俺たちは、馬車に乗り、とある町へ向かっていた。エレナから聞いた、槍の勇者元康君が拠点としていたという町だ。
特に確信はなかったが、ほぼ文無しになった元康君が、拠点へ逃げ込んだ可能性は高い。
俺は、フィーロを御しながら、誰かが御者台の隣に上がって来るのに気付いた。リファナだ。
「かつひこさん、そんなに暗い顔をしているもんじゃないわよ。槍の勇者を逃がしてしまったのは、一種の不可抗力なんだから。最後に捕まえれば、それでいいのよ。」
「大丈夫だ。そんなに気にはしていないさ。」
リファナの励ましに、俺は答えた。確かに落ち込んではいたが、そんなに顔に出ていたのか。自分のメンタルの弱さに、少しあきれる。
それからしばらく馬車を走らせると、目的の町の城壁が見えて来た。馬車を止めて、門番に通行証を見せる。
御者台に上がって再びフィーロを走らせると、リファナが言った。
「これから、槍の勇者の気配を探るから、馬車の速度を落として。」
そうして彼女は、耳に魔法の角笛を当てがう。
大通りをゆっくりと流していると、リファナが言った。
「あっちよ!声が聞こえる。」
俺は、リファナの指さす方に馬車を走らせた。
やがて、広場に出ると、3人の男女が言い争っていた。
一人は元康君、さらに、剣の勇者錬君と、その傍らにいるのは、なんとビッチだ。
俺は馬車を止め、フィーロを開放する。皆が馬車から降りると同時に、ラフタリアが詠唱を始める。幻影魔法で皆を隠すのだろう。
俺たちが3人に近づくと、会話の内容が聞こえて来た。
「…槍は勇者の器ではありませんわ。私は初めて出会った時からレン様こそ、世界を救う勇者だと確信しておりました。」
ビッチが錬君に何やら言っている。元康君の表情は分からないが、なんだかショックを受けているようにも見える。
「それに……槍は盾と同じく私に無理な関係を強要しておりましたの。私、言うに言えなくて……こうして自由の身になった今、レン様を探しておりました。」
「しかし、お前は前々から何か問題があるって女王が言っていたと思うのだが……。」
錬君が警戒気味に、つぶやくように言う。ビッチは話を続ける。
「レン様はママの正体を知らないのですわ。ママはメルロマルクの女狐と呼ばれた女。私を辱める事によって多大な利益を生み出す構図を作り出したのです。外道な盾に信用してもらうために、そして槍も取り込まれてしまっている…。」
「そ、そうだったのか……。」
錬君が合点の言ったような声を上げる。
やがてビッチは錬君を抱きしめて髪を撫でた。
「レン様……お仲間を亡くしてとても辛かったでしょう……今は泣いて良いのです。大丈夫です。世界の全てがレン様を罪人だと言い張ろうとも、私は信じます。レン様が世界の為に戦ったのだと。」
なんだか、どっかで聞いた台詞だな。横を見ると、ラフタリアが微妙な顔をしている。尚文は、怒り心頭という感じだ。
そこへ元康君が声を掛けた。
「どういう事だ!」
「あら、槍じゃないの。」
凄く嫌味ったらしい顔で髪を後ろに回しながらビッチは悠々と元康君を睨む。
「どうしたのかしら?」
元康君が怒る。
「それはこっちの台詞だ! 一体どうしたんだ! 錬に取り入りやがって、探したんだぞ!」
「あはは、無謀な突撃をするほど私、馬鹿じゃありませんの。レン様、聞いてください。」
嘘泣きをしながら錬君に縋りついてビッチは言い放つ。
「ピンチになったら、あの槍は私達に向かって注意を引き付けろ、その間に俺が倒すって私達を壁替わりにしようとしたんです。私達は怖くなって逃げたんですよ。そうしたらしつこく追ってくるんです。敵前逃亡は許さないって。」
「嘘だ!」
元康君は愕然としている。
尚文が俺に囁いて来た。
「計画変更だ。ビッチを先に捕まえるぞ。」
「了解。」
俺は敬礼を返す。という事は、ビッチに取り込まれつつある錬君にも対応しなければならないだろう。
「お前、そんな事をしようとしたのか、尚文と同じかそれよりも外道だな。信頼を裏切るなんて人の風上にも置けない奴だ。」
「錬、アバズレは嘘を言っているんだ! 信じてくれ!」
「誰が信じるか!」
「そうです! 毎晩私達に関係を強要して……じゃないとパパを殺すって脅したんです!」
「嘘を言うな! 俺は……本当に心配したんだぞ!」
尚文はそっとビッチに近づき、乱暴に彼女の肩を掴んだ。
「え?」
と同時に、幻影魔法が解除される。
「よくもまあそこまで嘘がポンポン出てくる物だな、ヴィッチ。」
尚文が言う。怒りのせいか、ビッチの名前が変わっているぞ。
「盾!」
「悪いが城に来てもらおう。お前は死んでも捕まえる。」
「尚文!マインを離せ!」
錬君が尚文に切りかかる。剣は尚文にぶつかり、派手に火花と音を立てるが、尚文は無傷の様だ。
「流星剣!」
ならばと錬君はスキルを放つ。さすがに尚文は盾を構えて受け、ビッチを放す。錬君はビッチを抱き寄せた。
「錬、ヴィッチは信じない方が良いぞ。そいつは女王の言う通りの奴なんだからさ。」
尚文は、この期に及んでも、錬君の説得を続けるようだ。
「元康の顔を良く見ろ。情けない顔だろう? これが本当にそんな事をしていたような奴の顔か?」
「いや、元康も女王に取り込まれていると聞いた! 全ての元凶は女王だ!」
「その情報源はたった一人だけなんじゃないのか?」
「それでも俺は、俺を信じてくれる人の為に戦う!」
「冷静になれ。普段のお前ならちょっと考えればわかるはずだ。」
「うるさい!」
あーあ。聞く耳持たずだ。俺は、まずビッチを確保するべく、魔法を放った。
「サイコ・アタックXIX!」
本来、ここまで高威力は必要ないが、後遺症が出ても、知ったことか。魔法を受けたビッチが痙攣し、白目を剥く。
「ま、マイン!」
錬君がうろたえる。
俺は続けて錬君の無力化にかかる。が、錬君も同時にスキルを放った。
「サイコ・トリプルアタックXIX!」
「閃光剣!」
膨大な光が辺りを包む。おかげで、対応が遅れた。
「転送剣!」
錬君とマインが光に包まれ、次の瞬間、跡形もなく消え去った。畜生。逃げられた!
「くそっ!逃げられた!あのクソヴィッチ絶対にぶっころしてやる!」
尚文が地団駄を踏む。
「すまん、尚文。」
「ナオフミ様、落ち着いて下さい。」
「悔しく無いのか! アイツはラフタリアの事まで汚したんだぞ!」
「……ナオフミ様、その言葉だけで私は十分ですから。」
「そうか……。」
尚文は首を振って冷静になろうと努めているように見える。
「錬君を先に無力化すべきだった。また、俺のミスだ。」
俺は謝る。
「そうだな。でも、起こってしまったことはどうしようもない。そう気にするな。」
尚文が慰めてくれる。
「で、元康君を捕まえるか。」
「そうだな…。」
そう思って元康君を見ると、腑抜けたように俯いてため息を吐いている。心ここにあらずという感じだ。俺はそんな彼に魔法を放った。
「サイコ・トリプルアタックXIX!」
「サイコ・トリプルアタックXIX!」
が、元康君はほとんど反応しなかった。僅かにうめき声を上げただけだ。
そんな彼に、尚文が声を掛ける。
「どうした? 逃げないのか?」
「もう良いよ……みんなを信じて探したのに、こんな事ばっかり……町や村の連中も冷たいし、疲れた……。」
「とりあえず元康、お前を連行する。」
「……はいはいわかった。何処にでも連れてけ、殺すなら殺せよ……。」
投げやりな言い方で元康君は頷いた。
「どいつもこいつも助けるのが当たり前で、少しでも失敗すると石を投げてくるし……信じてたアバズレもエレナも本当はあんな奴で……もうどうでもいい……。」
「それじゃあ、ポータルスキルで元康を城下町まで連行しよう。そうだな、馬車はフィーロに任せる。悪いが一人で村に帰ってくれ。」
「えー、フィーロいやだー。」
尚文の要請にフィーロが拒否をする。
「と言っても、もう日が落ちるし、馬車で城下町に行くなら、どのみち一泊しなくちゃならない。」
「だったら、この町に一泊して、翌日城下町へ向かったらどうかな。元康君も逃げる気はなさそうだが、その事を確かめるためにも、ここで泊まるんだ。実際、ポータルスキルのSPが溜まる前に、精神魔法をかけ続けるのは無理があるし…。」
俺は提案した。
「うーん。皆はどう思う。」
尚文は思案する。
「村が心配だけど、私はいいと思うわ。」
とリファナ。
「リーシアさんがうまく村をまとめられるか見るためにも、あえて村を離れるのもアリかと思います。」
ラフタリアが言う。
「フィーロ、おなかすいたー。」
「全員の意見が一致したな。今夜はここで泊まろう。元康、逃げるなよ。」
「もう、疲れたよ。どうでもいい…。」
元康君は遠い目をしている。瞳が濁っているな。魔法少女なら、もう、魔女化寸前という感じだ。