クソニート、TSするってよ 作:いたちしゃーく
ラブコメするって、いったよなぁぁぁ!!
※いってない。
僕が女の子になってから初めての紅葉の季節。
二階の部屋の窓から覗く神社を囲む赤や黄に色づく木々を眺めながら、僕はお出掛け用のパーカーを着込んだ。下はいつものジーパンにしようかと思ったけど、予報だと少し寒いみたいだから厚手のレギンスパンツにしておく。
足をレギンスに通すと、柔らかな裏起毛がピタッと肌に張り付く。最初はこの肌につく感じがいまいち好きになれなかったものだけど、今ではすっかり慣れた。楽だし、動きやすいし、温かいし。
レギンスを履いてから、少し窓を開けて寒さを確かめて見る。窓を開けると冷たい風がブァッと入り込んできて思わず背筋が震えた。思ったより寒かったけど、動いたら暑くなると思うからコートは着ないでおく。
寝癖を直して前髪を整えてから、僕は用意しておいたリュックサックを手にした。背負う前に中身を確認してちゃんと必要な物が入ってるか見る。一つ一つ指折りして数え確認して、念のためにもう一回ひととおり確認する。あの時みたいにスマホは忘れてない。今度もちゃんとポケットだ。財布はリュックサックの中。家の鍵はリュックサックのチャックのある所で・・・・うん。よし。
リュックサックを背負って階段を下りて居間に行くと、お母さんがソワソワしながら待っていた。
「晶くん、今日本当に行くの?」
不安そうな声に少しだけ気持ちが傾く。
でもあの事を考えれば、行かないと言う気にはなれないから、僕は出来るだけ力強く見えるように頷いた。
「い、いく」
僕の言葉を聞くとお母さんは諦めたように溜息をつく。
「誰に似たのかしらね。もう、頑固なんだから。分かったわ。でも、今日はお母さんと一緒に行くのよ。それと道中、晶くんが限界そうだと思った時は、そこで直ぐに帰宅します。約束してくれるわね?」
それは仕方ない事だ。
前に心配を掛けたのは他でもない僕なんだし。
小さく頷けばお母さんは満足したように頷き返してくる。そして薄手のコートを着込んでバッグを肩に玄関へと向かった。何処かその背中に闘志を燃やしながら。
「それじゃ行くわよ、晶くん・・・商店街にっ!」
気合いの入った言葉に、僕は拳を振り上げた。
・・・・何となくっ。
始まりはお母さんの何気ない一言からだった。
「━━━━あっ、そう言えば・・・みよりちゃんね、そろそろ誕生日だった筈よ」
食器を洗いながら言われた言葉に少しキョトンとしてしまったけど、それが分かり始めると意味もなく拍手してしまった。僕自身なんでか分からないけど、おめでたい事だと思ったからだと思う。多分。
それから食器を洗いながら話してると、今度みよりちゃんが来た時に何かお祝いしてあげようかって話になった。
僕としては出来るだけ盛大にお祝いしてあげたかったんだけど、ご近所付き合いは色々と難しいみたいで控え目にお祝いする事になって・・・だからケーキを用意する事はないんだけど・・・でも代わりにお菓子くらいは作ってあげても良いよねってなって・・・それが良いなら部屋を飾り付けたりクラッカーくらいはやって良いよねとかなって━━━━━それでプレゼントとかその他の物とか色々買う為に、今日のお出掛けが決まったのだ。
車の中で買う物を書いたメモを読みながらちょっと前の事を思い出してると、不意に車が止まった。びっくりして顔を上げれば、何処かのコインパーキングに入った所だった。
機械から券を貰ったお母さんはスルスル車の間を抜けていって、空いてる駐車スペースにススーッと車を止める。バックモニターは今日も大活躍だった。
「よし、と・・・晶くん。ここから少し歩くけど、大丈夫そう?」
言われて窓の外を見ると、遠くに沢山の人が行き交ってる姿が視界に入って━━━途端だった。病院で感じてた物とも、市役所で感じてた物とも違う。言葉に出来ない何かが背中を這いずるようにのぼってきた。寒気がして、お腹が痛くなってくる。頭の中が嫌な景色で一杯になって、頭が痛くてたまらない。でも、この痛みの押さえかたは、もう分かってる。先生から、沢山話を聞いた。沢山教えて貰った。
目を瞑って深呼吸する。
出来るだけ大きく、ゆっくり、長く。
胸の音が落ち着くまで。
楽しい事を考える。
お母さんと一緒に料理を作った事。
お父さんとゲームした事。
みよりちゃんと遊んだ事。
そうしていく内に少しずつ。
僕の中で暴れていた何かが小さくなっていった。
もう一度目を開けて景色を見ても、さっきのようなものはやってこない。まだ少しお腹はチクチクするけど、寒気はしない。
「晶くん、今日は━━━━」
「だ、い、じょう、ぶ。へい、き」
「━━━お母さんとの約束、忘れてないわね?」
「・・・ん」
僕が頷くと、お母さんは少し考えてからドアを開けた。
まだ帰らなくても良いみたいだ。
お母さんに続いて車を出て、一緒に人で賑わう道へと足を踏み入れた。周りから聞こえる沢山の音はどうしても心臓をバクバクさせる。変な汗も止まらないし、お腹の痛みも。一度落ち着いたお陰か、それともお母さんが側にいてくれるお陰か、そこまでは酷くは・・・なんていって、視線すらあげられないんだけど。情けないなぁ。商店街とはいえ昼間で人も少ないのに。あと、ごめんなさい、お母さん。引っ張って貰って。
「晶く・・・・晶ちゃん、お店着いたわよ」
お母さんの声に顔を上げると、最初の目的地である製菓材料の売ってる雑貨屋アサギリについていた。お母さんに続いて店に入れば、扉に取り付けられた鈴が鳴って元気な声が店の奥から響いてくる。
「いらっしゃいませー」
軽快な足音と共に現れたのは二十代くらいの若い女性だった。女性はお母さんを見ると手を振る。
「今日は何をお探しですかって卯月さんじゃないですか。いらっしゃーい。今日もクッキーの材料ですか?あっ、そうだこの間言ってたバター仕入れたんですよ。おフランスの。やっぱり違いますね。味が。プレジデントって言うだけあるっていうか━━━━━あれれ?」
女性は僕を見つけると目を丸くした。
それからジロジロと見つめてきて、思わず視線から逃れるようにお母さんの影に隠れてしまえば「ありゃりゃ」と気の抜けた声を漏らした。
「嫌われちゃいました?」
「ごめんなさいね。南ちゃん。悪気はないのよ」
「ああ、いえいえ。お気に為さらず。不躾だったのはこっちの方ですし・・・お子さんがいるのは聞いてましたけど、なんか思ったより小動物ですねぇ。可愛い。あー、初めまして。えーと?」
首を傾げる目の前の女性に、お母さんが「晶ちゃんていうの」と声を掛ける。自分で言うべきだったのに、やってしまった。恥ずかしい。
お母さんの紹介を受けて、女性は「晶ちゃんかぁ~」とはにかむ。
「私はね、ここの店長してる朝霧 南って言います。よろしくね。慣れたら今度お姉さんとケーキとか、バレンタインのチョコとか作ろうねー」
ケーキはともかくとして、バレンタインの・・・チョコ?別にあげる相手とかいないんだけど・・・。
「逃れざる乙女の戦争だからね。任せて、どんな唐変木でも一口食べただけで、そこの甘さに痺れるぅ、迸る香りに憧れるぅぅぅっ!!て言わせる物作らせてあげるからっ!」
ぐっと見せられた親指からは力を感じる。本当にすごいもの作らせてくれそう。だけど、あれって絶対作らないと駄目なの?義務なの?逃れざるって・・・えぇぇ・・・。そんな事、教材には書いて無かったんだけど。
どうしようかとお母さんの顔を見ればクスクス笑ってた。
「別に義務って訳じゃないから大丈夫よ?晶ちゃんには・・・少し難しいかも知れないけれど、そういう人が出来たら考えればいいことだからね」
お母さんの言葉にホッとしてると、「やだなーもち友チョコですよー。男なんざ五円チョコでもくれてやれば良いんですよ。手作りなんて一万年早いんですよ。一万年」と南さんが笑顔で悪態ついた。怖い。やんきーだ、絶対。
それからお母さんは南さんに買い物リストを見せながら、買うものの相談を始めた。僕としては小麦とバター、それとチョコチップを買って終わりだと思ってたんだけど、お母さんと南さんは気が合うみたいで話はどんどん盛り上がっていって終わりが見えなくなった。いよいよ話を聞いてもチンプンカンプンなってしまったので、邪魔するのもあれかと思って時間潰しにお店の中を少し見せて貰う事にする。
雑貨屋というだけあって本当に色んな物がある。
コンビニ程じゃないけど、探したら大抵の物はありそうだ。中でも製菓材料の種類は本当に色々あって、それが店の半分くらいのスペースをとって陳列してあった。殆んど英語とかよく分からない言語で書かれてて、何なのかぼんやりとしか分からないんだけど。
でも、インテリアはないなぁ。
酒瓶持った狸の置物と、招き猫と、鮭を咥えた熊はあるけど・・・なんで、あれだけあるんだろう。しかも微妙に高い。
暫く店の中をウロウロしてたらお母さんが買い物袋を手に提げてきた。お買い物は終わったみたい。お母さんから荷物を預かってると、カウンター越しに南さんと目が合う。声が出てこなかったから代わりに頭を下げたら、南さんは笑顔で手を振ってくれた。
今は出来なかったけど、今度来た時はちゃんと挨拶出来るようにしたいな。
雑貨屋を出て、次の目的地へ向かう━━━前にお昼ご飯を食べる事にした。けれどやっぱりお昼の時間帯はどこも混んでいて僕が入れそうなお店は無かった。仕方がないので路上販売してたたこ焼きを買って食べる事にした。屋台の影に用意された椅子に座りながら、テレビの食レポの姿を思い出しつつ一口で頬張ったら死ぬほど熱くて、ちょっと泣いたのはここだけの話。美味しかったけど、次はあんな食べ方はしない。邪道でも少しずつ冷まして食べる。絶対。
ご飯を食べ終えたら、僕の希望だった玩具屋へと向かった。プレゼントを買うためだ。出来れば前にみよりちゃんが欲しがってたマジェプリのグッズを買ってあげたい所だけど、ああいう玩具は結構高くて貰ったみよりちゃんの家族が気を使いそうなので、ケーキを用意しないことと同様にお小遣いの範囲で買えるちょっとした物を買うつもりだ。ヌイグルミとか?よく分からないけど、見に行けば分かるでしょ。
そうしてやってきた商店街の玩具屋は、思ってたのと少し違っていたけど凄いお店だった。入り口の隣、少し色褪せたショーケースに並んでたのはプラモやフィギアの数々。全部市販品みたいだけど、どれも丁寧に加工されてて、ロボット系は鋼鉄の重厚感があって、キャラ物はアニメの絵が実写化したみたい生き生きとしてた。凄いリアルだ。いや、アニメはリアルじゃないけど・・・そうじゃなくて・・・まぁ、うん。
「晶ちゃん、入らないの?」
「・・・ん」
ちょっと名残惜しいけど、いつまでも見てる訳にもいかない。お母さんに続いて店に入れば、狭い通路とその通路を挟むように並ぶ商品棚が視界に入る。棚を覗けば今時の玩具や一昔前の玩具が乱雑に並んでるのが見えた。
「・・・・何だか埃っぽいわねぇ」
不意に聞こえたお母さんの呟きに、僕も頷く。
確かにそれは思った。
あとなんかツーンとくる臭いがする?スプレーとかの臭いだろうか?
「晶くん、他のお店にしましょう?お母さんが晶くんのいけそうな場所を探しておくから」
確かにちょっとあれだけど、品揃えが悪い訳じゃない。見た感じだと最新の玩具でなければ少し安くなってるし、もしかしたら良い掘り出し物があるかも知れない。だから首を横に振ったんだけど、お母さんは少し困ったような顔になった。お母さんスプレーの臭いも埃っぽいのも駄目だからなぁ・・・・よし。
「ひとり、で、だい、じょう、ぶ」
「えっ、でも・・・・そうね、分かったわ。外で待ってるから、何かあったら呼んでね?」
少し心配そうにしながらも、お母さんは僕の意思を優先して店から出ていってくれた。ただ完全に信用された訳じゃないから、外から内装が覗けるショーケース越しにすごく見られてるけど。なんか背中がチクチクする気がする。
狭い店内を物色して少し。
よさげなヌイグルミを見つけた所で、カチャカチャと音が聞こえた。それは目の前にある商品棚の向こうから聞こえる。何かあるのかと棚の所から顔を出して覗けば、こじんまりとしたカウンターで何か肌色の物を紙ヤスリで削る男の子がいた。てっきり店の店員さんはおじいさんとかおばあちゃんがやってると思ってたから、不意討ちの遭遇に心臓が口から飛び出しそうになった。楽しかった気分が一気に冷めて、お腹がきゅぅっと痛くなる。
幸い男の子は耳にヘッドホンをしていてこっちには全然気づいてないみたいだから、話し掛けられる前に━━━。
「・・・・・あっ」
そう、帰ろうとした時。
男の子の肘の辺り、小さなそれが目についた。
一件すると意味の分からない何かの部品なんだけど、よくよく見ればそれはフィギアの上半身のパーツだった。それもそのパーツは、マジェプリの主人公が着てる制服と同じ形で、見慣れたワンポイントもついていた。
ハッとして男の子の手元を見ると一所懸命に擦ってたそれは足のパーツで、その側には猫目が特徴的なマジェプリのショコラの頭のパーツも見える。
何度か瞬きして、もう一度見る。
やっぱりマジェプリのフィギアだ!それもまだ販売してない、ショコラのやつだ!!
ネットの情報だと製作は始まってるらしいんだけど、正式な発表は未だにされてない。噂だと仲間入りしてから発表じゃないだろうかとか、ショコラの誕生日であるクリスマスに発表じゃないかとか、実の実は作ってないとか色んな話があるんだけど・・・とにかく、公式では作られてないのだ。
一部の熱狂的なファンが独自に作ったガレージキットが出回ってる噂を聞いたけど、まさかここにあるなんて。
「・・・・・」
男の子は器用に足を磨き終えると、前髪部分のパーツを手にする。そして何度かパーツの形を確認すると、プロの人が使うみたいなカッターを手に取って何かを削り始めた。
何を削ってるのか気になって少し近づくと、男の子がこっちに顔を向けて・・・・また作業に戻った・・・と思ったら凄い勢いで顔をこっちに向けてきた。二度見だ。初めて見た。
「ああっ、ああ、あわわわわ、い、いや、これはっ、は・・・・・い、いらっしゃいませぇぇぇ!何かお求めでしょうか!?」
大きな声に思わず体が震えたけど、頑張ってカウンターにあるそれを指をさしてみた。すると男の子は手足をあたふたさせる。
「こ、これが、その、な、なにか・・・?」
どうしても声が出てこなくて、手で男の子の様子を真似した。そうしたら男の子は少し考えてから、前髪のパーツを指差す。それに頷けば、男の子は迷うそぶりをみせながら話してくれた。
「・・・えっ、と、今、何してたのかって、こと、ですかね?あ、いや、特には、なんていうか、あっ、これ髪の毛の、前髪部分のパーツ・・・部品なんですけど、髪のここの溝が浅かったんで、ちょっと掘ってたっていうか?その、気持ち悪くて、すみませんでした」
何故か謝られてしまった。
邪魔したのはこっちなんだけど。
というか気持ち悪い?
意味が分からなくて困ってると、突然スマホが音楽を鳴らした。慌てて見てみれば、お母さんからメッセージが届いる。アプリを起動して中身を見ると、心配そうに物陰からこっちを見つめるパンダのスタンプが一つ押されていた。ショーケースの方を見るとここは丁度死角になっているようだ。ちょっといって顔を出せば、ショーケースの向こうの顔がホッとする。
これ以上待たせるのも悪いと思ったので、僕はそのままカウンターに戻って、ヌイグルミを購入する為に男の子へ見せた。少し手が震えてた気がするけど、男の子はそれには気づかず会計してくれて、そのままラッピングまでしてくれた。お願いした訳じゃないんだけど。
「・・・マジェプリ好き、だったり、その、します?」
店を出ようとした時、男の子の口からそんな言葉が響いてきた。どうして知ってるのか不思議だったけど、さっきお母さんからの着信音を聞かれた事を思い出して納得した。お母さんの着信、オルゴールバージョンだけどマジェプリの主題歌だからね。
でもあれで気づけるのは凄い。
みよりちゃんですら一回では気づかなかったのに。
この人もマジェプリ大好きなんだなぁ。
そう思うと、何とか声で伝えたくてなった。
だから沢山深呼吸して、沢山の楽しい事を考えて。
僕はお腹に力を込めて息を吐いた。
「・・・・は、い。す、すき、です」
漸く言えた言葉は何処か震えてて。
なんだか恥ずかしかった。
でも男の子にはちゃんと聞こえたみたいで、顔を下に向けながら感動でプルプルしてる。分かる。僕もみよりちゃんとマジェプリの話出来た時、そんな感じになったもん。分かる。
僕はプルプルしてる同士に敬礼してからお店を出た。
今度みよりちゃんと会う時が楽しみだ。
ショコラの人形を作れちゃう、凄い同士が近くにいる事を教えてあげなくちゃ。
後日、みよりちゃんのお誕生日会(プチ)
みより「しょうちゃん、もうそのおみせいっちゃ、めっだよ?」
しょうちゃん「・・・・・?しょ、ショコ」
みより「めっ、だよ」
しょうちゃん「???・・・・ん」コクリ