ドラゴンの死骸は、小高い丘に放置されていた。鼻が曲がるような腐臭が辺りに漂い、死骸には、虫の魔物がいっぱい取り付いていた。サイズこそ違うが、腐肉に群がるハエの図だ。気持ち悪い。
「食欲をなくす光景だな、昼飯を食っとくんだった。」
尚文君が言う。
フィーロが、
「おなかすいちゃったのー。」
と言って、荷車の中に顔を突っ込み、赤い実をむさぼっている。さすが食欲怪獣と言いたいところだが、原作通りに食ってんじゃないよ!吐くだろうが。
俺たちは、フィーロは放っておいて、それぞれ獲物を手に持ち、ドラゴンの死骸に向かった。尚文君は大鉈、ラフタリアは大槌、俺は鋸、リファナは手斧だ。これでドラゴンの死骸を解体し、盾に吸わせて処理するのだ。
尚文君はラフタリアを気遣っている。俺はリファナに、大丈夫かと声をかける。この二人は昔の病の影響で、呼吸器系が弱い。この腐臭が漂う空気は、なんでもない人間にとっても、苦痛だ。
「尚文、いっその事、魔法で焼いてしまうか?」
俺は言う。
「こんなに大きいものが、出来るのか。」
「多分、大丈夫だと思う。燃えさしは残るだろうがな。」
俺は答える。
「じゃあ、それでいこうか。」
俺は、魔法を唱えようとした。が、それは起こった。まるで時が巻き戻るように、ドラゴンの死骸がみるみる再生していった。翼が生え、皮が伸び、欠損した部分を覆っていく。ドラゴンの死骸は、やおら立ち上がった。
数秒間の出来事だ。俺は、あっけにとられた。立派なドラゴン、いや、ドラゴンゾンビの完成だ。それでも、牙や爪と言った重要な部分の再生は、まだされていないのが救いだ。
ドラゴンゾンビは咆哮する。鳴き声が、辺りを揺るがす。
「ドラゴンゾンビ、だと。」
尚文君が驚愕している。でも、現れてしまったのはしょうがない。サクッと倒してしまいますか。
「ドラゴン、きらーい。」
咆哮を聞きつけたのか、フィーロが突っ込んでいく。
「よせ!フィーロ。」
尚文君が言う。
「いったん戻って、態勢を立て直すぞ。」
尚文君の方針は撤退だ。俺は異議を唱える。
「いいや、このままでやれる。フィーロの援護をしよう。」
見ると、フィーロがドラゴンゾンビに体当たりをかましている。ドラゴンゾンビがのけぞる。ドラゴンゾンビはえずくようにのどを動かした。ブレスだ。
「みんな、俺の後ろに!」
尚文君が叫ぶ。皆そろって尚文君の後ろへ回る。
ドラゴンゾンビがブレスを吐いた。毒のブレスだ。俺とラフタリアとリファナが咳き込む。苦しい。理科の実験で、誤って、硫化水素を吸いかけたことを思い出す。喉と鼻に来る強烈な刺激は、耐えがたいものだった。
フィーロがいち早く飛び出し、ドラゴンゾンビへと突っかかる。
俺は、魔法を放とうとした。やはり、アンデットには火属性だ。だが、フィーロがちょこまかと動き回って、邪魔だ。どうしても、巻き添えにしてしまう。仕方ない、全体を焼くか。
「ファイヤーアタックVIII!」
俺は、必中魔法を使った。ドラゴンゾンビ全体が火に包まれる。だが、火力が足りない。対象が大きすぎるのだ。
「かっちゃん!フィーロの邪魔をしないで!」
攻撃のとっかかりを失ったフィーロが叫ぶ。いいや、邪魔をしているのはお前だ。
フィーロが、炎が消え、くすぶっている部位を見つけたのか、ジャンプしようとして助走を取る。
「フィーロ、戻るんだ。」
ここに至り、尚文君はまだ撤退思考だ。
ジャンプしたフィーロが、何事かと振り返る。そこに隙が生まれた。ドラゴンゾンビが首をもたげ、空中のフィーロを捉える。そのままバクンと咥え咀嚼する。ドラゴンゾンビの口から、赤い液体が滴った。飲み込まれたフィーロは、ドラゴンゾンビの首に膨らみを残して、胴体へと落ちていった。
「フィーロー!」
ラフタリアが叫ぶ。尚文君は茫然自失だ。俺は、尚文君の肩を掴んで、ゆすった。
「落ち着け!尚文。フィーロは無事だ!」
これは、嘘だ。さっきの赤い液体は、吐き戻された赤い実だろう。でも、大蛇は獲物を飲み込むとき、骨を砕くという。飲み込まれたフィーロが、無事であるという保証はない。が、何としても、盾のカースの発現は、避けなければならない。
「嘘をつけ!あんなに、血が出たんだぞ!」
尚文君は叫ぶ。だから、血じゃないって。
尚文君は、しばらく嗚咽しているようだったが、突然、目を見開き、顔を上げた。俺は、吹っ飛ばされた。残念ながら、カースが発現したらしい。
「ナオフミ様!」
ラフタリアが異変に気付き、叫んだ。尚文君に駆け寄ろうとするが、異常な力のフィールドに、近づけないでいる。
尚文君が咆哮する。その姿は、阿修羅か仁王のように変わっている。やがて、盾が、禍々しい形に変化した。尚文君が炎に包まれる。憤怒の盾の完成だ。
尚文君は、ドラゴンゾンビに近づいていく。ドラゴンゾンビが左前脚を振り上げ、尚文君へと振り下ろす。
「ナオフミ様!」
「なおふみ様!」
ラフタリアとリファナが叫ぶ。
尚文君はつぶされたように見えた。が、憤怒の盾は、ドラゴンゾンビの前足を支えている。そうして、尚文君がはじけるように発火した。その炎は、ドラゴンゾンビの前足を包んで焼く。セルフカースバーニングだ。ドラゴンゾンビがひるんで、前足を戻す。
「ナオフミ様!」
ラフタリアが尚文君に駆け寄る。制止したかったが、今の尚文君を止められるのは、彼女しかいない。
「ウォータークラウドIV!」
俺は、ラフタリアを水の雲で包んだ。これで、火傷に対する備えになる。
ラフタリアは、尚文君に縋りついた。彼女を水蒸気が包む。
「なおふみ様!」
リファナが尚文君に駆け寄ろうとする。俺はとっさに彼女を掴んで制止する。
「リファナ、止めろ。」
お前は、ダメだ。レベルが低すぎて、呪いで死んでしまう可能性がある。
「嫌よ、放して!」
リファナが俺を睨んで、腕の中で暴れる。
ドラゴンゾンビが、尚文君に尻尾を打ち付ける。憤怒の盾は、それを受け止める。再び、尚文君が発火する。呪いの炎が、ラフタリアもろとも、ドラゴンゾンビの尻尾を焼く。辺りが、白い蒸気で包まれる。
これは、ダメだ。ドラゴンゾンビの攻撃手段をそいでおかないと。俺は、徐に魔法を放つ。まずは、頭だ。
「ファイヤーブラストVI!」
火球がドラゴンゾンビの頭を捉え、爆発し、ひしゃげさせる。これで、もう、ブレスは吐けまい。
痛い!痛い!俺は、左親指に、痛みを感じた。見ると、リファナが、俺の束縛を解こうと、指に噛み付いている。お願いだから、大人しくしてくれ。
「ファイヤーブラストVI!」
俺は、痛みをこらえて魔法を放つ。今度は右前足だ。右前足は一瞬で爆裂し、形を失くした。
「ファイヤーブラストVI!」
次は、左前足。こちらも爆裂して、原形を留めなくなる。
取り敢えずは、ドラゴンゾンビの攻撃手段を奪った。まだか、ラフタリア。尚文君を呪いから解放することは、出来ないのか。そうして、フィーロ。お前は無事か。
ラフタリアが、ゆっくりと崩れ落ちた。だめか。尚文君をこっちに引き戻すことは、出来ないのか。
すると、尚文君が、ラフタリアに向かってかがんだ。そうして、何やら詠唱している。戻って来たのか。
俺は、ウォータークラウドを解除した。そして、リファナを放した。彼女は俺を睨んで、尚文君へと駆け寄る。
「なおふみ様!ラフタリアちゃん!」
俺も叫びながら駆け寄る。
「尚文!盾を戻すんだ!」
尚文君が、憤怒の盾をキメラヴァイパーシールドに変える。
「ラフタリア、大丈夫か。」
尚文君が言う。
「はい、ナオフミ様の、ヒールのおかげです。」
ラフタリアは、弱々しく答える。これは、ラフタリアの優しい嘘だ。ウォータークラウドで火傷は最小限に収まっているだろうし、ヒールは呪いには効き目がない。
「カツヒコ様、魔法での加護、ありがとうございます。」
ラフタリアが、言う。
「お前が無事なら、いいんだ。」
俺は答える。
ラフタリアの肌は、あちこちが黒く染まっていて、痛々しい。無事とは言えないな。
「ドラゴンは、どうしたのでしょう?」
ラフタリアが、目を泳がせながら、訊く。
「大丈夫だ。ドラゴンゾンビは、無効化した。」
俺が言う。
すると、ドラゴンゾンビが突然倒れた。まるで、スイッチが切れたみたいだ。そうして、腹のあたりが、何やら蠢いている。やがて、そこに切れ目ができ、何かが腐った液体とともに転がり出た。
「ぷはあ、やっと外に出られたー。」
そこには見慣れた鳥が、羽を震わせて、粘液を跳ね飛ばし、いつもの通りに立っていた。
「フィーロ!無事だったのか!」
尚文君が言う。
「でも、フィーロ、あなた、食べられて、血が…。」
ラフタリアが言った。フィーロが答える。
「血?ああ、フィーロ、パックンされたとき、ごはんゲーしちゃったの。」
「あの、赤い実か…。」
尚文君が言った。
「ドラゴンゾンビも、フィーロちゃんが?」
リファナが訊いた。
「うん。ドラコンのおなかを切り裂きながら進んでたらねー、紫色に光る水晶があったのー。」
それが、このドラゴンゾンビの正体か。
「それで、どうしたんだ?」
訊く尚文君に、フィーロはげっぷで答えた。
「食ったのか!?」
ラフタリアが笑い出す。しかし、それはすぐに咳に変わってしまう。
「すぐに村へ戻るぞ。そして、ラフタリアの治療だ。」
尚文君が言う。ラフタリアが抗議する。
「だめです!ドラゴンの死骸を処理しなければ。」
俺が言う。
「当初の予定通り、燃やそう。まだ、1,2発なら、魔法が撃てる。」
「そうか、それではすぐに済まそう。」
ラフタリアを馬車で休ませ、残り4人でドラゴンゾンビの残骸を処理する。俺は、魔法を放つ。
「ファイヤーボールVIII!」
「ファイヤーボールIII!」
大小二つの火球がドラゴンゾンビの残骸を焼いていく。おおむね燃え尽きた部分から、燃えさしを盾に吸わせる。小一時間ほどで、残骸の処置は終わった。
俺たちは、村へと戻った。
俺は、廊下で、ラフタリアの治療が終わるのを待っていた。呪いで変色した部位を、聖水を浸み込ませた包帯で、巻くのである。さすがに立ち会う訳にもいかず、女性陣に追い出された。
特に、リファナの剣幕は激しかった。拘束した理由は話したのだが、納得してもらっていない。未だ誤解があるようだ。困ったものである。
そこに、尚文君がやってきた。
「勝彦、お前、何やってるんだ。」
「現在、ラフタリアの治療中。締め出されてるんだ。」
俺は答える。
「何を遠慮する必要がある、入れ。」
尚文君は俺を引っ張り、当然のように中へと入る。
「ナオフミ様。」
ラフタリアは、ちょうど服を着終わったところのようだった。ちょっぴり、残念。顔や首、両手など、見える部分は包帯が巻かれていて、さながら、ミイラ狸である。
「具合は、どうだ?」
尚文君が訊く。
「少しだるいですけど、問題ありません。」
ラフタリアが答える。
「それにしても、恐ろしいものですね。ドラゴンという生き物は。死骸にも、こんな呪いがあるなんて。」
ラフタリアの介助をしていた助手が言う。
「ええ、私が、うっかり腐肉を浴びてしまったものですから。」
ラフタリアが、尚文君に目配せをしながら言う。呪いの正体は隠しておこうと言う事だろう。
そんな二人のアイコンタクトに気付いた助手が、ラフタリアに何事かささやいた。そして、意味ありげに言って、部屋を出る。
「ラフタリアさん、お大事に。」
彼女が部屋を出ると、尚文君が謝罪した。
「ラフタリア、済まなかった。」
「大丈夫です。あの力は、ナオフミ様を、どこか遠い所へ連れ去ってしまう。そんな気がしたのです。」
ラフタリアは尚文君を真っすぐに見つめた。
「だから、ナオフミ様を止める事が出来たのなら、こんな痣なんて、安いものです。」
彼女は気丈に言う。フィーロが、不安げに訊く。
「ごしゅじんさま、どっかいっちゃうの?」
「いいや、どこへも行かない。」
そういって、尚文君が、フィーロの頭を撫でる。
「あ、ごしゅじんさま、おみやげがあるの。」
フィーロが紫色の水晶を取り出す。手のひらサイズである。
「ドラゴンの中にあった、水晶のかけら。」
「フィーロちゃん、吐き出したの?」
リファナが訊く。尚文君がドン引きしている。
「違うの、おみやげに、とっといたやつなの。」
フィーロが必死に訴える。
尚文君は、水晶を受け取り、二つに割いた。片方を、盾に吸わせて、何やら唸っている。それにしても、水晶を割くとは器用だ。これも、盾の力か。
しばらくして、尚文君が言った。
「みんな、済まなかった。」
そうして、一人一人を見てから、言う。
「あの時、俺に迷いがあったから、みんなを危険な目に合わせてしまった。慎重と臆病は違う。俺がもっと前に出ていれば…。」
「違うの、フィーロも悪かったの。ドラゴン嫌いで突っ込んじゃったから。」
「俺もだ。もっと積極的に魔法を使っていれば、ドラゴンゾンビはもっと早く倒せたはずだ。」
そう、魔力消費を厭わず、ファイヤーアタックを3度ぐらい重ね掛けしていれば、ドラゴンゾンビは倒せたかもしれない。
「勇気と無謀は違います。ナオフミ様の、一時撤退の判断は、間違っていなかったと思います。」
ラフタリアが言う。
「でも、あの時は、フィーロが突出していた。パーティーの状況を見ていない判断だったかもしれない。」
俺が言う。
「前に出すぎず、下がりすぎず…か。難しいな。」
尚文君がつぶやくように言う。
「でも、私たちなら、出来ます。」
リファナが言う。
「そうだな。」
「そうですね。」
尚文君が言う。
「今の俺たちは、昨日より強くなっている。そして、明日はもっと強くなる。このことを、次に活かしていこう。」
5人が手を合わせて、見つめ合う。しかし、俺がリファナを見ると、視線を外されてしまった。これは、ちょっと、問題があるな。何とかせねば。
俺は、リファナを建物の裏に呼び出した。
シチュエーションとしては、愛の告白、または、リンチであるが、もちろん、そのどちらでもない。
建物の裏からは、墓地が見える。真新しい墓標が、何基かあった。火の玉でも飛んできそうな雰囲気がある。どちらの行為も似つかわしくないだろう。
俺は、群がる蚊と格闘しながらリファナを待った。
「何の用ですか?」
リファナが現れた。警戒する態度が著しい。
「ちょっと話がしたくてね。」
と俺は言った。
「話なんてありません。」
「いいや。その態度について、改めてもらう必要がある。」
俺は、リファナを見つめる。
「態度って?」
「俺を、必要以上に嫌っているだろう?」
リファナはしばらく黙っていた。そして、吐き出すように言った。
「あんなことをしたくせに。」
「あんなことって、尚文がカースに呑まれた時、お前を止めたことか?」
「そうよ。」
「止めなきゃ、お前は、たぶん、死んでいたぞ。」
リファナは、あの時のように、俺を睨みつけた。
「そんなの、分かんないじゃない。」
「いいや。レベル40に近いラフタリアでさえ、ああなったんだ。レベル10代前半のお前では、呪いには耐えられなかった。」
「私は、もう、レベル16よ!」
「ドラゴンゾンビの経験値が入った後でな。それ以前は、レベル13とか14だろう?」
リファナは、悔しそうに黙る。しばらくして、リファナは押し殺した声で言った。
「貴方は、私の邪魔をした。」
「だから…」
「私は、なおふみ様の役に立ちたかった。ラフタリアちゃんに負けたくなかった。それを…。」
リファナの目には涙がにじんでいる。俺は言う。
「たとえ、死んだとしても、か。」
「そうよ。」
リファナは答える。
「どうせ、私は、死にかけだったのよ。拾った命なら、今度は、思ったように使いたい。なおふみ様のために、生きたいの!」
俺は、リファナの肩を掴む。
「だったら、生きろ。死に急ぐな。お前を見つけたのは、俺だ。お前の命を拾ったのは、俺だ。そう、粗末に扱われちゃ、かなわん。」
「貴方には、関係ないでしょ!」
「ちょっと、熱血していいか?」
俺は、リファナの頬を平手でたたいた。小気味よい音がする。リファナは、頬に手を当てて、こっちを見ている。泣いているな。
「関係ない訳、無いだろが。俺もだが、尚文も、ラフタリアも、フィーロでさえも、お前のことは、気にかけてる。同じパーティーの仲間なんだ。」
リファナは、声を上げずに泣いている。熱血したはいいが、困った。この後、どうすればよいのだろう。
俺は、リファナの頭を撫でてみる。リファナは、不思議そうに俺を見る。いつかの、ラフタリアと同じだ。不意に、リファナが俺の胸に飛び込んできた。そのまま、彼女は泣きじゃくった。俺は、リファナが泣き終わるまで、彼女の体温を感じていた。
蚊がうっとおしいな。