炭鉱での双頭黒犬との戦いから、一週間と1日が経った。俺とラフタリアのレベルは20に、尚文君のレベルは16に上がっている。
レベルが20になったことで、俺のステータス魔法の画面に変化が現れた。‘新しい魔法が習得出来ます’という表示が現れたのだ。と言う事は、レベルが20の倍数になるごとに、新魔法が覚えられると言う事か?ラッキー。
早速詳しく見てみる。新しい魔法の候補は、‘ジャンプ’‘フライト’‘ライト’の3つだ。名前の通り、跳躍、飛行、明かりと言う事なのだろう。このうち、ライトは後にラフタリアが覚えるはずだから必要ない。飛行は魅力的だが、なんだかMP消費が多そうだ。
結局俺は、跳躍を選んだ。これは、後にパーティーにフィーロが加わった時、彼女に乗れるのは3人ぐらいまでだろうと考えてのことである。俺自身がフィーロについて行けたなら、移動に関して問題がなくなる。フライトよりも、燃費はいいはずだし。移動後に、MPが尽きたではシャレにならない。
草原で、ラフタリアがヤマアラを追い回している。
「待てーっ!」
尚文君は、油断したのか、そのヤマアラの棘で、怪我を負っていた。俺は、MPに余裕があるので魔法を放つ。
「サイコアタックII!」
だが、そのヤマアラはしぶとく、ややよろめいただけで逃げ続けた。が、方向感覚が狂ったのか、尚文君の方へ向かう。
「ナオフミ様ー。」
尚文君は、スキル‘シールドプリズン’を唱える。対象を守る、若しくは捕獲するための盾の檻を出現させるスキルだ。効果時間は15秒ほど。その間にラフタリアは間合いを詰め、プリズンの消失と同時にヤマアラにとどめを刺した。
「ナオフミ様、やりました!」
ラフタリアは、仕留めたヤマアラの尻尾を持ち、両手でぶら下げる。
ラフタリアの姿は、もう10歳の少女ではない。もっと成長した、17歳ごろに見える女の子の姿が、そこにあった。種明かしは、亜人の特性だ。ラフタリアが常に腹を空かせていたのは、この成長のためと言える。幼いころにレベルを上げると、肉体が、レベルに釣り合うよう急成長を遂げる。そのせいで、亜人は魔物に近い存在とされ、このメルロマルクでは差別の対象となっているらしい。彼女が奴隷に身をやつした一因でもある。
そのせいで、少し困ったこともある。不思議なことに、尚文君が、ラフタリアの成長に全く気付かないので、服や下着は、俺が連れ出して買い与えた。また、見かねた宿屋のおかみさんが、自分の若い時の服を譲ってくれたのには助かった。
一番困ったのは、ラフタリアが生理になった時だった。気丈にも、自分で処置をしていた彼女に、俺は何とか気づいてやれた。幸いにも、彼女は母親から聞いていて、知識はあったらしい。生理用品は、雑貨屋の片隅に置かれていたので、購入する事が出来た。本来なら、赤飯でも炊いてやるところだが、この異世界では、それは望むべくもない。
防具も合わなくなってきたので、ラフタリアと二人で、試行錯誤しながら調整した。
そんなこんなで俺はラフタリアの成長に対応するのに苦労したが、尚文君は、無頓着で、事あるごとにラフタリアは子供とうそぶいていた。ここに至り、俺とラフタリアは、ある結論を得た。尚文君は、見えるはずのものが、見えていないのだと。理由は、冤罪による心労だろう。彼の精神的打撃は、それほどまでに大きいのだ。
俺たちの持ち金は、銀貨300枚ほどになっていた。炭鉱の、鉱石様様である。また、パーティーのお金は、二人で分けるのは止め、俺が一括して管理するようにした。
俺とラフタリアは、装備を改変するために、城下街へ戻ることを提案した。殊にラフタリアは、尚文君の防具を購入することにこだわった。曰く、盾を除けば、村人と変わらないと。それでも戦えてしまうのが、盾の勇者のすごいところなのだが。尚文君は、ラフタリアの武器を更新することを考えているようだった。
波の前に、装備を整える事は必須と言えるので、俺たちは、城下街へ戻ることにした。
早速武器屋へ向かう。
笑顔のエルハルトが迎えてくれた。主に、ラフタリアに対して。
「いやー、見違えたな。別嬪さんになったじゃねーか。」
そう、ラフタリアは、美少女に成長していた。スレンダーな美女だが、ころころとした狸の愛嬌もある。アニメなどで見ていた姿とちょっと違うのは、なんとなくぽけっとした部分がある事だが、これは、俺が悪影響を与えたせいか。いずれにしろ、彼女は、期待した通りのド級な美人に成長していた。幼いころから見知っている俺が、ドキドキするほどである。
「前にきたチビ助とは大違いだ。」
ラフタリアが、少しふくれている。
「そうか?」
尚文君が言う。
「あんちゃんは、朴念仁だなぁ。」
エルハルトのボヤキに、尚文君もボヤキで返す。
「俺も驚いているところだ。この国が、ロリコンばかりでな。小さい女の子が可愛いのは解るが、どいつもこいつも…。」
確かに、容姿に優れたラフタリアは、買い物において優遇されることが多い。だが、ラフタリアの成長を認識出来ない尚文君は、その理由を彼女の幼さだと勘違いしているのだ。
「おい、分かってないのか。…いいか、亜人てのはなぁ…」
しゃべりだしたエルハルトを遮るように、ラフタリアが言う。
「そんなことよりおやじさん、今日は、ナオフミ様の防具を買いに来たのです。」
「いや、今日はお前の装備をだな…。」
「草原でお怪我をなさったのを、忘れたんですか。あんまりお戯れが過ぎると、死んじゃいますよ!」
ラフタリアは冷たい笑顔で言う。言うようになって来た。俺は、ラフタリアの奴隷紋の禁則は、‘嘘を言わない’を除いてすべて外してあるが、尚文君は以前のままのはずだ。その禁則をかいくぐって、主人にきちんと意見を言える、言うなれば、‘面倒な奴隷’になってきたようだ。頼もしい限りである。
ラフタリアは、予算銀貨150枚で尚文君の防具を見繕うように言う。妥当な線だ。俺やラフタリアの装備もある。
エルハルトが提示した鎖帷子やフルプレートを尚文君が拒否し、結局、彼の鎧はオーダーメイドで作ることになった。銀貨130枚である。後、ラフタリアの魔法鉄の剣が銀貨80枚、レザーアーマーが銀貨40枚。俺のローブが銀貨35枚。なんでも、魔力をこめる事で、防御力がレザーアーマーよりも上がるらしい。しめて、銀貨285枚である。
尚文君の鎧は明日までに仕上げるとエルハルトは言った。俺たちは、武器屋を後にした。
翌日、俺たちは、再び武器屋を訪れた。尚文君の鎧を受け取るためだ。金は前払いしてあるので、店に隣接している工房の外で受け取った。
「どうだ、名付けて、蛮族の鎧だ。イカしてるだろう。」
エルハルトが、自慢げに言う。
「めちゃめちゃ、悪人ぽくないか。」
尚文君はあまり気に入らないようだったが、ラフタリアは、目を輝かせて、
「かっこいい!ナオフミ様、素敵です。」
と褒めちぎっていた。
「俺のローブは?」
と聞いてみると、
「はい、似合っています。」
と言ったはいいが、即座に奴隷紋の呪いで苦しんでいる。お世辞だったのか。
通りの方が騒がしくなった。騎士団が行軍しているのだ。
「なんか、街の雰囲気が、物々しくないですか。」
ラフタリアが言う。
「波が近いからな。」
俺が答える。
「せめて、いつ、どこで波が起こるか分かれば、対策の立てようもあるんだがな。」
と尚文君が言うと、
「なんだ、あんちゃんたち、教えてもらってないのか?この街の教会に、でかい砂時計がある。その砂が落ち切った時、勇者は仲間と一緒に、波へ飛ばされるそうだ。」
とエルハルトが言った。
「王の言っていた、龍刻の砂時計か…。」
尚文君がつぶやく。
俺たちは、教会へ向かった。教会へ着くと、表情の良くわからないシスターが、案内をした。やがて、7メートルはありそうな、禍々しい装飾をまとった巨大な砂時計が、視界に入ってくる。
尚文君が砂時計に近づく。すると、まばゆい光が盾から出て、砂時計を照らした。まるで、盾が砂時計と何らかのリンクをしたように、俺には見えた。
「なんだ、これは…。」
尚文君が、いぶかしげに、ステータス魔法の画面を見ている。訊くと、今までになかった時間表示が、現れたという。
「表示されている値は?」
「20時間と言ったところだ。多分、波までの時間なんだろうな。」
そうであれば、とりあえず、‘何時’というのは分かったわけだ。あと1日弱なら、やれることは少ない。すぐに戻って、準備をすべきだろう。
砂時計のある部屋を出ようとすると、
「そこにいるのは、尚文か。」
という、聞き覚えのない声が聞こえた。見ると、ポニーテールの優男が、数人の女の子を引き連れて、部屋に入ってくるところだった。槍の勇者、北村元康君だ。
「おいおい、まだそんな装備で戦っているのか?」
とからかうように言う。
「ナオフミ様、あちらの方々は…?」
ラフタリアが、戸惑うように尋ねる。が、尚文君は、だんまりを決め込んで、部屋を出ようとした。
「ちょっと、モトヤス様が、話しかけているのよ。」
元康君配下の赤毛の女が、上から目線で言う。ビッチ姫だ。さすがに、美人であるのは認めるが、こいつは、外見でだまされてしまうと、破滅させられるタイプの怖い女だ。
その時、剣の勇者、天木錬君一行、弓の勇者、川澄樹君一行が入ってきて、尚文君は部屋を出るタイミングを失ってしまった。部屋の人口密度が一気に上がる。
「初めまして、美しいお嬢さん。俺は槍の勇者、北村元康です。」
見ると、元康君がラフタリアの手を取り、自己紹介をしている。気障な野郎だ。
「ゆ、勇者様だったのですか…。」
「お名前は?」
「ら、ラフタリアです。」
ラフタリアは半分目を泳がせて、助けを求めるように俺を見る。何せ、尚文君が絶賛不機嫌中だ。そういう空気は読める娘である。で、空気を読めない奴が続ける。
「君のような可愛い娘には、剣は似合わない。この俺が守ってあげよう。」
うーん、背筋がむずがゆくなるほどクサいセリフだ。
「わ、私は、尚文様と戦うと、決めているので。」
ラフタリアがどう思ったかはわからないが、元康君の手を振り切って、俺の方へと駆けてきた。
「尚文と!っていうか、おっさん、誰だ?」
おっさん呼ばわりかよ!許さん!俺は、怒りをこらえて言う。
「俺は入江勝彦。こいつと共に、尚文のパーティーメンバーだ。」
ラフタリアの肩に手をかける。俺は、‘こいつ’呼ばわりをしてもいいんだよ!奴隷と主人だからな。
「ほーっほっほっ、犯罪者の盾に、仲間とは、片腹痛いですわ。」
ビッチ姫が、高笑いをする。俺は、ラフタリアが、小声で、
「犯罪者?」
とつぶやいたのを聞き逃さなかった。ここは少し言わせてもらおう。
「犯罪者かどうかは、あんたが一番良く知ってるんじゃないのか。」
そうして、視線を合わせる。
「どういう意味ですの!」
しらばっくれるビッチ姫に、
「そういう事だよ!」
と言ってやった。答えは、あんたの心の中にあるはずだ。
「おい、行くぞ」
尚文君がやってきて、うんざりしたように言う。部屋を出る時、樹君は、
「波で会いましょう。」
と、錬君は、
「足手まといになるなよ。」
と言った。片や完全事務処理対応、片やクール気取りの上から目線…か。尚文君が、憎悪の対象にするのも分からんではない。
尚文君は、そのままずかずかと歩いていき、やがて、城下街を出た。
「な、ナオフミ様?」
ラフタリアは戸惑っているが、尚文君の機嫌の悪さを感じ取っているので、何も言えないでいる。やがて、草原へと分け入った。早速、バルーンが湧く。
ラフタリアは、剣を抜いて戦おうとする。が、尚文君はそれを押しとどめた。
「いいから、俺に任せてくれ。」
そうして、罵声をバルーンに浴びせながら、殴りつけ、叩き割っていった。
宿屋へ戻っても、尚文君の機嫌は直らなかった。暗い顔で、草原で採取した薬草を材料に、黙って調合を始めている。
ラフタリアが、ためらいながら訊いた。
「ナオフミ様、他の勇者様と、何かあったのですか?」
尚文君はしばらく無言だった。が、
「お前が知る必要はない。知りたいのなら、酒場へでも行って、聞いてくるといい。」
と冷たく言い放った。こりゃあ、ダメだ。俺は、しばらく考えたのち、言った。
「尚文、ラフタリアを借りて、いいか。」
「お前の奴隷だろう、好きにしろ。」
尚文君はこっちを見ずに言う。俺は、戸惑うラフタリアの手を取って、宿屋を出た。
「あ、あの、どうなさったのですか?」
「いいから、気分転換だ。」
俺は、ラフタリアを引っ張って、酒場へと入った。適当なテーブルに座り、ワインを注文した。ラフタリアには、ノンアルコールジュースだ。ラフタリアは、がやがやと騒がしい酒場の雰囲気に、落ち着かない様だった。そんな彼女をしばらく眺めてから、俺は言った。
「知りたいんだろ、尚文のこと。」
「は、はい。」
「いいだろう、教えてやる。」
そう言って、俺は、尚文君がかけられた冤罪のことを話した。その時に、誰も味方になってくれなかったことなど、本来、その場にいなかった俺が知りえない事実も入っていたが、まあ、いいだろう。ラフタリアは、食い入るように聞いていた。ついでに、俺と尚文君の出会いも話した。極度の人間不信に陥っていた彼は、俺の魔法の能力を評価して仲間に加えたことを。
「カツヒコ様は、気にならなかったんですか?ナオフミ様の噂が。」
「別に、問題なかった。噂が本当でも、嘘でも、その時の尚文を、俺は、信用したからな。」
まあ、彼の無罪は承知しているし。俺は、居住まいを正して、言う。
「お前は、どう思うんだ。尚文が、そんなことをしたと思うか?」
「思いません!」
即答である。ラフタリアは、少し怒っていたんだと思う。自分の主人が、あらぬ疑いをかけられていたことに。
「だったら、尚文の力になってやってくれ、ラフタリア。分かっていると思うが、あいつは、やさしい奴だ。だからこそ裏切りにあって、過剰に心を閉ざしてしまっている。」
「はい、ナオフミ様は、やさしい方です。」
ラフタリアは、少し頬を染める。
「明日は、波だ。お前が思っていることを、尚文にぶつけてみるのも、悪くはないだろう。まあ、あいつのことだから、言葉を額面通りには受け取らないのかもしれないがな。」
俺はワインをあおる。
「はい。」
ラフタリアは頷いた。
「ちょっと飲んでみるか。寝酒としてなら、いいかもしれない。」
俺は、自分のグラスをラフタリアへ差し出した。ラフタリアは、興味深そうに琥珀色の液体を眺め、恐る恐る口にした。
「苦いですね。」
言うセリフとは反対に、ラフタリアは苦も無くワインを飲みほした。こいつ、強いな。
それから俺たちは酒場を出て、宿屋へと戻ってきた。尚文君は、まだ調合をしていた。
「ナオフミ様、私、先に休みますね。」
そう声をかけて、ラフタリアは、エキストラベッドに潜り込む。
俺たちは、ツインの部屋にエキストラベッドを入れ、3人で泊っている。さすがに、今のラフタリアと添い寝をするのはまずい。というか眠れまい。
奴隷という立場を考慮したのか、エキストラベッドにはラフタリアが寝ている。また、俺がベッドを譲ろうとすると、ラフタリアを子供と思い込んでいる尚文君が怪訝な顔をする。
「じゃ、俺も寝るわ、尚文。ほどほどにしろよ。」
俺もベッドに横になる。やがて、ラフタリアの寝息と、尚文君の乳鉢をする音を聞きながら、俺も眠りに落ちた。
ラフタリアは、最低限の性知識を持っていると言う事にしています。
というのも、もとは高貴な血筋の子(らしい)、そういういいとこのお嬢は、早くから性教育がされているという思い込みが、作者の中にはあります。
でなければ、精神年齢10歳程度の子供から、‘処女’という言葉は出てこないでしょう。
よって、アニメ版の、キスをすると子供が出来ると思っているという設定は、本作では却下です。