隠蔽魔法をかけ、透明化の外套を羽織り、魔法の角笛を持ったリファナを斥候にして、俺たちは、森の中を早足で移動していた。木々の密度が増し、魔物姿のフィーロに乗っての移動が難しくなって来たからだ。
そうなると、歩調はメルティに合わせることになる。彼女には尚文が支えるように付き添っていた。その左右前方には、人形のフィーロとラフタリアが辺りをうかがう。俺は殿で、万一の追っ手を警戒していた。
「なおふみ様、前方から数人の集団が向かって来ます。」
唐突に、リファナの声がする。見ると、藪の上に、リファナの生首が浮いているように見えた。隠蔽魔法は解除したのだろうが、透明化の外套をかぶっているせいだ。報告に、引き返してきたのだろう。
「追っ手か?」
尚文が言う。
「第一王女が呼んだ増援だろうな。」
俺は答えた。さらに続ける。
「数人なら、雇われ冒険者の可能性が高い。迎え撃って、突破する手もあるが。」
尚文は、少し考えると言った。
「いや、余計な戦闘は避けたい。隠れてやり過ごそう。」
そうして、リファナに問う。
「奴らは、どれくらいで来る?」
「5分位だと思います。」
リファナは答える。尚文は、辺りを見回しながら、
「まだ魔力は持つか?」
「はい、大丈夫です。」
「それなら、ラフタリアと協力して、隠蔽魔法でみんなを隠してくれ。あっちの薮に隠れよう。」
と言った。
皆でわらわらと薮へと飛び込む。すかさず、リファナとラフタリアが隠蔽魔法をかけた。じっとして動かなければ、そう見つかることはないだろう。虫が若干気になるのが問題であるが。メルティも渋い顔をしている。
そうして、息を殺すこと数分、彼らがやって来た。
リーダーは、いかつい大男で、大きな斧を担いでいる。他は、戦士風の女の子、スカウトと思しき女の子、ローブを纏った女の子と、女ばかりだ。尤も、此方も大差ないハーレムパーティーと言えるが。
ローブの娘が何やら魔道具の様な物を掲げ、ぶつぶつと唱えている。そうして、此方を指さし、言った。
「キイチロウ様、あそこに潜んでいます。」
すると、大男が、腰に差していた手斧をこちらに投げた。
「隠れてるんじゃねーよ、盾の悪魔さんよ!」
「エアストシールド!」
現れた光の盾が、手斧を弾いた。皆、藪から飛び出す。大男が、斧を振りかぶって突っ込んで来た。俺は魔法を放つ。
「サンダーアタックIX!」
大男が閃光に包まれる。が、驚いたことに、大男はひるんだ様子も見せず、尚文に向かって斧を振り下ろす。尚文は、斧を、盾と右手でがっちりと受けた。
「なぜ俺たちが隠れていることが分かった?」
尚文は、大男を睨み付けながら言った。大男は答える。
「お前の盾は目立つんだよ!」
横合いからフィーロが攻撃しているが、大して効いていないようだ。ラフタリアはメルティを守っている。リファナは姿が見えない。
俺は相手に魔法使いが居ることを思い出した。気配を探る。左前方に、誰かと一緒にいる。多分護衛の戦士か。
「サイコブラストIV!」
俺は魔法を放ったが、相手も詠唱を終えていた。
「アル・ファスト・スリープ!」
スリープ。眠り、だと!とたんに強烈な眠気が襲って来た。意識が飛び、ぐらりと倒れそうになる。が、俺は何とか踏みとどまった。どうやら、魔法のレジストに成功したようだ。
しかし、ラフタリアとメルティは、折り重なるように倒れた。フィーロも大男の傍で昏倒している。尚文は大男を押さえたままだ。魔法抵抗力が高いのは、さすが勇者様である。
大男が、左手で腰の斧を引き抜き、フィーロへと振り下ろす。
「エアストシールド!」
「ロックウォールIII!」
俺と尚文の魔法が重なった。二つの魔法が大男の攻撃を防ぐ。
「マインドアシスト!」
俺はフィーロを魔法で起こす。
「マインドアシスト!」
「マインドアシスト!」
ラフタリアとメルティも同様だ。
俺は、詠唱の気配を察知した。敵の魔法使いは、まだ魔力を残しているらしい。俺は魔法を放つ。
「ロックブラストIV!」
魔法は狙い違わず炸裂し、破片が飛び散ると共に、血飛沫が舞うのが見えた。おそらく、魔法使いと戦士を仕留めたであろう。
そこに、茂みから、眠っているリファナを抱え、ナイフを突きつけた敵のスカウトが現れるのが見えた。
「アイスウォールIII!」
俺は反射的に魔法を放ち、両者を氷壁に閉じ込める。
「リファナちゃん!」
ラフタリアが叫び、隠蔽魔法で身を隠しながら突進する。
「ファイヤーレーザーIII!」
俺は、敵のスカウトの利き腕を狙った。氷の中で、血が噴き出し、相手の腕が切断された。
俺がウォールを解除すると、ラフタリアが倒れるリファナを受け止めた。敵スカウトが傷口を抑えて転げまわる。俺は、マインドアシストでリファナを起こした。
一方、大男との戦いも、此方へ有利になっていた。メルティが加わり、魔法攻撃を加えているからだ。フィーロも、パワーグローブでの攻撃があまり効かないのを悟ると、魔法攻撃に切り替えた。
「ツヴァイト・アクアスラッシュ!」
「ツヴァイト・トルネード!」
尚文に押さえられて、ろくに動けないまま、水刃に体を裂かれ、竜巻による真空に皮膚を切り裂かれて、大男は傷だらけになって行く。
ラフタリアの腕の中で目覚めたリファナが辺りを見回し、角笛を耳に当てた。そして、叫ぶ。
「なおふみ様、新手が来ます!多分、2パーティー。」
それを聞いた尚文は言う。
「みんな!逃げるぞ!」
そうして大男を放し、エアストシールドで跳ね飛ばした。フィーロが追撃で蹴りを入れ、大男は吹っ飛ぶ。
俺は、フィーロが戻ってくるのを確認すると、大男の体をウォーターウォールIXで包んだ。さらに魔法を放つ。
「ファイヤーブラストIX!」
火の爆発を食らった水壁は、大きな音を立ててはじけた。水蒸気爆発だ。辺り一面が霧に覆われる。
魔物姿になったフィーロに、尚文、ラフタリア、メルティが乗る。俺はリファナを抱えた。
フィーロはその図体に似合わぬ器用さで、木々の間をすり抜けて行く。俺は、ジャンプの魔法でそれを追った。
夜の帳が落ちる中、俺たちは、元来た道を引き返す形で逃げた。確かに、後ろから追っ手が迫り来る気配がする。
しかし、眼前にも脅威が迫る。森が、燃えているのだ。第一王女の放火の仕業である。
「くそっ!」
尚文が毒づく。
「仕方ない。山を下りて街道へ出るぞ!」
俺は考えた。やれるか?理論上は大丈夫なはずだが、危険は伴う。尤も、街道へ出ても、兵士と冒険者パーティーの挟み撃ちに会うだけである。
俺は、意を決して言った。
「尚文、森に入ろう。このまま街道に逃げても、挟み撃ちに会うだけだ。」
尚文が驚いて言う。
「しかし、火にまかれるぞ。」
俺は答える。
「そう見せかけるんだ。実際には、火事の中に空間を作って、そこに潜む。」
「少し、危険だと思うわ。」
リファナが難色を示す。
「でも、このまま逃げても、敵に囲まれてしまいます。」
とラフタリア。
「フィーロ、焼き鳥になりたくない。」
「うまく行けば、敵をやり過ごす事が出来ると思うわ。」
フィーロに寄り添いながら、メルティが言う。
尚文は、少し考えて、俺の目を見た。そして言った。
「やれるんだな、勝彦。」
「ああ、勝算はある。少し、しんどいと思うが。」
俺も尚文の目を見て答える。
「分かった。火の中で、敵をやり過ごそう。」
尚文は言った。
それから、俺とメルティの魔法で皆の体を濡らした。そうして、鼻と口を布で覆い、姿勢を低くしながら、俺たちは、山火事の中へと分け入った。
まだ、森の上の方、梢近くの枝が燃えている段階だが、それでも熱気は伝わってくる。パチパチという音と共に、焦げ臭いニオイと薄い煙が辺りを漂う。
俺たちは、奥へと向かった。それにつれ、火が下に降り、煙が濃くなって、目や鼻の粘膜を刺激した。熱気を伴う空気が、喉を焼くような錯覚を起こさせる。
上を見ると、炎が渦を巻いて天に昇っていた。その美しい光景と反対に、俺たちは、地獄の中心へと向かっていた。
火の粉が上から落ちてきて、俺たちに降り注ぐ。フィーロが熱がって飛び跳ねる。俺は、ウォータークラウドを唱えて、パーティーの水分を補給した。が、それもすぐ乾いていく。
ゴーゴーと音を立て渦巻きながら、森が炎を纏って燃えている。
進むのが、困難になって来ていた。上からは、火の粉だけでなく、火のついた木片が降って来ている。
ラフタリアとリファナは、しきりと咳をしていた。他の者も、少ない酸素を取り入れようと、あえぐような、咳交じりの呼吸をしていた。もう、限界が近い。
「みんな!出来るだけ固まってくれ!」
俺は叫んだ。
皆が、尚文に抱き着く形で纏まった。俺は、魔法を放つ。
「ロックストームIX!」
目を大きめに取り、被害半径は20メートルほどに設定する。大き目の石礫が木をなぎ倒し、払い、火の海の中に円形の空間を作った。
「ウィンドストーム!」
更に竜巻を起こし、換気を行う。上昇気流が、地面付近の新鮮な空気を吸い上げる。
「アイスウォール!」
「アイスウォール!」
「アイスウォール!」
「アイスウォール!」
四方に氷壁を配置し、輻射熱を防ぐ。
俺たちは、ようやく人心地付いた。後は、周りの火勢が衰えるのを待つだけである。
「これで何とかなるだろう。」
俺は、氷壁維持のため、精神を集中しながら言った。
「後は、敵があきらめてくれるのを祈るのみ…か。」
と尚文。
「でも、空からだと丸見えですね。」
とリファナが言う。」
「大丈夫よ、飛行魔法なんて稀有な魔法の持ち主、メルロマルクにはそうはいないわ。」
メルティが安心させるように言う。
それから、火勢が衰えるまでの数時間、俺は氷壁維持に専念した。換気は、フィーロのトルネードの魔法で行ってもらった。
皆は交代で休んだが、無論俺は一睡も出来なかった。
移動出来る位まで、火事が収まった頃には、白々と夜が明けていた。
さすがに俺はヘロヘロになっていた。尚文に支えられるようにして、移動する。
山を下りて行くと、数人の兵士と遭遇した。俺たちの死体でも捜索に来たのだろう。
俺は、力を振り絞るようにして、魔法を放つ。
「サイコストームIV!」
同時に、フィーロ、リファナ、ラフタリアが飛び出し、兵士達を気絶させる。
兵士たちは、うまく狂気状態になっていたので、目を覚ましても、俺たちの事は証言出来ないはずだ。尤も、彼らの状態で、俺たちの存在は気付かれてしまうだろうが。
こうして俺たちは、なんとか無事に山を下りた。