転生引きこもりは狸娘の夢を見る   作:マーカス・クラン

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第60話 海中戦闘と身投げの子

 俺たちは、カルミラ島へ戻ると、二日ほど体を休めた。勇者たちは、回復もほどほどに、ポータルでの兵士の移動作業に忙殺された。

 女王たちは、現場で撤退作業を指揮してから、早々に王城へ戻った。

 何せ、メルロマルク海軍がほぼ壊滅したのである。さぞかし、頭が痛いことだろう。海軍再建も含め、内政案件は山積みのはずである。

 

 三日目には、尚文が戻って来た。疲れたと言って、そのままベッドに潜り込む。女性陣は、尚文の面倒を見たがったが、本人が必要ないと拒否したので、その日はそれぞれの自由行動となった。と言っても、俺も含め、尚文が気になるので、短期間の外出をしたのみで、皆、ホテルで駄弁っていた。

 

 翌日、回復した尚文が意外な事を言った。

 「今日から、水中戦闘を訓練してみようと思う。」

確かに、陸上の敵はどれも攻略済みで、倒すのはほぼ作業ゲーと化し、マンネリとなっている。波で、海中戦闘の重要性にでも、目覚めたのか?尚文は続ける。

 「というのも、フィーロの成長が著しい。その理由を寝ながら考えてみたんだが、海の魔物を倒しているのが大きいんじゃないかと思い付いたんだ。もしかしたら、海の魔物から得られる経験値は、陸のそれより多いのかもしれない。」

 

 「フィーロちゃん、いつも真っ先に敵に突っ込んでいくから、それが大きいのでは?」

とリファナ。

 「そうかもしれないが、今回の波で、水中戦闘も大事なのが分かった。試してみるのは、無駄にはならないだろう。丁度、装備もあるしな。」

尚文の最後の言葉に、皆がげんなりする。ペックル着ぐるみの事だ。優秀な装備だが、その見てくれが、ねぇ。

 「多少見てくれが悪いのは、この際我慢しよう。」

リーダーの一言で、皆が不満を飲み込む。

 

 「今度は、みんなで潜って戦うの?」

着ぐるみに関係のないフィーロが、陽気に言う。

 「ああ。海中の魔物が多い場所を、教えてくれるか?」

 「もっちろん。」

尚文の言に、フィーロが答える。

 

 「ラフタリアとリファナは、泳ぎは大丈夫だよな。リファナの武器は…。」

 「適当なものを、武器屋で買います。」

尚文の疑問に、リファナが答える。

 「海中戦闘は不安ですが、泳ぎには自信があります。任せて下さい。」

とラフタリア。

 

 「そう言えば、勝彦は、水中で魔法は使えるのか?」

尚文に訊かれて、一瞬ドキリとする。一回ペックル着ぐるみで潜ってみた感じでは、息は続くが発声するのはちとしんどかった印象がある。丁度、アクアラングで潜水している感じだ。

 すると、名案が閃いた。俺は答える。

 「発声は大丈夫だと思う。魔法の効果は、使ってみないと分からない。」

 

 「まあ、訓練だと思っていろいろ試してみるんだな。それじゃあ、武器屋へ寄った後、フィーロの案内で海に潜ろう。」

尚文が言った。

 

 武器屋では、リファナが小ぶりの銛を買った。ラフタリアは、今の剣をそのまま使うようだ。

 

 海岸へ出て、木陰で着ぐるみに着替え、魔物姿に変身したフィーロの先導で海に入る。魔物が居るポイントは、さほど遠くないらしい。

 

 しばらく泳ぐと、フィーロが言った。

 「この辺に、魔物がたくさんいるよ。」

 「じゃあ、潜るか。」

尚文の言で、皆潜水を始める。俺は魔法を唱えた。

 「エア・ウォール!」

空気の壁で、自分の頭を包む。そのまま潜水すると、

 「あー、あー、うん。」

発声が出来るのを確認し、皆の後を追う。

 

 フィーロを先頭に、尚文(盾があるので分かる)、ラフタリア、リファナと続いている。リファナは小柄になっている(着ぐるみは体にフィットする伸縮性がある)ので、獣人体形の様だ。

 

 しばらくすると魔物が出て来たので、フィーロが早速蹴り飛ばす。戦闘開始だ。

 と言っても、やる事はほとんど陸上と変わりない。尚文が魔物を押さえ、若しくは引き付け、それを他のメンバーで撃破する。ペックル着ぐるみのおかげで機動性も確保出来ているので、そう不自由はない。

 

 俺は、魔法をいろいろと試してみた。

 火属性と水属性は、どうやら威力が半減する様だ(と言っても、ファイアーレーザーとアイスアローなどは結構使える)。雷属性は拡散して味方に被害を及ぼすことがあり、危険だった。結局頼りになるのはロックアローなどの土属性と、精神属性攻撃だった。

 魔法の種類に制限は出たが、戦えるのが分かったのは幸いだった。ただ、魔力水の補給は困難なので、魔力枯渇には気を付けなければならない。

 

 一段落して、パーティーのステータスを見ていた尚文が、満足げにうなずいている。やはり、海中の魔物は、陸上よりも経験値が多いようだ。

 泳ぎの達者なラフタリアやリファナは、程なく水中戦闘にも慣れ、順調に魔物を屠っている。

 一時は戸惑っていた俺も、精神魔法攻撃でのサポートと、土魔法の直接攻撃を使い分け、難なく戦えるようになって来た。

 

 そうして、戦い続ける事数十分。尚文がジェスチャーで皆に浮上するように指示を出した。魔力枯渇が近かったので、丁度良いタイミングだ。

 皆で浮上する。俺は海面に出ると、魔力水を2本飲んで魔力を回復した。

 

 尚文が言う。

 「陸よりも海の方が経験値が多いことが分かった。これから、場所を変えて、戦闘を継続する。皆、大丈夫か。」

 「うん、問題ないよー。」

 「大丈夫です、戦えます。」

 「水中戦闘にも、慣れたわ。」

 「水中での魔法の特性も解ったし、やれる。」

皆の答えに尚文が言う。

 「じゃあ、次行くぞ。頼む、フィーロ。」

フィーロが次の地点へ向かって泳ぎ出す。

 

 

 日が傾き出していた。予想外にうまく行った海中戦闘に皆興奮して、昼食を忘れていた。それを思い出したのは、例によってフィーロの一言である。

 「ごしゅじんさまー、おなかすいたー。」

 

 「そういえば、昼食の時間は過ぎているな。そろそろ戻るか。」

尚文の言に、皆が賛同する。俺も、魔力水の残りが心もとなかったので、安堵する。

 

 フィーロを先頭に、カルミラ島本島へ泳ぎ出す。でかい鳥に従うペンギン着ぐるみ4体。なんかシュールだ。

 

 もう少しでカルミラ島に着くと言う時に、フィーロがいきなり潜った。

 「どうした、フィーロ。」

尚文が訊くが、もちろん、返事はない。

 彼もフィーロに続いて潜った。ラフタリアとリファナも続く。俺も続いて潜った。

 

 若干濁った海水の中で、ぼんやりとフィーロが見える。何かを抱えている。人だ。小柄な、緑髪の少女。あれは、確か…。

 

 フィーロが浮上する。皆もそれを追った。波間に浮かぶフィーロから、尚文が少女を受け取ると、ぐったりした彼女をフィーロの背中に引きずり上げる。

 間違いない。弓のパーティーのリーシアだ。

 

 「泳いでたらね、このおねーちゃんが海の中に沈んでいくのが分かったの。」

とフィーロ。

 「フィーロ、急いで上陸するんだ。」

尚文の指示に、フィーロが全速で陸地に向かう。俺たちも後を追った。

 

 海岸に上がると、フィーロはリーシアを下ろし、横たえた。着ぐるみを脱いだ尚文が、彼女の頬を叩く。

 「おい、しっかりしろ!おい!」

俺も着ぐるみを脱ぎ、尚文に訊く。

 「呼吸はあるか?」

はっとした尚文が顔をリーシアの鼻に近づけ、言った。

 「ないぞ。」

 

 俺はリーシアの背後に回り、彼女の上体を起こして、ハイムリック法を試みた。胸部への圧迫に、リーシアの口から海水が零れ落ちる。

 俺は再び彼女を横たえ、鼻に手をかざす。まだ呼吸はない。ついでに手首を取って脈を診る。うん、弱いながらも、打っている。

 

 俺は、遠い昔に受けた、高校の授業を思い出そうとしていた。確か・・・。先ず顔を横に向けて、口腔内に異物が無いかを確かめる。次に顔を戻し、首に手を当て、顎を上げさせて気道を確保する。そうして…。

 

 俺はリーシアの鼻をつまみ、息を吸って彼女の口を俺の口で塞ぎ、息を一気に吹き込んだ。いわゆる、マウスツーマウスだ。横目で、リーシアの胸が膨らむのを確認する。空気が入っている証だ。あの時は、人形が相手だったが…。こうして、実践する日が来るとは思わなかった。

 

 口を放し、膨らんだリーシアの胸が下がるのを確認してから、再び息を吹き込む。

 何度目かの繰り返しで、リーシアが咳き込んだ。首を横に向けさせると、彼女は海水をごぼごぼと吐き出す。

 「やった!」

尚文だ。

 リーシアは、咳き込みながらも呼吸を再開している。もう大丈夫だ。

 

 「良かった…。」

ラフタリアが呟いた。

 「かっちゃん、役得だね。」

とこれはフィーロ。うん、余計なお世話だ。こっちだって、必死だったのだ。そんな事を感じる余裕はない。

 

 「う・・・うう。」

リーシアが呻いた。そうして、目を開ける。

 「うう、私、どうして…。」

 「大丈夫か?」

尚文が、リーシアをのぞき込んで言う。

 「フィーロがお前を見つけてここへ運んだ。」

 「ごしゅじんさまー、ほめてほめてー!」

尚文の言にフィーロが甘えてくる。そんな彼女を撫でながら、尚文は続ける。

 「そうして、勝彦が、お前を蘇生させた。」

リーシアが、俺の方をぼんやりと見る。そして、堰を切ったように泣き出した。

 

 「ふえぇ。どうして助けたんです。どうして…。このまま死なせて欲しかったですぅ。」

彼女はしゃくり上げながら、泣き続ける。

 

 「確か、リーシアとか言ったな。一体どうしたんだ。」

尚文が、嗚咽するリーシアに訊く。

 やがて、彼女はぽつりぽつりと話し始めた。

 

 その話はこうだ。

 ある時リーシアが部屋に入っていくと、弓の勇者樹君が大切にしていた腕輪が壊されていたと言う。そうして、パーティーの仲間は、口をそろえて犯人はリーシアだと言った。

 樹君もそれを聞いて、リーシアを糾弾した。曰く、パーティーから出て行けと。取り付く島もなかった。

 最愛の人から拒絶された彼女は、絶望して、そのまま海へと身を投げたのだ。

 

 全くの冤罪である。聞いていた尚文の顔色が変わった。

 

 俺は、そんなリーシアに怒りを覚えた。何故、短絡的に死に走る。そう思い、反射的に魔法を唱えた。

 「ウォーターウォール!」

リーシアの頭が水の壁に包まれる。彼女は再びおぼれかけた。両手を顔に当て、水の塊を引きはがそうともがいているが、元が魔法なのでままならない。

 

 「おい、勝彦、止めろ!」

尚文が、俺の胸ぐらを掴んで、引き倒す。その時に分かった。リーシアに抱いた感情は、近親憎悪だ。

 

 俺は、引きこもっていた頃、自殺を試みたことがある。病院で処方されていた薬-体調不良には全く役には立たなかったが-を一気飲みしたのだ。

 結果は、一日ほど眠り続けただけで、どうと言う事は無かった。周囲にあきれられただけだ。

 精神系の薬は、大抵の場合、数百、数千錠単位で飲まなければ致死量には至らないと知ったのは、ずいぶん後の事だった。

 

 あの頃の俺は、全く希望が持てなかった。現状にも、未来にも。だから、リーシアの絶望は分かった。同時に分からなかった。最愛の人に見放されたから絶望して死ぬ。周りすべてに拒絶されるよりは、マシではないのか。

 

 尚文が、強く俺を揺さぶった。俺の精神集中が解け、魔法が途切れる。リーシアの顔を覆っていた水の塊が、流れ落ちた。咳き込むリーシアを、ラフタリアとリファナが介抱する。

 

 「勝彦、何をやっている!」

怒声を見せる尚文の手を振りほどいて、俺はリーシアに言った。

 「リーシア、死にたいんなら、いくらでも手伝ってやる。だが、死ぬのは苦しいぞ。そして、何もなくなるんだ。お前の存在も、お前の想いも。お前の想いは届かずに終わって、そして、笑われるんだ。馬鹿な奴とな。それでいいなら、死なせてやる。どうするんだ?」

 

 咳き込んでいたリーシアは、首を振った。

 「死にたくないですぅ。」

彼女はぼそりと呟いた。

 

 「おねーちゃん、死んだらご飯食べられないよ。」

フィーロが彼女なりに励ましている。

 

 「勝彦、リーシアに、解らせたかったんだな。」

尚文の言に、俺は黙って頷いた。

 

 「それにしても、樹の奴…。ラフタリア、リーシアを頼めるか?」

尚文が怒りの表情を見せる。

 「はい。ですが、ナオフミ様は、どちらに?」

ラフタリアが答える。

 「樹の奴に、ちょっと文句を言ってくる!」

 「ふえぇ!止めて下さい!」

止めるリーシアに、

 「これは、お前とは関係なく、俺が奴に怒ってるんだ!」

尚文は、言い捨てると駆け出した。俺は尚文の後を追った。

 

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