翌日。
昼食後、俺たちは女王に呼び出された。
謁見の間に行くと、槍、剣、弓の三勇者が先にいた。元康君は、マインがいない事を気にしていた。どうやら、仲間の同行を許されたのは、盾のパーティーだけらしい。
女王は玉座に座っており、その傍らにはメルティが控えていた。フィーロが手を振ると、メルティはそれに応えた。女王の隣、本来なら王が座るはずの玉座は、空になっていた。
「あの、女王様、マインはどこです。」
恐る恐ると言う感じで、元康君が訊く。
「王も居ないようだが。」
とこれは錬君。
女王は黙っていたが、しばらくすると、口を開いた。
「かの者たちを、これへ!」
兵士へ指示すると、大扉が開き、オルトクレイ王とマルティ王女が引き出されてきた。ただし、手枷と鎖付きだ。
「モトやす様、助けて!」
「マイン!」
マルティの叫びに、元康君が答える。
「王様にまで手枷を…。」
とこれは樹君。
「見ての通り、彼らは罪人です。」
女王が言う。
「それでは始めましょうか。愚かな王配と、第一王女の弾劾裁判を。」
「女王よ、なぜこのような暴挙に出たのだ。もしや、盾に洗脳を…。」
わめく王に、女王の放った魔法が命中した。王は氷の檻に閉じ込められる。
「盾の勇者様に、そのような力はありません。少し考えれば、分かる事です。」
女王は冷たい声で言う。女王が持っている扇を閉じると、氷の檻は砕けた。
「ママ、ひどいわ!どうしてこんなことをするの?」
女王はマルティの懇願を無視した。そこへ、盆に載せられたナイフと筆、インクが運ばれて来た。これには、見覚えがある。
「裁判の公正を期すため、マルティに一時的に奴隷紋を刻みます。」
「何だって!どうしてそんなひどい事をするんだ!」
女王の言に、元康君が抗議する。
「マルティには、ひどい虚言癖がありますので。」
言いながら、女王はその血をインクに落とす。高官がそのインクを持ち、兵士に押さえられたマルティの胸をはだけ、奴隷紋を刻んだ。苦しむマルティ。
その様子を見届けると、女王は宣言した。
「この裁判は、四聖勇者立会いの下、出来るだけ多くの国民にその様子を伝えるべく、民衆を収容している城の中庭、および前庭に中継します。」
そうして、一呼吸置くと、
「それでは、改めて裁判を始めます。ですが、この者たちが犯した罪は、既に言い逃れが出来ぬほどに明白。」
と言った。
元康君が反論する。
「一体、王様とマインがどんな罪を犯したって言うんだ。」
そういえばこの男、マルティを盲信し、三勇教の陰謀に片足を突っ込んでいたっけ。下手をすれば被告席に居てもおかしくないのだが、四聖勇者だからそれを免れている。そんでもって、本人にはその自覚が全くない。
女王が言う。
「それでは、この者たちの罪を、改めて明らかにしましょう。」
彼女は、居住まいを正す。
「三勇教の、国を転覆させ、四聖勇者を抹殺しようという企ては、四聖勇者の皆様方、とりわけ、盾の勇者ナオフミ・イワタニ様の活躍により潰えました。しかし、恐ろしいことに、その企てに、そこにいる二人が、王族であるにもかかわらず、加わっていたのです。」
「そんなことしてないわ!」
マルティが叫ぶが、とたんに奴隷紋の呪いが発動し、彼女は悲鳴を上げる。彼女の嘘故だ。
「確かに教皇は、第一王女と連絡を取っていたと言っていたな。」
錬君が呟く。
「第一王女とあろうものが、国家転覆をはかるなど、情けない…。」
女王は嘆く。
「違うわ、奴らは、四聖勇者のみならず、メルティとこの私まで殺そうとしたのよ。そんなことに関わる訳ないじゃない。」
マルティは力説する。今度は、奴隷紋は反応しない。
「ほ、ほら、やっぱりマインは悪くない。」
元康君が勇んで言う。
女王が詰問する。
「では、王位継承権一位のメルティを暗殺し、その罪を、盾の勇者様に擦り付けようとしたことは?」
「だから、そんなのやってないーっ!」
マルティの返答は、語尾が奴隷紋の呪いに呑まれて乱れた。
「お姉さま…。」
メルティが悲しげに呟く。
王が驚く。
「マルティ、本当か?」
女王は続ける。
「貴方は一命をとりとめたメルティを保護した盾の勇者様を誘拐犯に仕立て上げ、メルティを亡き者にして、継承権一位の座を得る為に、彼らが逃げた野山に火を放った。違いますか?」
「メルティは私の可愛い妹よ、違うにきまって…。」
マルティの返答は奴隷紋の呪いに妨げられ、悲鳴に変わった。
「確かに、マインさんは本気で第二王女を殺そうとしているように見えました。」
樹君が呟く。
「マルティ、お前、何と言う事を…。」
驚く王に、女王が言う。
「貴方もまた、三勇教と示し合わせ、私のいない間に、各国との協定を無視して、四聖勇者を召喚した。そうして、盾の勇者様を弾圧した。」
王は答える。
「あの恐ろしい波に対抗するためには、勇者の力は不可欠だったのだ。それに盾は、わが娘に対し、犯してはならぬ禁忌を…。」
「そうだ、尚文は、マインを襲ったんだぞ!」
元康君は言う。
「では、マルティに訊きます。」
女王の澄んだ声が問う。
「貴方は、盾の勇者様に襲われたのですか?」
「そうよ、私は盾の悪魔に犯されそうに…。」
マルティの返答は奴隷紋の呪いで悲鳴に変わる。今回は、心なしか悲鳴が大きいように思える。
「オルトクレイ、貴方もそれを機に、盾の勇者様に言われなき迫害を行いましたね。」
女王の問いに、
「みんな盾が悪いのだ。」
と王は答えた。
そこからは、傍から見ても茶番劇としか言いようのない三文芝居が続いた。王は、
「みんな盾が悪い。」
としか言わず、マルティは嘘しか吐かず悲鳴を上げてばかり。
尚文はと見ると、自分の冤罪が晴れていくというのに、憂鬱そうな顔をしていた。
「全く、昔のあなたなら、逆に三勇教を利用して、召喚した勇者たちを自在に操って、メルロマルクを盛り立てていたものを…。」
女王が嘆く。
そうして、何かを振り払うように顔を上げると、
「判決を言い渡します。オルトクレイ=メルロマルク32世、および、マルティ=メルロマルクは、大逆罪、国家反逆共謀罪により、その王族の地位をはく奪の後、死刑に処す!」
と言った。
愕然とする王と第一王女。
「刑の執行は即日。今この時!大罪人達の最期を、わが国民に見せしめるのです!」
日はすっかり傾いて、西の空に夕焼けが描かれつつあった。
刑の執行場と化した中庭には、二台のギロチンが置かれ、観客席に鈴なりになった群衆が、ざわざわとざわめいていた。その騒ぎは、いつかの決闘の比ではなかった。それは、罪人の二人が引き出されると最高潮に達し、次々とヤジが飛んだ。曰く、
「俺たちの家族を返せ!」
「家を返せ!」
「やっちまえ!」
俺たちは、貴賓席でそれらを見ていた。あまりの騒ぎに、フィーロが驚いて呟く。
「お祭り…?」
俺は答えた。
「人間の、最も醜いお祭りだよ。」
フィーロは、不思議そうに俺を見る。
女王が宣言する。
「これより、被告人を斬首刑に処す。国を、国民を欺いたものは、万死に値する。それが王族であったなら、なおさらのこと。それを今ここに、示しましょう。」
聴衆は、一層盛り上がった。
俺は、女王を観察した。うん、青ざめているが、他におかしいところはない。もしかしたら、影腹を切っているんじゃないかと、心配していたが、今の所はそう言った兆候は見られない。
「尚文、いいのか。」
俺は言った。
「何がだ。」
不機嫌そうに、尚文は応じた。
俺は答えなかった。自分が要因で人が死に至る。その責任を負うのも、その人自身にしか出来ない。だが、やさしい尚文は、たぶん、それに耐えられないだろう。しかし、そのことに気付けるのも、尚文自身しかいないのだ。
オルトクレイとマルティが引き出され、その首をギロチン台に無理やり押し付けられる。嫌がる二人に、首枷、手枷がはめられた。
マルティは救いを求めるように首を精一杯傾げ、目的のものを認めると、か細い声で叫んだ。
「助けて!モトやす様!モトやす様ー!」
しかし、元康君は、その顔を背けた。無理もない。彼も、ビッチ王女には、裏切られた側なのだから。信じていた分、失望も大きかったろう。
女王が手を上げる。刑の執行の合図だ。執行人が、ギロチンの刃を固定しているロープを切断するべく、剣を振りかぶる。
民衆の怒声の中、その声は、やけにはっきりと聞こえた。マルティの声だ。
「ナオふみ様…。助けて、ナオふみ様。お願い…。」
媚を売るように彼女は腰を振り、泣き顔を尚文に向けた。
その時、尚文は俺の側を離れた。そうして、階段を下りていく。
「待て!」
と尚文は叫んだ。彼は、刑場に降りて行った。
「そんな奴らには、死刑なんて、生ぬるい。死ねばそこで終わりだ。それで済んでいいのか。」
彼は、ギロチンを置かれた壇に上がる。
「奴隷紋も、反応しなかった。散々貶めて来た相手に、本気で命乞いをするような、面の皮の厚い奴らだ。それだけ図々しいと、ギロチンの刃も通らないかもな。」
尚文は、ギロチンの刃を見て言う。民衆の間で、笑いが起こった。
女王は、挙げた手を引っ込めた。その顔には、安堵の表情が見えている。執行人も、剣を下ろした。
尚文は言う。
「だから、おれから提案だ。王は、これからクズ!第一王女はビッチと名前を改めろ。」
「く、クズ…。」
「ビッチですって!」
あまりのことに、王と第一王女が赤面する。
「それが嫌なら、死刑にでも何でもなればいいさ。」
顔色を取り戻した女王が言う。
「ちなみに、マルティには冒険者としてマインと言う名前もありますが。」
尚文は答える。
「そうだな、ビッチの冒険者名は、アバズレだ。」
民衆から笑いが起こる。
女王が言う。
「今回の事件において、一番の功労者である盾の勇者様から、最大級の温情が示されました。よって以降は、オルトクレイ王を‘クズ’、マルティ王女を‘ビッチ’、冒険者名を‘アバズレ’と改名します。そして、事件最大の原因である三勇教は、これを廃止、メルロマルクは、四聖教を国教とします。」
四聖教。三勇教にも盾教にも敵対しない。諸国と仲良くするのに好都合な国教だ。民衆も納得したのか、三勇教のロザリオを投げ捨てている。
俺たちは、戻ってくる尚文を迎えるべく、貴賓席から階段を下った。女王とメルティも演壇から降りて来たらしく、中庭の入り口で、皆で尚文を迎える形になった。三勇者の姿も見える。
女王が言う。
「これから、叙勲の式典がございます。イワタニ様も、ご出席願えないでしょうか。」
尚文が答える。
「そんなものには興味がない。」
「では、メルロマルクには、協力いただけないのでしょうか?」
女王の問いに、
「いや、協力はする。メルロマルクだけじゃなく、世界中の国々とだ。俺たちは、波から世界を救う、四聖勇者なんだろう?」
と尚文は答えた。
「その通りです。ですが、それではこちらの気が済みません。」
女王が言う。
俺は、口を開いた。
「尚文、式典には出ておこう。」
「なぜだ。」
「メルロマルクの貴族たちに、盾の勇者の復権をアピールしておくためだ。これからの、メルロマルクでの動きやすさが違ってくる。お前が、そういうのを好まないのは分かっているが。」
俺は、ラフタリアやフィーロ、リファナを見た。仲間たちに、このまま肩身の狭い思いをさせておくのは、本意ではない。
尚文は、彼らを見て、少し考えてから、
「分かった。」
と言った。そして、女王の方を向いて、
「式典には出させてもらう。ただし、気の利いた挨拶などは、出来ないぞ。」
と言った。
女王は、
「分かりました。では、四聖勇者の皆様、大広間においでください。叙勲と報奨金授与の式典を行います。」
と言った。
そうして、改めて尚文の方へ向き直ると、
「本当に、本当に、ありがとうございます。」
と深々と頭を下げた。女王ではなく、一人の妻と、子を持つ母親としての礼なのだろう。
尚文は、少し顔を背けながら、
「俺は、大したことはしていない。」
と言った。
それから、盛大に式典が行われた。不愛想な尚文の表情と、料理が少ないとごねるフィーロを除いては、式典はつつがなく行われた。
報奨金は、なんと金貨600枚と破格だった。
貴族たちからは、盾が、とか、亜人が、とかの蔭口の聞こえて来たが、これを機に、その風潮も改まっていくだろう。
その夜、俺たちは王城に泊まった。