その後、皆で風呂へ向かった。ホテル自慢の大浴場である。露天風呂で、海が見えるらしい。いわゆる、オーシャンビューという奴だろう。
入り口で女性陣と別れ、尚文と一緒に脱衣所で服を脱ぐ。
「お前は本当に痩せたなぁ。」
「尚文は、少し肉を付けた方がいいかもしれない。」
などど、馬鹿話をしながら風呂に入る。なんか、デジャブだ。
かけ湯をし、湯舟に浸かろうとすると、先客がいた。槍の勇者、元康君だ。会いたくない奴が居たと言う事で、尚文は顔をしかめる。
「二日酔いは大丈夫なのか?」
尚文は声を掛ける。元康君は、初日の酒盛りの際、尚文に続いて、酒の素であるルコルの実を食べた結果、急性アルコール中毒でぶっ倒れたらしかった。もちろん、尚文は平気だ。如何に尚文がウワバミか、良く分かるエピソードだ。
「てめえがそれを言うのか?」
「お前が俺に続いて勝手にルコルの実を食ったんだろう。自業自得だ。」
「お前は別の日本から来たらしいし、特異体質なんだな。」
元康君は勝手に納得している。俺たちは湯に浸かった。
その時扉が開き、剣の勇者錬君一行と、弓の勇者樹君一行がどやどやと入って来た。四聖勇者が勢ぞろいである。
時を同じくして、女湯との境である垣根を越えて、魔物姿のフィーロが男湯に飛び込んで来た。男達が驚いてどよめく。
「どうしたんだ、フィーロ。」
尚文が言った。
「フィーロ、ごしゅじんさまと一緒に入りたい。」
フィーロの言に、
「お前は鳥だ。別の湯に入れ。というか、風呂じゃなく、行水でもしていろ。」
尚文はつれなく返す。
「やー。」
フィーロはいやいやをした後、
「じゃあ、人型になったら、一緒にいていい?」
と言う。
「人型になったら、お前は女だ。女湯へ行け。」
尚文が答えると同時に、元康君が、
「フィーロちゃん、ぜひ天使の姿に!」
涎を垂らさんばかりの勢いで言う。
「やー!」
フィーロは魔物姿のまま、尚文の後ろに隠れた。
「まあ、仕方ない。抜け羽とかは、ちゃんと処分するんだぞ。」
「わーい。」
許可をもらったフィーロは、嬉しそうに、尚文に並ぶ。
「…フィーロちゃんと混浴。」
元康君が、なんかいやらしい目をして、こちらへ近づいてくる。フィーロが再び尚文の背に隠れた。
フィーロの登場に呆気に取られていた他の面々も、湯船に浸かった。湯船の人口密度が一気に上がる。
「でさ、お前ら、仲間の子たちで、一番の美人って誰だと思う?」
元康君がはしゃぐ。どうでもいい話に、尚文はげんなりしている。その尚文に、
「後さ、お前ら、もうヤった?俺は…フフ。」
と彼が一番嫌いであろう話を振っている。それにしても、モテてうらやましい限りだ。
「なあ、尚文、お前はもうラフタリアちゃんと、ヤったんだろ?」
渋い顔の尚文に、元康君は重ねて問う。まったく、相変わらず空気の読めない奴だ。
「なぜ俺に話題を振る。」
仏頂面になって、尚文は言う。
「いいじゃねえか、少しは話せよ。取り敢えず、美少女ランキングを話そうぜ。」
元康君は、一人で盛り上がっている。まさに修学旅行のノリだ。
「断る。」
「不毛ですね。」
「趣味じゃないな。」
樹君や錬君も、口では興味無さそうだが、顔つきを見ると、まんざらでもなさそうな感じである。
「俺的には、アバズレとフィーロちゃんとラフタリアちゃんとリーシアちゃんかな。」
元康君が、勝手にランキングを発表する。
「そうですね、アバズレさんは、元姫ですからね。性格が悪いらしいですが、僕には普通に対応していましたし。」
樹君が、話に乗って来る。不毛ではなかったのか?
「まあ、女王は性格が悪いと言っていたが、俺も気にならなかったな。」
錬君も乗り気になっている。趣味じゃなかったのでは?
「ねえ、フィーロ可愛い?」
突然、フィーロが尚文に訊いた。
「さあな。」
気の無い返事に、フィーロがぶーたれる。
「俺の中では、フィーロちゃんが一番可愛いよ。だから、天使の姿になって。」
元康君が懇願するが、
「やー!」
フィーロは一言で切り捨てる。
「おっさんはどう思ってるんだ?」
なんと、元康君が俺に訊いて来た。相変わらずのおっさん呼ばわりにカチンと来ながら、一応答える。
「パーティーメンバーは皆好きだぞ。ラフタリア、フィーロ、リファナ、皆可愛い。」
「リファナ?そんな子、居たっけ。」
元康君が首をかしげる。そういえば、リファナは、元康君には、ほぼ獣人姿しか見せていない感じだしな。あの姿と美少女然とした本性は、結び付かないだろう。
「まあ、美少女ランキングは、みんな俺と同じ認識でいいんだな。」
「まあ、大体はそうですよね。顔だけならですが。」
元康君の確認に、樹君が答える。尚文と錬君は黙ったままだ。
「フィーロ、そろそろお姉ちゃんたちの方に、帰るね。」
「ああ、さっさと行け。ここには危険な奴がいるからな。」
尚文の言に頷くと、フィーロは垣根を飛び越えて、女湯へと戻って行った。
その後を元康君はしばらく見つめ、吸い寄せられるように垣根に近づいた。
「ここは、男ならお約束の、ノ・ゾ・キをするのが勇者としての務めだよな。」
と、とんでもない事を言う。いや、修学旅行のノリなら、ごく自然な流れか。
「ほら、お前たちも、気になるだろう?」
元康君の誘いに、
「駄目ですよ、そんな事をしては。」
言葉とは裏腹に、樹君が垣根に近づいて行く。弓のパーティーの鎧ことマルドや、その他の男達も、興味があるのか湯船から上がっている。
「く、地味に高いぞ、この垣根。樹、お前が足場になれ!跳んで見るとばれる!」
「何でですか!背丈や年齢を考えて、元康さんが足場になるべきでしょう!」
「それでは俺が、女湯という秘密の花園を見れないではないか!」
どちらが足場になるか、言い争っている。不毛だ。勇者のやる事じゃないぞ。また、そんな話し合いがあちこちで起こっているようだ。
「くだらないな。」
尚文は言った。
「俺は出る。お前はどうする、勝彦。」
「これも、男の付き合いと言う事だ。」
「お前もか、勝彦。まあ、程々にな。」
そう言って、尚文は湯船から上がり、脱衣所へ向かった。
すると、脱衣所からの扉が開き、ガタイのいい若い男が入って来た。ラルクだ。
「おお、盾の坊主。お前も、ここの温泉に入りに来たのか?」
「俺たちは、ここのホテルに泊まっているんだよ。」
「結構羽振りがいいんだな。で、もう出るのか?」
「あいつらが覗きをするらしい。とばっちりを受けない内に、お前も出た方が、いいぞ。」
尚文が忠告すると、
「待て、ノゾキ、だと。」
言いながら、尚文の手を握る。
「そんな素晴らしい催しに参加しないとは、一体どういうことだ?」
尚文が顔をしかめる。ラルクは、覗きをするべく垣根の側で何やらやっている元康を見る。
「彼が同志か!」
「ん、何だ。」
元康君がラルクを見る。
「素晴らしい、ぜひ俺も、その計画に参加させてほしい。」
「おお!」
一瞬で、二人が意気投合する。
「ほら、盾の坊主も、こっちへ来るんだ!」
「断る!」
「だが、これは男の本懐…。美女の裸体を拝むのは、崇高な儀式なんだ。参加しないのは、女性に失礼だぞ。」
ラルクが覗きの意義を、とうとうと語る。尚文の中で、彼の株が大暴落するのが見て取れた。
「なあ、尚文、お前はラフタリアちゃんと、どこまで行ったんだ。裸に興味…あるんだろ。」
元康君が訊く。
「一緒にいる、背の高い方の子だろ。ありゃあいい線行ってるんじゃないか。」
「またか、だからそんな関係は無いと言ってるだろう。」
「いいや、ラフタリアちゃんは、きっと思っているぞ。」
「いいな。俺もテリスとあんな空気を出したいもんだぜ。」
ありゃりゃ、二人、付き合っていなかったのか。
「何を戯けたことを。」
「それなら、ラフタリアちゃんが迫ったとかさ。」
「迫るとか、それこそあり得ないだろ。あいつは子供だぞ。」
「じゃあさ、ラフタリアちゃんが、服を脱いだとかないのか?」
根負けしたのか、うんざりした顔で、尚文は話し始めた。それによると…。
いつか、行商の途中に寄った、温泉街での話らしい。多分、俺が風呂にに入っていた時だろう。
湯上りのラフタリアが、尚文に話しかけた。そうして、自分を覆っていたタオルを外し、裸体を尚文に見せたと言う。
「どうですか?」
恥ずかしそうに言う彼女に、尚文は、
「まあ、だいぶ良くなったんじゃないか。出会った頃とは雲泥の差だ。」
と言ったそうだ。
「え、あの…それだけですか。」
ぽかんとするラフタリアに、
「いつまでも裸になっていると、風邪を引くぞ。」
と追い打ちをかけた尚文。その直後、フィーロがやって来てグダグダになったらしいが…。
初耳だ。うらやましすぎるシチュエーションだが、ラフタリアが可哀想になるほどの鈍感っぷりだ。恐らく、尚文にとっては、子供の戯れに過ぎないのだろう。
「「この、鈍感野郎―!」」
元康君とラルク、二人が拳を尚文に振るう。尚文は両手でそれを受け止めた。
「それは露骨なアピールだろうが!据え膳を食わぬとは、不届き者が!」
「女子が、裸を見せて、食べて下さいと言ったのを、無下に扱うとはけしからん!」
「何を馬鹿なことを。重ねて言うが、ラフタリアは子供だ。しかも、クソ真面目なな。そんなことを考えているはず、無いだろう。」
「筋金入りなのか…信じられねぇ。」
「もしかして、坊主、こっちか。」
言いながら、ラルクが怪しげなサインを指で作る。その意味を尚文は理解したらしい。
「誰がホモだ!ふざけんな!女どもにばれても、助け舟は出さないからな。勝手にやってろ!」
怒りながら、尚文は出て行った。
その後、元康君主導で覗きの作戦会議が開かれる。
「よし、作戦の第一段階。上から見るか、覗き穴を作るかだが…。」
俺は、徐に湯船から上がった。そうして、話し続ける元康君に近づく。
「何だ、おっさん。」
「諸君。俺の魔法が、皆の助けになるだろう。」
「あ、今日披露した、フライトっていう飛行魔法だな。」
ラルクが納得する。
「飛行魔法…なんて素晴らしい。」
元康君が感動している。
早速元康君に掛ける。
「フライト!」
元康君の身体がふよふよと浮かぶ。俺は何度か魔法を掛け直して、丁度浮力と体重が釣り合う辺りで調整した。
「そのまま垣根を伝っていけば、上から覗けるだろう。」
俺は言った。一人程度なら、自在にコントロール可能だが、多人数となるとコントロールし切れない。浮かばせるだけなら多人数でも行けそうなので、後は自分で何とかしてもらおう。
そのまま、ラルク、三勇者、その取り巻きの何人かに、魔法を掛ける。鎧ことマルドは放って置く。あいつは嫌いだ。
浮力を得て宙に浮かんだ男たちが、垣根を掴んで上に登って行く。なんだか、一種壮観な眺めだ。
おっと、このままでは、一番乗りを奪われてしまう。俺は自分に魔法を掛ける。そのまま、垣根の上へと上昇する。
うーん。なんだか湯気で良く見えない。肌色っぽい塊は視認出来るのだが…。
男たちも、そろって垣根から顔を出す。その時だった。
「おねーちゃん、上!」
フィーロの声だ。すると、ラフタリアの詠唱の声が聞こえる。俺は魔法を解除して、飛び降りた。ジャンプの魔法で着地する。次の瞬間、
「ツヴァイト・ライト!」
ラフタリアの魔法で、辺り一面が眩く光った。男たちの悲鳴が上がる。
「目が…!、目が!」
強い光で目晦ましを食らったんだろう。俺は目につく者から、下に下ろした。今急に魔法を解除すると、墜落して怪我を負わせてしまう。
「あんたたち!何やってんの!許さないからね!」
ビッチの声が聞こえる。
「この魔法はかつひこさんね!一体、何に使ってるの!」
リファナの声だ。いかん、バレてる。俺は、背に腹は代えられず、魔法を解除した。
「ふぎゃっ!」
墜落した男たちの、情けない悲鳴が起こる。あれ?ざっと見まわしたところ、元康君がいない。
「元康様!何やってるんですか!?」
ビッチの声と共に、女たちの悲鳴が上がる。元康君め。身を乗り出し過ぎて、女湯に落ちたな。
それから俺は、そそくさと脱衣所に戻り、手早く服を着た。このまま逃げてしまおう。そう思って扉を開けると、タオルを巻いたリファナが仁王立ちで立っていた。
「逃がさないからね!ファスト・ファイアブラスト!」
次の瞬間、俺は炎に包まれた。
「あち、あち!」
「逃げると黒焦げだからね!」
「分かった。」
俺は観念した。
10分後。俺は男たちと共に、ホテルの廊下に正座していた。横には、ボコボコになった元康君もいる。俺の首には、
『私が覗きの首謀者です。』
と書かれたプラカードが下げられている。
俺は、正座は平気な人なので問題無いが、この扱いは心に痛い。まあ、首謀者と言うのは違うと思うが、状況証拠では仕方ないのだろう。
「全く、いい年して、何やってるんですか。」
投げられたラフタリアの言葉が痛い。
そのまま小一時間ほど、俺たちは正座させられた。ビッチたちのお小言付きである。特にラルクはテリスにこっぴどく説教をされていた。ご愁傷さまである。
もうそろそろ解放される時間だと思った頃、尚文がラフタリア、フィーロ、リファナを引き連れてやって来た。一見して風呂上がり。一緒に家族風呂にでも入ったんだろうか。
尚文が、俺の首のプラカードを見て、
「言わんこっちゃない。」
とあきれて言った。
うらやましいぞ。欲の無い者の勝利と言う訳か。なんか違うような気がするが。
「かっちゃん、反省したー?」
フィーロが声を掛けて来る。
うーん、微妙だな。男たるもの、覗きはロマンだろう。次はバレないよう、一人でこっそりやろう。