クソニート、TSするってよ   作:いたちしゃーく

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(´・ω・`)ヨムヒトフエテル,マジカ


クソニート、検診するってよ

「━━━━はい、それじゃぁね。お待ちかねの晶くんの経過検査結果なんだけど・・・・・・」

 

女の子になってから数えて十回目の経過検査の日。

担当の菅原先生は顎髭を擦りながら、カルテを片手に神妙な顔で言葉をうんと溜める。その様子に僕の隣でお母さんが顔を青くさせながら唾を飲み、僕も僕で緊張から体が強張って変な汗が噴き出してくる。何か凄いこと言われそうだ。

 

パンっ、と膝を叩いた菅原先生は、段々と下げていた顔をあげて口を開いた。

 

「至って良好!問題なしです!」

 

にこやかに伝えられた言葉にお母さんが安堵の溜息と共に少しふらついた。嫌な予感がしていて、予め構えていたから直ぐに支えられたけど・・・・。

 

「・・・・せ、ん、せい」

「ご、ごめん。ちょっとサプライズ的に・・・ほら、良いことだし、うん、本当にごめんね。真面目にやるべきだったね。はい、反省してます」

 

額に汗を浮かべた先生は深く頭を下げた。

悪気がないのは分かってるけど、お母さんが前に倒れたの知ってるんだから少しは考えて欲しい。まったくもう。

 

お母さんが落ち着いた所で、先生はカルテに目を通しながら話を再開する。

 

「えーと、それでですね。転化時に弱ったと思われる消化器系なんですが、全快とまでは言いませんが十分に回復してます。お伝えしてあった食事制限は解除です。これからご飯は好きに食べて大丈夫。油マシマシのこってり家系ラーメンだってOKですよ」

 

先生の言葉を聞いてお母さんが嬉しそうな顔をする。

間を置かず「晶くん、帰りにラーメンいこうか?」と聞かれたけど、元から脂っこ過ぎる物は好きじゃないので遠慮しておいた。だったら天ぷら蕎麦が良い。贅沢に海老が二つ乗ったやつ。前は半分しか食べられなかったし・・・うん?油は油でも、天ぷらは別腹。

 

「筋力量についても以前よりずっとついてきましたね。晶くんが毎日頑張っているお陰でしょう」

「晶くん毎日頑張っているものね。ね」

「・・・ただ、まだ基準値を下回っていますので、このままトレーニングは継続という事で。激しい運動は引き続き控えて下さい」

 

先生の言葉を聞いて更に嬉しそうに顔を緩ませたお母さんは頭を撫でてきた。悲しい顔をされるより楽しそうで何よりなんだけど、人前であんまり頭撫でないで欲しいかなぁ。僕にも羞恥くらいあるのに・・・とは言えないけど。言ったら、絶対しょんぼりすると思うし。

 

「この事を鑑みて、二週間毎に行っていた定期検査なんですが・・・今後の検査期間は一月空けてやるようにしましょう」

「一ヶ月・・・晶くんはまだ何処か・・・?」

「ああ、いえいえ。今の所は何もありません。経過は順調そのものですよ。ただ、性転化症は随分と体に負担を掛けて行われる事ですから、安定してからも油断は出来ないんです。あまり不安にさせたくはないのですが、最悪なケースでいえば死亡例もありますから。ですのであと半年は定期的に見せにきて下さい。晶くんも何かおかしいと思う事があったら、一人で悩まず直ぐに教えて欲しい。良いかな?」

 

頷こうとした時、一つある事を思い出した。

ある意味で最近悩んでいる事だ。

 

「・・・・・あ、あの」

 

絞り出した声に、先生が笑顔を止めて真剣な顔になった。

 

「何かあったのかい?検査結果では、特別異常はなかったんだけど・・・・いや、些細な事でも大丈夫。遠慮しないで教えてくれるかな?」

 

力強い言葉に僕は少し安心出来た。

僕は頭の中でグルグル回ってる最近の悩みをどうやって話したら良いか少し考えてから、一度深呼吸して気持ちを落ち着かせてから言ってみた。

 

「・・・・あ、の、その・・・・ぼ、僕の」

「うんうん、晶くんの?」

「む、む、胸が、おお、きく、なって、る、んで、すけど・・・・」

「━━━━あーーー成る程、成る程。胸がね・・・・胸かぁ、そうか。それはまぁ、少しねぇ・・・うーん」

 

首を捻った先生はブツブツ言いながら考えて始めた。

お母さんは隣で「胸くらい少し大きくても大丈夫よ。変じゃないわよ」って言ってくれるけど、そういう事じゃないんだ。気持ち的にも微妙な気分になるけど、そうじゃなくて、だって、ここ最近、少しずつだけど、ずっと大きくなってるのだ。スマホで調べたけど、ここまで急に大きくなるのって珍しいみたいだし・・・なんか病気もあるみたいだし。

 

カルテを見直した先生は顎髭を擦る。

 

「まずね、胸の大きさがどういう風に決まるかっていう話からしようか。性転化における体つきは、その時のホルモンバランスによって決まる事が多いんだ。統計上、女性ホルモン比率が高ければ高い程、女性的な体つきになる事が多い。君の体は一度大きな転化を済ませたけれど転化自体はまだ続いてて、最近ようやく終えた所なんだ。だから、その間の胸の成長はその転化時期に起こった物で、君が心配するような病気ではないよ」

「・・・・は、は、い」

「それでね、カルテを見るとねぇ、そうだねぇ、崩れてたホルモンバランスも落ち着いてきたし・・・転化自体はほぼ終わってる筈なんだ。これから極端に成長する事はもうないとは思うよ。重ねて言うけれど、病気ではないから安心して良いからね」

 

病気ではないという言葉に、心底ホッとした。

それこそこのまま大きくなっていって牛にみたいになるのかと思ってたから。

それに毎回の毎回、下着を買い直すのはちょっと勿体ない気がしてたのだ。本当に良かった。

 

「馬鹿に出来ない話だからね。ごめんね、晶くん。そういった話は前もってするべきだったよ」

「いえ・・・・・だいじょ、ぶ、です。あっ、ありがと、う、ござい、ます」

 

精一杯気持ちを込めて吐き出した言葉に、先生は何故か目を丸くした。変な風に聞こえたのかと思ったけど、直ぐにニコニコ笑ってくれた姿を見てホッとする。

 

「どういたしまして。ただ・・・・はは、これは私の落ち度だったなからね。感謝されるのは、何だかむず痒いものがあるかなぁ。はははは」

 

少し困ったように、けれど楽しそうに笑う先生を見てると、思わず口元が緩んでしまう。咄嗟に隠したけど、先生には見られたみたいでまた目が真ん丸に見開かれていた。変な笑いしか出来ないみたいだから気をつけていたんだけどなぁ・・・。

 

先生は何度か瞬きした後、カルテをテーブルに置いた。

そしていつかのように前屈みになって顔を覗き込んでくる。その目は前と同じで優しい色をしてて、口元はゆるやかな弧が描かれていた。

 

「カウンセリングの瀬戸先生から話を聞いていたし、毎回の検診で顔を合わせていたから知ってるつもりだったけど・・・良いもんだね。気持ちを見せて貰えるのは」

「・・・・?きも、ち?」

「初めて晶くんが私の検診を受けた日。晶くんは覚えているかい?私はよく覚えてるよ。目が覚めてから真っ先に自分の事じゃなくてお母さんの事を聞いたのは、君が初めてだったからね」

 

そうだっただろうか。

正直あの時の事は覚えてない。記憶にあるのはお母さんが病室にきた辺りからだ。それまでは意識が朦朧としてた気がする。

確認しようとお母さんを見たけど、お母さんは知らないみたいで首を横に振られた。 

 

「・・・正直ね、その時の君の変化のない表情を見たときね、私は最悪を想定したんだよ。仮に助かったとしても、後遺症が残る可能性が高いと思った。晶くんには以前も話したとは思うけれど、性転化は非常にリスクが高い事なんだ。不完全に終わる事も珍しい事じゃない」 

 

先生からそれは聞いた。

完全に性別が転化する人は、性転化症を発症した人の約二十パーセントだって話を。更に僕のように医療機関の補助を受けず性転化を行い、無事に性転化を終えられる人は一パーセントを切るのだという話も。

 

「君の検査を行った後、転化後の反動から器官系が弱っている事や全体的な筋力量が減退してる事がわかった。でもね、検査結果が正しければ、表情を作れなくなる直接的な原因は見つけられなかった。神経系の異常でもなければ、表情が作れなくなるほど表情筋が弱ってた訳でもない。脳にも異常らしき異常はない。それで性転化による精神的なショックが理由ではないと思っていたんだ。━━━━晶くんの事を、お母さんに聞くまではね」

 

先生はゆっくり手を伸ばした。

少しだけドキリとしてしまうけど、耐えられない程じゃない。震えだってそんなにないし、お腹だって痛くない。深呼吸しながら目を瞑って待ってると、膝の上にある僕の掌の上に、無骨だけど暖かいものが覆い被さってきた。

 

目を少し開ければ、先生の手が僕の掌の上にあった。

 

「晶くん。君は、本当に、よく頑張った。性転化と向き合うと決めた事が、どれだけ辛い事なのか・・・私は知っている。それだけだって、どれだけ大変な事なのか私はよく知っている」

 

「これからも大変な事はあるかも知れないけど、晶くんならきっと大丈夫。自信を持って欲しい。君は君が思ってるよりずっと強い子だ。何だって乗り越えられる。こうして私が触っても、逃げなくなったように」

 

「私に笑顔を向けてくれたように。君は強い子だ。私が知ってる中で、誰よりも」

 

緊張して顔は上げられなかったけど、頑張って頷いて見せれば先生の「よし!その粋だ!応援してるからね!」と言ってくれる。

 

僕は頷いて。

あともう一度だけ頷いた。

 

先生の期待に。

少しでも応えたいと、そう思ったから。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

換気扇にユラユラ吸い込まれていく白い煙をぼんやり眺めていると、不意に人の気配を隣に感じた。顔を向ければ肩につかない程度に髪を伸ばした三十代半ばの女性、同僚の瀬戸くんの姿があった。

 

瀬戸くんは煙草を咥えると、プラプラと揺らしてくる。

どうしたのかと眺めていれば、面白くなさそうにこちらを見てきた。

 

「火、貸してくださいよ。菅原センセ」

「君なぁ、貸して欲しければ態度ってもんがあるだろ。またライター忘れたかい?この間自慢してたヤツは?」

「あれですかぁ?いやぁ~何処いっちゃったのかなぁ~安くないんだけどなぁ~。居酒屋までは覚えてるんですけどね~?」

「どうして君みたいな子がカウンセリングなんてやってるのか、私は未だに謎だよ。ほら、こっちにきな」

 

ライターを出すのが面倒で咥えた煙草を指差せば、瀬戸くんは微妙な顔しながらも咥えた煙草を私の煙草に押し当てた。

小さな火が灯った煙草を一度ふかした瀬戸くんは、私と同じ様に換気扇をぼんやり眺める。

 

「セクハラっすかー」

「ごめんね。私奥さんにしか興味ないから」

「よく奥さんとあれこれ出来ますねー」

「卑猥だなぁ、君は。いや、まぁね。うん、私自身不思議ではあるんだけど・・・まぁ、巡り合わせっていうのかな。お陰で可愛い子供達と楽しく過ごせてるよ。その内瀬戸くんにもあるさ」

「おぇぇぇぇ、勘弁してくださいよ。本当に。男と寝るとか、無理ですからね。寝るなら、女と寝ます」

 

そういうと瀬戸くんは白い煙を吐いた。

 

「・・・・晶くんの事なんですけど」

 

不意に告げられた名前に、私は咥えた煙草を口から離した。瀬戸くんを見れば、何処か遠い目で換気扇を眺めたままだった。

 

「あの子、本当に凄いですね。性転化後4ヶ月とはいえ精神的にまだ落ち着くわけないんですけど、かなり前向きに現状を捉えてるみたいで・・・・あっさりって訳ではないんでしょうが、それでも自分の時と比べると大分落ち着いてますよ。おまけに別の問題もありますし」

「嬉しい話だけどね、あんまり話しすぎないでね。晶くんのプライバシーに関わる話だから」

「分かってますよ。こっちも伊達に何年もカウンセリングなんて面倒な事やってないんすから。まぁ、晶くんは頑張り過ぎるきらいがあるみたいなんで、無理しない程度に出来る事を少しずつ増やせてあげたらなとは思ってますよ。体、本当に大丈夫っすか?」

「大丈夫だよ。今の所はね」

 

こうして私達がここで話すのは別に決まりではない。

だが、いつからか、私達はここでこうして患者さん達の事について話すようになった。愚痴を溢す事もあるけれど、その大半は患者さんについての情報共有や、今後の治療法についての相談だ。

 

私も彼女も、同じ痛みを知っている。

随分と昔の事になってしまったが、それも患者さん達の姿を、患者さん達に関わる人達の姿を見れば鮮明に思い出す。苦しかったことも、辛かったことも。

時代もあったのか私達は沢山の物を失った。

 

だからこそ、彼らには彼女達には。

なにかを少しでも、と。

そう思えるのだろう。

 

「・・・・菅原センセは、キツかったっすか?」

 

不意にそんな言葉が瀬戸くんから掛けられた。

私は少し考えてから言葉を選んだ。

 

「そりゃぁね」

「ですか・・・・カウンセリングしてあげましょうか?菅原センセなら格安にしてあげますけど」

「格安かぁ。私は君に随分と付き合ってあげた記憶はあるんだけどなぁ。仕事外で」

「いやいやいや!あれはナシですよ!?そもそも菅原センセがいつでも連絡してきて良いっていったんじゃないですか!俺嬉かったなぁー!俺の話いつもちゃんと聞いてくれて、いやぁー本当に嬉しかったなぁー!」

「調子良いなぁ、君は」

 

相変わらずな瀬戸くんの様子に笑ってるとアナウンスが鳴り響いた。私を呼ぶ声だ。つい最近入院してきた性転化症の患者さんの姿が頭を過る。随分と荒れていたから、何かあったのかも知れない。

 

「ちょっと、いってくるよ」

「松原さんだったら呼んで下さい。多分その方が話早いんで」

 

瀬戸くんの言葉を心にとめ、私は廊下を歩き出した。

きっと私を待っている患者さん達の元へ向かって。

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