人生とは選択する事を強いられ、その選んだ道のどちらかは出口の見えない袋小路に突き当たる。
選ぶことで成功するか、選んだことによって失敗するか、選んでみるまで正解なんて分からないし、何処にもないのかもしれない。
「つくづく神様って奴には嫌われてる気がするんだが、まあいいか」
ただ間違いなく言えることは、その選択を強いられたときにどちらかを選ぶ必要などない。
「おにいさん、あんたはんからはうちと同じ匂いがするんよ」
「さあ、何のことだか。アンタみたいな美人と似た匂いがするって事はそりゃいい匂いなんだろうな」
「あはは、嬉しいけどそうやないよ。血の臭い、それも一人や二人なんてもんやないよ、一体なにをどうしはったらそんな風になれるんってくらい」
楽しそうに玲香は夜月の顔を、その眼を見つめながら刀に手を添える。
「自分の身を守って戦ってただけなんだがね。それに人間はまだ一人しか殺してない」
「ふぅん、まだ一人ねぇ。まあええわぁ。お兄さんも得物持ってはるなら少しくらい待ってはるよ?」
「お気遣い無く、このままで平気さ。それに女性相手はあんまりしたくないんだが、ダメか?」
「うふふ、こんな状況でもうちのこと女性扱いするなんてなぁ。でも、うちかて戦う理由があるんよ」
「はぁ、期待は薄いと思ってたがやっぱりダメか」
夜月はわざとらしく片手で額を押さえながらやれやれと溜息をつく。
その一瞬で玲香は夜月の懐に飛び込み、その手に握った刀を鞘に滑らせるように抜き、胴体を両断せんと一閃する。
そのままの軌道で振り抜かれれば両断こそ出来ないが、確実にその胴体を切り裂くはずだった。
「良い腕してるな、だからこそ読みやすいんだが」
避けることもせず、刀の腹に夜月は軽く手刀を入れて弾く。
想定外の捌かれ方に玲香の身体は前のめりに倒れそうになるが片足で踏ん張り、体勢を辛うじて持ち直す。
「あは、滾る、血が滾るわぁ。おにいはん、手加減なんてされてまうとうち堪えられんわぁ」
「女性がそんな顔でそんなこと言うなよ。折角の美人が台無しだ」
夜月は冗談を言うように軽く言葉を交わす一方で、玲香はその言動や行動とは裏腹にどんどん冷静になっていく。
(にしても、なんかあれやね、まるで動きを見てから対応してはるっていうか、隙だらけなんにわざとらしい)
未だに夜月はと言うと構えなどほぼ取っておらず、何処吹く風というように身体に一切無駄な力など入っておらず何処までも自然体である。
「なら、こないなのはどう?」
玲香はブレスレットから仕込んでいたワイヤーを夜月の身体に巻き付けんと肉薄する。
それに対して夜月は初動こそ両腕を使って防ごうとしたが、すぐさま回避行動に移り、ワイヤーの射程範囲から飛びのける。
「流石にそんなもんで締め付けられちまったら腕が無くなっちまうよ」
「いけず、それが狙いやったんけど失敗みたいやね」
「あー、物騒なこった。もう一度だけ聞くけどよ、話し合いで済ませるってのはどうだ?」
「そないなこと分かりきってはるくせにぃ」
交渉決裂。
そもそも期待すら薄かったため夜月としてはやることなど変わらず、死なない程度に殴るだけである。
「あーめんどくせぇ。だが、少しばかり付き合ってやるよ」
そう言って夜月は懐に手を入れ、何かを取り出すようなそぶりを見せてから脳内で拳銃をイメージし、その掌に再現する。
それは夜月のイメージしたものと寸分違わぬ物としてこの世に創りだされた。
「ふぅん、意外やね。おにいはんの得物は銃なんや」
「お試しで使ってみるだけだから腕はからっきしだけどな」
引き金を引くと同時に玲香は回避行動を取るが、射線から外れたというのにも関わらず弾丸は軌道を変えて玲香を追尾していく。
「あは、これは厄介やねぇ。でも、追って来るなら切り払えばいいだけや」
一閃。
弾丸は真っ二つになり、地面に転がる。
一安心と玲香は一呼吸吐こうと思ったが、夜月自身の接近に反応が遅れてしまい、脇腹を鋭い蹴りで穿たれる。
「かはっ!?」
「これでチェックメイト―――とはいかねぇか」
マスターの危険を察知してか、先ほどまでキャスターと打ち合っていたはずの茨木童子が夜月を急襲する。
大振りであったが完全に意識の外から来た斬撃に対応しきれず、持っていた銃の銃身で受け止めようとするがバターを斬るように半ばまで両断されかけている感覚に不味いと判断した夜月は銃から手を離し、斬撃の勢いを利用してそのまま吹っ飛ばされることを選択する。
「玲香! 大丈夫か!?」
「なんとか、茨木ちゃんがおらんかったらすこーし不味かったなぁ」
茨木童子に手を引かれ立ち上がる玲香に対し、深く積もった雪に頭から刺さる形で吹き飛ばされた夜月の右手はあらぬ方向に折れ曲がっており、重傷のように見える。
「あー、雪つめてぇ。 つーか右腕めっちゃいてぇ」
「マスター、大丈夫か・・・の?」
そんな吹き飛ばされた夜月の身を案じてか、キャスターがうろたえながらも夜月のそばに駆け寄る。
「なんとかな。右腕一本もって行かれたが問題ない」
「ヌシ様よ、普通の人間ならば痛みで気絶するレベルなのじゃがそれは?」
「まあ、経験上死んでないし実際に生きてるからこの程度ならってことだよ」
雪に埋もれながら会話をしていた夜月であったが、よいしょと片手で起き上がるとのんきに服についた雪を払う。
「つくづく人間とは思えぬなヌシ様は」
「俺は人間のつもりだけどな。それに今まで心臓の機能に割り振ってた能力も万全と来てる。これくらいなら余裕で再生できる」
おもむろに折れ曲がった右腕を掴むと、捩れてしまっていた腕を激痛に顔を歪ませながら元のあるべき状態に無理やり戻す。
「はぁ、アイツみてぇに吹き飛んでも端から再生するレベルじゃねぇからいてぇもんはいてぇんだよなぁ」
「ヌシ様よ、ワシ以上の化け物にしか見えぬのじゃが?」
「やめろよ、何度も言うが俺は人間だっての。クソ、やられっぱなしっての少々腹立たしい。少しばかり真面目にやるとするか」
「その決断がもう少しばかり早ければそのような思いをせずにすんだのではないかの?」
そんなキャスターの言葉を無視して夜月は呪文を口ずさむ。
それは人間の口から唱えられているというのに酷く冒涜的で、聞くもの全ての精神を蝕み、何かの強い呪詛の様にさえ聞こえる。
キャスターですら顔をしかめているというにも関わらず、夜月は平然とした顔で唱え続ける。
その冒涜的な詠唱に茨木童子は直感的に危険を感じ、地面を強く蹴り弾丸のように夜月に突っ込んでいく。
「遅いぞバーサーカー。右腕の分しっかり利子つけて返してやるよ、吹き飛べ」
「ふん、たかが魔術師の攻撃など―――ッ!?」
小さく【ヨグ=ソトースの拳】と夜月が唱えると、何かに弾き飛ばされたかのように茨木童子の身体は後方へ吹き飛ばされた。
「おー、よく吹っ飛んでったなぁ。さてキャスター、今のうちに逃げるとするぞ」
「はぇ?」
善は急げと夜月は唖然とするキャスターを余所に街の方に向かって走り出す。
「ま、待つのじゃ、逃げるのか?」
「そう言ってんだろ。目的も果たした・・・・・・のかは微妙だが、少しは確認も出来たし気にすんな」
「む、むぅ。了解じゃヌシ様よ」
もともとセイバー陣営から気を逸らすことが目的であったため、夜月としては敵の脅威と聖杯戦争というものに召喚された英霊の強さを知ることが出来ただけでも大いに成果はあった。
だが先ほど呪文を使用してから脳内に誰かの笑い声がちらつく。
その声は妖艶で、美しく、狂気を孕んでいて、聞きたくなくとも勝手に脳内で再生され続ける。
夜月の正直な感想としては不愉快極まりないものであり、彼の経験上では二度と遭遇したくないものである存在に限りなく近い。
「どうやらこの戦争ってか、この世界にもいるんだろうなぁってことは理解したくなかったが理解した」
「突然どうしたのじゃ?」
「いや、これから起きるであろう事を考えると気が滅入るってことだよ」
「まったくわからんのぅ」
故に夜月はこの戦争の黒幕であろう存在に、内心で悪態づくことしか出来ないのであった。
「さてはて、どうしたもんかなこりゃ」