巻きつの   作:エゥエゥ

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プロローグ

 寒い寒い今にも雪が降りそうな冬の日、迷宮のある都市【オラリオ】に今しがた到着した隊商がありました。その十一の馬車の群れの中の一つに女の子の様な少年が乗っています。少年の名はエイリル、小さく丸まった角を持つヤギ族の獣人です。他のヤギ族のように尻尾はありませんが。

 

 エイリルは一年と半年ほど前に村長の許可を得てから、住んでいた森を出て町に住みました。町で色んなお店で働きながら【オラリオ】に行くための旅費を貯めていました。ですが旅費を溜まる理由はひょんなことから無くなりました。隊商です。町に来た隊商がエイリルを含む数人の少年少女を隊商の雑用として雇ったのです。

 隊商で働く賃金は至って普通でした。いえ、むしろ住んでいる町から離れモンスターに遭遇する危険を背負うのですから、少し安いのかもしれないです。しかし雇われた少年少女は気にしません。もちろんエイリルも。

 隊商の最終目的地は【オラリオ】、【迷宮都市オラリオ】です。年頃の少年少女にとってそこで強くなって名声を得るのはよくある願望(ユメ)です。エイリルは名声には興味ありませんでしたが、似たような口でした。

 

 隊商は四つの都市と一つの国を通り抜け、大きく遠回りをしてオラリオにつきました。

 隊商での出来事は正しく値千金の出来事でした。植物の毒の有無の見分け方。様々な武器の扱い方。文字の読み書きも、不完全だったものが完璧になりました。剣を扱いは赤子でしたが、旅の終わりには立派な青年です。

 

 「おう、エイリルの嬢ちゃん。旅はどうだったか? いい予習になっただろ?」

 

 オラリオに行く旅で得た、大切なものを思い出していたエイリルに話しかけてきたのはドワーフの商人。隊商の中で香辛料を始めとした調味料の運搬を担当している商人です。

 

 「予習……はい! とても良い勉強になりました!」

 

 そう元気よく笑顔で返事をするとドワーフの商人は満面の笑みを浮かべて乱暴に撫でます。分厚いその右手はずっしりとして、熱がこもっていますが不快ではありません。嬢ちゃんとからかわれていますが、それは家族を相手しているようで非常に好ましいものでした。

 

 「よし! なら後は実践だけだな!」

 

 そう言うとドワーフの商人は撫でる右手を腰に吊るした小型の鞄に納め、すぐさま引き抜きます。何かを握っているようでしたが、その大きな手のひらに隠されそれが何なのか分かりません。

 

 「おっ……そうだ。エイリルの嬢ちゃんに渡したい物があったんだ。少し目をつぶってくれないか?」

 

 エイリルは勿論、目を閉じます。ドワーフの商人は"いっけねぇ、忘れとった忘れとった"そう言葉を苦笑交じりに零しています。そうして目を閉じていると首に何かをかけられました。"もういいぞ"そんな言葉を頼りに目を開きます。

 

 「へへっ中々に似合ってるじゃねか、予想通り絵になるぜ」

 

 目を開いた先にはドワーフの商人が少し離れ、両手の指で四角を作っていました。続いて首にかけらえた物を手に取ります。それは白い小さな結晶が沢山入った透明な小瓶でした。白い結晶には心当たりがありました。塩です。ドワーフの商人は塩が大好きだったのです。

 

 「いいか、塩には色んな使い道がある。―――「食事によし、体力によし、気つけによし、でしたよね?」――― おう、よく憶えてたな」

 

 「当然です。食事の時や稽古の度に言われたら、たとえ忘れても直ぐに思い出しますよ」

 

 そうして他愛の会話をしていた二人でしたが別れの時間が訪れました。雇用の契約はオラリオに着くまでで、そこからは各自自由に動く約束でした。勿論隊商についていくの勝手ですが、そんな事はしません。旅の半分は隊商としての仕事を手伝いましたが、もう半分は冒険者としての技能を教えられたからです。丹念に教え込まれた事を無駄にする程、エイリルは薄情ではありません。

 

 「よし、そろそろお別れだな。まぁお前さんは他の子らと違って心配いらねえが気よつけろよ。【ダンジョン】てのは上手くいかないことだらけだからな」

 

 そういってドワーフの商人は鞘に収まった片刃の剣(サーベル)を渡してきました。

 

 「そいつは餞別だ。正直ギルドで支給される武器は安物ばっかりで、すぐ壊れるからな」

 

 そう言うと彼はすぐさま馬車に乗り込み馬車を走らせます。なんだか言いたいことを言われてばかりで自分から話せませんでした。本当はもっとお礼とか言いたいことがありましたが、それは次回にすることにしました。生きていればまた会えるからです。その時は冒険者として立派になれている頃でしょう。

 

 エイリルはそう思い改め歩き出そうとして、声を吐き出します。

 

 「またねっ!エイドルフ……!」

 

 遠ざかった馬車からは親指を上げたおっきな握り拳が見えました。そのおおきな手のひらは立派でエイリルにとっては憧れの一つです。

 

 立派になること。それがエイリルの願望(ユメ)です。それは特別でも何でもない普通ですがエイリルの願望(ユメ)なのです。中途半端のエイリルにとってそれは間違いなく憧れなのです。

 

 エイリルは今度こそ歩き出しました。向かう先は北西の第七区と呼ばれる通称『冒険者通り』です。そこには冒険者ギルドがあります。【ファミリア】に入る前に行け、エイドルフが会話の途中で教えてくれた事です。距離は遠いですがこれくらいは苦にもなりません。

 

 エイリルは歩きます。歩きます。雪が降ってきました。この分なら時期に積もるでしょう。冒険者ギルドに行く前に宿を確保した方がいいかもしれません。

 


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