転生引きこもりは狸娘の夢を見る   作:マーカス・クラン

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第16話 ドラゴンゾンビ

 ドラゴンの死骸は、小高い丘に放置されていた。鼻が曲がるような腐臭が辺りに漂い、死骸には、虫の魔物がいっぱい取り付いていた。サイズこそ違うが、腐肉に群がるハエの図だ。気持ち悪い。

 「食欲をなくす光景だな、昼飯を食っとくんだった。」

尚文君が言う。

 フィーロが、

 「おなかすいちゃったのー。」

と言って、荷車の中に顔を突っ込み、赤い実をむさぼっている。さすが食欲怪獣と言いたいところだが、原作通りに食ってんじゃないよ!吐くだろうが。

 俺たちは、フィーロは放っておいて、それぞれ獲物を手に持ち、ドラゴンの死骸に向かった。尚文君は大鉈、ラフタリアは大槌、俺は鋸、リファナは手斧だ。これでドラゴンの死骸を解体し、盾に吸わせて処理するのだ。

 尚文君はラフタリアを気遣っている。俺はリファナに、大丈夫かと声をかける。この二人は昔の病の影響で、呼吸器系が弱い。この腐臭が漂う空気は、なんでもない人間にとっても、苦痛だ。

 「尚文、いっその事、魔法で焼いてしまうか?」

俺は言う。

 「こんなに大きいものが、出来るのか。」

 「多分、大丈夫だと思う。燃えさしは残るだろうがな。」

俺は答える。

 「じゃあ、それでいこうか。」

 俺は、魔法を唱えようとした。が、それは起こった。まるで時が巻き戻るように、ドラゴンの死骸がみるみる再生していった。翼が生え、皮が伸び、欠損した部分を覆っていく。ドラゴンの死骸は、やおら立ち上がった。

 数秒間の出来事だ。俺は、あっけにとられた。立派なドラゴン、いや、ドラゴンゾンビの完成だ。それでも、牙や爪と言った重要な部分の再生は、まだされていないのが救いだ。

 ドラゴンゾンビは咆哮する。鳴き声が、辺りを揺るがす。

 「ドラゴンゾンビ、だと。」

 尚文君が驚愕している。でも、現れてしまったのはしょうがない。サクッと倒してしまいますか。

 「ドラゴン、きらーい。」

咆哮を聞きつけたのか、フィーロが突っ込んでいく。

 「よせ!フィーロ。」

尚文君が言う。

 「いったん戻って、態勢を立て直すぞ。」

尚文君の方針は撤退だ。俺は異議を唱える。

 「いいや、このままでやれる。フィーロの援護をしよう。」

 見ると、フィーロがドラゴンゾンビに体当たりをかましている。ドラゴンゾンビがのけぞる。ドラゴンゾンビはえずくようにのどを動かした。ブレスだ。

 「みんな、俺の後ろに!」

尚文君が叫ぶ。皆そろって尚文君の後ろへ回る。

 ドラゴンゾンビがブレスを吐いた。毒のブレスだ。俺とラフタリアとリファナが咳き込む。苦しい。理科の実験で、誤って、硫化水素を吸いかけたことを思い出す。喉と鼻に来る強烈な刺激は、耐えがたいものだった。

 フィーロがいち早く飛び出し、ドラゴンゾンビへと突っかかる。

 俺は、魔法を放とうとした。やはり、アンデットには火属性だ。だが、フィーロがちょこまかと動き回って、邪魔だ。どうしても、巻き添えにしてしまう。仕方ない、全体を焼くか。

 「ファイヤーアタックVIII!」

 俺は、必中魔法を使った。ドラゴンゾンビ全体が火に包まれる。だが、火力が足りない。対象が大きすぎるのだ。

 「かっちゃん!フィーロの邪魔をしないで!」

攻撃のとっかかりを失ったフィーロが叫ぶ。いいや、邪魔をしているのはお前だ。

 フィーロが、炎が消え、くすぶっている部位を見つけたのか、ジャンプしようとして助走を取る。

 「フィーロ、戻るんだ。」

ここに至り、尚文君はまだ撤退思考だ。

 ジャンプしたフィーロが、何事かと振り返る。そこに隙が生まれた。ドラゴンゾンビが首をもたげ、空中のフィーロを捉える。そのままバクンと咥え咀嚼する。ドラゴンゾンビの口から、赤い液体が滴った。飲み込まれたフィーロは、ドラゴンゾンビの首に膨らみを残して、胴体へと落ちていった。

 「フィーロー!」

ラフタリアが叫ぶ。尚文君は茫然自失だ。俺は、尚文君の肩を掴んで、ゆすった。

 「落ち着け!尚文。フィーロは無事だ!」

これは、嘘だ。さっきの赤い液体は、吐き戻された赤い実だろう。でも、大蛇は獲物を飲み込むとき、骨を砕くという。飲み込まれたフィーロが、無事であるという保証はない。が、何としても、盾のカースの発現は、避けなければならない。

 「嘘をつけ!あんなに、血が出たんだぞ!」

尚文君は叫ぶ。だから、血じゃないって。

 尚文君は、しばらく嗚咽しているようだったが、突然、目を見開き、顔を上げた。俺は、吹っ飛ばされた。残念ながら、カースが発現したらしい。

 「ナオフミ様!」

ラフタリアが異変に気付き、叫んだ。尚文君に駆け寄ろうとするが、異常な力のフィールドに、近づけないでいる。

 尚文君が咆哮する。その姿は、阿修羅か仁王のように変わっている。やがて、盾が、禍々しい形に変化した。尚文君が炎に包まれる。憤怒の盾の完成だ。

 尚文君は、ドラゴンゾンビに近づいていく。ドラゴンゾンビが左前脚を振り上げ、尚文君へと振り下ろす。

 「ナオフミ様!」

 「なおふみ様!」

ラフタリアとリファナが叫ぶ。

 尚文君はつぶされたように見えた。が、憤怒の盾は、ドラゴンゾンビの前足を支えている。そうして、尚文君がはじけるように発火した。その炎は、ドラゴンゾンビの前足を包んで焼く。セルフカースバーニングだ。ドラゴンゾンビがひるんで、前足を戻す。

 「ナオフミ様!」

ラフタリアが尚文君に駆け寄る。制止したかったが、今の尚文君を止められるのは、彼女しかいない。

 「ウォータークラウドIV!」

俺は、ラフタリアを水の雲で包んだ。これで、火傷に対する備えになる。

 ラフタリアは、尚文君に縋りついた。彼女を水蒸気が包む。

 「なおふみ様!」

リファナが尚文君に駆け寄ろうとする。俺はとっさに彼女を掴んで制止する。

 「リファナ、止めろ。」

お前は、ダメだ。レベルが低すぎて、呪いで死んでしまう可能性がある。

 「嫌よ、放して!」

 リファナが俺を睨んで、腕の中で暴れる。

 ドラゴンゾンビが、尚文君に尻尾を打ち付ける。憤怒の盾は、それを受け止める。再び、尚文君が発火する。呪いの炎が、ラフタリアもろとも、ドラゴンゾンビの尻尾を焼く。辺りが、白い蒸気で包まれる。

 これは、ダメだ。ドラゴンゾンビの攻撃手段をそいでおかないと。俺は、徐に魔法を放つ。まずは、頭だ。

 「ファイヤーブラストVI!」

火球がドラゴンゾンビの頭を捉え、爆発し、ひしゃげさせる。これで、もう、ブレスは吐けまい。

 痛い!痛い!俺は、左親指に、痛みを感じた。見ると、リファナが、俺の束縛を解こうと、指に噛み付いている。お願いだから、大人しくしてくれ。

 「ファイヤーブラストVI!」

俺は、痛みをこらえて魔法を放つ。今度は右前足だ。右前足は一瞬で爆裂し、形を失くした。

 「ファイヤーブラストVI!」

次は、左前足。こちらも爆裂して、原形を留めなくなる。

 取り敢えずは、ドラゴンゾンビの攻撃手段を奪った。まだか、ラフタリア。尚文君を呪いから解放することは、出来ないのか。そうして、フィーロ。お前は無事か。

 ラフタリアが、ゆっくりと崩れ落ちた。だめか。尚文君をこっちに引き戻すことは、出来ないのか。

 すると、尚文君が、ラフタリアに向かってかがんだ。そうして、何やら詠唱している。戻って来たのか。

 俺は、ウォータークラウドを解除した。そして、リファナを放した。彼女は俺を睨んで、尚文君へと駆け寄る。

 「なおふみ様!ラフタリアちゃん!」

俺も叫びながら駆け寄る。

 「尚文!盾を戻すんだ!」

尚文君が、憤怒の盾をキメラヴァイパーシールドに変える。

 「ラフタリア、大丈夫か。」

尚文君が言う。

 「はい、ナオフミ様の、ヒールのおかげです。」

ラフタリアは、弱々しく答える。これは、ラフタリアの優しい嘘だ。ウォータークラウドで火傷は最小限に収まっているだろうし、ヒールは呪いには効き目がない。

 「カツヒコ様、魔法での加護、ありがとうございます。」

ラフタリアが、言う。

 「お前が無事なら、いいんだ。」

俺は答える。

 ラフタリアの肌は、あちこちが黒く染まっていて、痛々しい。無事とは言えないな。

 「ドラゴンは、どうしたのでしょう?」

ラフタリアが、目を泳がせながら、訊く。

 「大丈夫だ。ドラゴンゾンビは、無効化した。」

俺が言う。

 すると、ドラゴンゾンビが突然倒れた。まるで、スイッチが切れたみたいだ。そうして、腹のあたりが、何やら蠢いている。やがて、そこに切れ目ができ、何かが腐った液体とともに転がり出た。

 「ぷはあ、やっと外に出られたー。」

 そこには見慣れた鳥が、羽を震わせて、粘液を跳ね飛ばし、いつもの通りに立っていた。

 「フィーロ!無事だったのか!」

尚文君が言う。

 「でも、フィーロ、あなた、食べられて、血が…。」

ラフタリアが言った。フィーロが答える。

 「血?ああ、フィーロ、パックンされたとき、ごはんゲーしちゃったの。」

 「あの、赤い実か…。」

尚文君が言った。

 「ドラゴンゾンビも、フィーロちゃんが?」

リファナが訊いた。

 「うん。ドラコンのおなかを切り裂きながら進んでたらねー、紫色に光る水晶があったのー。」

それが、このドラゴンゾンビの正体か。

 「それで、どうしたんだ?」

訊く尚文君に、フィーロはげっぷで答えた。

 「食ったのか!?」

ラフタリアが笑い出す。しかし、それはすぐに咳に変わってしまう。

 「すぐに村へ戻るぞ。そして、ラフタリアの治療だ。」

尚文君が言う。ラフタリアが抗議する。

 「だめです!ドラゴンの死骸を処理しなければ。」

 俺が言う。

 「当初の予定通り、燃やそう。まだ、1,2発なら、魔法が撃てる。」

 「そうか、それではすぐに済まそう。」

 ラフタリアを馬車で休ませ、残り4人でドラゴンゾンビの残骸を処理する。俺は、魔法を放つ。

 「ファイヤーボールVIII!」

 「ファイヤーボールIII!」

大小二つの火球がドラゴンゾンビの残骸を焼いていく。おおむね燃え尽きた部分から、燃えさしを盾に吸わせる。小一時間ほどで、残骸の処置は終わった。

 俺たちは、村へと戻った。

 

 俺は、廊下で、ラフタリアの治療が終わるのを待っていた。呪いで変色した部位を、聖水を浸み込ませた包帯で、巻くのである。さすがに立ち会う訳にもいかず、女性陣に追い出された。

 特に、リファナの剣幕は激しかった。拘束した理由は話したのだが、納得してもらっていない。未だ誤解があるようだ。困ったものである。

 そこに、尚文君がやってきた。

 「勝彦、お前、何やってるんだ。」

 「現在、ラフタリアの治療中。締め出されてるんだ。」

俺は答える。

 「何を遠慮する必要がある、入れ。」

尚文君は俺を引っ張り、当然のように中へと入る。

 「ナオフミ様。」

 ラフタリアは、ちょうど服を着終わったところのようだった。ちょっぴり、残念。顔や首、両手など、見える部分は包帯が巻かれていて、さながら、ミイラ狸である。

 「具合は、どうだ?」

尚文君が訊く。

 「少しだるいですけど、問題ありません。」

ラフタリアが答える。

 「それにしても、恐ろしいものですね。ドラゴンという生き物は。死骸にも、こんな呪いがあるなんて。」

 ラフタリアの介助をしていた助手が言う。

 「ええ、私が、うっかり腐肉を浴びてしまったものですから。」

ラフタリアが、尚文君に目配せをしながら言う。呪いの正体は隠しておこうと言う事だろう。

 そんな二人のアイコンタクトに気付いた助手が、ラフタリアに何事かささやいた。そして、意味ありげに言って、部屋を出る。

 「ラフタリアさん、お大事に。」

彼女が部屋を出ると、尚文君が謝罪した。

 「ラフタリア、済まなかった。」

 「大丈夫です。あの力は、ナオフミ様を、どこか遠い所へ連れ去ってしまう。そんな気がしたのです。」

 ラフタリアは尚文君を真っすぐに見つめた。

 「だから、ナオフミ様を止める事が出来たのなら、こんな痣なんて、安いものです。」

彼女は気丈に言う。フィーロが、不安げに訊く。

 「ごしゅじんさま、どっかいっちゃうの?」

 「いいや、どこへも行かない。」

そういって、尚文君が、フィーロの頭を撫でる。

 「あ、ごしゅじんさま、おみやげがあるの。」

フィーロが紫色の水晶を取り出す。手のひらサイズである。

 「ドラゴンの中にあった、水晶のかけら。」

 「フィーロちゃん、吐き出したの?」

リファナが訊く。尚文君がドン引きしている。

 「違うの、おみやげに、とっといたやつなの。」

フィーロが必死に訴える。

 尚文君は、水晶を受け取り、二つに割いた。片方を、盾に吸わせて、何やら唸っている。それにしても、水晶を割くとは器用だ。これも、盾の力か。

 しばらくして、尚文君が言った。

 「みんな、済まなかった。」

そうして、一人一人を見てから、言う。

 「あの時、俺に迷いがあったから、みんなを危険な目に合わせてしまった。慎重と臆病は違う。俺がもっと前に出ていれば…。」

 「違うの、フィーロも悪かったの。ドラゴン嫌いで突っ込んじゃったから。」

 「俺もだ。もっと積極的に魔法を使っていれば、ドラゴンゾンビはもっと早く倒せたはずだ。」

そう、魔力消費を厭わず、ファイヤーアタックを3度ぐらい重ね掛けしていれば、ドラゴンゾンビは倒せたかもしれない。

 「勇気と無謀は違います。ナオフミ様の、一時撤退の判断は、間違っていなかったと思います。」

ラフタリアが言う。

 「でも、あの時は、フィーロが突出していた。パーティーの状況を見ていない判断だったかもしれない。」

俺が言う。

 「前に出すぎず、下がりすぎず…か。難しいな。」

尚文君がつぶやくように言う。

 「でも、私たちなら、出来ます。」

リファナが言う。

 「そうだな。」

 「そうですね。」

尚文君が言う。

 「今の俺たちは、昨日より強くなっている。そして、明日はもっと強くなる。このことを、次に活かしていこう。」

5人が手を合わせて、見つめ合う。しかし、俺がリファナを見ると、視線を外されてしまった。これは、ちょっと、問題があるな。何とかせねば。

 

 俺は、リファナを建物の裏に呼び出した。

 シチュエーションとしては、愛の告白、または、リンチであるが、もちろん、そのどちらでもない。

 建物の裏からは、墓地が見える。真新しい墓標が、何基かあった。火の玉でも飛んできそうな雰囲気がある。どちらの行為も似つかわしくないだろう。

 俺は、群がる蚊と格闘しながらリファナを待った。

 「何の用ですか?」

 リファナが現れた。警戒する態度が著しい。

 「ちょっと話がしたくてね。」

と俺は言った。

 「話なんてありません。」

 「いいや。その態度について、改めてもらう必要がある。」

俺は、リファナを見つめる。

 「態度って?」

 「俺を、必要以上に嫌っているだろう?」

 リファナはしばらく黙っていた。そして、吐き出すように言った。

 「あんなことをしたくせに。」

 「あんなことって、尚文がカースに呑まれた時、お前を止めたことか?」

 「そうよ。」

 「止めなきゃ、お前は、たぶん、死んでいたぞ。」

リファナは、あの時のように、俺を睨みつけた。

 「そんなの、分かんないじゃない。」

 「いいや。レベル40に近いラフタリアでさえ、ああなったんだ。レベル10代前半のお前では、呪いには耐えられなかった。」

 「私は、もう、レベル16よ!」

 「ドラゴンゾンビの経験値が入った後でな。それ以前は、レベル13とか14だろう?」

リファナは、悔しそうに黙る。しばらくして、リファナは押し殺した声で言った。

 「貴方は、私の邪魔をした。」

 「だから…」

 「私は、なおふみ様の役に立ちたかった。ラフタリアちゃんに負けたくなかった。それを…。」

リファナの目には涙がにじんでいる。俺は言う。

 「たとえ、死んだとしても、か。」

 「そうよ。」

リファナは答える。

 「どうせ、私は、死にかけだったのよ。拾った命なら、今度は、思ったように使いたい。なおふみ様のために、生きたいの!」

 俺は、リファナの肩を掴む。

 「だったら、生きろ。死に急ぐな。お前を見つけたのは、俺だ。お前の命を拾ったのは、俺だ。そう、粗末に扱われちゃ、かなわん。」

 「貴方には、関係ないでしょ!」

 「ちょっと、熱血していいか?」

俺は、リファナの頬を平手でたたいた。小気味よい音がする。リファナは、頬に手を当てて、こっちを見ている。泣いているな。

 「関係ない訳、無いだろが。俺もだが、尚文も、ラフタリアも、フィーロでさえも、お前のことは、気にかけてる。同じパーティーの仲間なんだ。」

リファナは、声を上げずに泣いている。熱血したはいいが、困った。この後、どうすればよいのだろう。

 俺は、リファナの頭を撫でてみる。リファナは、不思議そうに俺を見る。いつかの、ラフタリアと同じだ。不意に、リファナが俺の胸に飛び込んできた。そのまま、彼女は泣きじゃくった。俺は、リファナが泣き終わるまで、彼女の体温を感じていた。

 蚊がうっとおしいな。

 

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