翌朝。
朝食もそこそこに、北の村に向かった。
道から見える、樹木の皮が、ことごとく剥ぎ取られていた。魔物も、食うものがないのだろう。どうやら、聞きしに勝る、飢饉のようだ。
村へ着くと、いつものように、簡単な露店を出す。目玉は、もちろん赤い実だ。
声を張り上げて客引きをすると、顔色の悪い村人たちが、食料を求めにやってきた。が、赤い実の売れ行きは、あまり良くない。更に、遠慮がちに値引きをする客が大半だった。
すなわち、彼らには、もう金がないのだ。食料は欲しいが、先立つものがないので、余り買えない。
中には、先祖伝来の家宝の置物だとか言って、物々交換で食料を買おうとする輩もいた。むろん、丁寧にお断りしたが。
しばらくすると、薄汚れ、痩せこけた集団が、露店へとやってきた。明らかに、村人とは雰囲気が違う。彼らは皆、木工品、藁の束、薬草などを持ち寄り、物々交換で食料を買おうとした。それも、鬼気迫る形相で。
「お願いだ、これで、食料を売ってくれ!少しでもいい。」
「か、金の方が助かるんだが。」
いつもは毒舌の尚文君が押され気味である。
「金なんか、無い。俺たちには、もう…。」
「お前たち、メルロマルクの国民じゃないのか?」
「ああ、俺たちは北から流れてきた。冒険者がレジスタンスを引き連れて、革命を起こしやがった。それで、このざまだ。」
尚文君が訊く。
「その冒険者って、どんな奴だ?」
「分からん。でも、弓を使っていたらしい。」
多分、間違いなく樹君だ。
話を聞くと、革命が起こって、一時は生活が楽になったらしい。しかし、すぐに税が引き上げられ、困窮は革命前以上になった。どうやら、王族になったレジスタンスが、己の身を案じて、国防を重視し、重税を課したようだ。
「分かった。薬草は引き取るが、他はいらない。」
尚文君の言に、大半の人々が失望する。
「その代わり、炊き出しをやるから、少し食って行け。」
人々が顔を見合わせ、表情を明るくする。
「勝彦、どこかで大鍋を借りて来てくれ。ラフタリアとリファナは、俺と一緒に料理の下準備だ。」
「フィーロは?」
「フィーロは、店が荒らされないように、見張っていてくれ。」
そうして、俺たちは、炊き出しをした。
赤い実で作ったスープを、難民たちは貪った。村人たちも出てきて、列に加わる。
「悪い予感が的中したな。これじゃあ、利益が出そうにない。」
俺が言うと、
「ああ。」
尚文君は、ぼんやりと頷く。何か、考え事をしているみたいだ。
やがて、彼は、村の長と難民のリーダーを呼び出し、何やら話をした。
戻ってくると、尚文君は言った。
「炊き出しが終わったら、移動するぞ。隣の村も、同じような状況らしい。」
「分かった。奴らと何を話していたんだ。」
と俺は訊く。
「バイオプラントの種を渡した。うまくいけば、飢饉から脱出できるだろう。」
「見返り無しでか。珍しいな。」
「無論つけだ。それに、餓死でもされたら寝覚めが悪い。」
そう言うと、尚文君は、馬車に戻り、ラフタリアたちに指示をした。
次の村でも、状況は変わらなかった。赤い実を、相場より安く売り、残りを炊き出しにした。
ここでの難民たちは、ひどい有様だった。皆幽鬼のように生気がなく、炊き出しのスープをぼそぼそと啜っていた。話を聞くと、メルロマルクに流れてくるまでに、村の半数が餓死したらしい。
「やりきれないな。」
「ああ。」
バイオプラントの種を渡すので、これ以上の餓死者は、たぶん出ないだろう。だが、それまでの死者は、戻ってこない。
帰りの旅は、暗い雰囲気になった。いつもは能天気なフィーロでさえ、口数が少ない。
唯一の明るいニュースは、ラフタリアの呪いの痣が、完治したことだった。さすがに、毎日高い聖水を使っていただけのことはある。波に間に合って、本当に良かった。
俺たちは、野宿を挟んで、城下街へ戻った。
城下街へ戻り、武器屋の裏で馬車を止めると、見知った顔が待っていた。剣の勇者錬君と、弓の勇者樹君である。
馬車から降りてきた尚文君に、二人は詰め寄った。
「僕たちに成りすまして、依頼の報酬を横取りしたのは、貴方でしょう!?」
樹君が問い詰める。
「何のことだ…。そういえば、錬は、東の村の疫病の件か。だったら、心当たりがある。」
「なんだと、どういうことだ。」
と錬君。
「お前が倒したドラゴンの死骸が原因で、疫病が蔓延した。俺たちが死骸を除去し、疫病を根絶させた。だから、報酬を受け取った。それだけだ。」
「倒したドラゴンの死骸が原因…だと?」
「ああ。死骸の肉や内臓は、腐るんだ。そこから毒が発生した。」
尚文君は錬君を見る。
「村はひどい有様だったぞ。死人も何人か出たらしい。」
「そ、そうか…。」
「信じるんですか?」
と樹君が言う。
「嘘を言う理由がない。それに、俺への依頼は、解決したからとキャンセルされたんだ。」
錬君が答える。
「僕は信じませんね。そもそも、僕に成りすまして、報酬を横取りするような人は、貴方しかいません、尚文さん。」
樹君は詰問する。
「知らんな。お前の報酬とやらは、ギルドでもらうんだろう。俺は、ギルドには行った事がない。」
尚文君は答える。
「そんなわけないでしょう。依頼も報酬もなしに、どうやって生活するんですか。」
「だから、俺たちは、行商をして稼いでいる。」
尚文君は、馬車を指さして、言う。
「勇者のやる事じゃありませんね。それで、勇者の報酬が欲しかったわけですか。」
「だから、知らんと言ってるだろう。そもそも、その依頼とやらには、本人を証明するものがあるのだろう。」
「王直々の判が押された証文があります。」
「じゃあ、それをもらっていない俺では、成りすますことはできないな。」
急所を突かれて、樹君がひるむ。
「では、武器です。武器の形状を次々に変えられるのは、勇者だけです。貴方は、弓に似た盾に変化させて、弓の勇者として、証文なしで報酬を横取りしたんです。」
「形状を変化させる武器位、他にあるかもしれないぞ。」
と尚文君は言うと、今は人型のフィーロに、
「本当の姿になれ。」
と言った。フィーロは変身し、フィロリアル・クィーンの姿になった。フィーロのワンピースは、青い首輪へと変化する。その首輪を指さし、尚文君は言う。
「こんな防具が存在する世界だぞ。弓に変わる武器など、他に作れるかもしれない。犯人が俺だと決めつけられるのは、迷惑だ。」
「で、ですが…。」
「ところで樹、北の国のレジスタンスに加担した冒険者って言うのは、お前か?」
「そうですが、何か?」
樹君が、いぶかしげに訊く。
「そのあと国がどうなったか、知っているか?」
「悪い王が倒されたのだから、当然豊かになったはずです。」
「とんでもない。国民は、難民となって、このメルロマルクに密入国し、食料を物々交換で買おうとするぐらいに飢えていたぞ。」
「そんな馬鹿な。」
「王も悪かったのかもしれないが、国中が飢饉で疲弊していたんだ。そんな中で、革命なんぞ起こしても、頭が替わるだけで、意味はない。」
樹君は、困惑顔だ。
「難民の中には、村の半数が死んだと言っていたやつらがいた。樹、お前の所業の結果だ。」
尚文君は、樹君を睨む。
「俺に、成りすましの冤罪をかける暇があったら、自分のやったことの結果を、ちゃんと見極めろ。」
尚文君は、さらに言う。
「錬もだ。行動には、必ず結果が出る。やりっぱなしではなく、きちんと受け止めろ。お前たちの所為で、何人死んだと思っている。」
「そ、そんな。俺の、所為…。」
錬君は、かなりショックを受けているようだ。
「そんなことを言って、ごまかさないでください。必ず、尻尾を掴んで見せますからね。」
とこれは樹君。捨て台詞を吐いている。
二人が立ち去ると、尚文君はため息をついた。
北の町への往復で、馬車が、ほぼスクラップになったので、荷物を荷車へと移し替える。フィーロが文句を言ったが、もう素人修理ではどうにもならない段階だ。もうすぐ、新しい馬車が出来ると宥める。
武器屋に馬車の処分を頼むと同時に、キッチンを借りた。もちろん有償で。フィーロのご機嫌取りと慰労で、尚文君が手料理を振るうのだ。今回の旅で、波までに戻ってこれたのは、ひとえにフィーロのおかげである。
俺とリファナで、市場に足りない材料を買い出す。戻ってくると、残っていた赤い実をベースとしたスパイシーなスープが出来上がっていた。これをもとに、カレーに似た煮込み料理を仕上げるらしい。
ラフタリアとリファナは、材料の下ごしらえを手伝っている。フィーロは、涎を垂らしながら、つまみ食いをしようと、虎視眈々と狙っている。俺はと言うと似たようなものだ。不器用で、料理スキルがないのが判明しているので、米に似た食材を研いだぐらいで、あとはぼーっと見ている。
やがて、辺りにいい匂いが漂い始めると、エルハルトが文句を言った。店の客たちが騒ぎだしているというのだ。盾の料理は匂いまでもチートであるらしい。
一時間ほどで、カレー(?)は出来上がった。ラフタリアが、野菜サラダと一緒に、接客中のエルハルトへ持っていく。しばらくして、店のカウンターが騒ぎになった。エルハルトが、客にせがまれて、味見を許したらしい。早速、3人前の注文(?)が舞い込む。食い物屋じゃないぞ。
結局、フィーロが鍋の半分ほどカレーを食ったところで、俺たちは追い出されてしまった。客が騒いで商売にならないというのが理由だが、その実、カレーが目当てだったんではないかと俺は思っている。フィーロに食い尽くされてしまう前に、追い出してしまおうと言う訳である。
フィーロが食い足りないと騒ぐので、鉄板を拝借して、河原へと向かう。またバーベキューをするのだ。俺と尚文君は薪を集め、ラフタリアとリファナは市場で野菜を仕入れに行った。フィーロは森でウサピル狩りだ。
俺は魔法で火をおこし、鉄板を温める。フィーロがまずはとウサピルを3匹ほど置いて行き、再び森へ向かう。尚文君がウサピルを解体し、脂を鉄板に載せる。
程よく温まったところで、野菜が到着した。俺とラフタリアとリファナで野菜を切り、尚文君が、切った肉と一緒に鉄板の上を転がす。
フィーロに食われる前にと、俺たちは、バーベキューを味わった。ただ焼いただけなのに、とてつもなくうまい。
そこにフィーロがウサピルを7,8匹抱えて戻って来た。
「おねーちゃんたち、ずるーい。」
尚文君にウサピルを託し、人型に戻って食事の輪に加わる。尚文君は、懸命にウサピルを解体している。いつものバーベキューの光景である。
バーベキューもほぼ食い終わって、フィーロが名残惜し気に鉄板を突っついている。
談笑していたラフタリアとリファナは、ボール遊びを始めた。ずっと前にラフタリアに買い与えたボールだろう。まだ持っていたらしい。
リファナがトスをすると、勢い余ってボールが川の方へ飛んだ。俺は、思わず魔法を唱える。
「ロックウォール!」
川岸に出現したウォールが、ボールをはじき返す。とはいえ、方向はラフタリアから、少し外れている。これじゃあ、地面に落ちるなと思っていたら、彼女は器用にも尻尾でボールをはじく。
「リファナちゃん!」
絶妙なコントロールで、リファナの後方へ飛んだボールを、彼女も尻尾ではじく。器用だな。あいつら。ラフタリアに飛んだボールを、彼女はこともあろうに、尻尾で俺の方へはじく。
「カツヒコ様!」
おいおい、なんの遊びだ。俺は魔法を唱える。
「ロックウォール!」
ボールが当たる瞬間、ウォールを少し成長させるようにして、はじくボールに勢いを与える。ボールはうまくリファナの方へ飛んで行った。リファナは尻尾でボールをはじく。帰ってきたボールを、ラフタリアは、俺たちを微笑まし気に見ていた尚文君へとはじく。
「ナオフミ様!」
尚文君は、苦笑をして、スキルを唱えた。
「エアストシールド!」
ボールが空中に現れた盾にバウンドする。
「なになに、なんの遊び?」
フィーロが乱入し、背中の羽でボールをはじく。
こうして始まった、‘人間にはない部分を使うバレーボール’は、クールタイムの所為で尚文君が脱落、細長い尻尾が限界を迎えたリファナが脱落、羽のバウンドの方向が定まらないフィーロが脱落し、俺とラフタリアの一騎打ちとなった。
尤も、尻尾しか扱えないラフタリアに対し、俺のウォールはどこでも出現可能である。ラフタリアは善戦するも、この妙な遊びの勝者は俺になった。
あとはみんなで普通にトスを上げる。
「こんな時間もいいですね。」
とラフタリア。
「今まで、根を詰めていたからな。」
と尚文君。
俺もボールを取り落としながらも、長らく味わう事のなかった、他人との遊びを堪能していた。
明日は波なので、早めに宿をとる。
尚文君が、女性陣に、作っておいたアクセサリーを渡した。
ラフタリアには、
「ありがとうございます。魔力付与の効果を活かせるように、頑張ります。」
ラフタリアは感激しているが、ポイントがそこか…。少しずれているような気もする。
フィーロには、
「ありがとー、ごしゅじんさまー。」
礼を言うフィーロだが、やるなよー、やるなよーと思っていたら、案の定、魔物の姿に変身した。狭い部屋の中はパニックになる。
「へんしんしても、痛くないよー。」
「フィーロ、すぐに人型に戻れ!」
程なく人型に戻ったから大事に至らなかったものの、相変わらず人騒がせな鳥だ。
リファナには、
「ありがとうございます、なおふみ様。大事にしますね。」
リファナは感激して、早速装着している。
三人とも喜んでくれたようで、良かった。
明日は波だ。興奮する意識を、無理やり寝かしつけるようにして、早めに休んだ。