エルハルトから教わった村の名前は、リユート村と言った。小さいながらも、宿屋兼酒場があり、飯屋があり、雑貨屋があった。おまけに、買取商人が二日に1ぺんは訪れる好条件だ。
尚文君は、道すがら倒してきた魔物の素材の売却交渉をする。
「しめて、銀貨2枚になりますね。」
さすがに城下街の素材屋より、買取金額は低い。尚文君は、手っ取り早く稼げる場所はないかと聞いている。
「炭鉱の中で鉱石を採取すれば、それなりのお金になると思いますが…。」
なんか、返答の歯切れが悪い。聞くと、最初の波よりこっち、凶悪な魔物が住み着いているという。
「行ってみようじゃないか。」
尚文君は言った。
「勝彦、お前もいるし、今の俺たちなら何とかなるだろう。」
まあ、俺も、レベルIIIの魔法が使えるようになったし、大抵の魔物には負けない自信がある。
昼時になったので、飯屋で腹ごしらえをする。尚文君は、店で出している激辛料理に挑戦して、見事賞金を得ていた。味覚を失っているからこそ出来る芸当だろう。見ていて、気持ちが悪くなる。
そのあと、村人に場所を聞いて、炭鉱へと向かう。
入り口付近に小屋があったので、中をあさると、古ぼけたつるはしやロープなどが見つかった。盾が反応したのか、尚文君は、盾にそれらを吸わせている。かなり大きなものまで入るようで、驚きだ。ネコ型ロボットの、四次元ポケットみたいなものか。
これから、彼が最も多く使うであろうスキル‘エアストシールド’を習得したようだ。空中に忽然と出現した光の盾に、ラフタリアが驚いている。
尚文君がたいまつを持ち、俺がつるはしを抱えて、坑道へと入る。ラフタリアには、辺りに気を配るよう言う。見ると、地面に足跡が付いている。大型犬ぐらいの大きさだろうか。うん、この程度なら、何とかなりそうだ。
「あの、・・・。」
ラフタリアが突然言った。
「なんだ。」
「ご主人様たちを、何と呼べばいいですか?」
「好きに呼べばいいだろう。」
尚文君がぶっきらぼうに言い放つ。
「あの、お名前は…。」
「尚文、岩谷尚文だ。」
「俺は、入江勝彦だ。」
俺は答える。ラフタリアは、口の中で何かを反芻しながら、ちょこちょことついてくる。
やがて、鉱床と思しき、開けた場所へ出た。そこかしこで、地面が光っている。その辺に、鉱石が眠っているのだろう。
尚文君は、俺からつるはしを取ると、鉱床に向かって振るった。なんでも、つるはしの盾というのがあるそうで、効率よく採取が出来るらしい。良かった。力仕事は苦手だ。それからしばらく、尚文君が奮闘するのを、ラフタリアと二人で眺めていた。
ふと、俺は、ラフタリアが震えているのに気付いた。彼女の視線の先を見ると、大型の魔物が、唸り声をあげながら近づいて来ていた。その姿は、二つ頭の、黒い犬だった。一つ頭が足りないケルベロスみたいなものか。
「ファイヤーウォール!」
「いやァァァァァ!」
俺が炎の壁を作るのと、ラフタリアが叫び出すのが同時だった。
「おい、どうした。」
俺は、ラフタリアを抱える。尚文君も騒ぎを聞きつけて、作業を中止して駆け寄る。魔物は、炎の壁に邪魔されて、俺たちに近づけない。
「夢の魔物が、…村のみんなを、お父さんと…お母さんを…」
うわごとのように叫ぶラフタリアは、完全にパニックに陥っていた。これが夜泣きの原因か。俺は少し考えて、ラフタリアの頬を打った。ラフタリアははっとしたように、正気に戻った。
それから俺たちは、ラフタリアに事情を聴いた。この国での最初の波の時、三つ頭の犬の化け物が、彼女の故郷の村を襲い、多数の村人を殺したらしい。崖の上まで逃げた彼女の両親は、ラフタリアを海へ突き落し、彼女をかばって魔物に殺されたという。
「それがトラウマになっているってことか。」
尚文君は言った。
「いいか、ラフタリア。お前がここで、あいつを倒すんだ。」
言い聞かせるように、顔をラフタリアに向ける。
「お前の両親は帰ってこない。だが、お前が強くなって、災厄の波に立ち向かった時、お前のような境遇の子を減らすことが出来る。」
「いいか、強くなるんだ。」
俺も、ラフタリアの肩に手を置いて、励ます。ラフタリアは立ち上がった。
尚文君と俺は頷きあった。俺は、ファイヤーウォールを解除する。魔物がこちらへ向かってきた。まだいたのか。しつこい野郎だ。
尚文君が盾で魔物を受け止める。俺はすかさず魔法を放った。
「サイコアタックIII!」
だが、魔物は若干ひるんだだけだった。狂気状態には陥らない。盾で防がれていない方の頭で、魔物が尚文君の肩口に噛み付く。鮮血が飛び散った。
「今だ!ラフタリア!こいつを剣で刺すんだ!」
尚文君が叫ぶ。だが、ラフタリアは固まったままだった。奴隷紋が発動し、彼女は苦しみだす。
「どうした!ラフタリア!」
俺も叫ぶ。
「足が、動かない!」
苦しみながら、ラフタリアも叫んだ。俺がサンダーアタックを放とうとした時、尚文君が言った。
「もういい、ラフタリア。」
奴隷紋の発動が止み、ラフタリアが解放される。
「勝彦、ラフタリアを連れて、ここを出ろ!」
「ご主人様は?」
「俺は、お前たちが逃げる時間を稼ぐ。」
魔物が、肩口にもう一度噛み付く。鮮血が辺りへと飛ぶ。ラフタリアが、その光景を見て動揺する。しばしの逡巡の後、ラフタリアは、魔物に向かって突進した。
「死んじゃ、だめーっ!」
そして、噛み付いている魔物の首に切りつける。しかし、その切っ先の入りは浅かった。魔物は首を巡らし、ラフタリアは跳ね飛ばされた。そのまま、魔物はラフタリアへ襲い掛かる。
「エアストシールド!」
すんでのところで、光の盾が、ラフタリアへの攻撃を防いだ。俺も魔法を放つ。
「サイコボールIII!]
今度は成功だ。魔物の動きが止まる。
「今だ、ラフタリア!」
必死の形相で、叫び声を上げながら、ラフタリアが魔物の心臓を突き刺した。魔物が断末魔の叫びを上げ、しばらく身じろいだ後こと切れた。俺たちに経験値が入る。ラフタリアと尚文君のレベルが上昇した。
「よくやったな、ラフタリア。」
尚文君が、ラフタリアをねぎらう。と、ラフタリアが、泣きながら、尚文君へと抱き付いた。
「ナオフミ様!」
ラフタリアは、尚文君の胸で泣きじゃくる。
「ナオフミ様!絶対に死なないで、私を置いてかないで!」
尚文君は、痛そうにしている。盾の加護があっても、結構な怪我だ。
「お前が戦い、俺が守る。そうすれば、死ぬ事は無い。」
尚文君はラフタリアを撫でた。
俺は近づいて言った。
「俺もいるしな。」
「カツヒコ様…。」
ラフタリアは、微笑んだ。ちょっと、温度差があるな。ちょっぴり、嫉妬心がうずく。
そのあと、犬の魔物を俺が解体して-結構時間はかかった-素材を盾に吸わせた。さらに、尚文君がヒール丸薬で治療している間、俺が鉱石の採掘をする羽目になった。それでも、結構な量の鉱石が取れたので、文句は言えない。
それらを、帰りがけの買取商人のところへ持っていくと、銀貨50枚にもなった。
おかげで、その晩はごちそうだった。ラフタリアは、おなかを鳴らしながら、目を輝かせている。
「今晩は、いくら食べてもいいぞ。」
尚文君が言う。ラフタリアは、食事を掻っ込むのを中断すると、
「ナオフミ様、カツヒコ様、絶対に、生き残りましょうね。」
と言った。
「当たり前だ。」
「もちろんだ。」
俺たちは答えた。俺の実力は、まだ足りないことが分かった。波まで十日余り。まだまだ鍛える必要がある。