奴隷商について行った先は、サーカスのテントのような建物だった。促されるまま、中へと入る。テントの内部は、仄暗く、天幕のようなもので、いくつかの区画に区切られているようだった。若干異臭のする中を、案内されるまま進む。程なく、檻が並べられている区画に出た。獣臭がかなりする。
ここで、奴隷商は自らの正体を明かした。尚文君は、奴隷と聞いて、さすがに驚いたようだった。俺は、周りを観察した。目立つところに展示されている、すなわち、目玉商品と言えるのは、獣人がほとんどのようだった。
奴隷商は、その中の一つを示し、
「これが、当店おすすめの奴隷です。」
と言った。レベル75の狼男だ。辺りを威嚇するその態度は、確かに戦闘では有能だろうが、それ以外の行動に支障をきたしそうだ。それに、
「買えないのを分かっていて、一番高いのを見せているな。」
尚文君が言うとおり、銀貨1500枚は到底手が出ない。奴隷商に希望を聞かれると、尚文君は、
「安くて、言う事を聞くやつがいい。」
と答えた。俺には異存がない。というより、俺の希望はラフタリアなのだが、今それを言うと、奇異の目で見られる。
「そうすると、亜人ですな。」
と奴隷商は言うと、俺たちを、さらに奥へと案内する。漏れ聞こえる鳴き声が、低いものから、ピーピーギャーギャーと甲高いものへ変わっていく。やがて、奴隷商は、3つの檻の前で、足を止めた。
「これが、あなた方に提供できる、最低ラインの奴隷です。」
そう、左から、遺伝病のラビット種、病とパニック持ちのラクーン種、すなわち、ラフタリア、雑種のリザードマンだ。尚文君は、咳をするラフタリアに興味があるようだ。
「いくらだ。」
という問いに、
「左から、銀貨25枚、30枚、40枚です。」
と奴隷商が答えた。尚文君の顔が渋くなる。尚文君の持ち金は、たぶん、銀貨30枚弱しかないはずだ。そのせいで、遺伝病に決められても困る。
「尚文、俺にも出させてくれ。パーティーのことだからな。」
俺は言った。いくら出せるかと聞かれ、少し考えて、銀貨20枚と答えた。まあ、銀貨100枚出せるのだが、そのせいで、より高級なものに触手を伸ばされても困る。
「勝彦、お前はどれがいい。」
と聞いてきたので、
「真ん中だな、育てがいがありそうだ。それに、女の子というのも悪くない。」
と答えた。
照明が暗く、薄汚れているせいもあるのか、今のラフタリアの容姿は、あまり良くない。愛玩用の粗悪品というのも頷ける。のちにド級の美人に育つのが、信じられないほどだ。
俺の粘着質の視線を感じたのか、ラフタリアが顔を背ける。そんな俺を見て、尚文君は嫌そうな顔をしたが、やがて、ラフタリアを見て残酷そうな笑みを浮かべる。
「決めた、この奴隷にする。」
と尚文君が言うと、
「なんとも邪悪な笑みに、私も大満足でございます。」
と、まさに邪悪な笑みを浮かべて、奴隷商が言った。
「ところで、二人が主人になるというのは可能なのか?」
と俺は聞いた。尚文君が主契約者になれば、俺も主人になっても、ラフタリアの成長には問題がないだろう。
「可能でございます。契約の儀式を重ねて行えばよいだけです、ハイ。」
「その際、優先されるのは?」
「と、言いますと?」
「どっちが主たる主人になるかと言う事だ。」
「それは、先に契約した方が、主たる主人となります。」
「と言う事で、尚文、お前が先に契約しろ。」
と言うと、尚文君はめんどくさそうに、
「なんで俺が先なんだ。」
と聞いた。俺は、
「尚文、お前は勇者だ。なんかの補正が盾にあるかもしれない。」
と答えた。
契約は、血を垂らしたインクを、奴隷紋に塗り付ける事により行う。胸の奴隷紋にインクを塗りたくられたラフタリアは、しばらく苦しんだ。
「おい!」
と尚文君が抗議する。
「ご心配なく、すぐに治まります。」
と、奴隷商が答えた。続けて俺が儀式を行う。再び苦しむラフタリアを見て、心が痛くなる。
俺たちは、ラフタリアの使役条件の確認をする。命令違反、逃亡、主への反抗などを違反事項としてチェックし、呪いで苦しむよう設定する。まあ、慣れるまでの間だ、ラフタリア。じきに、制限はほとんど解除するつもりだ。
ここで忘れちゃいけないことがある。奴隷使いの盾だ。原作では、尚文君がこの盾を発見したのは、ラフタリアがずいぶん成長した後だ。最初から、使わない手はない。
俺は、
「これは、なんで出来てるんだ。」
などと、適当なことを言いながら、インクの瓶を調べるふりをして、尚文君の盾の近くへ持っていった。盾が反応をする。
「おい、金を払うから、このインクを少し分けてくれないか?」
と尚文君は言って、奴隷商に確認を取ると、インクを盾に吸わせた。
「ふうん、奴隷使いの盾か。」
尚文君は、盾を変化させると、今の俺にぴったりだな、などどうそぶきながら、ラフタリアに、
「名前は?」
と聞いた。
ラフタリアは黙っていたが、胸の痛みに咳き込み始める。
「名前を言うんだ。」
と俺が言う。
「ら、ラフタリア。」
とラフタリアは、かすれた声で答えた。
「来い。」
尚文君が、引きずるようにして、ラフタリアを立たせる。
「またのお越しをお持ちしております。」
奴隷商の挨拶に見送られて、俺たちは、テントを後にした。
それから、俺たちはラフタリアを武器屋へ連れて行った。俺たちにとって、ラフタリアは戦闘奴隷だ。武器を与えねば話にならない。
エルハルトは、幼いラフタリアに驚いたようだった。まあ、レベル1の10歳ぐらいの少女だ、仕方ないだろう。
「おやじ、この子が使える武器をくれ、予算は…」
「銀貨15枚ほどで頼む。ついでに、防具も見繕ってくれ。」
と横から口を出すと、睨まれた。なぜ奴隷商のところでケチったのかというのだろう。俺は、この子が良かったんだよ、尚文君。ラフタリアの武器と防具は、ケチる気はない。
「あと、在庫処分の服と、マント、まだあるか?」
「あいよ」
エルハルトが奥へ引っ込み、ナイフと服を持ってきた。
「防具は皮の胸当てぐらいがいいだろう。着替えてから合わせてやる。」
尚文君は、ラフタリアの手にナイフを合わせ、選んでいる。俺は、
「ブラッドクリーンコーティングとやらはかかっているのか?」
と聞いた。
「材質によりけりだな、その予算だと。魔法鉄のナイフにはかかっていない。」
とエルハルトは答える。
「これがいいだろう。」
尚文君が選んだのは、武骨な鉄製のナイフだった。
そのあと、ラフタリアに服を持たせ、更衣室に押し込み、着替えさせる。
待っている間、俺は、小手を見繕ってもらった。もう、バルーンに噛み付かれたくはない。安物のガントレットは銀貨24枚だった。尚文君に、いくら持っているのかを聞かれたので、残り銀貨40枚ほどだと答えた。ついでに、奴隷には武器と防具に金がかかるとも言った。尚文君は、釈然としないながらも納得したようだった。
程なく、ラフタリアの着替えが終わった。早速おやじが取り付いて、皮の胸当てを合わせる。
「こんなもんだろう。」
「いくらだ?」
「古いものだからな。銀貨20枚だ。」
俺は金を払う。残りは銀貨20枚ほど。良かった、魔力水を買う金が残る。
尚文君は、ラフタリアに目線を合わせ、話しかけている。
「いいか、俺たちは、お前に、魔物を倒すことを強要する。」
そして、徐に、マントの下のバルーンを取り出して、ラフタリアにナイフで刺すように言った。ラフタリアは拒否をする。その姿は、恐怖に震える幼い少女だ。だが、奴隷の呪いはそれを許さない。ラフタリアの顔が苦痛でゆがみ、咳き込む。
「拒否をすれば、苦しむのはお前だぞ。いいから、これを刺すんだ!」
決心したように、ラフタリアがナイフを構える。それから、いつかの俺が繰り返された。すなわち、バルーンに一旦攻撃を防がれ、再度の突撃でラフタリアはバルーンを割った。彼女と俺たちに経験値が入る。
「なけなしの金で買ったんだ。せめて、値段分は働いてもらうぞ。」
尚文君のセリフに、ラフタリアはすっかりおびえている。俺はラフタリアを撫でてやった。不思議な表情で、ラフタリアは俺を見る。
「あんちゃんたち、ろくな死に方をしないぞ。」
とエルハルトが言うと、
「おほめにあずかり光栄です。」
と尚文君は答えた。どこまでも、悪ぶる奴だ。
武器屋を出てしばらくすると、ラフタリアのおなかが鳴った。そういえば、昼時だ。俺たちは昼食を取ることにした。ラフタリアは、何が違うのか、ブンブンと首を振っている。飯を要求して、虐げられた経験でもあるのだろうか。奴隷は不憫だ。
定食屋に入る。表に
‘亜人お断り’
の看板があったが、気にしない。それを見て、ラフタリアが躊躇していたが、結局ついてきた。
俺たちが入ると、店の中が騒がしくなった。犯罪者だの、亜人だの、噂話が好きな連中だ。俺たちは気にせず、空いているテーブルに座る。ラフタリアは、奥の方のテーブルで、お子様ランチ(?)を食べている子供を見て、よだれを垂らしている。
「注文、いいか。」
尚文君が、店員を呼びつける。
「俺たちは、一番安い定食を、こいつには、あそこで子供が食べているランチをくれ。」
「銅貨12枚です。」
客たちのぶしつけなささやきをBGMに食事が来るのを待っていると、ラフタリアが聞いてきた。
「なん、で」
「どうした。」
「なん、で、食べさせてくれるの?」
「お前が食べたいって顔をしていたからだ。」
尚文君が答える。
「前はどうだったか知らんが、俺たちが欲しいのは、戦う力としてのお前だ。力のない刃には用はない。ちゃんと食って、力を付けろ。そんなにガリガリじゃ、死ぬぞ。」
と、俺は言った。
程なく食事が運ばれてくる。ラフタリアは、お子様ランチにくぎ付けだ。それでも、俺たちの様子をうかがって、じっと固まっている。
「いいから、食べろ。」
尚文君が促す。ラフタリアは決意をした表情で、お子様ランチの旗を外すと、それを大事そうに握りしめて、手づかみで食べ始めた。尻尾が揺れているな。
俺たちも、定食を食べ始めた。相変わらず、まずい。尚文君は、面白く無さげな表情で、肉を口に運んでいる。そりゃあ、味覚が失われていれば、そうなるな。
そのあと俺たちは、ラフタリアの育成について話し合った。そこで、若干の意見の相違を見た。パワーレベリング、すなわち、俺が魔物を倒し、その経験値でラフタリアを育てることを主張する俺に対し、尚文君は、地道に魔物を彼女に倒させることを主張した。まあ、その方が、実戦経験という貴重なものをラフタリアに教える事が出来るが、レベル1の少女には危険すぎないか?結局、折版案として、俺の魔力が尽きるまで、パワーレベリングをして、そのあと、地道に戦うことにした。ていうか、一番それが効率がいい。
店を出て、ラフタリアは鼻歌なんぞを歌って、機嫌が良いようだった。それでも、時々咳はしている。
そのあと、魔法屋と薬屋へ寄ってもらった。
魔法屋では、魔力水を買った。これで、MPが尽きた時の備えになる。2本買いたかったが、値段は銀貨12枚で、ぎりぎり足りなかった。
外で待っていたラフタリアは、路地で遊ぶ子供たちのボールをうらやましそうに見ていた。
「あのボールが欲しいのか?」
と尚文君が聞くと、
「いいえ、全然欲しくないです。」
と言いながら、尻尾がしきりと欲求を主張している。露天商を見つけて、ボールを買い与えてやると、ラフタリアは目を輝かせて喜んでいた。
薬屋では、常備薬を買った。早速、ラフタリアに飲ませる。苦いと嫌がったが、有無は言わせない。が、結局、半分以上吐いてしまった。もったいない。