箱のあった最奥の大広間から、回廊は直線に延びる一本道だったが、ここがどこなのか判らない以上、無闇に外へ出るのは得策ではないと考えたさくら。
敢えて一本道を駆け抜けてから門前で左右に伸びる脇道へ入る。途中何人か、白装束を纏った女性達とすれ違い、目撃されたが…槍などを持っていないところから兵士ではないのか。
さくらと銀髪少女を呆然とした表情で見送った。
銀髪少女も、直後は悲鳴を上げたり騒いでいたが…さくらが口元を押さえるとくぐもった叫びになり、今は静かになった。
それにしても広い。どれだけ走っただろうか。綺麗な噴水のある中庭のような場所に差し掛かった時、小部屋を見つけたので覗くと…どうやら物置らしいが、小さな机と椅子があった。
さくらは、迷わず入ると扉を閉める。施錠しようと思ったが鍵らしきものはなかった。ひとまず抱えていた銀髪少女を降ろすが…
「お願いだから、静かにしててね?」
言葉が通じない事は判っているので、人差し指を立て口元に当てるゼスチャーを加える。これも意味が通じるかは不明だったが、少女は意図を察してくれたらしく、無言で頷いた。
少女を椅子に座らせ、さくらは戸の側の壁に背を預ける形で立つ。
そこで、ようやく緊張がほぐれた。頭を整理する。
「やっちゃったよ~、私誘拐犯だよう! でもでも、あのまま捕まったら言葉も判らないまま不審者として殺され…なくとも牢屋とか入れられてたかもだし…」
はうぅ…と頭を抱えつつも一番発言力のありそうな彼女を連れ去ったのは、彼女なら自分を弁明してくれるのではと感じたからだ。
しかし、さくらは凡ミスに気づく。
「とにかく、あのお姉さん達に私は怪しい者じゃないって説得してくれない?」
「Sind Sie ein beruhmter Damon-Stamm, der schwarze Ornamente tragen darf? Aber dann weiBt du, wie toricht du bist. Oder ist es eine menschliche Hand!?」
「…………」
「…………」
うん。そうだよね。弁明云々の前に、彼女とコミュニケーション取れなきゃ。
つまりは無意味。
いよいよ以て泣きたくなってきたさくらだったが、銀髪少女は何を思ったのかおもむろにさくらの眉間に人差し指で触れた。
「Die Seele hat kein Sprachgedachtnis. Es ist schlieBlich kein Damon-Stamm.」
「?」
何かに落胆したように目を伏せると、今度はとてとてと部屋の隅にあった樽に近くにあった木の器で水を汲み――髪の毛を抜いて入れる。
「Ein Getrank nehmen.」
水の入った器を差し出す…毛は溶けるように見えなくなった。
「ほえ? なに? 飲めってこと?」
「Ein Getrank nehmen!」
言ってから少女は先に口をつけて見せる。毒味だ。
そう言えば、喉は渇いていた。おずおずとさくらは器を受け取り――飲む。
水が喉を潤し体内に入り吸収された感覚が解る。
ぷはー、とさくらが息を吐くと銀髪少女は問う。
「どうですか? わたくしの言葉が解りますか?」
「うん。――あれっ?」
「良かった。どうやら言語同調は成功したようです」
どうして…とさくらが首を傾げると少女は告げる。
「あなたの魂には言語記憶がなかったようなので、わたくしの髪を飲ませることで、わたくしの言語記憶を転写したのです」
「ほえ~」
さくらは、難しいことはよく判らないがとりあえず凄そうなので思わず拍手。
それに気を好くしたのか銀髪少女は胸を張る。
「――それで、あなたは何者ですか? 言語記憶を持たないということは魔族ではないでしょうが」
「私、木之本さくら」
「キノモトサクラ? 珍妙な名前…いえ響きは魔王陛下と似ていますね…」
「あの、あなたは?」
「わたくしは、言賜巫女のウルリーケと申します」
原始巫女? 名前からして一番偉い巫女さんかと、さくらは考える。
「それで――あなたは何の企みがあって眞王廟に……禁忌の箱に近づいたのですか!?」
「えっと…」
まずは何から説明したものかと、さくらは悩んだ。