ストックがない場合の更新頻度は、こんなもんです。
川沿いの山道を、フィーロが進む。彼女はご機嫌である。馬車には、赤い実が入った荷車が連結されている。さらに、馬車には温泉街に届ける荷物がいっぱいに積まれている。そのせいで、リファナが追い出された形になり、御者台の横にちょこんと座っている。
大体、荷が重い方がうれしいなんて、どういう生き物だ。ひょっとして、先天的マゾではなかろうか。いつか、幼女姿のフィーロに訊かなくては。などと、馬鹿なことを考えていると、当のフィーロが、
「なんか、臭~い。」
と言った。なるほど、硫黄の臭いがする。温泉が近いのだろう。
道行く人が増えてきたので、手綱を引き、フィーロの速度を落とす。途端に彼女の機嫌が悪くなるが、魔物じゃないんだから、通行人を跳ね飛ばすわけにもいかないだろう。
尚文君とラフタリアも、馬車から顔を出す。温泉街が見えてきた。ここの街は、結構でかい。ざっと見まわして、10以上の宿屋を中心に、屋台、見世物小屋、遊技場などのありがちな店から、治療院や雑貨屋、果ては武器屋まで、いろんな店が軒を連ねている。
俺は、教わった通り、一番大きな宿屋の裏に回った。話は通っていたらしく、荷物を倉庫に入れるように言われる。それから、5人で荷物運びに精を出した。が、いつの間にやら4人になっている。フィーロはどこだ?荷物を運び終えたのち、フィーロを探すと、彼女は、宿屋の玄関の前にある足湯に浸かっていた。
「ごしゅじんさまー。これあったかくて、気持ちいいー。」
その無邪気さに、小言を言おうと思っていた一同、毒気を抜かれてしまう。かろうじて、ラフタリアがたしなめる。
「フィーロ、お仕事の最中に、抜けるんじゃありません。」
「ぶー。」
フィーロが不満そうに口を鳴らす。
「でも、あったかそうですね。」
リファナが靴を脱いで足湯に入る。
「ごしゅじんさまー。温泉、てゆーのにも入ってみたーい。」
フィーロが言う。
「ラフタリアはどうだ?」
尚文君が問いかける。
「私は、そこまで興味はないんですけど、フィーロやリファナちゃんが、入りたいって言うのなら…。」
と言いながら、尻尾をぴょこぴょこと揺らすラフタリア。口で遠慮していても、尻尾が欲求を主張するのは、幼い姿の頃のままだ。
「勝彦は?」
「俺は温泉、結構好きだぞ。」
これは本当である。サウナ風呂があれば、言う事なしって、さすがにこの世界では無いか。
「なら今日は、ここで泊るか。」
尚文君が言うと、
「ごしゅじんさま、すきー。」
とフィーロが足湯から出て、尚文君に抱き付いた。ラフタリアとリファナが、なんだかむくれている。
荷物を運んでくれたお礼に、割引をしてくれるとのことだったので、宿はその一番大きなところにした。6人部屋があったので、そこに泊まる。
部屋に入って荷物を置くと、早速湯舟へと向かう。5人連れだってワイワイ廊下を進むさまは、さながら、修学旅行を彷彿とさせる。
浴場の入り口で、ラフタリアたちと別れる。脱衣所で服を脱ぐと、
「尚文、ちょっと体が締まってきたんじゃないか。」
「お前は相変わらずデブだな。」
などと、たわいない会話をしながら、湯舟へと入った。
ここの風呂は、皿状の風呂が、棚田みたいに重なっている構造になっている。それが、斜面いっぱいに広がっているのだ。大した規模である。見晴らしも良い。元の世界で、似たような温泉を本で見たような気がする。
しばらく唸って、湯を堪能していると、羽ばたきと共に、でかい鳥が下から上がってきた。フィーロだ。そのままジャボンと湯に入る。波が立ち、俺と尚文君が呑まれそうになる。
「こら、フィーロ。女湯に戻れ。」
と尚文君が言うと、
「いやだー、ごしゅじんさまと一緒に入るのー。」
と駄々をこねる。尚文君は、人型に変身して入るように諭した。ナイス、尚文君。
やがて、尚文君は湯船から上がり、体を洗い始めた。フィーロはバチャバチャと泳いでいる。
俺は、湯に体をゆだねた。額から汗が流れ落ちる。至福の瞬間だ。俺は、フィーロの姿をぼんやりと眺めながら、今までのことを考えていた。
勘違いで死んで、神様にこの世界に転生させてもらった。戸惑う事もあったが、与えられた魔法の力で、この世界で生きていく事が出来た。盾のパーティーに加わる事が出来た。ラフタリアとも会えた。フィーロもいる。俺の所為かは分からないが、リファナが生きて、一緒にいる。とりあえずは満足と言っていいだろう。
だが、これでいいのかという思いもある。尚文君には、俺のことは、神様に転生させてもらったぐらいは、ざっくりと話してある。ただ、この世界をわざと選んだことは伝えていない。つまり、原作知識を持っていることは伝えていないのだ。
正直言って、俺は、それを知られるのが怖い。だって、まるで、出来損ないの預言者のようなものじゃないか。
この世界は、たぶん、俺の知っている「盾の勇者の成り上がり」に非常に良く似ている世界に過ぎない。これは、現実なのだ。俺の頭の中にある、アニメの世界とは、たまたま同じ筋書きが動いているだけで、違うのだ。それを同一視することは、ゲーム知識に翻弄される三バカ勇者と同じ道をたどることになる。
つまり、したり顔であやふやな未来を語るペテン師にしか、俺はなる事が出来ない。そんな奴は、気持ち悪がられるだけだろう。
さらには、そのことを、今まで隠してきた負い目がある。もっとも、バラしていたら事態が好転したとはあまり思えないが。
俺は、無性に怖かった。自分の秘密を知られるのが。それを隠していた自分を知られるのが。
そこまで考えて、俺は思い当たった。これは、引きこもりの考え方だ。異世界に転移しても、俺は単なる引きこもりに過ぎないのだろうか。
「勝彦、先に、上がるぞ。」
尚文君が、声をかけて出て行った。フィーロも続く。
俺は汗まみれになっていた。いったん潜って汗を流し、湯舟のふちに腰掛ける。
いつかは、話さねばならないだろうと思う。あやふやな、通用するかわからない知識でも、役に立つこともあるはずだ。だが、それが何時かと問われると、俺は逃げてしまうのだ。
俺は、怖い。せっかく得ているかもしれない信頼を壊すのが。何気ない日常を共有している仲間を失うのが。とてつもなく、怖いのだ…。
俺が風呂から出ると、リファナがいた。
「かつひこさん、結構長湯なのね。」
わざわざ俺を待っていたのだろうか。ちなみに、彼女は俺を‘さん’付けで呼ぶ。まあ、奴隷でも何でもないので当然である。ラフタリアは、奴隷でなくなっても、‘カツヒコ様’と呼んでくれるが…。
「まあね。温泉好きだからな。」
リファナを見る。湯上りの少女は爽やかだ。
「ところで、何か、用かな?」
リファナは、勿体をつけるように、あるいは、俺を値踏みするように見つめながら、俺の周りをゆっくりと回った。そして言った。
「かつひこさん、ラフタリアちゃんのこと、好きだよね。」
直球かよ。これだから若い子は。うろたえても仕方ないので、俺は大人の余裕を見せる。
「ラフタリアのことは、好きだぞ。こんな小さい頃から、見ているからな。」
今のリファナの首当たりの高さに手をかざして言う。
「そうじゃなくて、女の子として見ているんでしょ。」
おやまあ、誤魔化し失敗。だが、一体どういうつもりなのだろう。
「なんとかしないと、なおふみ様に取られちゃうよ。」
ハイ、もう取られちゃってます。そういうつもりで、あの子とは接してきたから…。
俺は、リファナの頭を撫でた。
「いいんだよ、リファナ。人には、いろんな‘好き’があるんだよ。」
そうして、しゃがんで、リファナと視線を合わせて、言った。
「ラフタリアは、尚文が好きだ。そんなラフタリアを、俺は好きだ。それで、いいんだよ。」
「それじゃあ、困る。」
リファナが言った。読めて来たぞ。この娘、親友を出し抜くために、俺とラフタリアを引っ付けようと言う事か。当てが外れて、残念だな。
「いいか、リファナ。君が尚文を好きなことと、俺がラフタリアを好きなことは、全く別のことだ。それに、他人をけしかけて、自分の恋路を通そうなんてのは、素敵な女の子のする事じゃない。」
そういう俺に、リファナは、口の中で、何やらつぶやいている。
「だって・・。」
俺は言う。
「尚文とラフタリアの信頼関係に、負けそうになっているのは分かる。でも、考えてみろ、あいつら、知り合ってから、せいぜい3か月だぞ。君が入り込める余地がないわけじゃない。」
俺は、リファナの肩に手をかける。
「アドバイスするほど、俺は、恋愛経験はないけどな。思い続ければ、いつか叶うっていう事を、一途に信じる事が、力になる。…俺は、そう思うよ。」
リファナは、自分の肩にかけられた、俺の手を見た。そして、
「かつひこさんって、損な性分ね。」
と言った。
「コノヤロ。」
俺は、リファナの頭を軽くたたく。
「痛ったーい。ひどーい。」
リファナは駆け出しかけ、いったん振り返る。
「ラフタリアちゃんに、言いつけてやる。」
「こ、こら、ラフタリアには、内緒、な、。」
聞く耳持たずに、リファナは駆けていく。
「知ーらない。」
言いながら、廊下の曲がり角に消える。彼女が少し笑ったような気がしたのは、俺の空耳だったろうか。
部屋に戻ると、尚文君がフィーロの髪をとかしていた。フィーロはご機嫌だ。ラフタリアは、なんか不満そうにそれを見ている。リファナはいなかった。
俺は、着替えると、散歩してくると告げ、外へ出た。少し涼みたかったのと、屋台で何か買おうと思ったのである。食欲魔人ぶりを発揮しているリファナへの捧げもの、というか、賄賂だ。ラフタリアに変なことを言わないようにさせるためだ。
屋台を見ていると、
「ぶっさいくがいるぞ。なんでこんなん、生きてるんだ。」
という声が聞こえた。当然、俺のこととは思わないので、無視をすると、
「お前だよ、ぶっさいく。お前みたいなのが、なんでいる?」
声とともに、いきなり胸ぐらをつかまれた。見ると、顔の整った、若造だ。若造は、俺を殴りつけた。俺は無様に転がる。
「キャー。テツヤ様。カッコいいー。」
黄色い声が聞こえる。テツヤ?日本人か?見上げると、若造が剣を抜いている。こんな往来で、正気か?それとも新手の通り魔か?
俺は魔法を唱える。
「サイコアタックIV!」
若造がひるむ。若造の隣に、二人の女がいるのを確認できた。俺は、脱兎のごとく駆け出す。人をかき分け、階段を下りる。そこは、河原だった。日陰になっていて、人気もなかった。
丁度いい。ここで奴らをやり過ごそう。俺は、乱れた呼吸を整えながら、思った。
だが、俺はついていなかったらしい。
「ぶっさいく、逃げても無駄だぞ。」
階段の途中から声がする。奴か。
「テツヤ様、今度こそ、コテンパンにやっつけてくださいね?」
女の声もする。奴らだ。俺は、奴らの姿を確認しようと、階段を見上げた。しかし、逆光でよく見えない。すると、ひゅっと音がして、俺の左ももに鋭い痛みが走った。矢だ。
「ロックウォールIII!」
俺は岩壁を展開する。矢がカンカンと弾かれる音がする。
「ファスト・ヘルファイア!」
今度は魔法攻撃だ。声からして女らしい。だが、ウォールを貫くほどの力はないようだ。
「何隠れてるんだよ!」
奴が突っ込んでくる気配がする。ウォールを消して確認する。抜刀した若造が、いかれた目でこちらに向かってくる。こいつは、早く、正気に戻してあげないと。
「サイコアタックVIII!」
最高威力の精神魔法を放つ。若造は、悲鳴を上げて、止まった。だが、狂気状態には陥らない。意外にこいつ、レベルが高いのか。ならば、しばらくしびれていてもらおう。
「サンダーボールVIII!」
光球が若造を捉えた。次の瞬間、爆散する。オーバーキルによる爆発だ。こいつは思ったよりも、レベルが低かったのか。若造は、粉みじんになり、骨も残っていない。いかん、正当防衛とはいえ、人を殺してしまった。いや、過剰防衛か。
だが、終わっていない、女どもが残っている。女どもは、若造がやられたのを確認すると、俺に走り寄ってきた。接近戦か?一人は魔法使いのようだったが。
しかし、なんかおかしい。殺気がないのだ。おまけに、話しかけてくる。
「勇者様ー。」
俺は、勇者じゃないって。
「勇者様ー。お名前は?」
「私たち、あの男に、無理やり従者にされていたんです。」
って、嘘だろ。さっきは、やる気満々で魔法を叩き込んできたぞ。おまけに、一人が、俺に回復魔法を唱えてきた。矢を抜いた傷がふさがっていく。さすがに気持ち悪いぞ。
パーティーのリーダーがやられたばかりだというのに、敵(俺のことだ)に当然のように投降、協力する女ども、不気味にしか思えない。
「アイスウォールIV!」
氷壁に閉じ込め、俺は退散した。さっきの回復魔法のおかげで、何とか走れる。
俺は治療院によって回復魔法をかけてもらい。予定通り屋台で食べ物を買って戻った。量が少なかったので、フィーロとリファナは不満そうだった。
夕食の後、フィーロが尚文君にじゃれつき、ラフタリアとリファナが、負けじとちょっかいを出そうとしている。なんとなく、居場所を失った俺は、再び風呂へ向かった。月見風呂としゃれこもうと言う訳である。
早速肩まで浸かる。夜風が頬に心地よい。月明かりが斜めに差し込み、湯面で複雑に反射している。
左足の傷はもう痛くなかった。さすが、治癒魔法である。
それにしても、昼間のいかれたパーティーは、一体何だったのだろう。魔法を使ったせいか、人を殺したという実感がない。
そういえば、あんな感じの登場人物が、原作にもいたような気がするのだが…思い出せない。なぜだろう。頭の中を探るほど、靄のかかったように、記憶が遠くに去ってしまう感じがする。
俺は、詮索をやめて、再び湯に体をゆだねる。疲れが解けていくような感じだ。
俺は、今後のことを思った。
次の目的地は、おそらく、疫病の村である。ドラゴンゾンビと遭遇する場所だ。そこで、尚文君が、憤怒の盾を発現させるわけであるが…。出来れば、それは避けたい。あれは呪われた力だし、ラフタリアの負担も大きい。
そもそも、この次の波も、対教皇戦も、俺には対抗する手段がある。問題は、憤怒の盾がないと防御力が低下することと、その先は、やはり呪われた力が必要になってくることだろうか。どうせ必要悪ならば、早いうちに発現させるという考え方も、ないわけではない。
俺は、考えたが、憤怒の盾の覚醒に対する有効な対処法を思いつかなかった。仕方ない、出たとこ勝負で行くしかない。俺は覚悟を決め、風呂を出た。月が満天に輝いている。
部屋に戻ると、珍しく、尚文君が熟睡していた。積もり積もった疲れが出たのだろう。
女性陣のベッドは空だった。例の、ガゴッコの巣を探しに行ったか。
俺は、ベッドに入って、横になった。なかなか寝付けなかった。
俺は目をつぶって、羊を数えてみた。俺の頭の中で、柵を飛び越える羊は、7000を超えたあたりで、分からなくなった。
翌日は、鳥が鳴く声で目が覚めた。尚文君はまだ寝ており、女性陣は外出中だ。
俺は、朝風呂へ入りに行った。湯船から下を眺めていると、大きな獲物を背負った、魔物姿のフィーロが遠くに見えた。そうか、大イノシシを倒したか。頑張ったんだな。
俺は、のぼせる寸前まで浸かり、風呂を出た。
部屋へ戻ると、尚文君が、ラフタリアたちがいないと慌てていた。俺は、散歩でもしているんだろうと、宥めた。
そうこうしているうちに、ラフタリアたちが戻ってきた。小言を言おうとする尚文君に、3人は、感謝の気持ちだと言って、彫金の道具をプレゼントした。
「お前たち…。」
尚文君は、感激している。
俺も、ついでにプレゼントをもらった。ネックレスだ。よくわからない翼のような飾りがついていた。多分、フィーロのチョイスだろう。ありがたくもらっておこう。
尚文君が、泥だらけの3人に、風呂に入って来いと言っている。3人は顔を合わせて笑った。
俺たちは、昼過ぎに出発した。目的地は、東の疫病の村だ。時間が中途半端なのと、薬草を薬に調合する必要があるため、野宿を挟むことになるだろう。
訳あって、勝彦君の原作知識は、アニメ知識+アルファ程度に落ち込んでいます。
したがって、彼は誰に襲われたのか、分かっていません。