翌朝。
丁度、朝食を終えた時に、それは起こった。
食事を終えたフィトリアが、メルティに近づき、いきなり魔法を唱えたのだ。
「リベレイション・ウィンド・プリズン!」
辺り一面に旋風が巻き起こり、それが収まると、メルティが風の檻に囚われていた。メルティが手を伸ばすと、風の檻が反応し、指先に小さな傷を与えた。
「メルちゃん!メルちゃんに何するの!」
フィーロが叫ぶ。メルティーに飛びつこうとするフィーロを俺は止めた。風には土か。俺は魔法を唱える。
「サンドストームIX!」
メルティに当たらないよう、目を大きく取る。だが、失敗だ。雷檻のように、消えてはくれない。風の檻は健在だ。
目をつぶっていたフィトリアが、顔を上げる。
「無駄。フィトリアが魔力供給する限り、この檻は存在し続ける。」
そうして、フィトリアは俺たちに宣言する。
「メルたんには、人質になってもらう。」
「どういうことだ!何が目的だ、フィトリア!」
尚文が叫ぶ。
「盾の勇者、約束して。他の勇者たちと、仲良くするって。」
とフィトリアは言った。
「メルちゃんを、そこから出して!」
フィーロが叫ぶが、フィトリアは意に介さない。
「そうじゃないと、メルティをどうにかするという事か。だが、それは出来ないと、昨日言ったはずだ。」
「それでもフィトリアは、お願いをする。波から世界を救うために、勇者同士の協力は絶対必要だから。お願い。」
「何度頼まれようと、俺はあいつらと和解する気はない。」
尚文との不毛なやり取りの後、フィトリアは顔を伏せたまま、何かをこらえるように、言った。
「それならば、新たな勇者を召喚出来るようにするため、フィトリアは、今の四聖を全員殺す。」
俺たちのパーティ全員に衝撃が走った。
「昨日言っていたのは、そういう事だったのか。」
尚文は呟く。
「その方が、世界のためになる。どうか、他の勇者と和解して。」
フィトリアは再度お願いをした。が、尚文は拒絶する。
「何度頼まれようと、それは、出来ない。」
絞り出すような口調に、彼の思いが、表れている。
「わざわざメルティを人質にする必要なんかない。俺を殺したいなら、殺すがいい。だが、ただでやられはしない!」
言うと、彼は盾を構えた。動揺の中、リファナが獣人姿に変身する。
「ダメ。」
フィトリアが呟く。フィトリアに飛び掛かろうとするリファナを、俺は止めた。彼女が俺をにらむ。
戦闘態勢の尚文が動揺する。
「またか。」
どうやら、憤怒の盾への変更を、疎外されているらしい。
「盾の勇者の気持ちは分かった。」
とフィトリアは言った。
「なら、盾の勇者とその従者だけで、波に対抗出来ると証明して見せて。」
「どうするんだ。ここで、お前と戦って見せろというのか?」
尚文が言う。
「大体そう。盾の勇者の強さは、概ね理解している。後は従者の強さだけど…。」
フィトリアはフィーロを指さした。
「まずは、フィーロと一騎打ちしたい。」
「フィーロと?!」
フィーロが驚く。
「もし、フィーロが勝ったなら、メルたんは開放してあげる。」
フィトリアは言う。
「分かった。フィーロが勝ったら、ごしゅじんさまは殺されないし、メルちゃんは助かるんだね。」
フィトリアは、黙っている。
「フィーロ、やるよ。」
「おい、フィーロ。」
動揺する尚文に、フィーロは笑顔を見せる。
「こっち。」
フィトリアが、フィーロを誘導する。そうして、呪文を唱えた。透き通ったドーム型の結界の様な物が、形成された。
「だから、待てって。」
尚文の声は、届かない。
「この結界の中では、人形でしかいられない。フィトリアは、人形で戦う。フィーロも人の姿で戦って。」
フィトリアは、言った。
「分かった。」
フィーロは答える。
フィーロとフィトリアは、結界の中へ入った。
「じゃあ、行くよ。」
フィーロが言う。
「いつでも。」
フィトリアが答える。
フィーロは高く跳び上がると、いわゆるドロップキックを放った。派手に砂埃が上がる。
「遅い。」
フィトリアは紙一重で躱すと、フィーロを片手で空中高く放り投げた。
「わあぁぁぁ。」
フィーロが自分の位置を見失う。フィトリアを捉えようと、きょろきょろと周りを見回す。
「フィーロ、上です!」
ラフタリアが叫ぶ。
いつの間にか、上空に舞い上がっていたフィトリアは、上からフィーロに強烈な一撃をお見舞いする。突き飛ばされたフィーロは、土煙を上げて地面にめり込んだ。
「つったぁ~。」
フィーロの服の、袖の辺りが衝撃で破れてしまっている。
尚文が叫ぶ。
「フィーロ、闇雲に突っ込むな。もっと頭を使え。隙を見て、服も再生させろ。魔力を込めて、防御力を上げるんだ!」
「分かった。」
フィーロが魔法を放つ。
「力の根源たる、フィーロが命ずる。理を読み解き、彼の者を真空の竜巻で吹き飛ばせ。」
「ツヴァイト・トルネード!」
「力の根源たる、フィトリアが命ずる。理を読み解き、真空の竜巻を無効化せよ。」
「アンチ・ツヴァイト・トルネード!」
フィトリアの方が、魔法詠唱が早い。フィーロが放った竜巻は、フィトリアの手前で消散してしまった。
「妨害魔法よ、気を付けて!」
メルティが叫ぶ。
竜巻が消散した名残の砂塵の中、フィトリアがフィーロの前に飛び出し、呟く。
「隙だらけ。」
言うが早いか、フィトリアは鉄拳を繰り出す。フィーロは吹き飛び、岩に叩き付けられた。
「これじゃ、服を再生させる暇なんか…」
リファナが言う。と、尚文が、メルティを閉じ込めている、風の檻に、近づいた。
「尚文、何を…。」
俺が止める間もなく、尚文はメルティに囁く。
「盾の力で、檻を散らせないか、やってみる。このままじゃ、フィーロが危ない。成功したら、さっさと、逃げるぞ。」
その時、フィトリアが魔法を放った。それは、盾の防御力をやすやすと貫き、尚文を石の壁に串刺しにした。
「ナオフミ!」
「ナオフミ様!」
「なおふみ様!」
「尚文!」
メルティが叫び、ラフタリアとリファナと俺の三人が、尚文に駆け寄る。尚文の傷は深そうだ。
「ごしゅじんさま!」
此方を見てフィーロが叫ぶ。が、フィトリアは、
「よそ見をしない。」
と言うと、フィーロを張り倒した。
「ずるをして、メルたんを助けようとした、その報い。」
フィトリアは、静かに言った。
「でも、盾の勇者がそうしたのは、フィーロが弱いから。」
フィーロの心情を逆なでするように、フィトリアは言う。
「フィーロは何のために、戦っているの?」
「そんなの決まっている。ごしゅじんさまの、ためー!」
フィーロは言いながら、フィトリアを殴ろうとする。が、それは躱され、フィーロは地面に転がった。
「昨日のドラゴンにも、フィトリアにも勝てないくせに、盾の勇者の力になれるはずがない。」
フィトリアの言に、
「フィーロ、負けないもん。ごしゅじんさまのために、強くなるもん!」
フィーロは泣き声交じりで返す。
「気持ちだけでは、無理!」
フィトリアは、フィーロを再び張り倒す。
再び転がったフィーロは、よろよろと立ち上がる。
「もう、ごしゅじんさまに、怪我をさせない。フィーロがもっともっと、強く、なるから!」
もうフィーロはボロボロだ。
そんなフィーロを尻目に、フィトリアは決めに入る。深呼吸をする様に、空中から何かを取り入れている。多分、魔力だ。
たじろぐフィーロに、尚文が声をかける。
「フィーロ、俺は、大丈夫だ。落ち着いて、相手の攻撃を、よく見るんだ。お前なら、出来る!」
フィーロは身構えて、深呼吸をしたように見えた。多分、フィトリアの真似だ。だが、空気中から、魔力を集めるのには、成功しているようだ。
やがて、フィーロは目を見開くと、ジャンプした。
「負けない!!」
フィーロは叫ぶと、右手を前に出す。
「スパイラル・ストライク!」
右手に魔力による光の爪が現れる。フィーロはそのままフィトリアに突っ込んだ。
フィトリアは、集めた魔力で、防御の結界を張る。そこに、フィーロの爪が食い込んで行く。
力のぶつかり合いは、しばし拮抗し、攻撃側が勝った。結界が破られる。フィーロは、フィトリアの傍の地面に、派手に突っ込む。フィトリアの頬が、切れた。
フィーロはよろよろと立ち上がると、フィトリアに近づいて行った。
「フィーロは、負けない。フィーロ、もっと強くなるから。ごしゅじんさまも、メルちゃんも、ラフタリアおねーちゃんも、みんなも、フィーロが守れるようになるから…。」
呟きながら、フィーロはヘロヘロのパンチをフィトリアに放った。フィトリアは、それを受け止めて、微笑んだ。フィーロは、精根尽き果てたように、へたりこんだ。
「もういいよ、フィーロ。貴方の勝ち。メルたんも、開放する。よく頑張った。」
フィトリアは晴れやかな顔でそう言うと、風の檻を解除した。
「フィーロちゃん!」
メルティがフィーロの傍に走り寄って、抱きかかえた。
俺は、尚文を抱えて、フィーロの許へ向かった。ラフタリアとリファナも、尚文を支えている。フィーロは近づいてくる尚文に向かって、
「フィーロ、勝ったよ。」
と言った。
「ああ、すごいぞ、フィーロ。」
尚文が褒めたたえる。フィーロは笑顔になった。
フィトリアがフィーロの傷を治す。
「よく試練を乗り越えた、フィーロ。」
「試練?」
フィーロが首をかしげる。
「フィーロ、お前は、試されたんだ。」
尚文が言う。
「そう、試練を乗り越えられなかったら、フィーロは死んでいた。そして、盾の勇者も死んでいた。」
フィトリアは、真顔で言う。そうして、何処からか、ティアラを取り出した。
「何、それ。」
フィーロが不思議そうに、それを見つめる。
「これは、フィトリアの試練を乗り越えた、証。」
フィトリアは、フィーロに頭を下げるように言った。
フィーロが頭を下げると、フィトリアは、ティアラをフィーロの頭にのせた。
フィトリアは言う。
「フィーロ、貴方に、フィトリアの第一継承権を、与える。」
「けいしょう?」
フィーロが首を傾げる。
「フィーロが、フィロリアルの次期女王になるって事か。」
尚文が言う。
「フィーロちゃん、すごーい。」
メルティが喜ぶ。フィーロはあまりうれしくはなさそうだ。
ティアラがキラキラと輝く。それは変形すると、フィーロの頭の一筋の毛となって、立ち上がった。それはまるで…。
「アホ毛じゃねーか。」
尚文が呟いた。
「可愛い!」
メルティがはしゃぐ。
当のフィーロは、
「わ。なんか、変なの生えた!」
と無理やりアホ毛を引っこ抜く。とすぐにまたアホ毛が立ち上がる。その動作を2、3回繰り返し、うんざりしたフィーロに、フィトリアが声をかける。
「いくら引き抜いても、また生えてくるから、あきらめて。」
尚文によると、フィーロのステータスが大幅に上がったらしい。そういう加護のある毛と言うわけだ。
フィトリアが言う。
「盾の勇者にも、あげるものがある。」
「アホ毛はいらないぞ。」
「もっといいものだから。それと、傷も治す。」
フィトリアは、回復魔法を唱えて、尚文を治療した。
「盾を出して。」
フィトリアは言うと、徐に自分の頭の飾り羽を抜き、盾に吸わせた。
『結局、アホ毛じゃねーか。』
俺は頭の中で突っ込んだ。
尚文に問うと、フィロリアルシリーズの盾が、強制解放されたらしい。
「一応、礼を言う。」
尚文が言った。
「どういたしまして。だけど、…。」
フィトリアの表情が変わった。
「ここから、第2ラウンド。入江勝彦。私と勝負して。」
フィトリアは、俺に向かって言った。