翌日、目を覚ますと、二人は既に起きていた。少し寝坊をしたらしい。久々に、酒を飲んだせいか。
慌てて身支度をする。尚文君が回復薬を渡してくれる。
「波の当日だというのに、余裕だな。」
「ぬかせ。」
悪態をつきながら、装備を確認する。回復薬、魔力水が2本ずつ。足りないが、こんなものだろう。
外へ出ると、冒険者たちや騎士たちが、そこかしこにたむろしていた。一応、波への備えと言う事なのだろうが、実際に対応出来るのは、波の場所へ転送される勇者のパーティーだけだろう。
通りの向こうに人が集まっている。見ると、弓の勇者一行のようだ。歓声を送られている。
俺たち盾のパーティーには、そんなものはない。気づいた者は、眉をひそめて遠ざかっていった。
まだ閉店している店屋の裏のわずかな空き地に陣取る。あとどれぐらいか?と尚文君に聞くと、あと5分ぐらいだと答えた。
ラフタリアが口を開いた。
「ナオフミ様。」
「なんだ。」
尚文君が無表情で答える。
「私は、貴方に買われて良かったと思っています。貴方は、私の病を治し、温かい食事を与え、私に生きる意義を教えて下さいました。そして、戦う理由を示して下さいました。あの波に立ち向かう理由を。」
ラフタリアは顔を上げて、尚文君を真っすぐに見つめる。その紅茶色の瞳には、彼女の決意が輝いていた。
「私は貴方の剣です。どこへだって、ついて行きます。」
尚文君は、ラフタリアを見て、つぶやくように、ただ一言、
「そうか。」
と言った。そんな尚文君を見て、ラフタリアは、首を垂れた。
俺は、ラフタリアの頭に手を載せ、ポンポンと撫でてやった。彼女はわずかに顔をほころばせた。
「そろそろだ。」
ステータス魔法の画面を見ていた尚文君が言う。
やがて、世界の一部が割れるような音と共に、俺たちの視界が白く染まった。
視界が通常に戻ると、俺たちは、森の外れにいた。見上げると、空がワインレッドに染まり、一部がひび割れたように欠けていた。その割れ目から、何かが零れ落ちている。よく見ると、それは魔物だった。
「これが、災厄の波か…。」
俺が感嘆していると、尚文君が、
「ここは、どこだ。」
と言った。
「リユート村付近です。」
状況判断に優れたラフタリアが、遠くに見える村を指さして言う。その村にも、魔物たちが降って来ているようだ。
と、複数の足音が聞こえた。見ると、俺たち以外の三勇者のパーティー合計15人が、一斉に駆け出していた。彼らは何か照明弾のようなものを空へ打ち上げると、波の中心へ向かって駆けていった。
「騎士団に場所を教えて、ハイお終いってか。」
尚文君が、憎々しげに言う。
「勝彦、ラフタリア、村へ向かうぞ!」
「はい!」
「おう!」
俺たちは、村へと駆け出した。
村では、駐留していたわずかな騎士と冒険者が、空からあふれ出てくる魔物と戦っていた。が、多勢に無勢、防衛線が破られるのは、時間の問題だった。
「勝彦、ラフタリア。お前たちは、村人の避難誘導をしろ。」
「ナオフミ様は?」
とラフタリアが訊く。
「俺は、魔物を引き付ける。」
と答える尚文君に、俺は異議を唱える。
「俺も残る、尚文。」
「なんだと。」
「俺は、魔力が尽きるまで、お前の援護をする。そのあと、ラフタリアと交代だ。攻撃力0のお前だけを残すわけにはいかないさ。」
「私もそう思います。」
ラフタリアが賛成する。
「分かった、援護を頼む、勝彦。」
「おう。」
俺は、近くにいた冒険者を襲っている巨大な蜂に、ファイヤーアローを放つ。蜂は、一瞬で燃え尽きた。ラフタリアが、村の奥へと消える。
「尚文、出来るだけ、魔物を集めてくれ、俺がストームで片づける。」
と俺が言うと、尚文君は頷いた。そして、雄たけびを上げて、魔物の中へ突っ込んだ。
「いいか、お前たち、魔物たちは俺が引き付ける。その間に、態勢を整えるんだ。」
尚文君が冒険者たちに言う。必死に魔物の注意を引く尚文君を見て、冒険者たちが必要以上に退く。おいおいお前たち、それはないだろう。まあ、下手に邪魔されるよりは、マシか。
尚文君は、魔物を引き付けながら、逃げ遅れた人々を、エアストシールドやシールドプリズンで救っている。
「勝彦!」
逃げ場がなくなった尚文君が叫ぶ。俺は徐に魔法を放った。
「ファイヤーストームIV!]
炎の嵐が、尚文君を中心に巻き起こる。大小の魔物たちは、一瞬で燃え尽きた。が。やべえ。魔力消費が半端ない。範囲指定を広めにとっているせいだ。まあ、3回ぐらいなら打てるだろう。そのあとは、ラフタリアの奮闘に期待だ。
それから、尚文君が魔物を集め、俺が焼き払うという作業を繰り返した。併せて、100体は倒したろうか。それでも、魔物たちは減らない。
「一体あいつら、何やってるんだ。」
波の中心を見ながら、尚文君が愚痴る。俺は、魔力が尽きたことを告げ、ラフタリアを呼びに走った。うん、頭がくらくらする。マインドダウン寸前だ。魔力水をあおる。
ゼイゼイと俺の息が切れた頃、炭鉱の近くで、子供をあやしているラフタリアを俺は見つけた。俺はラフタリアの手を打って、タッチをする。
「へ?」
ラフタリアがきょとんとする。そうか、こういうゼスチャーは、こっちの世界にはないのか。
「尚文が待っている。行け!」
と言うと、ラフタリアは、
「はい!」
と言って駆けだしていった。
残された子供をあやそうとすると、盛大に泣かれた。まいったな…。
それでも、十数分で、村人の避難誘導は終わった。ラフタリアの手際が良かったせいだ。
俺は、尚文君たちと合流するべく、駆け出す。
魔物と戦っている彼らを見つけた時、空が明るくなり、いつもの青空になった。どうやら、波が終わったようだ。しかし、魔物たちは、まだ残っている。
「ファイヤーボールIII!]
俺は魔法を放ち、尚文君の背後を襲おうとしていた巨大なゾンビを焼き払った。
「勝彦!」
「カツヒコ様!」
俺は二人に応える。
「あと少しだから、さっさと片付けようぜ。」
見ると、騎士団の一小隊も、魔物と戦ってくれているようだ。
俺は続けざまにファイヤーボールを放って、大型のゾンビを狙い撃ちにした。小型のゾンビは、ラフタリアと騎士団が駆逐していく。俺は、最後の魔力水を飲んで、上空を飛んでいる昆虫の魔物をファイアクラウドで焼き払った。程なく、魔物たちは全滅した。
「私たちは、勝ったのでしょうか?」
ラフタリアが、つぶやくように言う。尚文君は何も言わなかった。が、間違いなく、俺たちの勝利だよ、ラフタリア。何せ、生き残ったのだから。
騎士団が引き上げていくのを、俺たちは黙って見送った。入れ替わるように、村の者たちが、俺たちの前に並ぶ。
「勇者様、ありがとうございました。」
村長が頭を下げる。
「貴方様がいなければ、皆、助かっていなかったと思います。」
「なるようになっただけだろ。」
尚文君が、面白くなさそうに言う。
「いえ、貴方がいたから、私たちは、こうして生き残る事が出来たんです。」
「このご恩は、一生忘れません。」
村人が、口々にお礼を言う。
「勝手にしろ。」
と尚文君はそっぽを向く。
やがて、村人たちは立ち去って行った。
「感謝されましたね…。」
ラフタリアが言う。
「そうだな。」
「私みたいな人、少しは、減らせましたよね。」
「お前は頑張ったよ、ラフタリア。」
と俺は言う。感極まったのか、ラフタリアは涙ぐんでいる。
「魔物、いっぱい倒しました。」
そのまま、尚文君の肩に、額を付ける。尚文君は、ラフタリアの頭を、抱えるように撫でる。
俺は、思いっきり、伸びをした。魔力水で魔力は回復しても、精神的疲労は色濃く残っている。俺は首を振ると、
「二人とも、お疲れさん。」
と言った。
そういえば、3人とも、泥にまみれている。俺は、魔法ウォータークラウドでシャワーを浴びることを提案する。木陰で魔法を発動させ、一人ずつ水浴びをする。
「これから、城へ行かなくちゃならないからな。」
尚文君は言う。
「行かなくてもいいんじゃないか。」
俺は言う。アホな決闘は、スルーするに越したことはない。
尚文君は、援助金が惜しいと主張した。反対する根拠を提示するわけにもいかず、俺たちは、城へ向かうことになった。まあ、何とかなるだろう。