでいたのだ。
「むぅ、この小さいのも食べたらダメなのか?」
「フフフ、しょうがあらへんねぇ。一個だけやからね」
余りにも茨城童子のチョコをねだる姿が可愛すぎたため、犬に餌をあげるように玲香は板チョコの一つを茨木童子に手渡す。
それを受け取った茨木童子は包装紙を剥がし、銀紙をめくりチョコに齧り付く。
その姿を眺めながら玲香は微笑む。
「むっ、なんだ、玲香も食べるか?」
その視線に気が付いたのか、夢中になって板チョコに噛り付いていた茨木童子はモノ惜しそうにチョコと玲香を交互に見てから、まだ齧っていなかった部分を割って玲香に差し出す。
「フフッ、ほんまに茨木ちゃんは可愛えぇなぁ。うん、折角やし貰おうかぁ」
「食べたかったのなら先に言えば良い。こんなに美味しいのだ、玲香の気持ちはよく分かるぞ」
どこか勘違いをしながらも茨木童子は胸を張る。
この姿だけを見れば仲の良い姉妹に見えぬことは無いだろう。もちろん姉は玲香で妹は茨木童子だ。
「んふふ、ほんまうちは恵まれてるなぁ。このまま茨木ちゃんと暮らしたいくらいや」
「ぬ、今一緒に居るではないか?」
チョコレートをもごもごと食べながら、きょとんとした顔で玲香を見る茨木童子を見ながら玲香は己の過去を思い返す。
混血と呼ばれ、鬼の一族として生を受けた軋間玲香。その一族はとある一族の人間を殺そうとした故に起きてしまった暴走で自身を除いて皆殺しにされてしまった。
その後は今までの土地から離れ、隠れるように住処を転々と移し、漸くたどり着いた地は北の大地だった。
そんな場所で人から隠れるように過ごし、日々を生きる為だけに人を襲い、その日暮らしの金を握り、たった一人で生きてきた。
一人ぼっちだった彼女に転機が訪れたのは、そんなある日のことであった。
霊峰にて聖杯戦争の兆しがあり。そんな言葉を耳にした玲香はある魔術師の家を襲い、参加に至る条件を色々と調べた。必要とあらばその場の人間全てを殺し、礎と変えた。
そして彼女は己自身を触媒に召喚に至る。
鬼の一族、その血を持って生まれたことを少女を召喚してから玲香は初めて感謝した。
自分は一人ぼっちではなくなったことを喜べた。もうその時点で彼女は聖杯に願うべき願いは叶えられ、少女の願いを手伝うことにした。
「そうやなくてね、ううん、ええんよ。うちは現状で充分に満足しとるんやから」
「我には時々だが玲香が何を言いたいのかわからんことがある」
「ええの、とりあえずやらなあかん事だけはわすれてへんから」
例えこの聖杯戦争でこの命を捨てることになろうとも、永い間埋める事の出来なかった寂しさを、不安を、辛さを、それ以外の全てを埋めてくれたこの子の為に。
「そうであったな、そうであった。我等で必ずやこの戦、勝ち抜くぞ玲香」
狂戦士として呼ばれたにしては理性が残りすぎているこの鬼の子を、勝ち抜かせるために。
「あたりまえやん、うちと茨木ちゃんなら余裕やわぁ」
だがその前に、少しくらいは満喫しても罰は当たらないはずだ。
そう思いながら玲香はもうしばらくの間、帰りに寄り道を繰り返すのだ。
「む、この綿菓子もうまいな!」
「うちにも一口ちょーだいな」
これから起こるべく戦いに備え、二人の鬼はそれぞれの思惑のもとに今を生きる。
きっと、今の時間はそう永くは続かないのだろうと心のどこかで思いながら。