甲冑を着て、兜を脱いだ騎士が、前に進み出る。女だ。背はラフタリアよりやや高い程度。ストロベリーブロンドの髪を後ろで束ねた、ラフタリアに匹敵する美女だ。
「私は、エクレール・セーアエット。この度、皆の訓練を受け持つ事となった。若輩者だが、精一杯役目を務めさせていただく。至らぬところもあろうが、よろしく頼む。」
彼女の挨拶に、他のパーティーから雑談が漏れる。女騎士と言う事で、侮っているのだろうか。そもそも、やる気がないのか。多分、後者だろう。
それにしても、クソ真面目な挨拶だ。本人の性格がうかがい知れる。
家名がセーアエットと言う事は、ラフタリアたちの故郷を治めていたと言う貴族の、娘辺りなんだろうか。
「それでは、諸君らの基礎体力を見ようと思う。先ずは、ここを10周ほど走ってもらおう。もちろん、装備込みでだ。それでは、始め!」
そう言うと、エクレール自ら率先して走り出す。
盾のパーティーは俺も含め、彼女に続いた。それに比べ、他のパーティーはやる気がなさそうにだらだらと走り出す。前途多難だ。
3周ほどすると、リーシアの息が上がって来た。ローブの俺と違って、リングメイルアーマーを着て走るのは、低ステータスの彼女には辛かろう。
尚文がエクレールに話しかける。
「もう少し、速く走ってもいいか?少々物足りない。」
「貴殿のペースで走って、構わない。私が合わせる。」
エクレールが答えると、尚文、ラフタリア、フィーロ、リファナの4人が、俄然ペースを上げた。フィーロに至っては、スキップをしているかのような軽快さだ。ステータスエンチャントの賜物である。
俺は、ペースを上げたエクレールについて行く事に腐心した。俺は、魔力以外のステータスをあまり上げていないが、軽装であることが幸いになっている。それでも、息が上がりかけているが、太っていた頃に比べると、雲泥の差だ。
他のパーティーはと見てみると、槍のパーティーの女どもは、早くも歩いている。剣のパーティーは概ね真面目に走っているが、弓のパーティーは人によりまちまちで、だらだらと走っている。
気付くと、前を行く尚文が、リーシアを背負って走っている。周回遅れになった彼女を、拾ったのだろうか。にしても、大した体力である。
いい加減息が切れた頃に、俺は10周を走り終えた。エクレールも息を切らしている。
反面、先頭を走っていた尚文たちは、全く平気な様だ。唯一、リーシアだけがぐったりとしている。
「盾の勇者様方の体力は、大したものだ。かなりの研鑽を積んだとお見受けする。」
エクレールが言うと、
「いや、トレーニングをしていたのはラフタリアだけだ。多分、カルミラ島でレベルアップしたせいだろう。」
尚文が答える。
「それでも、レベルアップにかまけて、鍛錬を怠っている自覚がある。本当は、真面目に訓練をすべきなのだろうが、レベルだけですべてを解決出来てしまうのは、問題があるだろう。」
「そのために、私が居て、今回の訓練の意義があるのだ。心配する事は無い。それにしても…。」
エクレールは他のパーティーを見る。丁度、フラフラになった剣のパーティーがゴールしたところだ。剣の勇者錬君も、かなり消耗している。
弓のパーティーも疲労困憊で走っている。槍のパーティーに至っては、疲労さえしていない。談笑しつつ歩いている。やる気ゼロである。
「他の者たちの基礎体力の無さは、問題だ…。」
エクレールがため息をつくようにつぶやく。
他パーティーのクールダウンを待っている間に、先に、エクレールが盾パーティーの稽古をつけてくれると言う。先ずは自己紹介をする。
現状での実力を見たいとのことで、パーティーメンバーで組み手をすることになった。組み合わせは、ラフタリアとリーシア、フィーロとリファナ、俺と尚文で、獲物は木剣である。もちろん、尚文は木剣を持てないので、俺の攻撃を防御することになる。
それにしても、ラフタリアとリーシアでは実力が離れすぎやしないか。エクレールめ、体格だけで、組み合わせを決めたな。
始めの声と共に、俺は、尚文に斬りかかる。と、隣でものすごい音がした。見ると、リーシアが宙を舞って飛んでいる。木剣を振ったらしいラフタリアは、あわあわと慌てている。
俺は、リーシアの落下点を見て取り、サンドウォールの魔法を唱えた。
「ふえぇぇぇ!」
悲鳴と共にリーシアが落下する。
尚文が言った。
「ラフタリア、手加減をしなくちゃ、ダメじゃないか。」
「しました、しましたけど…。飛んでっちゃったんです…。」
ラフタリアが答える。なんだか、尻尾が垂れている。落ち込んでいるな。
にしても、軽く振っただけで人を吹っ飛ばす腕力…。剣をひん曲げるだけはある。
横を見ると、フィーロとリファナが組み手を始めていた。
敏捷さに物を言わせて先手を取ろうとするリファナと、何だかそれに合わせて遊んでいるようなフィーロ。鼬姿であったなら、リファナの速度にフィーロはついて行けないのだろうが、リファナが亜人姿の今は、フィーロに余裕があるようである。
背中の羽根でまるで飛んでいるように見えるフィーロに、リファナが渾身の突きを入れようとして、フィーロの持つ木剣にいなされている。
本気でやったなら、リファナの剣は飛ばされているのだろうが、フィーロはうまく加減しているようだ。尤も、彼女にとっては、それは遊びに過ぎないのかもしれない。
「カツヒコ殿!」
二人の組み手に見とれていたら、エクレールに注意された。俺は、気合を入れて、尚文に斬りかかる。
とは言っても、今まで海千山千を相手にして来た尚文の防御と、俺の素人剣術では、全く勝負にならなかった。どこに打ち込んでも軽くいなされ、最後には、尚文のシールドバッシュに、俺は剣を取り落とした。両腕が痛い。しびれてしばらくは使い物にならない感じだ。
「そこまで。」
エクレールが一旦組み手を止める。
そうして、組み合わせを変えて、再開する。新たな組み合わせは、尚文とラフタリア、俺とリーシアだ。
フィーロとリファナは実力が見て取れたと言う事で、取り敢えず見学だ。それを告げられると、フィーロがぶー垂れた。やはり、彼女にとっては、楽しい遊びだったんだろう。それが中断されるのが、不満なのだ。
俺はリーシアと対峙する。まだ、木剣を持つ両腕がしびれている。
本当は、尚文とラフタリアが気になるが、よそ見をすると、またエクレールに叱られそうだ。
「本気で来い!ラフタリア!」
尚文の声が聞こえる。
俺はそっちを見たい衝動を抑えて、リーシアに打ち込んだ。俺の面をリーシアは木剣ではじいた。俺は木剣を落としそうになり、両の腕に力を込めた。そこへ、リーシアの突きが来た。
「ふべっ!」
彼女の突きは狙い違わず、俺の左鎖骨付近に入った。俺は倒れて、痛みに七転八倒する。
「カツヒコさん、大丈夫ですか?」
大丈夫じゃないっての。俺はうずくまり、痛みに耐えた。リーシアが手を出してきたので、それを握り、起き上がった。
何とか横を見ると、ラフタリアが尚文に打ち込んでいた。右、左、上、下。フェイントも含め、ラフタリアは色んな所から撃ち込み、尚文の防御を崩そうとしているが、尚文の盾は揺るがない。
「はあっ!」
ラフタリアが気合を込めて渾身の一撃を放った。ものすごい音がして、彼女の木剣が粉々に割れた。尚文は、盾を構えて防御の姿勢を崩さなかった。
荒い息遣いのラフタリアが言う。
「やっぱり、ナオフミ様には敵いませんね。」
「いいや、本物の剣だったら、俺もどうなっていたか…。ラフタリアは本当に強くなった。」
尚文が答えた。
「そこまでっ!」
エクレールが組み手を止める。
「いやあ、ナオフミ殿の防御は大したものだ。私でも有効打を入れる自信はない。」
「俺の防御は、我流なんだがなぁ。」
言う尚文に、
「さすが、三勇教教皇を始め、並み居る敵を下したその実力は、本物だと言う事だ。」
エクレールは褒めたたえる。
「一方、ラフタリア殿は、まだ伸びしろがあるようだ。腕力をうまくコントロールするようになれば、今よりももっと強くなれるだろう。」
「強く、なれますか?」
訊くラフタリアに、
「もちろんだ。」
エクレールは答える。
「フィーロ殿は掴みどころが無いが、ある意味完成しているとも言える。リファナ殿は少々剣筋が荒いが、敏捷さを生かし、振りをもっとコンパクトにすれば、伸びるだろう。」
エクレールはリーシアを見る。
「リーシア殿は剣筋は良いが、やや受けに回りがちなきらいがある。もう少し、気持ちを強く持ったらどうか。」
エクレールは俺を見た。
「カツヒコ殿は、もっと鍛錬が必要だ。」
「俺は魔法使いだから、普段は剣を扱わない。自衛のために、ナイフ位は持っているが。」
俺は言った。
「ならば、リーチに頼らない剣捌きを覚えたらどうか。魔法使いとは言っても、接近戦をするリスクはゼロではないだろう。剣技は無駄にならないと思うが。」
エクレールの言葉に、俺は素直に頷いた。
「この後、他の者たちの稽古を付けなければならない。部下を寄こすから、その者に訊いて、剣の素振りをやっておいてくれ。」
エクレールは言うと、剣のパーティの方へ歩いて行った。
しばらくすると、エクレールの部下がやって来た。そいつの指導で素振り稽古が始まるが、何だかいちいち細かい。剣の持ち方から素振りの姿勢まで、事細かに指導してくる。
俺、ラフタリア、リーシアの3人は神妙に聞いているが、後の二人、特にフィーロは面倒臭そうな感じだ。もちろん、木剣の持てない尚文は見学である。
俺は、ナイフでの剣技について訊いてみた。すると、速度を上げて、相手の懐に飛び込むようにする事、振りをコンパクトにし、相手の動きをよく見る事など、至極まっとうな答えが返って来た。
この男、指導が事細かいのは、指揮官と同じくクソ真面目なだけで、技量は十分にあるようだ。
指導中に、他パーティーの様子を窺うと、剣の勇者錬君が、エクレールに散々打ち負かされているのが見て取れた。スキル無しでは、勇者様もその程度なのだろう。自分たちの技量不足を自覚してくれると良いのだが。と思ったら、エクレールが急に吹っ飛ばされた。多分、スキルを使ったんだろう。稽古でも、勝たなくては満足出来ない、子供のような所業だ。
そのまま素振りを続け-尚文はエクレールの部下と組み手を行った-、額に汗が垂れてきた頃、時間が来て剣技の訓練はお開きとなった。
夕食後は、魔法の座学が開かれた。盾のパーティーは、意外にも、飽きっぽいと思われたフィーロも含めて全員参加である。
俺は、この世界の魔法は使えないが、魔法の種類と詠唱を覚える事で、いち早い敵の魔法に対する対策を講ずる事が出来るようになる。いつかのサイレンスの様に、厄介な魔法は存在するのである。
ラフタリアとリファナは、新しい属性の魔法を使える兆しがあるようで、特にリファナは、光属性の魔法を習得出来そうである。これで、ラフタリアに劣っていたリファナの幻影魔法も、その精度が上がるだろう。尚文との合成スキルも期待出来る。
フィーロは、相変わらず風属性だけだが、新しい魔法を覚えている。
途中から、メルティが顔を出したので、フィーロのやる気が大いに上がったようだ。二人で和気あいあいと魔法学に励んでいる。
尚文も、支援・回復魔法を改めて学び直しているようだ。
ただ、他の勇者パーティーからの出席者が少ない。クズ王から水晶玉が配布され、その時に必要な魔法を覚えているので、それで十分だと思っているのだろうか。
少なくとも魔法の詠唱と効果を覚える事は、その対策をするのに無駄にはならないのだが…。
こうして、初日の魔法学講座は一応の成果を見せたのだが、剣技訓練と同様、他の勇者パーティーのやる気が問題の様である。