俺が目を覚まし、ベッドから身を起こすと、尚文が難しい顔をして、窓から外を見ていた。そうして、俺に気づくと、
「勝彦、まずいことになった。」
と言った。
俺は身支度をしながら、
「どうしたんだ?」
と問うと、
「お前の記憶の通り、隣町の貴族が乗り込んで来た様だ。」
と尚文は答えた。
気配で、隣と向こうのベッドで寝ていた、ラフタリアとリファナも目を覚ます。
二人にも、事情を話して、身支度をさせる。
窓から外を見ると、3台の馬車から、兵士が次々と降りて来ている。
「メルティとフィーロは?」
と訊くと、
「分からない。多分、二人一緒なんだと思うが。」
と尚文は答えた。
と、突然ドアが開いた。慌てた表情のメイドが入って来て、口を開く。
「隣町の貴族が乱入して来ました。盾の勇者様を探しています。一刻も早く、お逃げください。」
俺たちは、荷物を持って部屋を飛び出す。
「フィーロとメルティは?」
と尚文が訊くと、
「存じません。しかし、お二方もこちらで何とかしますので、今は皆さまで裏口からお逃げください。」
とメイドは答えた。
メイドの案内で、廊下を急ぐ。
「こちらへ。」
と促されて部屋に入ると、どうやら厨房のようだ。そのまま勝手口にメイドは向かう。と思いきや、途中にある扉を開けて、
「ここに入ってください!」
と慌てて言った。
俺たち四人がそこに入り、メイドが扉を閉めるとすぐに、勝手口が開く気配がした。
俺たちが入ったところは、どうやら食糧庫のようだった。少々ガタの来ている扉の隙間から、俺たちは外を窺った。
見ると、さっきのメイドが兵士に首根っこを掴まれている。
「貴様、盾の悪魔はどこだ!?」
「し、知りません!」
手足をバタバタさせながら、メイドはすっとぼける。
「とぼけるようなら、少し痛めつけなさい。」
と、尊大な声が聞こえる。
その時、扉の隙間から見ていた、ラフタリアとリファナの空気が変わった。ビクンと体を震わせ、二人共、全身の毛を逆立てている。
俺からは見えなかったが、声の主が隣町の貴族なのだろう。ラフタリアとリファナを、奴隷として購入し、鞭打ちの拷問をして楽しんでいたゲスだ。
抜刀しようとするラフタリアを、刀の柄を尚文が押さえて止めている。俺も、変身して飛び出さんばかりのリファナを押さえた。
その時、廊下側のドアが開き、凛とした少女の声がした。
「うるさいですよ、一体、何の騒ぎです!」
入って来たのは第二王女メルティだ。一瞬にして貴族の態度が変わる。部下に命じてメイドを放させると、
「これはこれはメルティさま、お探し申し上げていたんですよ。ご無事で何よりです。」
とゴマを擦るように言う。
「貴方は、確か、イドル・レイディアと言いましたね。父上と共に、戦場に赴いたとか。」
「左様でございます。」
名前を聞いたラフタリアとリファナが、改めて反応する。彼女たちの呼吸が荒くなる。
「ところでメルティさま、お尋ねしたいことがあるのですが。」
粘着質の声で、イドルはメルティに問う。
「なんですか?」
「盾の悪魔はどこです?」
メルティは即答する。
「盾の勇者様は、もうここには居ません。私を置いてお逃げ下さるように、お願いしたのです。」
「本当に?」
イドルは疑わしそうに聞く。
「間違いありません。ところで、この兵士達は、貴方の私兵なのですか?」
「そうですが。」
「だったら、直ちにこの屋敷から引き揚げさせなさい。正当な理由もなく、他の貴族の屋敷を襲うなど、あってはならない事です。場合によっては、王に報告をします。」
メルティは、王族の権威を示す。
「盾の悪魔の捜索は、その王からの特命なのですが。」
イドルは言う。
「だったら、その命令に間違いがあるようですね。私が王に談判して、盾の勇者様の無実を証明して見せます。どうか私を、王城まで連れて行って下さい。」
とメルティは言った。
「いや、しかし…」
とイドルは言い淀みかけて、
「…うーん。分かりました。色々準備もありますので、取り敢えず、我が屋敷へおいで下さい。そこでいろいろと話しましょう。」
イドルは間を開けて、粘着質な声で言った。
「じっくりと…ね。」
それが合図だった。
「メルティちゃん、ダメ!」
と叫ぶと、俺の手をすり抜け、リファナがドアを開けて飛び出した。そうして、手近にいた兵士に一撃を食らわす。仕方なく、俺たちも食糧庫から飛び出した。
イドルが魔法の詠唱を始める。こいつ、魔法を使うのか。俺は魔法を唱える。
「サイコアタックV!」
だが、イドルは動じない。そして、自分に迫るリファナに魔法を放つ。
「ファスト・パラライズ!」
パラライズー麻痺だ。リファナが転がって動かなくなる。こいつ、詠唱が早いぞ。更に詠唱を続けるイドルに、俺は続けて魔法を放つ。ラフタリアがイドルに向かうも、兵士に邪魔されて近づけない。
「サイコアタックIX!」
イドルはふらつくも、持ちこたえて魔法を放つ。
「ツヴァイト・サイレンス!」
サイレンスー沈黙?俺は、一瞬息が止まったような衝撃に襲われた。その後呼吸をするが、声が出ない。やられた。魔法封じだ。
ようやく兵士を退けたラフタリアがイドルと対峙するも、イドルは剣を抜いて立ち向かう。しかも、ラフタリアが押され気味だ。戦争経験は伊達じゃないってところか。
「エアストシールド!」
メルティを押さえていた兵士との間に、尚文が光の盾を出現させ、兵士を吹っ飛ばす。
「メルティ!こっちに来い!」
尚文が叫ぶ。
「私のした事が台無しじゃない!」
ぼやきながら、メルティが尚文のもとへ駆け寄ろうとする。とそこへ、鋭い鞭の音が響いた。
「痛っ!」
見ると、メルティの手首に、イドルの鞭が巻き付いている。ラフタリアを退けたイドルは、メルティを引き寄せ、その首筋に剣の切っ先を当てる。これでは、さっきのように、エアストシールドは使えない。メルティの首が飛んでしまう。
「動くな、盾の悪魔。」
イドルはこちらを牽制すると、戸口付近にいた兵士に合図をした。兵士はラッパを鳴らす。
「勝彦!魔法でイドルを拘束しろ!」
尚文が叫ぶ。俺は、ゼスチャーで声が出ず魔法が使えない旨を伝えた。尚文が愕然とする。
ラッパの音を聞くと、兵士たちが整然と撤退を始めた。イドルは嫌がるメルティを引きずって、
「盾の悪魔よ、また後で。」
と捨て台詞を残して、勝手口から消えた。
尚文が床に転がったリファナの元に行き、状態異常解除のポーションを飲ませる。
俺は、壁にもたれて床に座り込んでいるラフタリアの様子を窺った。彼女は泣いていた。イドルに敵わなかったのがよほど悔しかったらしい。俺が彼女を抱えて頭をなでてやると、俺に体を預けて一層泣いた。
彼女が剣を鍛えていたのは、こういった時に、過去の仇を討たんがためだったところもある。それが叶わなかったのだ。
まあ、ラフタリアの剣技は、あくまで我流である。元職業軍人のイドルに敵わなかったのは、仕方ないと言えるが。
尚文が俺の傍に来て、ポーションを差し出す。
「効くかどうか分からないが、一応飲んでおけ。」
俺は、ありがたくもらって、飲み干した。味はまずい。
尚文がラフタリアに声をかけ、慰めると、彼女はようやく泣き止んだ。
薬が効いたのか、リファナが起き上がって来た。単身で突っ込むという軽率な行動をしたことを、尚文に謝っている。尚文は、苦虫を噛み潰したような顔で、リファナの頭をなでた。彼女の気持ちは、尚文にも分かるのだろう。あのサディストに、連れ去られたメルティが心配だ。
残念ながら、俺の声はポーションでは戻らなかった。恐らく、ツヴァイトレベルの魔法だったからだろう。
その後、ライヒノットとフィーロを探す。ライヒノットは、書斎と思しき部屋で、拘束されかけていたのが見つかった。完全に拘束されていたら、兵士の引き潮と同時に連れ去られていただろう。
フィーロは探しても見つからなかったので、尚文が奥の手を使った。すなわち、魔物紋の利用だ。
「フィーロ、今すぐ出て来い!これは、命令だ。」
尚文が叫ぶと、フィーロの悲鳴が聞こえた。
声を頼りに屋根裏まで赴くと、フィーロが半ばのびていた。魔物紋による、命令無視の呪いの効果である。
「ごしゅじんさま、ひど~い。」
「さっさと出て来ないからだ。」
「だってね、メルちゃんがかくれんぼしようって言ったんだ。どんな事があっても、絶対出てきちゃいけないって。」
これは、メルティの咄嗟の嘘だ。フィーロを敵から見つからないように隠しておいて、自分一人で始末をつけるつもりだったんだろう。
「メルちゃんはどこ?」
フィーロは、メルティが居ないのを不思議がって問う。ラフタリアが事情を話すと、
「メルちゃんを助ける!」
と魔物姿に変身する。すると、尚文が、
「メルティを見捨てるのも、選択肢の一つかもな。」
と言った。
おいおい、それはないだろう。フィーロはもちろん、ラフタリアやリファナも顔色を変える。尚文は続ける。
「メルティはイドルとかいう貴族の手に渡った。俺たちがアイツを誘拐したという冤罪も、うやむやになる可能性がある。」
しかし、尚文は勇者だった。
「だが、メルティは俺を信じてくれた。俺は、そんなやつを裏切りたくない。」
女性陣の表情が和らぐ。
「それに、イドルという奴が、昔と変わっていないのならば、メルティをひどい目に合わせて、それを俺たちの仕業にするかもしれない。そんな事は見過ごせない。あいつを助けるぞ!」
フィーロ、ラフタリア、リファナが一緒に手を挙げる。
俺も気持ちは同じなのだが、イドルは一筋縄でいくような奴じゃない。周到な計画が必要だ。
俺は手ぶりで筆記用具を求めた。今の俺は、筆談でなければ意見も述べられない。気づいたライヒノットが、話の場を書斎に移すように促した。
イドルを原作よりかなり強化しています。
話の都合もあるのですが、元職業軍人ならば、このぐらいの強さはあると思ったからです。
尤も、原作では、部下の戦功を自分のモノにして、後ろでふんぞり返っていたという事なのかもしれません。
性格のねじ曲がったゲスならば、ありうるかも。