4人で、荷車を簡単な馬車に改造してから、行商へ出発する。
主な商品は、尚文君の作る薬だ。それに道中で倒した魔物の素材、行き先々で売買したその土地の名物などが加わる。さらに、人や手紙などの運び屋を行う。現に、最初の客として、魔法屋がリユート村まで同乗する。
リユート村では、薬草や香辛料などを若干仕入れ、郵便物などを託される。波から救っただけあって、この村での俺たちの評判は、すこぶる良い。
リファナは、宿屋のおかみさんに、預けた。ラフタリアは自分も村に残ると言ったが、俺と尚文君で説得した。彼女に抜けられると、売り子役がいなくなる。キモデブの俺では、客が逃げてしまいそうだ。
次の村まで、道中を急ぐ。尚文君は、薬の調合を、ラフタリアは魔法の勉強をしている。御者は、俺の役目だ。時々現れる魔物は、あるものはフィーロが跳ね飛ばし、あるものは俺が魔法で仕留めた。フィーロの口に入ってしまうものもあるが、素材になるので、御者台の横に積み上げておく。
フィーロが、俺のことを‘かっちゃん’と呼び始めた。出がらしの兄貴はいないが、まあ、いいか。
次の村へ着くと、俺とラフタリアとフィーロで、品物を並べ、行商の準備をする。尚文君は、魔物の解体だ。皮や肉も大事な商品となる。役目を終えると、尚文君は馬車の中へと引っ込む。未だ、盾の勇者の悪名は広まっている。彼が出てくると、売れるものも売れない事態も考えられる。しばらくして、尚文君は、郵便物を届けるべく出て行った。
そのあとは3人で、声を張り上げて客引きだ。フィーロとラフタリアの容姿が良いので、足を止める客は多い。売り子は、ラフタリアの役目だ。人見知りをしないラフタリアに、客は笑顔で買っていく。俺は、金勘定と、ラフタリアの補助をする。
フィーロは基本放置だ。無邪気な美少女然とした彼女は、いるだけで人目を引く。飽きっぽいので、客引きを続けることはできないが、フィーロも人見知りをせず、誰とでも仲良くなれるような資質がある。お客と話したり、何かに気を取られて固まったり、あくびをしたりしても、それらが全部集客につながる要素がある。
立てかけた看板を見て、郵便物や届け物を託す客もいる。薬を飲ませる出張治療を求める客がいたので、住所を聞いておく。そこに、尚文君が帰ってくる。仕入れをしたのか、荷物を抱えている。客の応対を尚文君に引き継ぎ、銭勘定へと戻る。次の村へ行きたいという客がいたので、出発予定時刻を知らせておく。
最初はどうなる事かと思ったが、存外にうまくいった。リユート村の香辛料と、薬は完売だ。4人で後片付けをし、次の村へ行く客を待ってから、出発する。
次の道中は似たようなものだが、ラフタリアが、魔物の皮をなめしながら、客と世間話をしている点が違っている。
フィーロの馬車は高速なので、一日に二、三か所の町や村を回る事が出来る。基本、宿屋に泊まるが、時間的、距離的に合わない時は、野宿をする。そんなときは、尚文君の手料理が食べられるので、儲けものだ。
こんなこともあった。
山道に差し掛かってきたある時、フィーロが、
「誰かいるよ。」
と言った。見ると、前方で、男がふらふらになりながらも、何かを握りしめて走っている。俺は、男に話しかける。
「どうしたんだ?」
男が立ち止まったので、俺も馬車を止める。尚文君やラフタリアも何事かと出て来た。男はしばらく息を切らしていたが、
「早く、山向こうの村に戻らないと…。」
と言った。訊くと、親の容態が悪く、薬を抱えて戻るところらしい。
尚文君が言う。
「銀貨1枚で運んでやろうか?」
「薬を買うので精いっぱいで、そんな金は…。」
男が答えると、
「銀貨1枚相当のものでもいいし、つけでもいい。しらばっくれたら許さんが。」
と尚文君は言う。
「それなら、お願いします。」
商談成立だ。俺は、尚文君に、フィーロの手綱を渡す。尚文君はフィーロに乗り、俺とラフタリアで、男をその後ろに乗せる。
馬車から解き放たれたフィーロが、すごい勢いで峠道を登って行った。ラフタリアが手を振って見送っている。
フィーロが見えなくなると、ラフタリアは、馬車へと入っていった。俺は御者失業で、やる事がない。馬車が揺れているので、中を覗いてみると、案の定、ラフタリアは腹筋をしていた。彼女は、暇さえあれば、体の鍛錬をする。
「お前、相変わらず、よくやるな。ところで、魔法の勉強は、いいのか。」
声をかけると、ラフタリアは腹筋をやめて、
「私、魔法が使えるようになったんですよ!」
と嬉しそうに言った。
「ほう、それはすごいな。」
と驚くと、
「見ます?」
と少しいたずらっぽく言うので、
「もちろんだ。」
と見せてもらうことにした。
まずは光の魔法と言う事で、ラフタリアが詠唱を始める。
「ファスト・ライト!」
の声とともに、馬車の中が程よく明るくなった。呪文詠唱の必要がない俺からするとややまだるっこしい感じはするが、有用な魔法だ。
「威力は押さえてるんだろ?」
「全開にします?」
「よせよ、目がつぶれてしまう。」
「そこまでの威力は、ないんですけどね。」
「そうか、よくやった。」
と言って、頭を撫でようとすると、
「やめてくださいよ。」
と、手を払われてしまった。
幻影魔法を見せてくれるというので、馬車の外へ出る。再び、ラフタリアが詠唱を始める。
「ハイド・ミラージュ!」
とラフタリアが叫ぶと、彼女の姿は消えてしまった。うん、本当に見えないぞ。キョロキョロしていると、頭をポカリとたたかれてしまった。俺は、頭を抱えてしゃがむ。結構痛いぞ。多分剣の柄を使ったんだろうと思うが、ラフタリアの腕力だとこうなるか。
「お返しだ。サイコクラウド!」
辺り一帯を、精神攻撃の雲で満たす。
「ひゃうっ!」
衝撃を受けたラフタリアが、思わず声を漏らす。
「そこだ!」
声を頼りに手を動かすと、尻尾に触れたので、そのまま握る。上等なビロードの手触りがする。せっかくなので、両手でモフモフする。
「ちょ、ちょっと、カツヒコ様、やめてください!」
ラフタリアが姿を現して、言う。
「いやだ。さっきのお返しだ。それに、久々だしな。」
まだ幼い外見だったころのラフタリアの尻尾を、良く触っていたことを思い出す。正直言って、うっとりするほどの手触りだったので、火の番の交代の時など、わざと尻尾を触って起こしたりした。敏感な部分らしく、彼女は飛び起きて、じっと睨まれるのは常であったが…。さすがに大きくなってからは、俺も躊躇するようになった。
「いい加減、怒りますよ!」
言われて俺は尻尾を放す。視界の端に、フィーロを捉えたこともある。小さな点だったそれは、みるみる大きくなって、俺たちの前で、止まった。
尚文君が、フィーロから降りる。
「お前たち、何してるんだ。」
ラフタリアが答えようとすると、フィーロが、
「かっちゃんとお姉ちゃん、イチャイチャしてた。」
と言った。あまり間違っていないが、鳥、お前はなぜそれを知っている。
「してません!」
ラフタリアが赤くなって言う。
「なんだ、勝彦。ラフタリアに、セクハラか?」
あきれた目で俺を見る尚文君に、
「ちげーよ。」
と俺は答えた。
そんなこんなで、行商の旅は順調に進んだ。2週間もすると、俺たちは、妙な鳥を連れた、行商の何でも屋と近隣で評判になった。評判は、信用につながる。信用が得られると、それは、売り上げに貢献する。俺たちは、だんだんと行動範囲を広げていった。
「いやー。神鳥の聖人の馬車に乗れるとは、ついてます。」
と、いかにも豪商と言った風情の中年男は言った。
「神鳥?」
聴き慣れない単語に、魔物の皮をなめしていたラフタリアが訊き返す。
今は、町での商売を終え、次の村へ移動中である。乗客は、件の男ただ一人。アクセサリー商である。面倒な客であることを知っている俺は、フィーロに辺りを注意するよう促す。戸惑いながらも、何か察したのか、フィーロは了承する。こういった点は、勘が鋭くて助かる。
アクセサリー商が話している。
「巷で噂になってますよ、神の鳥が引く馬車に乗り、病で苦しむ人々を、特別な薬で癒す聖人と。貴方様のことですよね。」
「違う、俺たちはただの行商人だ。」
尚文君は答える。まあ、ガラじゃないのは分かる。
「フィーロって、神様ー?」
鳥が能天気に言う。
「こら、フィーロ。人前で、しゃべるな。」
俺がたしなめると、
「ごめんなさい。」
と素直に謝る。うん、お前は周りを警戒していろ。しゃべるフィーロにアクセサリー商は驚いている。
しばらく行くと、フィーロが、
「なんか、いるよ。」
と知らせてきた。俺は、警戒をする。
すると、道の前方の脇、藪の中から、人がわらわらと出て来た。いずれも目つきの悪い、屈強な男たちが、20人余り、俺たちの前に立ちはだかった。まあ、山賊なのだろうが、正気か?襲撃とは、不意打ちだから、成立するんじゃないのか?アクセサリー商の護衛と言えるのが、デブと痩せと狸なので、なめられたか。
止まれと言ってきたので、俺は素直に止まる。何事かと、馬車から尚文君たちが出て来た。
山賊たちは、アクセサリー商を渡せという。
「素直に渡せば、命までは取らねーよ。」
山賊たちの物言いに、尚文君は、
「命以外は全部取る、と言う事か。」
と言う。山賊たちは、嗤って頷く。何人かが、ラフタリアへ粘着質の視線を向けている。むかむかと腹が立って来た。当人は、
「あいつを斬っても、いいですか。」
と尚文君に許可を求めている。俺はフィーロの手綱を外し、戦闘態勢を取る。
やる気の俺たちに、山賊たちは、こちらにはクラスアップした用心棒がいるから、歯向かうだけ無駄だ、と返した。お前たちの余裕は、それか。しかし、俺の前で散開もせず、群れている時点で、お前たちの負けなんだよ。
俺は、徐に魔法を放つ。
「サイコストームVII!」
現時点の俺の最高強度の精神魔法だ。ストームの目にいた一人を除き、山賊どもは狂気状態に陥った。もちろん、用心棒も含めて。大の男たちがよだれを垂らし、ケタケタ笑っているさまは、醜悪だ。
「かっちゃん!」
「カツヒコ様!」
二人が怒っている。ああ、すまん、お前たちにも残すべきだったな。
一人残った山賊が、ガタガタと震えている。
俺たちは、山賊の処遇について相談をする。一応は、自警団に引き渡すのが妥当なのだろうが…。そんな話を聞いていた山賊の奴が、やけに余裕の顔になってきている。尚文君が問う。
「余裕だな。」
「だって、あんた、盾の勇者だろう。武器も持たずに盾だけなんで、すぐに分かったぜ。」
尚文君は、少し考え、納得した顔で言う。
「自警団に、あの悪逆非道な盾の勇者に襲われた、哀れな冒険者ですとでも言うつもりか。」
山賊は、挑発するように嗤う。尚文君が、脅しにかかる。
「じゃあ、仕方ない、死んでもらうか。」
嗤っていた山賊が、唖然とする。尚文君が、フィーロを見ながら言う。
「こいつは雑食でな、なんでも一飲みだ。フィーロ、おなかすいてるか。」
「すいてる~。ごはん~。」
フィーロが舌なめずりをして言う。こいつもノリがいいな。もっとも、半分本気ではないかという怖さが、この食欲怪獣にはある。
「し、神鳥の聖人が、人殺しなんてしていいのか!」
「自分で聖人と名乗った覚えはない。今までさんざん殺してきたんだろう、自分の番だと思って、あきらめろ。」
「ひっ!た、助けてくれぇ!」
山賊が、蒼白になって命乞いをする。
「分かった、命までは取らないでやる。」
尚文君の言葉に、山賊が胸をなでおろす。
「だが、分かってるな、命以外は、すべてもらうぞ。」
そうして、山賊どもを、身ぐるみをはぎながら、縛り上げる。さすがにケタケタギャハハとうるさいので、マインドアシストで正気に戻す。精神的打撃が大きいのか、正気付いた彼らは大人しかった。
そのあと、彼らのアジトの場所を聞き出し、そこへ向かう。見張りは、ラフタリアとフィーロが、あっという間に片づけた。
俺は、入り口から魔力を広げ、アジトの間取りを調べた。そうして、サンダークラウドを、アジトの中に流し込む。程なく、感電した山賊どもが、慌てて出て来た。彼らは、待ち構えていたラフタリアとフィーロの餌食となった。
縛り上げた山賊のうち、何人かを解放して、アジトの中のお宝を持ってこさせる。この山賊は結構裕福だ。金貨20枚以上の現金、薬、貴金属、反物や希少な魔物の素材など。それらを馬車に積み込む。山賊どもは、縛り上げたままアジトに放置だ。まあ、慈悲で、一人だけ縛りを緩めておく。
俺たちの所業を見て、アクセサリー商が舌を巻いている。曰く、命まで、商売のネタにするとは、商人の鏡だと。いや、単に、降りかかった火の粉を払っただけだと思うが。
それでも彼は、尚文君を気に入ったらしい。自分のノウハウを教え込むまで、俺たちの馬車に同乗した。
アクセサリー商が教えたのは、宝石細工、魔力付与、情報網、商人のつてなど、多岐にわたった。俺も、魔力付与を教わろうとしたが、邪険に追い払われてしまった。まあ、あとで尚文君から教わったので、問題はなかったが。
金が出来たので、城下街へ行き、イグドラシル薬剤を購入する。早速リユート村へ戻り、リファナに飲ませる。盾が淡く輝く。さすがに、神薬と呼ばれる薬の効き目はすごかった。バッタ物とは違い、リファナは立ち上がり、おぼつかない足取りながら、歩けるようになった。
リファナが立った!と感激すると、尚文君からアルプスと呼ばれそうだから、やめておこう。まあ、ラフタリアは、涙ぐんでいたが。
リファナが動けるようになったので、行商に連れていくことにする。いつまでも、宿屋のおかみさんに頼るわけにもいかない。たっぷりのお礼と十分な礼金を払って、リファナを引き取る。
彼女の立ち位置は、取り敢えず、フィーロと同じく、客寄せだ。気分のいい時は、ラフタリアと一緒に、売り子をしてもらう。
幸いだったのは、リファナが馬車に酔わなかったことだ。フィーロがかなり速く走っても、平然としている。
アクセサリー商がいなくなった後、教えてもらった商人の情報網から、魔力石を入手出来る場所を、突き止める事が出来た。魔力を糸に変えるときに使う、フィーロの服を作るのに必要な魔石だ。
俺たちは、魔法屋に連絡を取った。