「インファントドラゴンは大きな火を吐くだけのトカゲだ。別に武器が効かない訳じゃないし不死身でも何でもない、物語に出てくる怪物じゃないんだからな」
ルガイドがそう言って皆を鼓舞します。
ルガイド、エイリル、ユフィ、リイルの四人は11階層に出現したインファントドラゴンから一定の距離を保つように右回りで移動していました。
「決定打が無いだけで戦ったパーティーはそれなりに手傷を負わせたみたいね」
インファントドラゴンは首を左右に振って敵を探しているようです。その身体中には小さな手傷がありますが、そのほとんどが固まった血で塞がっていました。
不意に、四人はインファントドラゴンと視線が合います。
「どうやら視力が悪いようだな……前のパーティーによるものか……」
四人はその場から動きません。動けばインファントドラゴンに気づかれてしまうからです。そんな中、ユフィが魔法の準備をするために魔力を研ぎ澄まします。
「本当なら、気づかれずに重傷者を救出して、逃げたかったんですが……」
エイリルはインファントドラゴンに気づかれていると知って、ルガイドに言いました。ルガイドは苦笑して、意識を切り替えます。
「しゃあない、手負いのモンスターは狂暴になるからな。油断も何もしないから本当に戦いにくい相手だ」
エイリルは両手の武器を構え直します。リイルは腰を落として、一息に駆け抜ける準備をしています。
「んじゃ最終確認。エイリル尻尾を狙って、ユフィは初手補助魔法、リイルは重傷者救出。重傷者は階層入り口にポーション飲ませて置いといてくれ、運が余程悪くなれば今は大丈夫だろ」
♢
リイルはインファントドラゴンの股下を潜り抜け、叩きつけられる尻尾を回避して重傷者の居場所まで一息に駆け抜けました。
リイルが重傷者を救出する間、ルガイドたちはインファントドラゴンの足止めをしています。
不安はありません。ルガイドは四人の中で一番強いので心配する必要はなく、エイリルはその努力からくる実力で大丈夫でしょう。唯一ユフィが心配ですが彼女はルガイドたちが守ってくれます。
「ゴァアアッ!」
インファントドラゴンの咆哮が11階層中を木霊しました。リイルにとってあれは間違いなく強敵です。そして戦う必要は限りなくありません。
重傷者を助け出したら撤退をします。作戦ではその筈でした。
歪んだ鎧の下敷きになっていた獣人の少女を助け出し、エイリルから渡された赤いポーションを二本の飲ませて重傷を軽症に戻したとき、少女が微かにですが息を吹き返したのです。
リイルは少女を抱え上げ、インファントドラゴンの股下を通り抜けた以上の速さで走り抜けました。
階層入り口に到着したリイルに少女が口を振るわせて言います。
「みんなの、かたきを……おねがい……!」
別にリイルには少女の言葉を叶える必要はありません。ルガイドが聞けば必ず仇を討つでしょうが、リイルには仲間を危険にさらす理由はないのです。
リイルは少しだけ考えます。インファントドラゴンと戦うルガイドたち、インファントドラゴンを倒せばランクアップするでしょう。しかしそれはリイルにとっては、どうでもいい事です。
大事なのは心です。ルガイドもユフィもこのまま撤退すればきっと後悔して、しかし戦いが続けばエイリルは戦いの途中で、間違いなく中途半端で倒れる。そうなればそれはエイリルにとって間違いなく悔いになります。
二人と一人、どちらも人数で比べられないほど大切な仲間です。
リイルはインファントドラゴンの尻尾を切り落とそうとしているエイリルを眺め、赤いポーションを一本だけ置いて行ってユフィの魔法で強化された脚力で戦いに加勢しようと駆け出しました。
♢
振り下ろした斧がインファントドラゴンの大きな尻尾の根元に刺さりますが、硬い皮を貫いただけで止まってしまいます。
「思ったより硬い……!」
皮膚を貫かれた痛みからか、インファントドラゴンはエイリルを振り下ろすべく巨体を乱暴に動かし暴れます。
「くっそめちゃくちゃだな! 俺らを無視しすぎだろ!」
暴れるインファントドラゴンに合わせて槍を振るい、ルガイドは固まった血で塞がれた傷口を抉りながら言いました。
「あまり無茶しないでよね! 私の魔法は10分も続かないんだから!」
現在、エイリルたちはユフィの魔法によって有利に立ち回れていました。ユフィの魔法はステイタスと耐性を上昇させる魔法です。しかしその効果は長くは続きません。魔法が切れれば途端に動きが悪くなり、明確な隙ができる諸刃の剣でもありました。
「全員後退! ブレスがくるぞ!」
ルガイドの合図に合わせて一斉にインファントドラゴンから離れます。少し遅れてインファントドラゴンが全身を巻き込むように炎を吐きました。
一秒、二秒、三秒、四秒。ブレスが途切れるまでの間、ルガイドたち三人は集まりました。ブレスを吐き終えたインファントドラゴンは油断なくルガイドたちを見ています。
「みんな、戻ってきた」
そこにリイルがルガイドたちに合流しました。そのまま彼女は少女の言葉を伝えます。
「仇を討って、そう言ってた」
ルガイドもユフィもエイリルも油断なくインファントドラゴンを見つめたまま、どうするか話し合います。
「仇を討つ義理はないな」
「そうね、別にないわね」
「討てるかどうか、分からないです」
三人は撤退するかのような口振りでリイルの言葉を待ちました。四人とインファントドラゴンは円を描くようにじりじりと動きます。
「逃がして……くれそうにないよ」
リイルは三人に合わせて言葉を紡ぎました。そしてそれを証明するようにインファントドラゴンは今日一番の咆哮を上げます。
「グォオオオアァァァアアアアアッ!!!」
頭を揺すぶるような咆哮を耐えて、ルガイドが言います。ルガイドの表情はとても厳しかったですが、その声色はどこか嬉しそうでした。
「本当だ、これはとても逃げられそうにねぇや」
「じゃあ戦いましょう。逃げられないですし」
「ねえ、競争のこと憶えてる? あれ、どうしようかしら?」
「うん、美味しいものが食べたい」
四人は軽口を続けて、インファントドラゴンを打倒した後の光景を見据えます。しかし四人には油断も慢心もありません。
「それじゃ行くぞ! 言っとくが誰も死なさないからな!」
インファントドラゴンの名前が長い