「カツヒコ様!」
ラフタリアが毛布を放り出し、駆け寄ってくる。
なんだか全身がしびれている。しびれ薬でも矢じりに塗ってあったのか?痛みを感じないのは幸いであるが。
その時、後ろの茂みから音がした。何者かが現れる。気配は4つだ。
俺を抱き起そうとするラフタリアに叫ぶ。
「ラフタリア、俺に構わず逃げろ!」
良かった、声は出る。取り敢えず魔法で対処出来るだろう。それより、剣も持たずに来た、半裸のラフタリアを逃がす方が先決だ。
「逃がさねーよ、お前ら。」
気配の主の一人が言う。なんとなく、大男っぽい。
「エルザとアンヌの仇だ。お前らには、報いを受けてもらう。」
ラフタリアが踵を返し、剣を取りに向かう。尻尾が膨らんでいる。幻影魔法で隠れるのだろう。いい判断だ。
それにしても、仇って、何だ?
剣を取ったラフタリアが見えなくなる。
同時に、俺は首根っこを掴まれて、持ち上げられた。
「よう、久しぶりだな、盾の魔法使い。でも、抵抗は無駄だぜ。てめえに打ち込んだ矢には、麻痺と魔法無効化の呪いを仕込んである。」
魔法無効化の呪い!?そんなものあるのか?俺は焦った。しかし、何だかおかしい。
男の腰に、小さな斧が幾つか見えた。そうか、思い出した。山中で三勇者から逃げ出した後、遭遇した冒険者だ。確か、キイチロウと言ったか。水蒸気爆発に巻き込んだはずだが、生きていたのか…。
「だから、あの狸女が俺たちに犯されるのを、黙って見物してな。」
大男は下卑た笑いを浮かべた。俺の全身が熱くなる。そんなこと、させるか!
俺は地面に放り出される。相変わらず、全身がしびれて、指一本動かせない。
と、俺の首にナイフが突きつけられる。誰かが、俺に馬乗りになって、俺の頭を持ち上げている。ナイフを突きつけている手は、義手だ。
「あん時は、世話になったわね。この腕の恨み、忘れていないわ。」
こいつは、あの時、俺が利き腕をぶった切ったスカウトか。
大男が叫ぶ。
「おい、狸女!出て来い。さもないと、こいつを殺すぞ!」
俺も叫ぶ。
「ラフタリア、逃げろ!」
「黙んな!」
敵スカウトが、俺の髪を掴んで頭を引っ張り、ナイフに力を籠める。しびれていて分からないが、たぶん、切れて、血が出ているだろう。
その時、武器と武器が打ち合う金属音が聞こえた。ラフタリアが、大男に斬りかかったのだ。馬鹿!何故逃げない。あの大男には、お前では勝てない!
斧と剣が打ち合う音が聞こえるが、ラフタリアの姿は見えない。幻影魔法を駆使して戦っているのだろう。そこへ、ごろつき風の男二人が加わる。ラフタリアは包囲された形だ。
大男が渾身の一撃を振るった。ラフタリアの短い悲鳴と共に、彼女の剣が飛ばされる。魔法が途切れ、彼女が姿を現す。右手を押さえている。
大男が言う。
「ここから、ショータイムだ。様子を撮っておいて、盾の糞野郎に送ってやるぜ。ティーファ!」
「あいよ。」
敵スカウトが答え、俺から立ち上がり、懐から魔法の水晶を取り出す。これから起こる事を、水晶に記録して、尚文に送るつもりだ。くそっ!
「お前もしっかり見ておくんだぜ、魔法使い。」
敵スカウトが俺の頭の角度を調整し、ラフタリアの姿が良く見えるよう固定する。そして二、三歩歩いて立ち止まる。カメラアングルを考えたのだろう。
半裸のラフタリアは、下卑た男3人に囲まれて、絶体絶命だ。
俺は、頭に血が上っていた。同時に、ずっと、ある違和感も感じていた。魔力が制限されている感覚が無いのだ。ひょっとしたら…。
大男が、ラフタリアの腕を掴んで宙吊りにする。俺は魔法を放ってみた。
「ロックアタックXI!」
虚空から巨大な岩塊が現れ、大男の脳天に命中する。鐘を鳴らしたような音が辺りに響き、男がラフタリアを放した。そして、頭を押さえてふらふらと迷い出す。
やっぱりだ。矢の呪いは、
「サイコアタックXI!」
「サイコアタックXI!」
多分、助っ人と思われるごろつき二人が、相次いで狂気状態に陥った。
「貴様!」
敵スカウトが振り向き、水晶を放り出してナイフを握る。可哀そうだが、禍根を残す訳にはいかないだろう…。
「ロックレーザーVII!」
石柱が脆弱な彼女の体を貫いた。彼女は血を吐き、絶命する。
「ラフタリア、大丈夫か!」
俺は叫んだ。
「大丈夫です。カツヒコ様は?」
ラフタリアの問いに、俺は返答しなかった。大男が、声に反応して、歩き出したからだ。
大男は、目や耳から血を噴き出している。それにしても、ロックアタックXIを食らって、生きているなんて頑丈すぎる。俺はとどめを刺す。
「ファイアーレーザーXI!」
「ロックレーザーXI!」
巨大な炎柱と岩柱が大男の背中を相次いで貫き、大きな穴を開けた。大男は、どうと倒れる。
「カツヒコ様!」
ラフタリアが走って来る。
「ラフタリア、俺は麻痺の矢を食らって、動けない。手が痛いだろうが、あそこで狂気状態になっている男たちを、ロープで拘束するんだ。」
ラフタリアは、心配そうに、俺を見る。
「カツヒコ様、矢がかなり深く刺さっています。大丈夫ですか。」
「幸いと言うか、体がしびれて、痛みを感じない。多分、大丈夫だろう。男達の処理をしてから、矢を抜いてくれ。」
「分かりました。」
ラフタリアは再び走り、放り出してあったバックパックからロープを取り出すと、ケタケタと騒いでいる男達の方へ向かった。そうして、彼らを剣で殴り倒して失神させる。その後、彼女は男たちをロープで縛った。
その間、俺は蜂に刺されて麻痺した芋虫のごとく、地面にただ転がっていた。
そこへ、バックパックを持ったラフタリアが戻って来る。
「カツヒコ様、これから矢を抜きます。矢じりが深く刺さっているので、傷口をナイフで広げます。痛いでしょうが、我慢して下さい。」
「ちょっと待て、ラフタリア。ナイフを見せろ。」
俺は言った。ラフタリアは、ナイフを俺の顔の前にかざす。
「そのまま持ってろ。今から消毒する。」
そういって、俺は魔法を発動させる。
「ファイアーウォールIV!」
ナイフの刃の部分に炎が纏わりつく。ラフタリアは、一瞬驚いて腕をピクリと動かしたが、そのままナイフを保持した。やがて、鉄が焼ける匂いが漂って来る。俺は魔法を解除した。
「いいぞ。そいつで傷口を切開してくれ。」
俺は言った。
「行きますよ。」
とラフタリア。
次の瞬間、ジュッと言う音と共に、鈍い痛みと、肉の焼ける臭いが伝わって来た。そうして、矢が引き抜かれる。
途端に、ものすごい激痛が襲って来て、俺は悲鳴を上げた。痛みに七転八倒する。俺は泣き叫んだ。
「大人しくして下さい!」
ラフタリアが、もがく俺を押さえ込む。細腕にしては、力がある。
「今から、ヒール丸薬を傷口に入れ、包帯をします。」
ラフタリアは、俺を押さえながら、処置をする。俺は、激しい痛みにただただ泣いた。
ラフタリアが、包帯を縛る。その後、俺をぎゅっと抱きしめた。
「終わりましたよ。よく頑張りましたね。」
ラフタリアの柔らかい体の感触と、温かい体温に、心が落ち着いて行く。彼女の仄かな匂いに包まれて、俺は泣き止んだ。
そのまま、一分程経ったろうか。ラフタリアは体を放した。
「他の手当てもしましょうね。」
そう言って、俺の首の傷にヒール丸薬を擦り込み、包帯をした。同じように、左手の火傷も手当てする。
しばらくして、俺は落ち着いたので、ラフタリアの右手を見てみる。手首が赤く腫れている。打撲か捻挫であろう。
ラフタリアには、一本だけ持っていた、ヒーリングポーションを飲ませる。治癒魔法があれば、貴重品を使わずに済むのだが、回復役のいないパーティーの悲しさである。
そのまま5分程すると、痛みが和らいで来た。ヒール丸薬が効いて来たのだろう。
俺は木の枝に吊るしてある俺とラフタリアの服を乾かすべく、魔法を発動させた。
熱源として、木の下にファイアーウォールを立て、その上に小さくウィンドストームを起こし、熱風を服に当てる。
「なぜ逃げなかったんだ、ラフタリア。」
俺はひらひらと揺れる服を見ながら、訊いた。彼女の性格上、逃げなかったのは分かるが、判断としては間違っている。それは、正ておかなければならない。
「魔法無効化の矢と言うのが聞こえました。無抵抗のカツヒコ様を置いて逃げる事は、出来ません。」
ラフタリアは、俺の目を見て言う。
「しかし、どうして、魔法が使えたのです?」
「俺の魔法は、特別製ってことさ。」
俺は彼女の問いに答えた。
「だが、それが無くても、お前の判断は、今回は間違いだ。それは言っておかなければ、ならない。下手をしていたら、二人とも殺されていたところだ。お前がきちんと逃げていれば、犠牲は一人で済む。」
俺は、ラフタリアの目を見返して、諭すように、言った。
「なぜ、そんなことを言うんです。」
ラフタリアが言う。
「貴方は、私の大切な仲間です。そうして、幼い私を、ナオフミ様と共に育ててくれた、恩人です。そんな人を、見捨てられますか?」
俺を見上げるラフタリアの目は、少し潤んでいる。俺は答える。
「それでも、今回は逃げるべきだった。でないと、俺が尚文に恨まれる。そうして…」
俺はラフタリアを見つめる。
「何より、俺が嫌だ。お前を守れないと言うのはな。でも…。」
俺はラフタリアから目を逸らす。
「助けに来てくれて、うれしかった。ありがとう。」
本音が出てしまった。これでは、説教にならない。
「カツヒコ様…。」
濡れたラフタリアの瞳が、淡く光った。
「そろそろ服が乾く頃だ。お前も、いつまでも下着姿は、嫌だろう。」
俺は、魔法を解除しながら、言った。
ラフタリアが、枝の上の服を外し、手早く着込む。俺のローブを投げてくれたので、上から羽織った。ラフタリアが、防具を付ける。
それから俺たちは、敵パーティーの持ち物を物色した。
大男の斧は、業物だろうが、重くて持てないので捨て置くことにした。
ならず者たちの剣は、大したものではなかったので、これも破棄。
敵スカウトは、小型のクロスボウを持っていた。結構な珍品である。こいつで、俺に矢を打ち込んだらしい。そうして、呪いの矢と思われるものが4つ残っていた。
また、彼女の懐には、小型の望遠鏡と思われるものがあった。
勘が働いたので、覗いてみる。すると、幾ばくか拡大された景色が映ったが、何だか、ところどころ光っている。ちなみに、ラフタリアを見てみると、後光が差したかのように、全身が光って見える。
彼女に渡して俺を見てもらうと、俺がまばゆく光って見えると言う。
思いついて、ラフタリアに幻影魔法で姿を消してもらい、見てみると、彼女の輪郭が輝いて見え、居場所が丸わかりだ。
これで解った。この望遠鏡は、魔力を見ることの出来るものなのだ。奴ら、これを使い、俺たちの魔力を追跡して来たに違いない。