俺は、上陸部隊との合流地点へと急いだ。時間は正確には分からないが、余り無いだろう。小一時間と言ったところだろうか。もちろん、首が再生して、霊亀が再び活動を始めるまでの時間である。
霊亀から飛び降りる時、切り口の肉が蠢いて、プチプチと音を立てているのを目撃している。霊亀の再生能力は、極めて高いと言えるだろう。
合流地点には、尚文たちと女王、メルティ母娘がいた。
「なおふみ様!」
リファナが俺の懐より飛び出し、尚文に抱き付く。尚文は、ちょっと引きながらも、よくやったと鼬姿の彼女の身体を撫でている。ラフタリアは微妙な顔だ。
俺は、仲間の他に、やや会いたくない人物がいるのに気付いた。フィーロと同じように天使の羽を生やした美幼女だが、そこはかとなく威厳を持っているフィロリアルの女王、フィトリアだ。
何せ、一度殺されかけた相手だ。苦手意識がある。
俺の視線に尚文が気付いたようで、
「勝彦、フィトリアが応援に来てくれた。再度の首落としに、彼女もお前に同行する。」
と言った。俺が戸惑っていると、
「フィトリアはフィーロと通信が出来るそうだ。心臓と首の同時討伐に、役立つはずだ。もちろん、戦闘能力は知っての通りだ」
と続ける。
すると、フィトリアが、俺を値踏みするように見まわした。
「ふーん、奴隷紋はちゃんと刻まれた様ね。」
小声で彼女は言う。
「メルたんは、ちゃんと約束を守ったのね。」
そうして、俺に向かって、手を差し出した。
「一応信用してあげる。首落としの際は、よろしく。」
俺は、若干躊躇しながらも、その手を握る。フィトリアの美しさに、背筋が少しぞくりとした。
俺は、霊亀の首の再生まで、あまり時間が無い事を告げた。
それからは、まさに戦場の忙しさに、辺りが包まれた。
まず、霊亀の背に縄梯子が掛けられ、兵士たちが昇り始める。俺は、両脇に兵を抱え、フライトで霊亀の背に運んだ。更に、飛竜の部隊が兵を運ぶ。霊亀の使い魔が妨害してくるのを、撃退しながらの作業だ。
400人ほどの部隊が、それでも、40分ほどで霊亀の背に上がる事が出来た。
それから、霊亀の背の村で陣を張っていると、足元がぐらりと揺れた。早くも、首が再生して、霊亀が再び活動を始めたのだろう。
上陸部隊は、使い魔を排して陣を維持する防御部隊、心臓を封印する魔法部隊、その護衛の攻撃部隊に分けられた。
尚文たちは、攻撃部隊の先陣として、霊亀の体内へと突入する。
その尚文と、俺に、女王から懐中時計が渡された。
「作戦の時間合わせにお使い下さい。女王フィトリアの助力で、意味は余り無くなったかもしれませんが。」
謙遜する女王に、
「ありがとう。役立てるつもりだ。」
と尚文が返す。なんでも、フォーブレイ製の希少品との事だ。
俺と尚文は時間合わせをし、2時間後に作戦を決行する事にした。霊亀の心臓へ到達するまで、その位掛かるとふんだわけである。
俺とリファナとフィトリア、それと女王母娘は、尚文たちを先頭とする突入部隊が、例の寺院に入って行くのを見送った。
これから2時間ほど暇になる。リファナが俺に言った。
「かつひこさん、余り顔色が良くないわ。作戦開始まで、少し寝ておいたほうがいいわよ。」
彼女の提案は尤もである。しかし、精神的に疲れていても、神経が高ぶっていて、眠れそうにない。それでも、横になって休むのは、効果があるだろう。
俺は、女王に休む事を告げると、適当な家屋に入って、横になって、目をつぶった。すると、フィトリアの声が聞こえた。
「フィトリアが、眠らせてあげる。」
そうして、彼女が何やら詠唱する。とたんに眠気が襲って来て、俺の意識は闇に落ちて行った。
「かつひこさん、かつひこさん!」
俺は体を揺さぶられて気が付いた。目を開けると、亜人姿のリファナがいる。目覚めに美少女がいるのは眼福である。俺は起き上がって、訊いた。
「今、どれくらいだ?」
リファナは答える。
「作戦開始まで、10分ぐらい。」
「そうか。」
俺は、傍らに立っているフィトリアに訊く。
「フィーロから連絡は?」
「まだない。」
フィトリアは答える。
「どうするの?作戦を遅らせる?」
リファナが訊いて来る。
「いいや、予定通り始めよう。向こうの遅れがあるならば、こちらの穴あけのペースを調整して対応しよう。」
俺は答えた。
「私はどうすればいい?」
フィトリアが訊いて来た。
「俺の首落としの作業を邪魔する使い魔共を排除してくれ。」
俺は答える。分かったと、フィトリアは承諾する。
使い魔は、相変わらず村に張った陣を攻撃して来て、防御部隊がかろうじて持ちこたえている状況だ。そちらに加勢してやりたい気持ちはあるが、今は、自分の仕事に専念するべきだろう。
霊亀は、無人の荒野を進攻している。人里に近づいていないという事は、地上に残留した連合軍の、自らを囮にした誘導が効いているようだ。
しばらくすると、懐中時計が予定時刻を示した。俺はフィトリアに言う。
「すまないが、フィーロに連絡して、状況を知らせてくれ。」
「分かった、ちょっと待って。」
フィトリアの冠羽がひょこひょこと動き出す。
しばらくして、フィトリアは言った。
「今丁度、心臓への道が見つかったみたい。これから突入するって。」
いい頃合いだ。リファナが、鼬姿に変身する。
「それじゃあ、フィトリア、リファナ、始めよう。行くぞ。」
俺は号令を掛け、霊亀の首に向かって駆け出した。フィトリアとリファナは、使い魔を屠りながらついて来る。
「ファイアブラストX!」
俺は魔法を放ち、前方の敵を掃討した。
「はあっ!」
フィトリアが気合を放つ。見ると、フィトリアがその華奢な羽で空中に飛び上がって、蝙蝠型の使い魔を屠っていた。自由自在ではなさそうだが、フィトリアは、ある程度飛べるようだ。上空の使い魔は、彼女に任せて良さそうである。地上の敵は、リファナが片付けている。
俺も何回か魔法を放ち、近くの敵を殲滅する。そうして、霊亀の首根っこに到達すると、首落としを始めた。
「ファイアードリルXVII!」
火柱、岩柱に続いて血飛沫が上がり、霊亀の首に風穴を開ける。今度も行けそうだ、と思った時、それは起こった。
突如、俺は崩れ落ちるように倒れた。体が重い。倒れた俺は、霊亀の堅い地肌に押し付けられていた。
「これは…!」
首を曲げて見ると、リファナが、同じように霊亀の地肌に押し付けられるようにして倒れていた。飛んでいたフィトリアは、霊亀の背中に着地し、かろうじて片膝をついて耐えている。
使い魔共も、残らず倒れ、墜落し、磁石で引っ付いたように、霊亀の地肌に倒れ伏している。
フィトリアが、苦しそうに言った。
「霊亀の重力魔法よ!」
重力魔法!自らの使い魔をも巻き込む、まさに霊亀の最終手段なのだろう。
それにしても困った。魔法の行使には問題はないが、限りなく、移動が困難になっている。これでは、首の反対側を、視界に収めることが難しい。
しかし、今はやれる事をやるだけだ。
「ファイアードリルXVII!」
俺は、空けた穴の隣に、新たに穴を穿った。そうして、這いずって移動し、新たに狙いを定める。
と、俺は、フィトリアが詠唱している事に気づいた。詠唱を終えた彼女は、徐に叫ぶ。
「フィロリアル・サンクチュアリ!」
とたんに、ふっと体が軽くなった。立ち上がるまでにはいかないが、四つん這いなら、自由に移動出来そうだ。
「結界を張った。これで、幾分ましに動けるはず。」
フィトリアは言う。
「ああ、ありがとう。」
俺は礼を言う。
だが、俺たちが動けるという事は、使い魔共も動けるという事だ。早速、雪男型の使い魔が、俺に襲い掛かる。が、その喉笛を何者かが切り裂いた。リファナだ。いつもの彼女の動きではないが、それでも、素早さでは使い魔を軽く凌駕している。
「さっさと、首を落としちゃって!」
言いながら、彼女は戦闘を続ける。フィトリアも、使い魔共を屠っている。
「ファイアードリルXVII!」
「ファイアードリルXVII!」
「ファイアードリルXVII!」
「ファイアードリルXVII!」
「ファイアードリルXVII!」
俺は、穴開けを続けた。移動をし、バックパックの魔力水を飲んで、魔力を補充する。その繰り返しで、霊亀の首を横断する。
20分ほどで、俺は、首の反対側に到達した。霊亀の首は、ミシンを掛けられたように、ぐらぐらになっている。
「フィトリア!尚文たちの状況は、どうなっている?」
俺は、使い魔と戦っているフィトリアに訊いた。フィトリアの冠羽が動く。しばらくして、彼女は答えた。
「今、忙しい-そうよ!」
きっと向こうも、戦闘の真っ最中なのだろう。
俺は、急いで首の反対側に戻った。
「ファイアードリルXVII!」
そうして、再生が始まっている傷跡に、新たな楔を打ち込んだ。
「ファイアードリルXVII!」
俺は、魔力水を飲む。もう、おなかはタプタプだ。それでも、尚文たちから合図があるまで、粘る必要がある。
俺は、それから10分ほど穴あけを続けた。すると、突如として、体が軽くなった。おそらく、霊亀の重力魔法が解けたのだ。という事は…。その時、フィトリアが叫んだ。
「入江勝彦、リファナ、どいて!」
俺は反射的に、ジャンプの魔法で後方へ退く。リファナも俺に寄って来た。
「使い魔が、突然動かなくなったわ。」
リファナが言う。多分、尚文たちが、心臓討伐に成功したのだろう。
俺は、首落としを続けようとしたが、突然、視界が暗くなった。見上げると、巨大なフィロリアルが眼前にいる。フィトリアが巨大化したのだ。彼女は、空中へ飛び上がると、そのまま霊亀の首に着地した。霊亀の首は、衝撃に耐えきれず、崩れ落ちる。
霊亀は、完全に沈黙した。使い魔共も含めて。
地上にいる連合軍から歓声が上がる。
フィトリアが、巨大化を解いて、こちらへとやって来る。
「盾の勇者たちが心臓を封印したので、首を落とした。貴方の魔法より、こちらの方が早い。」
彼女は言う。
「確かにその通りだ。助かったよ。」
俺は返した。
リファナも変身を解いて、亜人姿に戻る。俺は言った。
「さあ、尚文たちを迎えに行こう。」
「いいや、フィトリアはこれでお別れ、聖地に戻る。」
フィトリアはそう言った。
「盾の勇者に伝言をお願い。これからも試練は続く。決して、油断しないで。」
「ちょっと待て、試練て、何だ?」
俺はフィトリアに訊く。
「すぐに分かる。他の勇者とも力を合わせて、どうか困難を乗り越えて。」
「他の勇者って、三勇者は、生きているのか?」
フィトリアの答えに、俺は問いを重ねた。
「四聖勇者に、欠員はない。全員が健在。」
答えるフィトリアからは、表情が見えない。
「分かった。尚文に伝える。」
俺は言った。
「それと、入江勝彦、貴方にも。」
フィトリアは、俺を見つめる。
「自分の内なる声に、惑わされないで。きっとそれは、貴方のものじゃない。」
「待った、それはどういう…。」
フィトリアは、踵を返し、霊亀から飛び降りた。連合軍に預けたであろう馬車を回収し、ポータルで戻るのだろう。
彼女は、一体何の事を言ったんだろう。
俺とリファナは、尚文たちを迎えるべく、霊亀の背の村の跡に向かって歩いて行った。