「さあ、あのテントへ行って、私に呪いをかけてもらいましょう。」
とラフタリアが言った。
「へ?」
俺は、思わず変な声を漏らす。
「じゃないと、ナオフミ様は、私を心から、信じてくれませんからね。」
尚文君が少しうろたえる。
「別に、奴隷じゃなくたって、いいんだぞ。」
「いいえ、かけてもらいます。ナオフミ様は、奴隷しか信じられない方です。嘘を言ったって、ダメです。」
ラフタリアも頑固だ。彼女の指摘は図星なのだろう。尚文君は、二の句が継げないでいる。
「私も、ナオフミ様に信じてもらっている証が欲しいのです。」
結局ラフタリアに押し切られる形で、俺たちは、奴隷商のテントへ向かった。
あの不気味な肥満紳士が出迎える。奴隷商は、ラフタリアを見ると、驚きとともに、若干の失望を見せた。
「驚きの変化ですな、この短期間に、あのやせっぽちのガリガリが、こんな上玉に育つとは…。」
そういいながら、尚文君の方を見て、がっくりと肩を落とす。
「もっと、私どものような方と思っていたのですが、期待外れでした。」
尚文君は、心外だという顔をしていたが、少したってから、言った。
「生かさず、殺さず、それでいて品質を上げるのが、真の奴隷使いだと答えてやる。」
奴隷商を見て、
「お前の知る奴隷とは、使い捨てるものなのだろうな。」
とうそぶく。奴隷商は、尚文君の答えを、大層気に入ったようだった。
「で、この奴隷の査定ですな。ここまで上玉に育ったとなると、非処女として、金貨7枚でどうでしょう。」
ラフタリアが怒る。
「なんで、売る事に決まってるんですか。それに、私は処女です!」
「それでは、金貨15枚!」
なんと、買値の50倍だ。尚文君も唸っている。ラフタリアが、彼の肩を掴み、抗議をする。
「お戯れもほどほどにしませんと、私、このまま逃げますよ!」
「冗談だ。ラフタリアが、そんなに高く評価されてるんだと思っただけだ。」
尚文君がごまかしている。ラフタリアは、照れて、おとなしくなった。
「で、今日はどのようなご用件で?」
奴隷商が尋ねる。
「昨日の城での騒ぎ、聞いていないか?」
「ハイ、奴隷紋が解除されてしまったのですね。」
尚文君が怒る。
「知っているなら、査定なんか、するな。」
「で、奴隷紋を入れ直しに来たと。」
「そうだ。」
奴隷商は、部下に、以前と同じ道具を持ってこさせる。ラフタリアは、胸当てを外し、恥ずかしそうに胸の谷間を露出させる。
「前と同じく、勇者様、貴方様の二人分でよいですね。」
奴隷商が訊く。
「いいや、俺はいい。そうだろ、ラフタリア。」
俺はラフタリアに尋ねる。彼女は、黙って頷く。尚文君が、怪訝そうな顔をする。俺は、
「ラフタリアは、お前の信頼が欲しいんだよ、尚文。」
と言ってやった。鈍い奴だ。自ら奴隷になるなんて、まるっきり、愛の告白じゃないか。
尚文君は、割り切れない顔をしながらも、インクに血を落とす。奴隷商は、ラフタリアの胸にインクを塗りたくる。
「奴隷紋は破壊されていますが、再生も直ぐに出来るのですよ。」
奴隷商が言う。奴隷紋が、再びラフタリアの胸に輝く。ラフタリアは、痛みをこらえている。
用事が済んだので、帰ろうとすると、尚文君が、隅に置いてある木箱に興味を惹かれている。見ると、中には、文様が刻まれた卵が、ぎっしりと並んでいる。200個はあるだろうか。
「これは、なんだ。」
尚文君が訊く。
「これは、私どもの表の商売道具です。魔物の、卵くじですよ。」
奴隷商変じて魔物商が答える。1回銀貨100枚で、最低でもフィロリアル、当たりなら、ドラゴンの一種である騎竜がもらえるという。
「試しに、1個もらおうか。」
という尚文君に、ラフタリアは、無駄遣いは慎むよう諭している。俺も、状況的には同意見なのだが、今回は別だ。この卵は、フィーロに育つ可能性が高い。
慎重に卵を選んでいる尚文君を眺めていると、何か、違和感を感じた。俺は、周りを見渡す。気のせいかとも思ったが、何かが違う。俺は、その正体を求めて、歩き出した。ラフタリアに出会った檻の前を過ぎる。そこには、既に、見知らぬ奴隷がいた。
俺は、天幕に区切られた、奥まった区画へと入った。そこは、異臭はもちろん、目に見える何かとは違う、独特の雰囲気が漂っていた。例えるなら、それは、死臭だ。実際、そこにいる奴隷たちはひどいありさまだった。四肢が欠損しているもの、顔が半分ないもの、傷口がめくれ上がり、そこから蛆が湧いているもの…。鳴き声というより、うめき声がそこかしこから聞こえていた。
だが、俺は、ここに求めるものがあると感じていた。多分、呼ばれているのだ。それが何かは分からない。俺は、目をそむけたくなるような奴隷たちの間を歩いて行った。
気が付くと、足元に、それはいた。薄汚れた少女の奴隷だった。丸い耳を持ち、細長い尻尾を生やしていた。顔色は青白く、呼吸は浅く、速かった。俺はその少女に見覚えがあった。アニメの中で。リファナ?ラフタリアの親友である、イタチの亜人の少女…。
「ラフタリア、ちょっとこっちへ来てくれ!」
俺は思わず叫んでいた。しばらくして、胸と口を押さえながら、ラフタリアが困惑顔で現れた。尚文君も、ついて来ている。胸には、ふ卵器に入った魔物の卵を下げている。奴隷商も一緒だ。次の瞬間、ラフタリアの、悲鳴にも近い叫び声が上がった。
「リファナちゃん!リファナちゃん!」
檻に縋りつくように、親友の名前を呼んでいる。
「どうした!ラフタリア。」
突然叫び出したラフタリアに、尚文君は戸惑った。
「リファナちゃんです。私の親友の…。ルロロナ村の…。」
ラフタリアも、思いがけない出来事に、感情が先行して、言葉がうまく出ていない。だが、尚文君は、察したようだった。
「奴隷商、こいつは、どうしたんだ。」
「ある貴族から、処分されるところを、買い取ったのです、ハイ。長くは持たないと思ったのですが、まだ生きていたのですか…。」
奴隷商は、ポーカーフェイスで言う。
「こいつを買い取るぞ、いくらだ?」
「勇者様の慈悲深いお心に、私、感激いたしましたです、ハイ。まけて、銀貨15枚でございます。」
奴隷商は、部下を呼び、リファナを檻から出した。そのまま抱えていこうとするのをやめさせ、回復薬を飲ませる。呼吸が少し落ち着いたようだが、彼女の意識は戻らなかった。
奴隷紋の儀式に関して一悶着あった。特に奴隷にする必要がない俺たちに対し、奴隷商は、手続き上、奴隷の登録をしないと売れないと言い張った。結局尚文君は折れ、インクに血を垂らした。奴隷紋の儀式にも、リファナはほとんど反応しない。
俺たちは治療院へ向かった。だが、そこではロクな扱いを受けなかった。まず、亜人と言う事で見下され、診察も雑にしか行われず、しかも、尚文君が盾の勇者だとわかると、入院を断られた。
仕方がないので、俺たちは薬屋を頼った。いつもあまりいい顔をしない主人は、今日は、妙に愛想が良かった。リユート村で親戚が俺たちに助けられ、俺たちに助力をするよう頼まれているとのことだった。
リファナを診せると、主人は難しい顔をしながら、
「イグドラシル薬剤が使えるといいんだがね。」
と言った。
「高いのか?」
と訊くと、
「今のお前さんたちには手が出ないだろうね。」
と答える。代わりに、そのバッタ物を安く譲ってくれるという。それでも、銀貨70枚である。早速、リファナに飲ませてみる。
薬の効き目を待っている間に、主人は、尚文君に、一冊の本を手渡した。
「お前さんが作ってくる薬より高度の、中級レシピの本だ。そろそろ挑戦してもいいころだろう。」
尚文君は、礼を言って受け取ったが、渋い顔をしていた。彼は、字が読めないからな。
リファナを見ると、青白かった顔に赤みが差し、呼吸も落ち着いてきている。やがて、彼女は眼を開いた。
「リファナちゃん!」
ラフタリアは、親友の手を取って、名前を呼ぶ。リファナは不思議そうに、言った。
「お姉さん、誰?…ひょっとして…。」
「そうだよ、私、ラフタリアだよ。良かった…本当に良かった。生きててくれて、ありがとう。」
ラフタリアはリファナを抱きしめた。
だが、バッタ物に出来たのはそこまでだった。彼女は立つ事が出来なかった。仕方がないので、尚文君が抱えて運ぶ。今のリファナは羽毛のように軽かった。
「あ、あの、貴方は?」
リファナが戸惑って言う。
「いーい。リファナちゃん、驚かないでよ。」
ラフタリアが、少しだけもったいぶって、言う。
「盾の勇者、ナオフミ様よ。」
「盾の勇者って、あの伝説の?」
リファナが尚文君をまじまじと見る。尚文君が、面白くなさそうに視線を逸らす。リファナが慌てて言った。
「助けてもらって、ありがとうございます。なおふみ様。」
「お前を見つけたのは、あいつだ。」
尚文君が、俺を顎で示す。リファナが、俺を見て訊く。
「貴方は?」
「俺は魔法使い、入江勝彦だ。」
尚文君の視線が痛い。後で、その辺聞きたいんだがと目で言っている。困ったな。
その時、薬屋が、魔法屋も同じように用があると言う。これ幸いと、尚文君を促し、魔法屋へ向かった。
魔法屋のおばさんには、孫が世話になったと、礼を言われた。そうして、魔法適性を調べてくれた。尚文君は援護と回復、ラフタリアは光と闇、リファナは火と闇の適性があるとのことだった。
俺を調べて、おばさんが驚く。
「おやまあ、魔法適性が何もないねぇ。それで、魔法が使えるなんて、驚きね。」
この世界の魔法が使えないのは、神様と打ち合わせ済みである。俺は、適当にお茶を濁した。
おばさんは、魔法書を譲ってくれた。尚文君は礼を言うが、表情は冴えない。ラフタリアは、文字も、魔法も、一緒に覚えましょうと、尚文君を励ました。俺は日本語も、現地語も両方できるので、かなり助けになるはずである。
リファナを休ませる必要があるが、どうせなら、気心の知れたリユート村の宿屋がいい。俺たちはリユート村へ向かった。リファナは俺が背負った。魔物が出てきた場合、尚文君もラフタリアも前衛で戦わねばならない。俺ならば、口さえ空いていれば、魔法で援護が出来る。
村に近づくと、波の魔物の死体がかなり落ちていた。尚文君は、それらを盾に吸わせている。
その先には、波の化け物のボスの残骸があった。処理作業に当たっていた村人に許可を取り、解体して盾に吸わせる。残りの肉は、尚文君がもらい受けた。村で預かってくれるよう頼んでいた。
リユート村へ着くと、すでに日は傾いていた。宿屋は、奇跡的に被害がなかった。
リファナは、道中俺の背で寝ていたが、さすがに、疲労の色が濃かった。普通の食事は受け付けず、宿屋のおかみさんに、重湯を焚いてもらった。ラフタリアが、かいがいしく世話を焼いて、食べさせている。
夜は、男同士、女同士で部屋を取った。ラフタリアは、リファナを看病しながら、寝るのだ。二人で積もる話もあるだろう。俺たちは、しばらく、文字と、魔法の勉強をした。
休憩に入ると、尚文君が聞いてきた。
「勝彦、お前、どうやって、あの子を見つけた?なぜラフタリアを呼んだんだ?」
俺は、慎重に答えた。
「尚文、お前が卵を選んでいるとき、誰かに呼ばれている気がしたんだ。で、その声に従っていくと、あの子を見つけた。」
こいつは本当。
「見ると、瀕死の亜人の子じゃないか、どうしていいか、分からなくなって、ラフタリアを呼んだんだ。」
こいつは紅白の嘘。真っ赤で、白々しい。
「それがたまたま、ラフタリアの同郷の子だったと。」
「ああ。」
尚文君は、しばらく考えていた。そして、
「お前がそう言うのなら、そういう事にしておこうか。」
と言った。限りなくグレーに近いが、判定は白というところか。とりあえず、セーフである。
そのあと尚文君は調合を始め、俺はベッドに横になった。精神的に疲れていたのか、俺は瞬く間に眠りに誘い込まれていった。
翌日。尚文君の呼ぶ声で、目が覚めた。彼は、窓際に置いておいた、魔物の卵を見ている。
「孵るぞ。」
見ると、卵にひびが入り、一部の殻は割れ、中からピンク色の羽毛のようなものが見えている。
次の瞬間、卵が割れ、ピンク色の羽毛の玉が、尚文君の頭の上へとジャンプした。ピイピイと鳴いている。どうやら、鳥系の魔物の雛らしい。
「尚文を親だと思っているみたいだな。」
俺が言うと、
「刷り込みってやつだな。」
尚文君が答える。
そのあと、ラフタリアたちの部屋へ雛を見せに行くと、女子二人は、しきりに可愛いを連呼していた。
村にある牧場へ持っていくと、フィロリアルの雌の雛であることが判明した。尚文君は、フィーロと名付ける。フィロリアルだからフィーロ。安直だ。
朝食の後、俺たちはレベル上げに出かけることにした。ラフタリアは、リファナの看病に残ると言ったのだが、結局、宿屋のおかみさんが面倒を見てくれることになった。幼少期のラフタリアも世話になった、信用のおける人だ。
レベル上げで、フィーロはすくすくと成長していった。飯を食らう事、食らう事。いつかのラフタリア以上だ。俺たちが戦うのを、尚文君の頭の上でピイピイと応援していた。
雑食と言う事なので、道端の牧草など、食えそうなものは何でも食わせる。やがて、フィーロは、饅頭を二つ重ねたような、でっぷりした体形に成長した。羽の色も、ピンクから桜色に変わっている。
頭の上では重すぎるので、道に下ろすとトコトコと歩き出す。ペンギンのような愛嬌がある。
宿屋へ帰ると、ラフタリアは真っすぐにリファナに会いに行き、その顔を見て安心していた。
フィーロは相変わらず飯を食らう。宿屋の主人に、フィーロをどこで寝せたらよいかを相談すると、馬小屋に案内された。見ると、波のボス、次元のキメラの干し肉が、天井から下がっている。ここで預かっていたのか。
フィーロが寝付くまで、一通り遊んでやる。
それから、勉強会を女子の部屋で行なった。ラフタリアは魔法書、尚文君は中級レシピを紐解き、俺は二人の質問に答えた。リファナは、うつらうつらしているようだった。
そのあとは、部屋に帰った。昨日と同じく尚文君は調合を始め、遅くまで起きていた。
多少強引ですが、温かい目で見ていただけると、幸いです。