次は魔物商のテントだ。リファナの爪を調達するのだ。それと、尚文君は、何か思うところがあるらしい。
テントの前まで来ると、フィーロがおびえて言った。
「フィーロを売るの?」
「売らないから、安心しろ。」
尚文君がフィーロを撫でる。
テントに入ると、馴染みになった肥満紳士が迎えてくれた。が、微妙に雰囲気が変わっている。着ている燕尾服が上等なものになり、アクセサリー、所謂‘光物’をふんだんに着けている。
「金回りがよさそうだな。」
と尚文君。
「ハイ、勇者様が、行商に出ているおかげで、儲けさせてもらっています。」
「どういう意味だ。」
と尚文君は訊く。
「まず、そこのフィロリアルクィーンの評判です。」
魔物商がフィーロを見ると、フィーロはおびえて尚文君の後ろに隠れた。相当に苦手意識があるな。
「あの魔物はどうやったら手に入るんだと、問い合わせが殺到しまして。後は口八丁手八丁でいろんな魔物を売りつけるだけです。」
更に、魔物商、もとい奴隷商はラフタリアを見る。
「そして、貴方。貴方を見て、私共の奴隷は質がいいと、評判になりまして、儲けさせてもらっているのです。」
確かに、顔もスタイルも性格も良い、ラフタリアのような奴隷が手に入ると噂が立てば、評判にもなるだろう。
「で、今回は、どのようなご用件で?」
「ここにいるリファナの獣人形態に合う、武器としての爪が欲しい。」
尚文君はリファナを見る。奴隷商もリファナを見て言う。
「あの死にかけが、ここまで育つとは。どうです、金貨5枚で引き取らせていただきますが。」
「だから、査定をするな!リファナは仲間だ。売らんぞ。」
尚文君が怒る。奴隷商、もとい魔物商はポーカーフェイスで言う。
「では、獣人形態になっていただけますか。サイズを測らせていただきます。」
リファナが、テントの隅へ行き、服を脱いで変身する。そういえば彼女、今日何回服を脱いだことやら。
魔物商の部下がやってきて、リファナの爪のサイズを測る。魔物商が言う。
「いかほどの品にしますか?このあたりのサイズなら、品揃えは豊富にありますが。」
「取り敢えず、いいものを売ってくれ。」
「であれば、こちらの、魔法鋼鉄の爪などはいかがでしょう。値段は、金貨3枚です。」
リファナが爪をつけて、両腕を振る。
「どうだ?」
と尚文君。
「いい感じです。」
とリファナは答える。
「じゃあ、これをもらうが、さらに値切って構わないか?」
と尚文君が言う。
「勇者様の貪欲さに、私、ぞくぞくしてしまいます。よろしい、金貨2枚にいたしましょう。」
魔物商のテンションが上がっている。
「処で、お前のところに、レベル75の狼男がいたな。お前のところで、クラスアップの斡旋なんかは、出来ないのか?この国の王が、俺たちのクラスアップを許さないんだ。」
尚文君が訊く。
「クラスアップ…でございますか。残念ながら、私どもでは、ご期待に沿えませんです、ハイ。」
奴隷商は続ける。
「しかし、悩むことはございません。他国にある、龍刻の砂時計で、クラスアップをすればいいだけの話ですから。」
「他国にもあるのか!?。」
驚く尚文君。
「ハイ。本来ならば、情報料をいただくのですが、ほかならぬ勇者様ですから、ただでお教えしましょう。」
と奴隷商。
「盾の勇者様がクラスアップしやすい国と言いますと、傭兵の国ゼルトブル、亜人の国シルトベルト、それから、シルトフリーデンですな。おすすめは、シルトフリーデンです。」
「なぜだ。」
「この国は、亜人国家ですが、人間にも寛容です。盾の勇者様のパーティーには、動きやすいでしょう。」
「そこまで行くのに、どれぐらいかかる?」
「船なら2週間、馬車なら一ヵ月かかります。」
「それなら、次の波には間に合わないな。」
尚文君がため息をつく。
魔物商が言う。
「それならば、フィロリアル・クィーンに武器を装備させ、急場をしのいではどうでしょう。」
「フィーロに武器!?」
フィーロがうれしそうに言う。
「それでは、魔物姿になって下さい。サイズを測ります故。」
そうして、リファナの時と同じような作業が、再び繰り返された。魔物商が出してきたのは、フィーロの足に装着する爪だった。
「魔法鉄の、飛竜用の爪です。いかがでしょうか?」
「いくらだ。」
「勇者様には、特別に、金貨5枚で提供いたします。」
尚文君は、魔物商の指を折る。
「金貨4枚だ。手綱もつけろ。」
「よろしゅうございます。勇者様も、私好みになられて、いやはや、ぞくぞくします。」
値切られて喜ぶとは、ほとんどマゾだろう。
「なんか、変な感じ。」
フィーロが、爪をつけた足を足踏みしながら言う。
「そうだ、お前のところで、爪の試し切りなんてできないか?」
と尚文君。
「私共の魔物は、すべて売り物なので、出来かねますが…。そうだ、勇者様のご要望に、ピッタリの依頼がございます。」
俺たちは、城下街の下水道を進んでいた。暗いのはいいが、臭い。時折、足元をネズミが走っている。
尚文君は、たいまつを持ち、先頭を歩いている。リファナは獣人形態で、爪を装着している。フィーロも魔物姿で、爪をつけている。フィーロの図体では、この下水道は、やや窮屈そうだ。
依頼と言うのは、下水道に住み着いた、魔物の退治だ。下水道に住み着くとなると、なんか鰐っぽい魔物のような気がする。
俺は、魔物商に渡された地図を見ながら、道を指示する。今回は、爪や剣の試し切りが主目的だから、俺の出番はほとんどないだろう。
鼻の曲がるような臭いと戦いながら、下水道を進むこと15分余り、俺たちは、魔物が目撃された地点へと着いた。
「何かいる。」
フィーロが身構える。尚文君がたいまつを俺に渡し、盾をキメラヴァイパーシールドに変える。
程なく魔物が出現した。水から鼻の穴だけを出し、俺たちの方へ向かってくる。そして、先頭の尚文君に噛み付こうと、水から躍り出る。尚文君はその攻撃を盾で受け、それから体をひねって躱し、魔物の口を上から押さえた。
やはり鰐っぽい魔物だ。しかし、色が、カスタードクリームのように、黄色い。
俺は魔法を放つ。
「サイコアタックIX!」
暴れていた魔物が、やや大人しくなる。そこへ、武器持ちの3人が襲い掛かった。
リファナが、魔物の尻尾を輪切りにする。ラフタリアが剣を腹に突き刺し、背中まで貫通させる。
「とどめ!」
尚文君が魔物を離すと、フィーロが爪で頭部を思いっきり蹴飛ばした。魔物の頭は、文字通り吹っ飛び、魔物は絶命した。俺たちに経験値が入る。
「この爪、すっごく使い易いの。」
「この剣、切れ味抜群です。」
「フィーロの爪もすごいよー。」
3人が、それぞれの武器を自慢する中、尚文君のげんなりした声が響く。
「おい。」
見ると、尚文君は、下水を頭からかぶって、ずぶ濡れになっていた。
「まあまあ。」
俺はウォータークラウドを唱え、尚文君を洗ってやる。
魔物を倒した証として、転がっていた魔物の目玉を、魔物商のテントまで持って帰ると、報酬として、金貨5枚をもらった。これで、フィーロの爪に関しては、黒字である。
「あっという間に依頼を達成する、盾の勇者様のパーティーの強さに、私脱帽でございます、ハイ。」
お世辞を言う魔物商は放っておいて、俺たちはテントを出た。
それから俺たちは、早めの夕食を取った。何のかんので、昼飯抜きだったのである。フィーロとリファナは、腹を鳴らしている。リファナは、食欲魔人から脱却しつつあるが、さすがに一食抜きはつらいようだ。
宿屋に入ると、いつものように、男女で2部屋を取る。女子部屋には、エキストラベッドを入れる。誰が寝るかは、仲良くじゃんけんで決めているみたいだ。
女子部屋に入ると、尚文君が聖水を取り出し、ラフタリアが服を脱ぎ始める。呪いの痣の治療を始めるのだ。聖水に浸した包帯を、黒い痣に巻くのである。
リファナに睨まれたので、俺は、後ろ髪を引かれる思いで部屋を出た。
そのまま、部屋の外で、10分ほど待つ。
再び部屋に入ると、なんだか雰囲気がおかしくなっていた。俺は戸惑う。
「ねえ、かつひこさんも、なおふみ様と同じ世界から来たんだよね。」
とリファナ。
「同じではないが、同じような世界から来たことは事実だな。」
と俺は答えた。
「そこには、私たち亜人や、魔物がいないって、本当?」
「本当だ。お前たちのような存在は、おとぎ話の中にしか、いない。でも、なんでそんなことを訊くんだ?」
「なおふみ様が、すべての波が終わったら、元の世界に帰るって言うの。連れてってって言ったら、その世界では、私たちは幸せになれないって。」
「確かに、俺たちの世界では、お前たちはまともに暮らせないだろうなぁ。」
俺は言う。ラフタリアを見ると、なんだか悲しそうな顔をしている。
「つかまって、見世物にされる、なんてことはないと思うが、どっかの研究所に閉じ込められて、調べられる、なんてのはありそうだな。」
「そんな…。」
落ち込むリファナに、俺は言う。
「そもそも、望んでこの世界に来た俺と違って、尚文は、この世界に無理やり召喚されたんだ。用事が終わったら帰るって言うのは、至極当然なことだと思うぞ。」
不意にラフタリアが言う。
「それでも、私は、ナオフミ様と離れたくありません…。」
なんだか、泣きそうな表情だ。
「フィーロも、ごしゅじんさまと離れるなんていやー。」
フィーロはそう言って、尚文君に抱き付く。尚文君は、フィーロを無理やり突き放す。
「お前たち、いい加減にしろ。いい加減、親離れするんだ。」
尚文君が言う。
「俺は、お前たちの親代わりだから、この世界でお前たちが生きていけるようになるまでは、面倒を見る。が、その先は、知らん。独りで生きていくすべを持たないと、この先、死ぬことになるぞ。」
尚文君は、フィーロたちを見て言う。いや、尚文君。彼女たちがお前を慕うのは、親としてではなく、異性としてだと思うのだが。
すると、ラフタリアが言った。表情は、相変わらず悲しそうだ。
「分かりました、ナオフミ様。わがまま言って、申し訳ありませんでした。私、独りで生きていけるよう、頑張ります。」
そうして、フィーロやリファナを見て、
「フィーロ、リファナちゃん、ナオフミ様を、困らせないようにしよう。」
と言った。
「だって…。」
「でも…。」
フィーロもリファナも悲しそうに、黙る。
「分かればいい。」
尚文君が言った。そして、リファナに手招きをする。
「リファナ、背中に薬を塗ってやるから、こっちへ来い。それと、勝彦。ラフタリアの耳の後ろに痣があるみたいだ。頼む。」
俺は、ラフタリアに近づき、耳の後ろの痣を確認すると、魔法を唱えた。
俺は、ラフタリアの耳に、そっとささやいた。
「いつかは、分かってくれることも、あるさ。」
ラフタリアは、寂しげに微笑んだ。
その夜。
部屋に響いていた槌の音が止んだ。狸寝入りしていた俺は、そっと起き上がる。
「出来たのか?」
俺は、訊いた。
「ああ。」
と尚文君は答える。
あの温泉街でプレゼントをもらってから、尚文君は、暇を見つけては、女性陣へ、お返しのアクセサリーを作っていたのだ。
魔力付与は、俺が行う事になっている。有体に言って、尚文君の方がうまいが、扱える魔力は俺の方が多い。したがって、付与効果も、俺が行った方が、上がるのだ。
「それじゃあ、魔力付与を行うぞ。」
「頼む。」
俺は集中した。一つのアクセサリーに、3分ほどかけて、ゆっくりと、魔力を送り込んでいく。3つで10分ほどかかった。
俺は一息つくと、訊いた。
「いつ、渡すんだ。」
「波の前にでも、渡そうと思っている。」
「そうか、喜んでもらえると、いいな。」
俺と尚文君は、顔を見合わせた。月の光が、窓から差し込んでいる。
登場人物の心理がつかみ難かったため、宿屋で勝彦が外に出ていた間を三人称で書きました。せっかくなので、以下に載せます。
なお、語り部の視線の変更(…Sideとか)は嫌いなので、本編には入れません。
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尚文が、聖水を浸み込ませた包帯を、痣の付いたラフタリアの肌に巻くと、黒い煙が上がった。ラフタリアが顔をしかめる。
「痛いか?」
「いいえ、かゆいような、凝りが取れるような、何とも言えない感じがします。」
ラフタリアが答える。
「ナオフミ様が巻いてくださったところは、直りが早いんです。」
「そうか。」
と尚文。
「いーな。ラフタリアちゃん。」
とリファナが言う。
「これが終わったら、背中に薬を塗ってやるから、待ってろ。」
と尚文が言う。
それからしばらく尚文は黙って包帯を巻いた。
不意に、ラフタリアがつぶやくように言う。
「すべての波が終わったら…ナオフミ様は、あちらの世界へと、帰ってしまわれるんですね…。」
そうして、尚文を見つめて、言った。
「私も、一緒に行けないのでしょうか。」
「ラフタリア…。」
「帰るって、どういうこと?」
とリファナ。
「ごしゅじんさま、どっか行っちゃうの?」
フィーロが不安げに言う。
「すべての波が終わった後だ。ずーっと先の話だ。」
尚文が言う。
「それでも、元の世界に帰っちゃうって、イヤよ。私も、一緒に行く。」
リファナが言う。
「じゃあ、フィーロの馬車で、運んでくねー。」
「まて、お前たち。お前たちは、俺がいた世界に来ても、幸せには、なれない。」
「どういうこと?」
「お前たち、亜人や魔物が、俺のいた世界では、いないからだ。」
尚文が言う。
「だから、お前たちが、俺の世界に来ても、見世物にされるか、研究材料にされるかがオチだ。」
ドアが開いた。