尚文が、鼬姿になったリファナを抱える。俺が、フライトの魔法を自身と尚文に掛け、重さのほとんど無くなった尚文を小脇に抱えた。そうして、ジャンプの魔法で地面を蹴って推進する。
同時に騎士隊が出撃した。霊亀の周りで蠢いている魔物たちを引き付ける囮となってもらう為だ。エクレールが先陣を切っている。
俺たちは、彼らの動きに隠れるように、側方から霊亀に近づいた。すると、空を飛ぶ、小物の魔物達が襲って来た。俺は魔法を唱える。
「ファイアーストームX!」
炎の嵐を周りに纏い、魔物達を焼き払う。
ジャンプの魔法で加速するために地面に着地した時、リファナが、
「ちょっと待って!」
と叫んで、尚文の懐から飛び出した。
急停止すると、リファナは何やら地面から拾って戻って来る。どうやら、魔物の燃えさしの様だ。
「なおふみ様、これを。」
リファナは魔物の欠片を尚文に渡す。尚文は、それを盾に吸わせた。
「どうだ?」
加速とストームの魔法を再開しながら、俺は訊いた。
「良く読めないが、‘使い魔(蝙蝠型)’という表示が出た。恐らく、こいつらは、霊亀の使い魔なんだろう。」
尚文は答えた。
霊亀が口から熱線を吐いている。いや、雷撃だ。何だかバチバチ言っている。その標的は、囮の騎士隊だ。
彼らの奮闘を祈りつつ、俺たちは高度を上げる。霊亀はすぐ目の前だ。蝙蝠型の使い魔が群がって来るが、ファイアーストームXで蹴散らす。それから、何度か霊亀の甲羅を蹴って、俺たちは霊亀の背中の真ん中辺に着地した。
すかさず、雪男風の魔物(これも使い魔なのだろう)が襲ってくる。霊亀の背中にあると言う村が近くに見えたので、火事になってはいけないと、今度はサンダーストームXで牽制する。魔物の大部分は倒れたが、残りをリファナが片付けた。
尚文が、魔物の一部を切り取り、盾に吸わせる。やはり、使い魔だったようだ。
取り敢えず、村へと向かう。
村に入ると、
「おーい、誰かいないかー!」
と尚文が叫んだが、返事はなかった。それもそのはず、村には、死臭が漂っていた。
調べてみると、老若男女問わず、死体が転がっていた。その数、30余り。傷跡から見て、使い魔に襲われたようだった。
その様子を、支給されていた魔法の水晶で撮影する。それ程むごたらしい死体は無かったが、リファナは辛そうだった。
すると、死体の一部が起き上がった。青白い血の気の無い顔で、使い魔につけられた傷もそのままで。まるきりゾンビである。
俺たち3人は戸惑ったが、ゾンビ共はこちらに向かって来る。幸いなのは、その動きが、ブードゥー教のゾンビの素早い動きではなく、一般的なイメージの、のっそりした動きであった事だろうか。
包囲される前に、俺たちは逃げ出した。とは言え、狭い霊亀の背中の上、そう逃げ場がある訳でもない。
リファナは、一般人の容貌をしているゾンビを倒すのに躊躇があるようだ。代わりに俺が魔法を放つ。
「ファイアーアタックIV!」
「ファイアーアタックIV!」
「ファイアーアタックIV!」
攻撃を喰らったゾンビは、燃え尽きて崩れ落ちる。
「おや?」
俺は、崩れ落ちるゾンビの中に、異音を聞いた。何か硬質のものが落ちた音だ。
「ウィンドブラストVI!」
俺は、残りのゾンビを風の爆発魔法で遠ざけると、崩れ落ちたゾンビの燃えさしを探った。すると、石のような、丸い欠片が出て来た。何だか、亀の甲羅の切片のようにも見える。
「尚文!」
俺は、その塊を尚文に投げ渡した。彼はそれを盾に吸わせる。
「‘使い魔の核’という表記が出たぞ!」
尚文が叫ぶ。
それで分かった。使い魔共は、倒した獲物に‘核’を植え付け、新たな使い魔にするのだろう。
「ファイアーストームV!」
からくりが分かったところで、俺は残りのゾンビ共を焼き払った。
「ありがとう、助かりました。」
とリファナ。無理もない。ゾンビの中には、子供もいたのだ。攻撃をためらったのも仕方あるまい。
「至急、対策を講じる必要があるな。」
と尚文は言った。
俺たちは村へと戻る。
そこで、俺は、高レベルのファイアーウォールで、残った村人たちの死体をを片端から荼毘に付した。心臓討伐隊が上陸する際に、襲われでもしたら、シャレにならない。
そうして、魔力水を飲んで、魔力を補充する。
それから、半分倒壊した家屋を見て回ったが、生存者はいなかった。代わりに、寺院のような建物を見つけたので、中へ入ってみる。
霊亀が歩き回っているせいか、石造りの寺院は所々亀裂が入り、半壊の様相を呈していた。まるで地震の起きた後だ。というより、霊亀の歩みにより、今もゆさゆさと柱や天井は揺れている。
奥の壁に、霊亀の描かれた壁画があった。心臓と思しき部位を、大勢で破壊していたり、とてつもなく大きな刀を持った大男が、霊亀の首を切断していたり、恐らく、霊亀の倒し方が描かれているのだろう。
俺の唱える、‘心臓・首の同時破壊が必要説’の証拠としては弱いが、一応魔法の水晶に収めておく。
その壁画の隅に、見慣れた文字があった。
「日本語だ…。」
尚文が呟く。
ずいぶん前に刻まれたと思われるその文字は、風化して、ほとんど読めなくなっていた。それでも、判別できる途切れ途切れの文章を拾うと、以下のようになった。
-もしも日本から召喚された・がこの文字を読んでいるのなら、覚え・い・欲しい。
-こ・化け物はどれだけ厳・な封印をしても終・の時に七・目・破・・るだろう。
-願わく・、意・的に封印を破らないことを祈る。
-犠牲者を出すのはもしかしたら世界のためともなりえる。
-その代価に見合う見返りがあるのだから。
-終末・・にこの文字を・む者がいるのなら、世・より・人・のためにできる限り・く倒し・くれ。
最後に、‘桂一より’という署名があった。この文章を刻んだのは、この世界に召喚された、桂一と言う日本人の勇者だったんだろう。
早速、これも魔法の水晶に収める。
尚文は、この文章を見て、考え込んでいる。
俺が見たところ、この文章には、あまり意味はない。肝心の、霊亀を倒す方法が書かれていたであろう部分は、完全に風化して読めなくなっていた。
分かるのは、霊亀の封印を破ってはいけないと言う事。封印が解かれた場合、霊亀を速やかに倒す事を、この桂一さんは望んでいると言う事だ。
ただ気になるのは、犠牲者を出す事が、世界の為になり得ると言う記述だ。一体、何の話だろう。尚文が考え込んでいるのは、この事に、心当たりがあるからなのだろうか?
その時、天井から、石の塊が降って来た。リファナが驚いてそれを避ける。
「なおふみ様、ここは危険です!」
彼女は言った。
「一応、奥を調べてから、ここを脱出しよう。」
顔を上げると、尚文は言った。
彼の言葉に従い、奥へと進む。すると、小さな祠の横に、洞窟と思われる入り口があった。
「入ってみよう。」
尚文は言った。
リファナを先頭に、尚文が続き、俺を殿に、俺たちは洞窟へ進入した。
洞窟の中は、なんかじめじめとしていた。そうして、何か生臭い匂いもしている。
「ファスト・ライト!」
リファナが魔法を唱え、洞窟を照らす。
洞窟の壁は、くすんだ茶色をしていた。壁に触ってみると、湿った岩のような、脆く崩れるゴムのような、不思議な感触をしていた。手を放すと、手のひらにぬめっとした感覚が残った。
俺は、魔法の水晶を手に取り、撮影を開始した。
最初の10メートルほどは何事もなかった。そこからは、道がやや下りになり、分岐していた。その分岐に黒いものが幾つかへばりついていた。
俺たちが近づくと、それらは手足を伸ばして正体を現し、ゆっくりと包囲する態勢を取り始めた。
その姿はなんと形容したらいいだろうか。細長い手足を伸ばしたそれは、虫の様にも、生気を失った黒い猿のようにも見えた。
リファナが身構えると、そいつらは、口と思しき部位から、液体をビュービューと彼女に向かって噴き掛けて来た。リファナはそれらを躱すと、一体の足を爪で断った。足を折られた個体は、ガクリと崩れて、それこそ薬液を掛けられた虫のように縮こまった。
更に彼らは、俺に向かっても液体を噴いて来た。それには、尚文が対応した。彼は盾で液体を受ける。何だかジュージュー言っているが、盾の防御は揺るがなかった。
「サンダーブラストIV!」
敵がやる気満々なのが分かったので、俺は魔法を放った。狭い洞窟の中で火炎魔法ははばかられたので、雷撃だ。
奴等は大部分が爆散し、やはり縮こまった。残りはリファナが素早い斬撃で片付けた。
尚文は、縮こまった敵を掴んで、盾に吸わせた。その際、ジュッと音がして、彼は顔をしかめる。
「くそっ!溶解液だ!」
尚文は手に着いた液体を払い、ヒールを唱える。若干赤くなった右手が、元に戻って行く。
ステータス画面を見ながら、尚文は、
「魔物の正体は、‘霊亀の使い魔(免疫系)’だそうだ。ここが霊亀の体内である事は、間違いないようだ。」
と言った。
「このまま下ると、心臓へ行けるのかしら?」
リファナは言った。
「分からないが、可能性はあるだろう。あの寺院から続く洞窟だ。‘いかにも’と言う感じだしな。」
尚文は言う。
「もう少し降りてみるか?」
と俺。
「そうだな。今の所痕跡はないが、三バカ勇者が体内に潜っていないとも限らない。もう少し、探してみるか。」
尚文は答える。
分岐の壁を焼いて印を付け、俺たちは進んだ。
道の勾配は徐々にきつくなり、気を抜くと足を滑らせそうな感じになって来た。俺たちは注意して進んだ。
使い魔は、例の虫もどきが壁に所々張り付いていて、近づくと襲って来た。俺とリファナで、問題なく対処出来たが、そのうちに、なめくじのような使い魔や、ヒルのような使い魔が現れて来た。
ヒルもどきは天井から降って来るし、なめくじもどきは接触する事で物を溶かすようだった。近接戦闘が主のリファナにとっては、戦い難い相手だ。
分岐を二つほど通り過ぎたが、使い魔が増えるばかりで、勇者たちの痕跡は見当たらなかった。体内に侵入する間もなく、霊亀に蹴散らされてしまったのだろうか。
尚文が言った。
「そろそろ、戻ろう。何かあった時に、この人数では心もとない。偵察としては、十分な成果だと思う。」
俺もリファナも同意する。
俺たちは、道を引き返して、寺院へ出た。寺院は、相変わらず霊亀の歩みと共に地震の様に揺れており、倒壊の危機と隣り合わせにあった。
俺たちは外に出た。
早速使い魔が寄って来たので、サンダーストームXで出迎える。
そうして、来た時と同じように、リファナを抱えた尚文を抱え、ファイアーストームXを身に纏わせる。
俺たちは霊亀を飛び立ち、連合軍の宿営地へと向かった。
俺たちが戻ると、宿営地では、ちょっとした騒ぎになっていた。
霊亀国軍が運んでいた犠牲者が、埋葬する前に、ゾンビ化したのが原因のようだった。ゾンビ自体はすぐ鎮圧されたが、霊亀国軍の動揺は大きかった。
混乱した中、俺たちは偵察の結果を報告した。
中でも、緊急の要件として、ゾンビ化の要因である‘使い魔の核’の事を、魔法の水晶に記録した映像と共に説明した。使い魔に襲われた犠牲者のゾンビ化を防ぐためには、‘使い魔の核’を摘出することが必要である。
早速医療班にその情報は還元され、負傷者は徹底的に検査され、傷口から‘使い魔の核’が取り除かれた。犠牲者は、直ちに火葬された。
騒ぎが治まると、早速軍議が開かれた。
寺院の奥に発見された洞窟は、霊亀の体内に続いているだろうと認定された。その為、霊亀の背中に‘裁き’を落とす案は却下された。尤も、魔法使いの部隊は、古代魔法で霊亀の心臓を封印する役目がある。余計な魔力消費が回避されて、幸いだったと言えよう。
後は、上陸部隊の編成と、上陸地点の選定である。そこは、俺が霊亀の首を落とす場所でもある。当然ながら、どのくらいで霊亀の首を落とせるかの目安を聞かれた。俺は、余裕を見て20分程と答えた。タイミングを合わせるには、早めに用意するに限る。
俺が若干先行し、霊亀に取り付いて、上陸地点に差し掛かると同時に首を落とす訳である。
ここで少々問題が発生した。囮をやってもらった騎士隊の損耗が激しいのだ。エクレールこそ無事だが、死傷者は、部隊が全滅と言い得る、ほぼ半数に上っていた。
そこで、俺は、囮は無用だと告げた。エクレールと将軍は、まだやれると言い張ったが、ストームを身に纏わせることで、使い魔はほぼ防げる事が分かった今、不要の犠牲を出すのは忍びなかった。
しかし、困った事に、もっと厄介な輩が出陣を申し出ていた。攻城部隊の連中である。愚かにも、上陸地点の手前で、霊亀の足に集中攻撃を見舞い、霊亀を足止めしようと言うのだ。
その目論見に対しては、俺たちとエクレールが必死に反対した。機動力の高い騎士隊でさえ大きな損失を出したのだ。鈍足の攻城兵器群では、霊亀の雷撃や使い魔達のいい的だろう。
だが、将軍たちのメンツは、俺たちの忠告を無視して、作戦を承諾させるに十分なほど高かった。
俺は、せめても、首に取り付いた俺たちに、流れ弾が当たるかもしれないと主張し、命中率が低そうな、投石器だけでも下がらせようとしたが、
「我が部隊はそんなに練度は低くない!」
と激高した将軍に俺の要求は退けられてしまった。
こうなっては、馬鹿に付ける薬はない、とあきらめる他あるまい。犠牲になる兵たちが哀れである。
上陸部隊は、ババアたちを含めた尚文たちを先陣に、魔法部隊およそ100人とその護衛およそ300人から成る。その他に、霊亀の誘導と上陸支援にほぼ全軍が出陣する事とされた。
俺たちはあわただしい昼食を取り、それぞれに出陣した。