俺たちは、夕食を取るために、酒場へ入った。というのも、この町の宿屋では、食事が出ないためである。それで、うまい食事を出す店が、酒場だったという訳だ。
俺たちは、5人仲良くテーブルを囲んだが、元康君は一人カウンター席に座り、酒を注文している。典型的なやけ酒だ。
彼の顔の良さゆえか、美女に話しかけられているが、元康君の対応はけんもほろろ、門前払いという感じだ。あの女好きがこの態度とは、今回被った精神的ダメージがいかに大きいかを示していよう。
と、リファナが元康君の方へ行き、
「酒だけじゃなくて、何かお腹に入れないと駄目よ。」
などと言って、適当なつまみを注文するも、煙たがられて、追い払われている。彼女ほどの美少女でもダメとなると、相当な重症だ。
その内に、腹が満たされたフィーロが、上機嫌になって、店内にいた吟遊詩人と一緒になって歌い始めた。酒場が一挙に盛り上がる。フィーロの歌声は美しく、人を引き付ける魅力がある。それでかつ、あの容姿だ。男たちが騒ぐのも理解出来る。かくいう俺も、十分に彼女の歌を楽しんでいる。
一曲歌い終えると、フィーロは俺たちのテーブルに戻って来た。そうして、水を一杯一気に飲むと、
「もう一曲歌うねー。」
と言って、男たちのリクエストに再び歌いだした。あちこちで歓声が上がる。もはや、酒場はフィーロというアイドルのステージと化している感じだ。
一方、元康君はと見ると、ろれつが回らない感じで何やらぶつぶつ言っている。見かねたリファナが介抱しているが、彼女、やたら構うな。さっき、邪険に扱われたので、プライドを傷つけられたせいだろうか。いやでも自分を意識させて見せるってか。まさかね。
そこに、二曲目を終えたフィーロがやって来た。手には、食べ物や花などの、男たちからの贈り物が溢れんばかりに抱えられている。
「どうしたの? いつもの元気が無いねー?らしくないよー?」
フィーロは声を掛ける。
「……。」
リファナに支えられながら、非常に億劫そうに元康君はフィーロを見て、視線を戻す。基本無視という感じだ。彼は、フィーロの天使姿がお気に入りだったはずだが…。
「お腹が空くとね。元気がでないんだよ?元気の出る歌を歌ってあげる。」
そう言って、フィーロは再び男たちの真ん中に立ち、体を振って踊り、歌い出した。男たちが盛り上がる。
時々元康君に微笑みかけながら、フィーロは歌い踊った。まごうことなきアイドルの立ち振る舞いだ。見ている俺も、元気をもらっている。
「フィーロっていろんな歌を知っているんだな。知らなかった。」
尚文が感想を漏らす。
「メルロマルク国内の色々な町を巡りましたからね。歌うのは好きみたいですよ。」
とラフタリアが答える。
歌い終わったフィーロはもう一度元康君の方へ行く。
「おい。あんまり構うなよー。」
声を掛ける尚文君に、
「はーい」
とか言いながらフィーロはごそごそと貰った野菜や花を漁り、
「これ食べて、いつもの欲望に忠実な元気出せー。」
と言って、戯れとでもいうかの如く、元康君に野菜と花をさしだした。
元康君は、ぼんやりとフィーロを見て、突如目を見開いたかと思うと、リファナの制止を振り切って、号泣しながらフィーロに抱きついた。
「う、うわああああああああああああああああ!」
「にゃあああああああああああああああああああああああああああああ!?」
当のフィーロはシャレにならない悲鳴を上げている。そして、抱きついて来た元康君から逃げるべく体をよじるだが、彼の力は思いの他強く、逃げる事が出来ない。
「う……ううううううう……。」
元康君がガチ泣きしている。リファナが困惑しつつ、元康君をフィーロから引き離そうとするが、全く歯が立たない。
「ごしゅじんさまー!助けてー!」
フィーロが尚文に涙目で助けを求めて手を伸ばして来た。
「何やってんだ……。」
尚文はあきれつつフィーロに近づく。元康君は、嫌がるフィーロの胸で嗚咽を漏らしながら泣いていた。尚文が言う。
「元の姿に戻れば元康も驚いて離れるだろ。」
「う、うん!」
フィーロが魔物の姿に戻る。酒場の連中が驚きで声を上げる。さっきまでのアイドルが、鳥の魔物になったのだから、当然だ。
しかし、
「スーハー……フィーロちゃんのかほり……くんかくんか。」
……元康君が魔物の姿のフィーロに抱きついたまま匂いを嗅いでいる。リファナも困惑顔だ。
「離れない! 離れないよごしゅじんさまー!」
フィーロが半べそをかきながら言う。
「落ち込んでいる奴に甘い言葉を囁くからそうなるんだ!責任を取って面倒をみるんだな!」
尚文が言う。相変わらず、フィーロには冷徹な部分があるな。
「待ってください。その理屈だとナオフミ様は私にこうなるはずです!」
ラフタリアも素っ頓狂なことを言う。相当混乱しているな。
「何を言っているんだラフタリアも!?」
「やー!」
「フィーロたんフィーロたん……。」
すりすりと元康君が頬擦りを始める。
フィーロとリファナが一緒になって元康君を引き離そうとするが、フィーロの羽毛が千切れそうになって、痛がるのであまり力を入れられないみたいだ。
「助けてー!」
フィーロがガチ泣きを始めた。そろそろ助けてやるか。俺は魔法を放つ。
「サイコ・トリプルアタックXIX!」
「サイコ・トリプルアタックXIX!」
「もういっちょ、サイコ・トリプルアタックXIX!」
俺は魔力の大半を使って精神魔法を元康君にぶつけた。少しでも衝撃を与えて正気に戻すためだ。それと、精神魔法を過剰に掛けると、術者の俺の言葉が通るようになるかもしれない。
「今だ!元康君をフィーロから引き剥がすんだ!」
取り敢えず、精神魔法のスタン効果が残っている今、フィーロと元康君を離すのが先決だろう。
ラフタリアも飛び出して、リファナとフィーロの3人で元康君を引き剥がす。
べりべりべり!
「いったぁい-!!!」
フィーロの羽が大量に抜け、何とか二人は離れた。元康君は、両手に残ったフィーロの羽の匂いを一心不乱に嗅いでいる。
「フィーロたん、フィーロたん…!」
俺はそんな元康君に若干の畏怖を感じつつ、それでもフィーロのために口を開いた。
「元康君、フィーロに好かれたいなら、本人の嫌がる事をしちゃあだめじゃないか。」
元康君はぼんやりと顔を上げた。そうして、俺を見る。俺はぞくりとした。いかん、目が据わっている。
「俺は、フィーロたんに精いっぱいの愛の表現をしているのですぞ、おじさま。」
彼は言った。お、おじさま!?おっさん呼ばわりだったのが、どうして豹変した?俺は気持ち悪さを感じつつも、会話を続ける。
「愛の表現はいいが、行き過ぎると、単なるストーカーだ。フィーロに嫌われるぞ。」
「行き過ぎる愛。ああ、今の俺にふさわしい表現ですぞ。この溢れんばかりの愛をもって、必ずフィーロたんを虜にして見せますぞ!」
目を輝かせて元康君は言う。いかん、こちらの言うことを聞いていない。それに、なんだか語尾が変だ。それでも、会話が続くだけ、幾らかマシなのか。
「だから、取り敢えず、落ち着いて、離れて。フィーロが泣いているでしょう。」
リファナが割って入る。
「フィーロたんが俺の愛に感激して泣いている、素晴らしいことだと思いませんか?
あ、姉さん?!リファナの呼び方もおかしくなっているぞ。
「おい、元康。大丈夫なのか?いつものお前じゃないぞ。どうしたんだ。」
尚文が声を掛ける。
「お義父さん!」
「お、おとう…?!」
「フィーロたんのおかげで、俺は生まれ変わったのです。彼女との愛こそが、俺の生きる
「元康、お前…。」
「何言ってるんですか、槍の勇者様。どうか正気に戻って下さい。」
ラフタリアが血相を変えて言う。
「俺は正気ですよ、お姉さん。それよりも、お姉さんからも、お義父さんに、フィーロたんを俺にくれるよう、言って下さい!」
「わ、わたしはあなたのお姉さんじゃ…。」
「でも、フィーロたんのお姉さんじゃありませんか。」
確かにラフタリアとリファナの立ち位置は、フィーロの姉妹と言えるが…、それよりも、尚文の呼び方だ。お義父さん!まあ、育ての親だが、尚文からしたら、あれはただのペットだとか言いそうだ。
この状況は、その尚文に向かって、フィーロに対する求婚をし、親に許しをもらう図である。う~ん。単なるストーカーにとどまらず、ほとんど妄想状態…良く言えば盲目の愛と言った所か。だが、悲しいことに、そこにはフィーロの感情の理解というものが抜けている。
「だから、ラフタリアはフィーロの姉代わりであって姉じゃない。俺もあいつの親じゃなくて飼い主だ、元康。」
尚文が元康君に言う。
「飼い主って…。」
元康君が真っ赤になる。
「そんなただれた関係は、倫理的にいけませんぞ。親なら親らしくしないといけません!」
う~ん。勘違いしている。話が相変わらず通じないぞ。
「だから、俺はあいつを育てているだけで、親じゃない!だから、下さいと言われても、やれん!あいつは物じゃないからな。」
「そんな、必ず幸せにします!だから、お義父さん!俺とフィーロたんの愛を認めて下さい!」
尚文が頭を抱えた。そうして、フィーロを呼んで、何やら囁く。
「貴方、さっきから愛って、フィーロの気持ちを考えていないじゃない。そんな身勝手なのは、単なる思い込みで、愛じゃないわ。」
今度はリファナが説得をする。
「俺とフィーロたんの愛は運命なのです。そんな些細な障害は、俺の大いなる愛で打ち砕いて見せますぞ。」
相変わらず話を聞かない元康君に、リファナも頭を抱える。
と、何やら尚文に指示を受けていたフィーロが口を開く。
「えっとね、槍の人。」
「何です、フィーロたん!」
「ご飯が目当てで近づいただけなの、勘違いしないで。」
「愛は勘違いから始まるんだよフィーロたん。大丈夫、その打算ですら受け入れるよ。」
「やー!」
駄目だ!揺るがねー。
「お義父さん。娘さんとの仲を認めてください!」
「だから誰が…!」
尚文が言いかけて天を仰ぐ。もうだめだ。元康君は頭のねじが完全にいかれている。
尚文が俺に目配せをする。俺はため息を吐いて、魔力水を一気飲みした。そうして、魔法を放つ。
「サイコ・トリプルアタックXIX!」
「サイコ・トリプルアタックXIX!」
「サイコ・トリプルアタックXIX!」
「サイコ・トリプルアタックXIX!」
俺の精神魔法の現在の最大火力だ。元康君がさすがに昏倒する。が、俺もMPが尽きてマインドダウンで昏倒した。
…。
「う…。」
俺は目を覚ました。口元に何かが注がれている。魔力水だ。うーん。残念。ラフタリア辺りに口移しで飲ませて欲しかった。などと考えていると、当のラフタリアが微妙な目で俺を見ている。
「起きたか、勝彦。」
そう言って、尚文が魔力水の瓶を傾けるのをやめた。
「起き抜けで悪いが、元康を宿屋まで運ぶぞ。フィーロが怖がっちゃってな、触ろうともしないんだ。」
運搬なら怪力のフィーロの出番だが、そういう事か。
「了解した。」
そう言って、俺は魔力水の瓶をもらって飲み、MPを補給した。
俺は倒れている元康君にフライトの魔法をかけ、尚文と一緒に宿屋まで運ぶ。
そうして一人部屋に元康君を放り込むと、皆で会議が始まった。
「これから、元康をどうしたらいいと思う?」
尚文が口を開く。
「どうって、女王のもとへ連れていくしかないんじゃないか?」
と俺。
「あの状態でか?!」
尚文が暗に反対を示す。
「もしかしたら、城にいい薬があるかもしれないし…。」
「本当に、そう思うか?」
「…。」
俺の発言は、単に希望的観測でしかない。ただ、元康君の連行は、女王からの依頼なのだ。そうすれば、報奨金ももらえるし…。
尤も、フィーロがいないと途端に暴れ回る恐れもある。本当にどうしたらよいか…。
リファナが発言する。
「一つ言えるのは、あんな思い込みの塊を、このまま放り出しちゃいけないという事だわ。」
「手に負えなくなったら、別に放り出していいと思うぞ。それとも、お前もあの時あいつに関わっていたから、責任でも感じているのか?」
尚文が言う。
「なおふみ様、そんなことは無いですけど、今の槍の勇者は危険です。何をするか分かりません。それで、彼を止められるのが、おそらくフィーロだけです。だったら、私たちが保護するしか無いのではないでしょうか。」
「一理あるが、俺たちに、果たしてそれが出来るか?あいつの説得は、多分無理だぞ。」
「やはり、城へ連行して、女王様に相談するのが良いのでは?」
とラフタリア。
「だから、俺たちにそれが出来るのか?」
尚文が言う。
「最悪、俺が魔法を行使して、ずっと気絶させて置く手もある。あるいはフィーロを連れて行けば、奴も大人しくなるだろう。」
俺はラフタリアを援護する。すると、
「フィーロ、槍の人と一緒は、やー!」
フィーロが断固拒否をした。
「フィーロ、すまないが、我慢してくれないか。お前がいないと、奴は何をするか分からない。」
俺は頭を下げる。が、
「かっちゃんの頼みでも、やー!」
フィーロは首を振る。彼女の元康君への嫌悪感は、もはやトラウマレベルなのだろう。
「うーん。フィーロ。俺からの頼みでも、ダメか。」
尚文が言う。
「そんなーごしゅじんさまー…。ごしゅじんさまの頼みなら、フィーロ、がんばる…。」
フィーロが泣きそうになりながら、答えた。
「それじゃあ、明日、元康を城に連れて行くことにしよう。暴れるようなら勝彦の魔法で気絶させ、何とかなるなら、御者席にでも座らせておけば、奴も大人しくしているかもしれない。みんな、それでいいな。」
「「「はい。」」」
半べそのフィーロ以外は、尚文に賛成した。
翌朝。
「皆さん、素晴らしい朝ではありませんか。」
朝食の席で、皆が困惑顔をする中、元康君が一人、晴れやかな顔でフィーロを見つめながら言った。当のフィーロは嫌悪感からか、小刻みに震えている。
「元康、今日は大人しいな。」
尚文が言うと、
「お義父さん、俺は少し急ぎすぎたことに気づいたのですぞ。フィーロたんとの愛を認めてもらうには、俺の気持ちを皆に分かってもらうのが必要。だから、少しずつ、フィーロたんとの距離を縮めていこうと思うのですぞ。」
と元康君は答える。
「殊勝な心掛けだが、その、お義父さん、はやめろ。」
尚文は、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「何を言います。お義父さんはお義父さんですぞ。」
「普通に名前で呼んでやってくれないか。尚文が困ってる。」
と俺が言うと、
「そうは言っても、あの人はフィーロたんのお義父さんですぞ、おじさま。」
元康君は答えた。
う~ん。おじさま呼びはやめて欲しい。虫唾が走る。それでも俺は、尚文に目配せをした。この調子なら、どうやら無事に城へ連れて行けそうだ。
城下町への道中、予定通り、元康君は俺の隣に座らせた。
彼は、フィーロに手を振ったり、
「う~ん、かぐわしきかほり…。」
とか言って、フィーロの匂いを嗅いだりして、正直気持ち悪かったが、昨日の惨状を考えるとずいぶんマシだったので、我慢することにした。
フィーロは、いつもよりスピードを上げて走っていた。この拷問のような時間を少しでも短くしようという考えなのか、それとも、背中に感じているであろう悪寒から少しでも逃れるためにあがいているのか…。
で、結局半日足らずで城下町には着いた。途中、一回休憩を挟んだが、休憩中、元康君はフィーロにぴったりと張り付き、テコでも動かなかったので、フィーロにとっては全く休憩にならず、泣きべそを掻きながら、
「早くいこー!」
とわめくことしきりだった。
それでも、出発する時、俺とリファナが声を掛けると、フィーロから離れてくれたので、幾らかマシになったのだろう。とはいえ、フィーロの抜け羽をおとりには使ったが…。
城へ着くと、門番に用件を伝えると、部屋に案内され、しばし待つように言われた。まあ、女王も忙しい身である。
元康君はというと、フィーロと手をつないでほくほく顔だ。これは、俺とリファナが元康君を説得し、尚文とラフタリアがフィーロを説得した結果、もたらされた妥協の産物である。元康君に、暴れない代わりにフィーロの手をつないでいいと条件を付け、フィーロには我慢をさせたのである。おかげでフィーロは涙うるうる状態だ。
小一時間ほど経ち、準備が出来たらしく、俺たちは謁見の間に通された。
「よくぞ槍の勇者様を確保して下さいました。御礼申し上げます。」
女王の第一声はこうだったが、俺は違和感を感じた。彼女の目は笑っていない。
「が、影から報告を受けました。槍の勇者様は、正気を失っているとの事。あなた方からも、是非説明を受けたいのですが。」
女王は冷たく言う。
「みんな、あんたの娘、ヴィッチが悪いんだ。それと、悲しい事故と不可抗力だ。で、元康が壊れた。」
そう言って、尚文は説明を始めた。ビッチが剣の勇者を垂らし込んだこと、それで元康君が自暴自棄になり、それを励まそうとしたフィーロに新たな目覚めをしてしまったこと…。
「分かりました。それでも…。」
女王の言葉をさえぎって、元康君が発言する。
「女王よ、今のお義父さんと貴方の言葉には誤りがあるのですぞ。俺は壊れてしまったのではなく、フィーロたんとの愛に目覚めて、生まれ変わったのですぞ。俺は正気ですぞ。その証拠に、こうしてフィーロたんの手を握っていると、俺の胸の内から新たなる愛が次々とあふれ出てくるのです。なんとも素晴らしいことではありませんか。」
その場にいる全員が、いたたまれない気持ちになった。元康君よ、君の台詞はかっこいいようでいて、その実中身がない。空虚な言葉をしゃべっているのを、当の元康君だけが気付いていない。
「重症ですね。城の医師に命じて、薬を処方させましょう。」
「治る薬があるのですか!?」
女王の言葉に、ラフタリアが訊く。
「気休めです。でも、ないよりはマシでしょう。」
女王は手をつないでいる元康君とフィーロを見ながら続ける。
「約束ですから、報奨金は払います。しかし、槍の勇者様をこうしてしまった責任も、あなた方に取ってもらいます。」
「というと?」
俺が問うと、
「今の槍の勇者様を御することが出来るのは、フィーロを有するあなた方だけでしょう。そこで、槍の勇者様がまともに、少なくとも、波と戦えるようになるまで、面倒を見てもらいます。」
と女王は言う。
「俺たちが?元康を?」
尚文が言うと、
「このまま槍の勇者様を城へ置いていても、暴れないよう拘束するのが関の山。それよりも、現に暴れないよう制御しているあなた方に預けるのが妥当ですし、正直それしか手がないのです。それに、勇者は貴重な戦力です。それを、こんな風に損なったままでいるのは、この危機的状況下で、認められることではなく、大きな国家的損失になります。」
女王は尚文の目を見て返す。
「こういうことは言いたくないし、貴方が好まないのもわかっていますが、あえて言わせていただきます。これは、王命です、伯爵。」
これは、女王の尚文に対する命令だ。しかし、彼女がこういう言い方しか出来ないのも解る。
尚文はしばらく黙り、そうして、口を開いた。
「確かに、俺の一番嫌いな言い方だが、それが理性的な判断だというのも解る。分かった。その命令に従おう。元康は俺の領地で面倒を見る。保証は出来ないがな。」
「ありがとうございます。」
女王は一礼する。そうして、傍らにいた女官から袋を受け取り、尚文に渡す。
「これは、報奨金の金貨20枚です。少なくて、申し訳ないのですが、お納めください。」
尚文が、報奨金を俺に渡して来たので、俺は懐にしまう。
「そういえば、イワタニ様の、わが娘の呼び方が変わったとの報告が影からありました。改名の手続きを済ませておきます。」
「そうか?」
「ヴィッチ-多分、イワタニ様の国の言葉で、悪女とか魔女とかの意味合いがあるのでしょう。」
「分かるのか…。」
「ふふふ…。」
女王は不敵に笑う。それにしても、実の娘に対して魔女とか、ものすごい知見だ。
「それでは、またの機会に。ごきげんよう。」
女王との会見は終わった。
しばらくして城の医師が現れ、薬を処方してくれた。幻覚や妄想にある程度効果があるとの事で、日本で言う向精神薬なのだろう。
それから、俺たちは城を出ると、武器屋へ寄った。今まで中古品で戦ってきた村の奴隷たちに、新しい武器を買って帰るのだ。おかげで、報奨金はすっかりなくなってしまった。まあ、行商で稼いでいるから、村の経済は回っているが。
俺たちは帰路についた。元康君は御者席の隣で、フィーロを愛でている。当のフィーロは全く慣れない様で、悪寒と戦っているのか、いつもよりハイペースでひたすら走った。おかげで、夕食時に滑り込むように、村へと到着した。
読んでお分かりの通り、元康君は、愛の狩人とはなっていません。少なくとも、女性を豚と認識するほど頭のネジが外れていません。
理由は以下の4つ。
一つは、リファナがちょっかいを出したことと勝彦の魔法で、いわゆる雑音が入り、元康君が完全にフィーロ一辺倒にならなかった事。
一つは、話の都合で、これから領地にかくまうのに、制御不能では都合が悪いという事。
一つは、作者が愛の狩人が苦手な事(原作においてキーパーソンであること、および最大のギャグソースであることは承知しています)。しかし、いかれてしまった元康君の台詞を考えるのが、実際書いてみて、少し楽しかったのも事実です。
もう一つは、愛の狩人が具現化されれば、後に勝彦君が殺されてしまうという問題があります(詳細は秘密です)。