何やら、俺の体が持ち上げられる。そして、何かに乗せられて運ばれている。担架だ。
気遣うラフタリアの声が聞こえる。リファナは少々呆れ気味か。フィーロは、俺の頬をぷにぷにとつついている。
意識は未だ混濁している。船はカルミラ島に着いたのか。船倉の、暗い通路が見える。担架が揺れる。尚文が、何か言ったような気がしたが、その声は、泡に溶けたように、認識の彼方に消えた。
俺は、目を覚ました。また気を失ったらしい。気持ちが悪い。何とかして体を起こす。
辺りを見回すと、ホテルの一室の様だ。俺は、寝ていたベッドから、はいずり出る。
周りは、薄暗い。とうに日は落ち、ランプの光が部屋を照らしている。
サイドテーブルには、すっかり冷めてしまったスープが置かれていた。その脇に、日本語で書かれた手紙があった。
-勝彦へ。レベル上げに行ってくる。早く良くなるように。尚文
簡潔で無駄のない文章に、尚文らしいと思う。
俺は、皿の脇に添えられていたスプーンを持った。食欲は無い。それでも、スープを二口、三口、喉の奥に流し込む。
半分ほどスープを平らげたところで、また吐き気がしてきた。まだ船酔いから覚めていない。相当重症の様だ。
俺は再び、ベッドに潜り込むと、目を閉じた。半分悪夢のような気持ち悪さと、心身の疲れが混然一体となって俺を包み、意識の彼方の眠りへと、再び引きずり込んで行った。
再び目を覚ますと、フィーロの顔があった。窓から光が射している。朝になった様だ。
「おはよう、フィーロ。」
俺は言った。
「かっちゃん、起きたよ。」
彼女は、振り向いて言う。
「勝彦、気分はどうだ。」
尚文が、俺を覗いて言う。
「まだ本調子ではないが、そう悪くもない。」
俺は答えた。鈍痛の様な気持ち悪さが残っているが、動けない程ではない。
「それは良かったです。」
ラフタリアが言う。
「あれしきの揺れで、こんなに酔うなんて、まだ修行が足りないわね。」
とリファナ。辛辣だ。言い返せないのがもどかしく、恥ずかしい。
「これから朝食だ。一緒に食うか。」
「ああ。」
俺は答えた。
俺は、余り無い食欲を絞り出して、皆で朝食を摂った。
それで、昨日のことを聞かされる。
尚文が、碑文を解読して新しい魔法を覚えたこと。
戦闘で、魔物を倒して得られる経験値が美味しかったこと。
三勇者ともめたこと。
夜間戦闘をしていたら、心配したラルクとテリスが探しに来たこと。
その後、皆で酒盛りをしたこと。
「ラルクとテリスとは、一緒にレベル上げを行う事になった。明日の予定だ。」
尚文は上機嫌で言う。彼が陽の感情を表に出すのは珍しい。おかげで、彼らのことをまた話し難くなった。
「ところで、勝彦は、今日のレベル上げについて来れるのか?」
「後衛で、魔法を打つだけだから、問題ないだろう。」
と、俺は言う。正直、そう何日も寝てられない。
朝食の後、身支度を整え、レベル上げに向かう。
まずは俺のために、穴から湧き出てくる雑魚スライムの討伐をした。ある程度出て来たところで、ファイアーストームIIIで一網打尽にする。それを繰り返すと、僅かの間にレベルが2も上昇した。
その後、三勇者と狩場が被らないよう、舟で沖の島の一つへ向かう。泳ぎに目覚めたフィーロは、舟に並走して楽しそうだ。更に、時々近づく魚の魔物を、その強力な蹴りで仕留めている。
上陸すると、前衛にリファナとフィーロ、その後ろに尚文、俺、殿にラフタリアと、俺を労わった隊列で進む。
尚文のヘイトリアクションで雑魚を集め、俺がストームで纏めて仕留め、後の3人がボスを相手にすると言った戦法で、順調にレベル上げが進んだ。
昼前の休憩で、尚文が言った。
「レベルが低くて使えなかった転送スキルがやっと解放された。リファナもレベル40になっているので、午後は一度メルロマルクに戻り、リファナのクラスアップをしてこようと思う。」
そして、俺とラフタリアを見る。
「クラスアップには、リファナとフィーロを連れて行く。そこでだ、勝彦。ラフタリアを付けてやるから、午後は休むなり、レベルアップするなり、好きにしてくれ。」
「ナオフミ様…。」
ラフタリアは、置いてきぼりにされるのが、少し不満なのかもしれない。
「クラスアップは3人で事足りるし、勝彦のことも少し不安だ。すまんがラフタリア、勝彦についていてやってくれ。」
「分かりました。で、カツヒコ様、どうしますか?」
ラフタリアが俺に訊いてくる。
「体はほぼ復調しているし、午後はレベルアップを続けようと思うが、いいか?」
俺は言った。
「問題ありません。二人で頑張りましょう。」
ラフタリアは答える。
その後、皆で一旦カルミラ本島へ戻った。尚文達はクラスアップへ向かい、俺たちは初心者向けの狩場で、二人の連携を確認してから、高難度の島の狩場へ改めて向かおうという算段だ。
皆で昼食を摂ってから、それぞれの目的地へ向かった。
「カツヒコ様、本当にお体は大丈夫なのですか?」
ラフタリアが訊いてくる。
「正直、気持ち悪さは僅かに残っているが、魔法を唱えるのには差し支えない。十分戦えるはずだ。」
俺は答える。
「それより、二人での戦い方だが、ラフタリアは、前衛に立ってくれ。尚文と同じには行かないだろうが、俺が守る。それで、敵が集まってきたところで、魔法で片づける。」
「私は、ナオフミ様のように、敵を引き付けられませんが。」
ラフタリアが答える。
「大体でいいさ。この組み合わせでは、余り戦った事は無いからな。最適な戦法を探して行こう。」
俺は言った。
それから、角の生えたウサピルのような魔物が出る狩場に移動した。弱いが、仲間を呼んで群れる、少し面倒な獲物だ。
まずラフタリアが前へ出る。彼女は、難なく角ウサピルたちを切り伏せて行くが、数には勝てず、次第に横に回り込まれ始める。俺の出番だ。
「アイスウォールII!」
尚文のエアストシールドよろしく、氷の壁が角ウサピルの攻撃を防ぐ。
ウォールが消え、ラフタリアが、彼らの相手をしている内に、正面から突っ込む角ウサピル達に、俺は魔法を放つ。
「サンダーブラストIII!」
雷球がはじけて、モンスター達を感電死させる。
しばらくそうやって戦い、最後にはラフタリアの周りの角ウサピルをサンダーストームIIIで一掃して、戦闘は終了した。
「戦えそうですね。」
ラフタリアが言う。心なしか、声が上気している。機嫌は直ったみたいだ。
「そうだな。今度は島に渡ってみよう。」
俺達は舟渡を探すべく、港に向かった。
舟で別の島へ渡る。
幸い波は穏やかで、俺が船酔いする事は無かった。
ラフタリアは沖の彼方を眺めている。その髪が、潮風に吹かれ、日に反射して淡く光る。本当に、美しい少女だ。俺は、しばらく見とれていた。幸い、彼女は気付かない。
と、俺は誰かに見られている気がして、我に返った。
「どうしたんです?」
俺の様子を不審に思ったのか、ラフタリアが訊いて来た。
「いや、何でもない。」
俺は返す。にしても、さっきの感覚は、一体何なんだろう。
島に上陸しても、基本的にやる事は同じだ。前衛のラフタリアを守り、敵の群れを魔法で削っていく。
二人の連携は、うまく行っている。俺が尚文の行動をなぞっているので、ラフタリアもいつもの感覚で戦えるのだろう。
さっきも、ペンギンの化け物を退治した。
仲間を呼ぶタイプだったが、雑魚はストームで片付け、俺の魔法に守られたラフタリアがボスを一閃、それでも倒れなかったので、俺がサンダーボールVで仕留めた。密林の中なので、火属性魔法が使い難く、やり難い。
すると、妙なドロップ品が出た。しいて言うなら、ペンギンの着ぐるみだ。性能はすこぶる良い。今のラフタリアの防具を凌ぐほどだ。ただ、見てくれが…。
ラフタリアに、
「着てみるか。」
と尋ねると、
「カツヒコ様が着たらどうですか?」
とやんわりと拒否をされた。俺が着るのはやぶさかではないが、着ぐるみ故視界が制限されるのが大きい。後衛だし、防御はさほど重要じゃないって、俺も着ない理由を探しているな。やはり、こいつを着て戦うのは恥ずかしい。
「行きますよ、カツヒコ様。」
ラフタリアは俺に声を掛けると、密林へと分け入って行く。今まで順調だったせいか、何だか不用心になっている気がする。俺は彼女に声を掛けようとした。
すると、シュッという音がして、ラフタリアが消えた。彼女の短い悲鳴が聞こえ、ザザザザと言う音がする。次の瞬間、何かが俺の足首に絡みついた。そして、引き倒され、引きずられる。俺は魔法を唱えた。
「ファイアーアローIII!」
足首に絡んだ何かが一瞬にして燃え、俺は解放される。立ち上がると、シュルルルと音がして、四方から何かが俺に向かって来た。視界にそれが入る。草の蔓だ。
「ファイアーストームIII!」
俺は、炎の奔流の魔法で蔓をはじき燃やす。辺りが少し燃えるが仕方あるまい。
俺は藪の奥に、大きな植物があるのを見つけた。大きな袋状の器官を幾つも備え、そこから、太い蔓がうようよと動いている。
間違いない。食人植物だ。ラフタリアは蔓に絡め捕られ、袋に引きずり込まれたのだ。一つの袋が大きくなっている。ラフタリアは、たぶんその中だ。
どうする?下手に近づくと、こっちも絡め捕られてしまう。植物には火魔法だが、盛大に使うと、ラフタリアを焼き殺してしまう。
ん?こいつは食人植物だよな。袋の中は、消化液が入っているはずだ。と言う事は、ラフタリアは粘液の中。多少の火では、燃えないはずだ。
俺は魔法を放った。
「ファイヤーボールIV!」
「ファイヤーボールIV!」
「ファイヤーボールIV!」
「ファイヤーボールIV!」
爆散させないよう、過度に熱を加えないよう、弱い火球を何度も当てる。
蔓が動かなくなった。俺はナイフを抜いて、一気に距離を詰める。袋の上の茎を掴み、ナイフで突き刺す。熱い。左手に火傷を負ったのが分かった。それでも構わず、ナイフに力を入れ、下に切り下ろす。茎が裂け、袋が下に落ちた。袋が割れ、粘液にまみれた人形が現れる。ラフタリアだ。
俺は、ぬるぬると滑るラフタリアを引っ張って、少し開けた場所に運んだ。そうして、彼女の様子を調べる。まずい。呼吸をしていない。
俺は彼女の胸当てを外し、上体を起こして、彼女の背後に回った。そうして、ラフタリアの鳩尾のあたりで両手を組む。そのまま、彼女の体重を利用して、腹部から胸を圧迫する。いわゆる、ハイムリック法だ。
ラフタリアが、咳と共に何かを吐き出した。良かった。気が付いたようだ。と、同時に、冷静さが戻ってくる。こういう時は、気道確保の後、人工呼吸で良かったような。しまった。キスをする絶好の機会を逃してしまった。
そんなことを思っていたら、咳が治まったラフタリアがこちらをじっと見ていた。
「ありがとうございます。でも、何か変なこと考えてません?」
「い、いや、何でもないぞ。気が付いて良かった。」
ラフタリアの問いを、何とかはぐらかす。
「ウォータークラウドV!」
俺は魔法を唱える。さながら妖怪粘液狸娘と言った風貌のラフタリアを洗うためと、周りで起こっている火事を収めるためである。俺自身も、いわゆる返り粘液でぬるぬるドロドロだ。
ラフタリアは、気持ち悪いのか、尻尾を何度も擦っている。俺も、ドロドロのローブを洗うべく、擦った。
しばらくして、クラウドを解除する。粘液は落とせたが、今度は二人とも濡れ鼠だ。
バックパックから野営用の毛布を取り出し、ラフタリアへ投げる。
「このままだと風邪を引いてしまう。服を脱いで、乾かそう。」
「分かりました。でも、こっちを見たら、いやですよ。」
ラフタリアが答える。
ラフタリアは下着姿になり、俺は濡れたローブを脱いだ。ラフタリアは毛布をかぶっている。俺は、ラフタリアの服と、俺のローブを適当な木の枝に掛けた。そうして、魔法で乾かそうと木の下へ近づく。
その時、俺は左肩甲骨の辺りに衝撃を感じた。そのままうつぶせに倒れる。多分矢だ。後ろから、撃たれたのだ。