長くなったので、分けました。
その森に入った途端、空気が変わった。フィーロも同じことを感じたようで、
「何かー、風が臭うー。」
と、どこぞの谷の爺みたいなことを言っている。
ここは、疫病が蔓延しているという村の、手前の森である。
前日の野宿で、薬を大量に揃え-おかげで、尚文君はほぼ徹夜状態だったようだが-、準備は万端で村に向かっている。
しかし、この森の雰囲気は変だ。動物の気配がない。風の音と、ガタガタという馬車の走行音だけが、辺りに響いている。ちょっと大げさな言い方をすると、死の臭いがする。
馬車の中をうかがうと、不安になったのか、ラフタリアが地図を確かめている。
程なく馬車は、森を抜け、村へと入った。村はさながら、ゴーストタウンのようだった。人気のない通りを進んでいると、玄関先で、うつろな目で酒を飲んでいる男がいた。男は言った。
「何の用だ。この村に用のあるやつなど、もういないはずだが。」
俺は馬車を止めて言った。
「行商人だ。薬を売りに来た。」
男はいぶかしげにこちらを見た。そして、フィーロをまじまじと眺めると、何かを思い出したように、駆け出した。俺は、男について行く。馬車の中から、尚文君も顔を出す。
「先生!この村に、神鳥の聖人様が、来てくださったんですよ。」
男は、村の一角にある、そこそこ大きな建物の扉をたたく。中から、医者と思しき男が出て来た。しかし、なんか魔術師っぽい雰囲気もある。医者らしき男が言う。
「貴方は、本当に、神鳥の聖人様ですか。」
尚文君が答える。
「違う、俺たちは、行商人だ。薬を売りに来た。」
「それでもありがたい。私が作る分では、到底足りないのです。」
男は治療師と名乗った。おそらく、薬と回復魔法の両方を扱う職業なのだろう。
治療師は、建物の奥にある部屋に、俺たちを案内した。さしずめ、隔離病棟と言った感じだろう。
中には、助手と思しき女が、患者の世話をかいがいしく焼いていた。ちょっと癖があるが、なかなかの美形である。
助手が、俺たちのことを聞いてきた。治療師は、行商人で、薬を売ってくれるのだ、と紹介した。
患者は、ざっと見て30人、どの顔も生気がない。村の規模から考えると、少なめである。既に、相当数の死者が出ているのだろうか。それとも、皆、逃げ出したか。
「この状況なら、俺が飲ませた方がいい。」
尚文君が言うと、治療薬を飲ませ始める。盾が光り、患者の顔に、赤みが戻る。
「おお。」
治療師が感激している。
全部の患者に薬を飲ませると、俺たちは、別室で、商談に移った。
治療師は、金の入った袋をよこす。数えてみると、銀貨50枚ほどだった。
「足りますかな?」
「少し足りないが、まあいいだろう」
尚文君が言う。
「ありがとうございます。これで、急場はしのげました。」
と治療師。
「本当にいいのか。俺がやったのは、根本治療じゃない。このままじゃ、じり貧だ。」
尚文君が言う。
「おっしゃる通りです。」
尚文君は膝を組んで言う。
「まあ、俺は稼げるから構わないがな。お前たちの、金が尽きるのが早いか、命が尽きるのが早いか…。」
助手が顔を赤くして言う。
「私たちだって、ダメだってわかってます!でも、手の打ちようがないんです。」
「どういう事なんですか?」
とラフタリアが訊く。
彼らが話し出したのは、以下のようなことだった。
この
事の起こりは、そこを根城にしていたドラゴンを、剣の勇者が退治したことだった。ドラゴンの素材回収と死骸の観光で、村はずいぶんと潤ったという。
だが、数週間後。最初の冒険者が倒れ、流行病が発生した。死骸の肉が腐り、何らかの毒が発現したらしかった。
その時には、既に山の生態系が変化しており、凶悪な魔物が発生、並の冒険者では、近づけない状態になったという。死骸の処理など、及びもつかない。
国に事態を報告してあるが、勇者はみな忙しく、対処してもらえないのだという。
そこまで話して、彼らはため息をついた。尚文君が言う。
「国への依頼はキャンセルしろ。勝彦、ラフタリア。出発の準備だ。」
治療師が驚く。
「聖人様が、行って下さるのですか?危険です。」
「大丈夫ですよ、私たち、慣れてますから。」
とラフタリアが、なぜか楽しげに言う。
「なんと感謝の言葉を述べてよいものやら。」
治療師が感激している。
「感謝はいらない。欲しいのは金だ。銀貨500枚でいい。」
尚文君が、表情を変えずに言う。
「いくらなんでも、高すぎます。」
治療師の声は、悲鳴じみている。
「危険手当も込みだ。国へ払う依頼料を回せばいいだろう。それとも他に、当てでもあるのか。」
尚文君が答える。助手が言う。
「足元を見るなんて…。聖人じゃなくて、守銭奴じゃない!」
「自分で聖人と名乗った覚えはない。」
尚文君は言い捨てた。ラフタリアがあきれて言う。
「ナオフミ様、わざと、嫌われるような言い方をしていませんか?」
「そんな事は無い。」
尚文君は部屋を出た。俺たちも続く。
出発する前に一悶着あった。俺とフィーロが言い争ったのだ。馬車で行くというフィーロに、俺は猛然と反対した。
「必要なものだけ持っていけばいいんだ、馬車は置いてゆけ。」
「この馬車には、フィーロの一生分の思い出が詰まってるの。置いて行くなんて、イヤ!」
「一生と言っても、まだ、生後一か月ぐらいだがなー。」
「ぶー。」
「ぶーじゃない。余計なものはいらんだろう。」
「まあまあ、カツヒコ様、馬車で行っても、いいんじゃないですか?引くのはフィーロですし。」
と、ラフタリアがとりなす。
「まあ、分かった。だが、荷車は置いてゆけ。必要ない。」
と俺は言う。
「ダメー。それ、フィーロのごはんー。」
「あたしも食べたいー。」
とリファナ。
結局、俺の抵抗も空しく、馬車に解体道具を積んで出かける事になった。
フィーロに赤い実を食わせなければ、彼女がドラゴンに食われた時に、血に似た赤い液体を出すこともなく、尚文君が冷静になれたーフィーロ生存を信じ、カース発現を回避出来たかもしれない、という考えだったのだが。少し、浅はかだったかもしれない。
馬車を走らせていると、尚文君が訊いてきた。
「なあ、勝彦。さっきは、なんであんなにムキになったんだ?」
「途中で魔物と遭遇した時を考えてな。身軽な方が、戦闘しやすいだろう。」
と俺は答えた。すると、道の前方に、魔物がわらわらと湧いてきた。
「だったら、馬車だと、こういう事も出来る。」
と尚文君は言い、フィーロにファスト・ガードの魔法をかけた。そして叫ぶ。
「走れ!フィーロ!」
馬車が一気に加速する。馬車の左右や上空には、フィーロに蹴り飛ばされた魔物が、宙に舞っている。すごい光景だ。乗り心地もすごい悪いが。
こうして俺たちは、大した戦闘をすることもなく、目的地に着いた。