流れていく。流れていく。目の前を。どこかで見た光景が。そう、俺の記憶だ。楽しかったこと、苦しかったこと、気恥ずかしかったこと、悲しかったこと。それらがページをめくるように、俺の眼前を巡っていく。そう、これは走馬灯だ。俺の人生を惜しむように、次第にスピードを上げて、たいして懐かしくもない思い出が、ハイスピードでフラッシュバックしていく。やがて、それらが目で追えなくなった頃、突如として大音量の衝撃音が鳴り響き、俺の意識は消失した。
次に俺が目覚めたのは、何もない空間だった。光もなく、体を支える感覚もない。音は、…聞こえるというより、何かの思念を感じる、そう、誰かの思考が自分を包んでいるような不思議な錯覚を感じていた。やがて、それらが、意味を持った概念として認識された。
最初に感じたものは、俺が死んだと言う事だった。俺は、ささやかな失望とともに、そのことを納得した。何しろ、空から降ってきた鉄骨にぶつかったのだ。命があるはずがない。
が、次に知覚した概念に、俺は愕然とした。曰く『勘違いで死んだ』『鉄骨は、俺にかすりもしなかった』…どういうことだ?
俺は入江勝彦。齢30歳を過ぎる引きこもりのニートだ。もっとも、それは客観的に見たものであって、主観的には違う。ある日、突然、謎の体調不良で動けなくなったのだ。自覚症状は、熱が38度程度の風邪に近い。が、体温計で測っても熱はない。病院へ行っても、どこにも異常はないという。38度の熱というのが微妙だ。頑張れば、動けない事もないのである。かくて、俺は頑張りすぎた。で、結果、気力が折れてしまったのである。仕事もやめ、実家に居候し、部屋に引きこもる生活。週に一度、気力を振り絞り、生活必需品を買いに出かけていた。家族は俺にあきれ果てているので、最低限の小遣いこそくれるものの、食事なんぞは作ってくれない。ヘロヘロになりながら、台所に立っていた。
その日も、何とか買い物を済ませ、ふらつく体で家路を急いでいた。そこに、誰かの叫び声がした。
「危ない!」
その声に、左右を見回し、上を見上げると、崩れた足場とともに、鉄骨が上から降ってきていた。俺は動けなかった。だるい体は素早く動くことを否定していた。俺は思わず目をつぶった。
…そして、今に至ると言う訳だ。
『ごめんなさい』そんな言葉が、俺の心に響いた。俺の疑問は深まる。言葉は続く。『あなたの体は十分まだ使えるのに、あなたの意識が体を離れてしまったから、私は事態に気づかなかった。分かったのは、あなたの体が焼かれた後。だから、あなたを生き返らせることは、もう出来ない。』
ん?私って誰だ。答えは即座に帰ってきた。『神』え~っ!ちょっと待って、話を整理しよう。俺は、鉄骨が地面に落下した音に驚いて、意識が体から離脱してしまい、それを死んだと神様が錯覚して、そのまま俺の体は荼毘に付されてしまったと言う事か?それって、俺にもちょっとだけ責任はあるが、結構ひどい話じゃないか?
『だから、埋め合わせはする』そんな言葉が響いた。俺は冷めた気持ちになった。どうせ、優先的に転生させるというとこだろう。正直言って、今までの人生、ほとんどいいことがなかったという自覚がある。いまさら、面倒な人生を赤ん坊からやり直したくはない。そう考えると、神様が絶句したのを感じた。どうやら、当たりだったらしい。
そこで、俺は、ちょっとしたいたずら心を出した。俺が望む世界への転生、例えば、「盾の勇者の成り上がり」の世界への転生、なんてのは出来ないのだろうか、と。
「盾の勇者の成り上がり」は、サイト「小説家になろう」で連載されたライトノベルで、書籍化、コミカライズ、アニメ化がされている。俺が知ったのは、アニメ版で、一気にはまってしまい、味気ない毎日の彩となった。そうして、WEB版も何とか読了した。特に惹かれたのは、ヒロインのラフタリアだ。俺は自分でいうのもなんだが、少々ロリコンの気がある。彼女は、外見年齢が、18歳程度ながら、内面は10歳程度の少女である。究極の、合法ロリと言えるのではないか。なんて、冗談はさておき、少なくとも、この世に転生するよりは楽しそうだ。
『それでいいの?』え?出来るんかい!俺は驚愕とともに、転生する際のスペックについて、神様と話し合った。
俺は目覚めた。気が付くと、草原で横になっていた。俺はすがすがしい気分で起き上がった。何しろ、長年悩まされてきた体調不良を感じない。それだけでも、儲けものだ。
俺と神様で話し合った転生は、以下のようなものだ。
今の俺(齢30ちょい)のまま転生すること。まあ、転生というより転移と言った方がいい。理由は、赤ん坊からやり直すのが面倒だったのと、赤の他人に憑依するのも気持ち悪かったからだ。実をいうと、年齢はもっと若くしたかったのだが、それをやるとステータスが大幅に下がると言われてあきらめた。
謎の体調不良は取り除くこと。そのほかの身体的能力は今のまま。正直言って、俺は、キモ、ヲタ、デブである。修正はしたかったのだが、やはりステータスに響くらしい。
オリジナル魔法が使える事。これは、学生の頃、一度作ろうとしたRPGの魔法体系をそのまま持ってきたものだ。属性と形態があり、それらを組み合わせて魔法が出来上がる。ただし、この世界の魔法は習得出来ないと釘を刺されてしまった。
ステータスはレベル1から。これも、高レベルにするといろいろ制約が出てくるらしい。
日付は、原作小説開始時、つまり、勇者が召喚された日だ。まあ、尚文君を冤罪から救ってやりたい気もするが、それだと、かなり前に遡り、相当高レベルに自分を鍛える必要がある。そうでないと、相手に信用させたりするのも難しいだろう。だったら、最初の波の前まで遡り、ラフタリアの故郷ルロロナ村を救った方がいいような気がするが、なんか、違う話になってしまいそうだ。
さらに、異世界の言語を取得していること。文字が読め会話ができなければ話にならない。
さて、服装こそ異世界の冒険者っぽくなっているが、懐を探った限りは無一文である。ステータス魔法でも、持ち物は服だけである。まずは、モンスターを狩って素材集め&資金稼ぎだろう。俺は身を起こすと、草を分けながら森の方へ歩いて行った。
しばらくすると、茂みからバルーンが湧いてきた。風船のようなモンスターである。早速、魔法の試し打ちをする。
「ファイアーアタック!」
この魔法は属性は火であり、形態はアタック、すなわち、個別の必中攻撃である。俺の使える属性は火/水/風/土/雷/精神、形態はアロー/ボール/レーザー/ブラスト/アタック/ウォール/クラウド/ストームがある。他に、属性を持たない開錠と、マインドアシストの魔法が使える。本当は、回復魔法も欲しかったが、やはりステータスが下がると言われ、あきらめざるを得なかった。
バルーンは一瞬で火に包まれて割れたが、俺はこの魔法を使ったことをすぐに後悔した。燃えさしのバルーンが草に落ちて火事になりそうになるし、素材としては黒焦げで使えない。火属性の魔法は威力と消費MPのバランスがいいのだが、とりあえずは使えなさそうだ。
ほどなく、またバルーンが湧く。今度はアイスアローを使った。水属性だが、ウォーターアローでは、低レベルでは、ただ水をかけるだけなので、威力が出ない。よって氷を使う訳である。アローは、貫通魔法レーザーの下位魔法、過剰な威力だと貫通することもあるが、基本的には、矢のように刺さるのみである。
今度は、バルーンが小気味よく割れた。破片を拾い、ポケットにねじ込む。
3匹目のバルーンには、ロックボールを使った。土属性の石礫の魔法。ボールは、爆発魔法ブラストの下位魔法である。威力が過剰ならば爆発することもあるが、通常はぶつかるのみである。
やはりバルーンが割れ、素材を回収する。
こうして風属性、雷属性、レーザー、ブラストまで試したところで、俺のレベルが2に上がり、MPが枯渇した。マインドダウンで昏倒しそうになる。仕方がないので、開けたところまで移動し、横になる。小一時間すると、MPが回復した。
再び、バルーンを狩る。今度は、一気に3匹ほど出てきたので、範囲魔法のストームを試してみる。台風のように真ん中に目が出来るが、円柱状の被害範囲を指定する事が出来る。バルーンはアイスストームで穴だらけになったが、何とか素材としては使えそうだ。
そんな、狩る→休むのサイクルを3回ほど繰り返すと、レベルが3に上がり、ポケットがバルーンの素材でいっぱいになった。
俺は城下街へ向かう。
街へ入ると、真っ先に素材屋を探す。バルーンの残骸を換金するためだ。人に聞いたりして、目的の店にたどり着く。あまり人相の良くない男が店主だった。俺が積み上げたバルーンの残骸を、胡散臭そうに見る。それでも、20余りの残骸を、銅貨10枚で引き取ってくれた。うん、原作通りの、相場の値段だ。
それから、俺は、雑貨店でバックパックを買った。素材を入れる袋がなければ、話にならない。銅貨5枚だった。それから、水筒代わりの革袋を買う。銅貨2枚。残りで昼食を取る。一番安い定食は、銅貨3枚だ。見た目も貧弱なベーコン(?)定食はまずかった。
午後は川の方へ向かった。こちらでは、キノコの化け物ルーマッシュ、腐った卵のようなエグックが出現した。雷属性と水属性魔法で仕留めていく。割れたエグックは、ひどい匂いだった。ただ、こいつは高く売れたはずだ。川の水で中身を洗い、殻を軽く乾かしてバックパックにしまう。あまり安全な場所が見当たらなかったので、MPが尽きる前に休憩をとる。案の定、休憩中にマッシュが湧いた。サンダーボールで仕留めていく。この魔法なら、原形を保ったまま仕留められる。買取価格も良くなるはずだ。
そんなこんなで日が傾きかけた頃、バックパックがいっぱいになった。レベルも4に上昇する。城下街に戻り、素材を買い取ってもらうと、銀貨6枚にもなった。少し迷った末、武器屋へ向かう。
中に入ると、
「らっしゃい」
と声をかけられた。スキンヘッドのエルハルトが、にこやかに、ややごつい笑顔で応対した。俺は、名前を言い当てて、驚かせてやりたい衝動を抑えながら、
「小型のナイフをくれ。予算は、銀貨5枚だ。」
と、獲物を注文した。ほどなく幾本かのナイフが並べられ、俺は、一番しっくりするものを選んだ。
「毎度」
の声に送られて、店を出た俺は、森へと向かった。森ならば、動物と遭遇する。ナイフは、そのためのものだ。
が、しばらくは、レッドバルーンとしか遭遇しなかった。魔法で対応する。え?なぜナイフを使わないかって?それは、俺が筋金入りの運痴だからだ。確実に、バルーンに噛み付かれる自信がある。
日が落ちかけ、そろそろ戻ろうかと思った時、茂みから、ウサギに似た魔物ウサピルが出現した。ある程度、知性を持った生き物だ。これで、精神属性魔法を試せる。
ウサピルは好戦的だ。こちらに向かってくるそれを、魔法で捉える。
「サイコブラスト!」
精神属性魔法は相手の精神に衝撃を与え、ある程度の確率で狂気状態にするものだ。攻撃魔法と状態異常付加が合わさったものと見ていい。なお、俺の魔法、マインドアシストは、狂気状態からの復帰をするものだ。万一、味方に誤射をした場合の対策である。
ウサピルは少しよろめき、奇声を発したかと思うと、くるくると回り始めた。狂気状態に移行したのだ。俺は徐にナイフを抜き、意味のない行動を続けるウサピルを仕留める。若干返り血を浴びて、いやな気分になった。魔法、ウォータークラウドを発動させ、体を洗う。クラウドは、範囲魔法の一種で、文字通り、雲のように、その属性魔法の効果を与えるものだ。と言っても、攻撃魔法としてはストームの方が威力も大きいし使い易い。どちらかと言えば、設置型の罠として使う魔法だろうか。なお、ウォールは、その名の通り、属性魔法の壁を作り出すものだ。こいつは、防御専門だろうか。
ウサピルを解体しようかとも思ったが、日が落ちかけていることもあり、そのままバックパックへ突っ込んで街に向かった。何せ、動物の解体などしたことがない。どの位時間が掛かるか分からなかった。
素材屋へ行くと、案の定、ウサピルを解体していないことに文句を言われたが、それでも、バルーン共々銅貨50枚で引き取ってくれた。
俺はそのまま酒場へ入り、夕食をとった。四聖勇者がいないかと見まわしてみたが、見つけられなかった。尚文君を見かけたら、一言忠告することも考えていたのだが…やっぱり、変人にしか見られないだろうな…。
そのあと、宿を物色して、ねぐらを決める。やはり、四聖勇者は見つけられなかった。あ、そういえば、奴ら、最初の日は城に泊まるんだっけ。今頃はそれぞれが違う日本から来たことを検証している頃か…。いい夢見ろよと祈りつつ、俺も寝床へ早めに入る。
現在レベル4、持ち金は銀貨1枚とちょっと。明日からせいぜい気張らねば…。
勘違いで死んだというネタは、おおよそ30年前の映画「四月怪談」から引っ張ってきました。好きな映画なもので…。