尚文は、そのまま女王と王城へ入ったが、彼以外の俺たち盾のパーティーは、治療院に入った。主に、フィーロのためである。
他のメンバーは、比較的軽症で、俺の魔力が回復して‘ホーリー’の魔法を使ったこともあり、すぐに完治した。
しかし、フィーロの手足の火傷は、なかなか治らなかった。尚文が怒りに飲まれた時、その心の闇に一番触れたからであろうか。聖水、魔術師の治療、‘ホーリー’での治療と、三段構えの回復手段を取って、半日ほど完治にはかかった。
メルティは、自分の傷が癒えると、公務へ戻って行った。何度もフィーロに別れを告げていたから、きっと、後ろ髪を引かれる思いだったんだろう。
フィーロの傷が癒えると、俺たちは、尚文と合流すべく、王城に向かった。今回は、きちんとした案内人が付いており、城へ入っても待たされることなく、尚文と会う事が出来た。
「お前たち、もう傷はいいのか。」
尚文が言う。
「ええ、問題ありません。」
とラフタリア。
「フィーロの治療に少しかかったが、全員完治した。問題ない。」
俺は答えた。
「なおふみ様は、大丈夫なのですか?」
リファナが問う。
「ああ、大丈夫だ。特に、怪我はしなかったからな。」
尚文は答える。
「ところで、女王とどんな話をしたんだ。」
と尚文に問うと、彼には珍しく、やや饒舌に、ぽつりぽつりと女王との話を要約して話してくれた。
まずは、クズ王が、諸国との協定を無視し、本来なら4番目に行うべき勇者の召喚を、勝手に行ってしまった事。それにより、各国が激怒し、女王は紛争を避け、各国を宥めるためにあちこちを飛び回らなければならなくなり、メルロマルクを顧みる暇がなかった事。
また、女王が後を任せた重臣が、最初の波で死んでしまい、三勇教にたぶらかされた王を諫めるものがいなくなった事。
盾を含めた各勇者を平等に扱うように通達した女王の意思を無視して、クズ王は、マインの策略に嵌められた尚文を、犯罪者として扱った事。
「そのため、盾を信奉するシルトベルトでは、メルロマルクとの戦争の機運が高まり、女王を一層煩わせたらしい。」
尚文が言う。
「思い出して来たぞ。どん底にいる尚文を救うために、女王は奴隷を斡旋するよう、奴隷商に働きかけたんだっけ。」
俺はアニメ知識で口を挟む。
「勝彦を仲間にして、少し経った時だな、奴隷商が話しかけて来たのは。」
「ちょっと待ってください、私がナオフミ様に売られたのは、女王様の策略の結果なのですか?」
ラフタリアが驚いて言った。
「お前の値段は安すぎたんだよ。当時の尚文でも買えるように、手心が加えられていたんだろう。」
と俺。
「まあ、裏で手を回されていようが、お前を選んだのは、俺と勝彦だ。その事実は変わりない。俺は、お前と出会えて良かったと思っている。」
尚文が言う。その言葉に安心したのか、ラフタリアの表情が和らいだ。
「それにしても、女王はよほど切羽詰まっていたんだろうな。大事な娘のメルティを、危険な特使として派遣したなんて。」
俺は言う。
「そのことについて、メルティの命の危険は考えなかったのか?と訊いたら、可能性の一つとしては想定していた、と女王は答えた。人の親としては、どうかなとは俺は思った。」
尚文は言う。
「それだけ優秀な政治家という事なんだろう。話を聞くと、孤軍奮闘して、可哀そうな気がして来る。」
「それはそうだが…。」
俺の言に答えた尚文は続ける。
「まあ、メルティの派遣は、王の要望に応じての事だったらしいが、三勇教の油断を誘い、その陰謀を顕わにする意図があったそうだ。俺たちへの冤罪と言うおまけがついたが、結局は、女王の策略は成功した訳だ。」
その時、フィーロが大あくびをした。
「フィーロ、もう眠いー。」
彼女にとっては、退屈な話だったろう。
「いい時間になったし、それじゃあ、そろそろ休むか。」
と尚文は言った。
寝るにあたって、誰が尚文と一緒に寝るかについて、少し騒動になった。
尚文は、とんでもない事だと一蹴する姿勢でいたのだが、女性陣の押しに屈した形でしぶしぶ受け入れた。
話し合いの結果、結局じゃんけん勝負に。女性陣3人での勝負で、フィーロが負けてしまい、ラフタリアとリファナが尚文の両脇に寝ることになった。どっかのアニメで見た構図だな。
悔しがるフィーロが、
「いいもん!かっちゃんと寝るもん!」
と言って、俺を引っ張って行き、部屋の隅で魔物姿となって、俺を抱き枕にした。フィーロの怪力には逆らえない。不快ではないが、暑い。
明かりを消して30分ほど経つと、
「眠れん!」
と、尚文が、自分のベッドからラフタリアとリファナを追い出した。追い出された彼女たちは、なぜか毛布を持って、フィーロの所へ来て、俺の両脇に陣取った。まあ、フィーロの羽の中は、寝やすいのは解るが、何故に自分のベッドで寝ない。これでは俺が某アニメの夜の魔王プレイだ。
それでも、フィーロの高い体温に包まれ、ラフタリア達の寝息を子守唄に、俺は深い眠りへと陥った。
突然けたたましい警鐘が鳴り、俺は心地よい眠りからいきなり現実に呼び覚まされた。
「何だ何だ!」
俺は跳び起きて、フィーロの羽の呪縛を解く。
廊下では、人の足音と叫びが聞こえる。
「何事ですか!」
ラフタリアとリファナも飛び起き、取り敢えず、身支度を始める。
「な~に?」
フィーロが眠そうに声を上げ、人形へと変身した。
「一体何だ!」
尚文がベッドから起き、不機嫌そうな声を上げる。彼は、ドアを開け、見張り番についていた兵士に尋ねた。
「一体、何が起こった?」
兵士は答える。
「分かりません。何が起こったのか、聞いて来ます。」
尚文は、走り出そうとする兵士を止め、
「待て、女王に会いたい。案内を寄越してくれ。」
と言った。兵士は了承すると、走り去った。
尚文は、装備を付けながら、
「女王に事情を聴きに行く。皆、準備しろ。」
と言った。
「「はい、準備は出来ています。」」
とラフタリアとリファナが答える。俺は昨日、装備のままフィーロに絡み取られたから、準備万端だ。フィーロは人形できょとんとしている。
窓を見ると、まだ明けきっていない程度の薄暗さだ。外でも、兵士が走り回っている。煙が見えないので、どうやら、火事ではないようなのだが…。
10分ほどして、扉がノックされた。開けると、見張りとは別の兵士が、女王まで案内するという。
俺たちは、彼について行った。
「一体、何があった?」
尚文が訊いた。
「教皇が、脱走したのです。」
「何だと!」
「詳しくは、調査中です。」
兵士は答える。
そのまま、部屋に入ると、女王が兵士に報告を受けていた。
「イワタニ様。」
女王が此方を見つけて言う。
「女王、教皇に、逃げられたそうだな。」
尚文が言うと、
「全く、面目ございません。」
と女王は頭を下げた。
「一日でこのざまとは、警備体制を疑いたくなるな。」
尚文の言に、
「信頼していた部下に、教皇の処置は任せていたのですが、どうやら、その者は三勇教徒である事を隠していたようです。こちらの落ち度です。せっかく、イワタニ様のおかげで捕縛出来たのに、申し訳ありません。」
と女王は答えた。
「良ければ、俺たちも、教皇の追跡に協力する。指示をくれ。」
尚文が言う。
「それには及びません。人手は十分に揃っております。イワタニ様方は、今しばらく、休憩なさって下さい。」
女王は答えた。
「しかし…」
納得しない尚文の肩に、俺は手を掛けた。彼は、こちらを見る。俺は言った。
「聖武器の模倣品は、無事なのか?」
「既に、兵器の研究所に運びましたので、無事です。」
「だったら、そこの防備を固めてくれ。何なら、俺たちが行ってもいい。」
「それには及びません。手配しておきますので、安心なさって下さい。」
女王は答えた。
「聖武器の模倣品がなければ、教皇は無力に等しい。尚文、女王に任せよう。」
俺は、尚文の肩から手を放す。
「ありがとうございます。では、追跡部隊の指揮がありますので、これで失礼いたします。」
女王は言うと、部屋から退出した。
「どう言うつもりだ、勝彦。」
尚文が言う。俺は答えた。
「教皇の脱走は、案外わざと仕組まれたものかもしれないぞ、尚文。」
「どういうことです?」
とラフタリア。
「あくまで、俺の考えだが…。」
俺は続ける。
「教皇は、このままいったら、処刑されるのがオチだろう。そうしたら、未だ三勇教を信じている地方貴族の不満が爆発し、反乱を起こすかもしれない。」
「イドルみたいな奴の事ですか。」
とリファナ。俺は答える。
「そうだ。それよりも、奴を脱走させ、監視を付けておき、裏で接触してくる三勇教の残党を摘発した方が、教皇を有意義に使えるっていうものさ。」
「教皇を、三勇教の残党を捕らえる為の餌にするっていう事か…。」
尚文が言う。
「これも、お前のアニメ知識か?」
「いや、アニメでは、お前の‘ブラッドサクリファイス’で、教皇は死んでいるからな。」
俺は答える。
尚文は、しばらく考えた後、言った。
「俺は、今一度女王に会って来る。信用するためにも、この辺ははっきりしておきたい。お前たちは、部屋に戻って、休んでいてくれ。」
「大丈夫なのですか、ナオフミ様。」
心配するラフタリアが言う。
「少なくとも、ここは敵地じゃない。安心しろ。」
と尚文は言った。
「勝彦、皆を頼む。」
「分かった。」
俺は答えた。
尚文は、女王を探しに部屋から出た。俺は、皆を連れて、俺たちの部屋に戻った。
朝食の時間になっても、尚文は戻らなかった。
「ごしゅじんさまは~?」
とフィーロが問う。
見張り番に聞くと、
「女王様と会談中です。」
とのことだった。
尚文が戻って来たのは、昼食前だった。なんだか思いつめた表情をしていたので、
「何か、あったのか?」
と訊くと、
「何もない、ただ、明日、俺の、すべての冤罪が晴らされるそうだ。」
と答えた。それって…。
「それじゃあ、ナオフミ様が、何も悪くないって、今度こそ証明されるのですね!」
ラフタリアが涙ながらに言う。
「ああ、そうだ。」
尚文は、ラフタリアの頭を撫でた。彼女の頬から、涙が伝った。
「良かったね、なおふみ様、ラフタリアちゃん。」
リファナがラフタリアに抱き着く。
夕食時も、尚文は黙っていた。
「ごしゅじんさまー。どうかしたの?」
フィーロが不思議がって訊く。
「何でもない。」
尚文が、フィーロの頭を撫でる。
彼の憂鬱の訳を、俺は知っている。だが、これは、俺が口を出すべき問題じゃない。彼の心の中の話なのだ。
その日も、俺はフィーロにくるまり、ラフタリアとリファナを侍らせて寝た。だが、尚文は、普段にも増して、あまり眠れない様子だった。