クソニート、TSするってよ 作:いたちしゃーく
のんびり更新ですまんな
女の子になって初めての冬のある日。
僕の家に朝早くからチャイムの音が鳴り響いた。
空になった洗濯籠を僕に預けてお母さんが玄関へいくと、少しして聞き慣れた元気な挨拶と話声が聞こえてくる。それからもう少し経つとパタパタと駆ける足音が聞こえてきて、それに耳を澄ませていると直ぐその足音の正体が廊下から顔を出した。
「おはよー!しょうちゃん!」
小さなツインテールをピョコピョコさせながら、兎のぬいぐるみリックを背にしたみよりちゃんがやってきた。
「おはよぅ、どう、したの?いつもより、はやいね」
「しょうちゃんは、おてつだいちゅうなの?みよりもてつだう!」
元気良く手をあげたみよりちゃんの後ろからお母さんが遅れてきた。何処か楽しそうなお母さんはみよりちゃんの頭を撫でながら僕に向かって口を開く。
「今日の残りの洗濯物はお母さんがやるから、晶くんはみよりちゃんの相手をしてあげて?なんかね、お願いしたい事があるんですって。ふふ」
お母さんの言葉を聞いてみよりちゃんは膨れる。
つり上がった眉毛とか鼻息の荒らさとかで怒ってるのは分かるんだけど、膨れた真ん丸の顔には残念ながら怖さはなくて可愛いだけ。隣のお母さんもニコニコしちゃってる。
「しょうちゃんママ!それはみよりがいうのにぃ!もぉー!」
「あらあら、ごめんなさいね。オヤツにホットケーキ焼いてあげるから、お喋りなおばちゃんを許して頂戴ね?」
「ほっとけーき・・・・いいでしょう!みよりはこころがひろいのでゆるしてちょうだいします!」
「ふふふ、ありがとう」
みよりちゃんのご機嫌が戻った所でお母さんは僕の手から洗濯籠を持って洗濯機のある洗面所に向かっていった。僕はみよりちゃんと居間へいって、いつもより早くやってきた来たみよりちゃんに事情を聞くことにした。お話を始めてすぐ、みよりちゃんはいそいそとバッグから画用紙と絵の具セットを取り出して見せてきた。
「しょうちゃんにおねがいがあるの」
「うん?なに、かな?」
「ここにね、ブーコのあかちゃんかいてほしいの」
遊びのお誘いかと思って頷こうとしたけど、みよりちゃんの顔はいつになく真剣で僕はそれが気になった。なので詳しく聞いてみたらみよりちゃんは少ししょんぼりした様子で話始めた。
「あのね、ブーコね、あかちゃんをけしけしってするの。みよりはいじわるしちゃだめっていったんだけど、ブーコはけしけしってするから、ママがあかちゃんねこちゃんのおうちさがさないといけねぇーって」
話を聞いて親離れかな?とそれが脳裏に過る。ブーコがやってくるようになって、食べさせて良いものを知る為に僕は猫について少し調べていた。そこに猫の子育てについても書いてあって、親離れの時期になると親猫が子供を自分から離したりする事があるとか?勿論全部の猫がそうじゃないんだろうけど、ブーコはその通りの猫だったみたいだ。
「パパとね、ママがね、おともだちにきいてね、プーコとぉ、ミーコはおうちがきまったの。でもね、ニーコとナーコがまだなの。クーコはパパがだいすきで、だからみよりのおうちでかっていいんだけど・・・・」
「そっ、か」
「・・・だからね、みよりね、がっこうでみんなにおねがいしようとおもったの。でも、みよりじょうずにあかちゃんのこといえないとおもうから、あかちゃんのえがあったらわかるかなぁって」
みよりちゃんが学校でどんな感じなのか、涼介くんに聞いてる。いじめられてこそいないけど、いまいちクラスに溶け込めてないこと。友達がまだ作れてる様子がないこと。だからそのみよりちゃんの言葉には少し驚いた。僕にはずっと出来なかった事を、彼女はこれからやろうとしてるから。
「だい、じょう、ぶ?」
声をあげることがどれだけ怖いことなのか、僕はよく知ってる。僕にはそれが結局出来なくて、"そう"なってしまったくらいなんだから。だから思わずそれを口に出していた。すると、みよりちゃんは少しだけ難しい顔をしてから、深く強く頷いた。なにかを確かめるみたいに。
「だいじょうぶ!みよりはね、ブーコのおねえさんだから。ブーコのあかちゃんは、みよりのあかちゃんなの!だからちゃんとおうちさがしてあげるの!」
力強い言葉が響いて、真っ直ぐな瞳が僕見つめる。
自分の情けなさを思い知るのと同時に、みよりちゃんの事を改めて凄いなと思った。こんな小さな子に尊敬してしまってる。━━━でも思えば、みよりちゃんはいつも自分から動いていた。僕のところにブーコを取り返しにきたのも、こうしてブーコの子供達の為に何かしようとするのも、全部みよりちゃんが自分で考えてやっている事。僕とみよりちゃんは違う。みよりちゃんはずっと強い子だった。
「━━━あのね、だからね、しょうちゃんにかいてほしんだけど・・・いや?」
小さな声にはっとしていつの間にか下がってた視線をあげると、しょんぼりしたみよりちゃんの顔があった。慌てて描くことを了承すると途端に花が咲いたような笑顔を見せてくれた。つられて笑うと「しょうちゃんかわいい」と言って貰えたので、こっそりしていた笑う練習はこれからもしていこうと思う。変な顔じゃなくて良かった。
みよりちゃんと相談しながら子猫の紹介をするポスターを作ること暫く。洗濯物を終えたお母さんがお菓子や飲み物を持って様子を見にきた。テーブルに置かれたポスターを見たお母さんは「へぇ」と感心したような声を漏らすと、持ってきた物をテーブルへおき僕の側に腰を下ろす。
「晶くん、絵上手ねぇ。お父さんも私もそっちは駄目なのに・・・誰に似たのかしら?」
「・・・えっ、絵は、練習、すれば、ぅまく、なるから」
僕のその話にお母さんが少し前のめりになって「そうなの?」と聞いてくる。少なくとも僕はそうだったので頷くと、近くにおいてあった広告のチラシを手に取り、何も書いてない裏側へ絵を描き込み始めた。お母さんの描く物に興味があったのかみよりちゃんがそこを覗き込む。何かしら声をあげるだろうと思ったけれど、不思議とみよりちゃんの感想は聞こえない。困ったような顔で首を捻ってる。
「━━━━━どうかしら?いける?」
そう言ってお母さんがチラシを差し出してきたので手にとって見てみれば、尺取り虫みたいなキャラがそこにいた。尺取り虫は二つのトゲの生えた顔を此方に向けてる。虫の絵?でも、虫にしては目とか口がはっきりしてるし・・・人面虫?なんか違う気がする。
「おか、あ、さん・・・えっと・・・」
「しょうちゃんママ、なにかいたの?みよりわかんない」
ストレートな言葉にお母さんは眉を下げた。
「ブーコちゃんだけど・・・」
申し訳なさそうな呟きにみよりちゃんが目を見開いてびっくりした。僕もびっくりしたから気持ちは分かる。だって尺取り虫にしか見えないもの。
そんな風に驚いてる僕達に気づいてお母さんが少ししょんぼりすると、みよりちゃんがアワアワと慌て始める。そして視線をあちこち動かしたあと、みよりちゃんははっと何か思いつくとお母さんと同じようにチラシに絵を描き始めた。一所懸命に何かし始めたみよりちゃんをお母さんと見守っていると、何かを描き終えたみよりちゃんが紙を見せてくる。
「みよりも、ブーコかいたよ!」
そう言って見せてくれたのはお母さんが描いたものと良く似た何か。一緒にお絵かきしてる時はそんな絵を描いた事がないから・・・・まぁ、そういう事なんだと思う。
「いいなぁーしょうちゃんママ、じょうずー!みよりもれんしゅうして、もっとじょうずになりたいなぁ」
棒読みも良いところな台詞をいうと、みよりちゃんは僕をチラチラと見てくる。なのでおみよりちゃんに合わせて母さんを誉める言葉を口にすれば、やりきった顔でみよりちゃんはお母さんへ視線を戻す。
その姿にお母さんがクスクス楽しそうに笑った。
「ふふ、ありがとうね。みよりちゃん、晶くん。それじぁおばちゃんはそろそろおばちゃんのお仕事しようかな。みよりちゃん、お昼ご飯は何が良いかな?」
「ハンバーグ!・・・でも、おひるごはんは、おべんとうがあるので、だいじょうぶです━━━━って、ママにいうのよっていわれました」
「そっか、今日はお弁当持ってきたのね。それじゃ、お弁当のオカズ少しだけ取り替えっこしよっか。おばちゃんはハンバーグ交換したいなぁ」
「いいよ!みよりはね、しょうちゃんママに・・・えーと?あのね、あけないとわからないから、おひるごはんまでまっててもいい?」
「ふふふ、勿論良いわよ。楽しみにしてるわね?晶くんもハンバーグで平気?」
そんな言葉に頷いて返すと、お母さんは鼻歌混じりに部屋を出て行った。みよりちゃんはお母さんが部屋を出るなり「しょうちゃんママ、おえかきへたっぴなのきづかなかったね。よかったね」と小さな声で言ってくる。それが何だかおかしくて思わず笑ってしまうと、下手っぴを笑っちゃ駄目っと怒られてしまった。
それからポスターの下書きを終わる頃、お昼ご飯の時間になった。約束通りのハンバーグにみよりちゃんは嬉しそうに頬張っていく。少しだけの交換こだった筈だけど、いつの間にか丸々一つ平らげてしまって、食べきれなくなったお弁当のオカズ結局僕とお母さんが食べる事に。オカズの中でも卵焼きが凄く美味しくて、機会があったらコツとか聞いてみたくなった。・・・多分思っただけで終わりそうだけど。
午後からはみよりちゃんにはポスターの飾りを折り紙で作って貰って、僕はポスターの色づけを始める。借りた写真を見ながら、出来るだけ同じように。
みよりちゃんは僕の絵を褒めてくれるけど、僕自身そんなに上手だとは思ってない。僕より上手い人は一杯いることも、きっとそういう才能がないことも、みよりちゃんが求めるような絵が描けないことも分かってる。小さい子に褒められて自惚れてなんかいない。僕にはそんなものはないから。
でも、それでも、僕が頼まれたのだから。
だからちゃんと、僕の出来ること全部を込めて、みよりちゃんが上手くいくように。
甘い匂いが鼻をつく頃、僕の仕事はようやく終わった。出来上がったそれに折り紙の飾りを付けてると、お母さんがオヤツにふっくら焼き上がったパンケーキを持ってきてくれる。三人でオヤツ休憩をとった後、残りの飾りもつけてポスターは完成した。
嬉しそうに丸めたポスターを抱えて帰ってくみよりちゃんを見送りながら、ふと絵を描くより写真を乗せた方が良かったんじゃないかと気づいた。ペットとして飼ってもらう事になるかも知れないのだから正確性は大事だ。慌ててどうしようかお母さんに聞いたけど、お母さんからは笑われてしまう。「そんな事ないわよ、大丈夫」らしい。
僕はみよりちゃんの背中を眺めながら、彼女が学校で少しでも上手くように願った。どれだけ意味があるのか分からないけど、僕に出来るのはもうそれだけだったから。
◇◇◇
みよりはちょっとまえにおともだちができました。
ちかくのうちのひとで、しょうちゃんっておとなのおんなのひとです。
しょうちゃんはからだがよわいみたいで、いつもおうちにいててれびをみてたり、うぉーきんぐましーんであるいてたり、ブーコをなでたりしてたりします。たまにへんなかおでわらわせてくれたり、やさしくていじわるしないから、みよりはだいすきなの。
さいしょはブーコをたぶらかしてるひとかとおもって、いじわるなこといっちゃったけど・・・でも、もうごめんねしたのでともだちです。
きょうはそんなしょうちゃんにかいてもらったぽすたーといっしょにがっこうにきてます。ニーコとナーコをかってくれるひとをさがすためです。りょうちゃんもさがしてくれるっていうけど、ブーコはわたしのいもうとだから、わたしがみつけるのがいいとおもうから。
「それじゃ、これで算数の授業を終わりにします。渡したプリントは明日の授業の時に答え合わせするので、ちゃんとやってきて下さいね。起立━━━」
せんせいのこえに、みんなといっしょにわたしはたちました。それかられいをして、ちゃくせきします。やすみじかんになって、みんながともだちのところにいったりおはなししたりします。つぎのやすみじかんはながいやすみじかんで、あそびにいったりしちゃうから、ニーコとナーコのおはなしをするのはいまがいちばん。
そうおもってらんどせるからぽすたーをとって━━━。
「きのうのWiZのドラマみたー?」
「ちょーみたしー!カケルくんかっこよかった━━━」
「こんちゃんずるいした!」
「ずるじゃないしー!!しょーこあんのかよ」
「こんうるさい!!カケルくんのはなししてのに!」
━━━━どうしよう。
みんなたのしそうでこえかけづらい・・・こえをかけたらじゃまにならないかな。ずっとはなしてないから、へんなこだっておもわれないかな。いけないのはみよりのほう。さいしょはみんなはなしかけてくれたのに、みよりがちゃんとおはなしをかえさなかったから。
こえがでてこなくて、みんなをみてられなくて。
したをみたらぽすたーがみえた。すこしひらいてみたら、しょうちゃんがいっしょうけんめいかいてくれたニーコとナーコがみえる。いっしょにはった、おりがみも。
「ブーコのおねえさん、なんだから・・・・」
あのときしょうちゃんにいったことをくちにだすと、あしにちからがはいった。
「あ、あのね━━━━━!」
たってこえをだしたら、みんながこっちをみた。
むねのところがどきどきして、てがふるえる。
またしたをむきそうになったとき、わたしのてにだれかのてがあたった。
かおをあげたらくらすのおとこのこがいた。
おとこのこはわたしのぽすたーをみて、てをのばしてきた。
「みせて」
「う、うん」
ぽすたーをわたしたおとこのこは、まるめてあったのをひらいてじっとみます。そうしたらそばにいたおんなのこもおとこのこものぞいてきて、きがつけばみんながあつまっちゃって・・・どうしようかとおもってたら、おんなのこが「かわいいって」だって。
「みよりちゃんがかいたの!?すごい!まんがかさんみたい!」
「えっ、あ、なまえ・・・その・・・」
「しってるよぉー。まえのせきだもん。ぷりんとあつめるときみてるし。ねぇねぇ、それよりこれ━━━」
おんなのこがなにかいおうとしたら、さっきのおとこのこが「こねこのかいぬしさがしてるの?」と聞いてきて、そうしたら「ねこうちもかってる!」ってだれかがいってみんないろんなことをおしゃべりしてくる。
「うちのママにきいてみよーかなぁー」
「さなちゃんいいなー。うちはパパがねこあれるぎーだからだめなのにぃ」
「えぇー、だいじょーぶかよ?さなっておれのかぶとにへんなえさあげて、しなせちゃったじゃんか」
「っさい!こんのくせに!だいじょーぶだしぃ!」
みんながぽすたーをみながらおしゃべりしてるあいだ、わたしはさいしょにはなしかけてくれたおとこのこにありがとっていいました。わたしひとりだとうまくはなせなかったとおもうから。そしたらおとこのこはくびをよこにふって「いままで、ごめんね」って。
「うぅん、ありがとぅ。みよりひとりだとね、うまくいえなかったから」
「・・・わかってないなぁ。もりたさんがいいなら、それどいいけど」
それからさいしょにぽすたーをみてくれたみんなとたくさんおしゃべりしました。ニーコとナーコのこと。しょうちゃんのこと。やすみじかんがおわるまで。ずっと。