転生引きこもりは狸娘の夢を見る   作:マーカス・クラン

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第9話 魔物の卵

 「さあ、あのテントへ行って、私に呪いをかけてもらいましょう。」

とラフタリアが言った。

 「へ?」

俺は、思わず変な声を漏らす。

 「じゃないと、ナオフミ様は、私を心から、信じてくれませんからね。」

尚文君が少しうろたえる。

 「別に、奴隷じゃなくたって、いいんだぞ。」

 「いいえ、かけてもらいます。ナオフミ様は、奴隷しか信じられない方です。嘘を言ったって、ダメです。」

ラフタリアも頑固だ。彼女の指摘は図星なのだろう。尚文君は、二の句が継げないでいる。

 「私も、ナオフミ様に信じてもらっている証が欲しいのです。」

結局ラフタリアに押し切られる形で、俺たちは、奴隷商のテントへ向かった。

 あの不気味な肥満紳士が出迎える。奴隷商は、ラフタリアを見ると、驚きとともに、若干の失望を見せた。

 「驚きの変化ですな、この短期間に、あのやせっぽちのガリガリが、こんな上玉に育つとは…。」

そういいながら、尚文君の方を見て、がっくりと肩を落とす。

 「もっと、私どものような方と思っていたのですが、期待外れでした。」

尚文君は、心外だという顔をしていたが、少したってから、言った。

 「生かさず、殺さず、それでいて品質を上げるのが、真の奴隷使いだと答えてやる。」

奴隷商を見て、

 「お前の知る奴隷とは、使い捨てるものなのだろうな。」

とうそぶく。奴隷商は、尚文君の答えを、大層気に入ったようだった。

 「で、この奴隷の査定ですな。ここまで上玉に育ったとなると、非処女として、金貨7枚でどうでしょう。」

ラフタリアが怒る。

 「なんで、売る事に決まってるんですか。それに、私は処女です!」

 「それでは、金貨15枚!」

なんと、買値の50倍だ。尚文君も唸っている。ラフタリアが、彼の肩を掴み、抗議をする。

 「お戯れもほどほどにしませんと、私、このまま逃げますよ!」

 「冗談だ。ラフタリアが、そんなに高く評価されてるんだと思っただけだ。」

尚文君がごまかしている。ラフタリアは、照れて、おとなしくなった。

 「で、今日はどのようなご用件で?」

 奴隷商が尋ねる。

 「昨日の城での騒ぎ、聞いていないか?」

 「ハイ、奴隷紋が解除されてしまったのですね。」

尚文君が怒る。

 「知っているなら、査定なんか、するな。」

 「で、奴隷紋を入れ直しに来たと。」

 「そうだ。」

 奴隷商は、部下に、以前と同じ道具を持ってこさせる。ラフタリアは、胸当てを外し、恥ずかしそうに胸の谷間を露出させる。

 「前と同じく、勇者様、貴方様の二人分でよいですね。」

 奴隷商が訊く。

 「いいや、俺はいい。そうだろ、ラフタリア。」

俺はラフタリアに尋ねる。彼女は、黙って頷く。尚文君が、怪訝そうな顔をする。俺は、

 「ラフタリアは、お前の信頼が欲しいんだよ、尚文。」

と言ってやった。鈍い奴だ。自ら奴隷になるなんて、まるっきり、愛の告白じゃないか。

 尚文君は、割り切れない顔をしながらも、インクに血を落とす。奴隷商は、ラフタリアの胸にインクを塗りたくる。

 「奴隷紋は破壊されていますが、再生も直ぐに出来るのですよ。」

奴隷商が言う。奴隷紋が、再びラフタリアの胸に輝く。ラフタリアは、痛みをこらえている。

 

 用事が済んだので、帰ろうとすると、尚文君が、隅に置いてある木箱に興味を惹かれている。見ると、中には、文様が刻まれた卵が、ぎっしりと並んでいる。200個はあるだろうか。

 「これは、なんだ。」

尚文君が訊く。

 「これは、私どもの表の商売道具です。魔物の、卵くじですよ。」

奴隷商変じて魔物商が答える。1回銀貨100枚で、最低でもフィロリアル、当たりなら、ドラゴンの一種である騎竜がもらえるという。

 「試しに、1個もらおうか。」

 という尚文君に、ラフタリアは、無駄遣いは慎むよう諭している。俺も、状況的には同意見なのだが、今回は別だ。この卵は、フィーロに育つ可能性が高い。

 慎重に卵を選んでいる尚文君を眺めていると、何か、違和感を感じた。俺は、周りを見渡す。気のせいかとも思ったが、何かが違う。俺は、その正体を求めて、歩き出した。ラフタリアに出会った檻の前を過ぎる。そこには、既に、見知らぬ奴隷がいた。

 俺は、天幕に区切られた、奥まった区画へと入った。そこは、異臭はもちろん、目に見える何かとは違う、独特の雰囲気が漂っていた。例えるなら、それは、死臭だ。実際、そこにいる奴隷たちはひどいありさまだった。四肢が欠損しているもの、顔が半分ないもの、傷口がめくれ上がり、そこから蛆が湧いているもの…。鳴き声というより、うめき声がそこかしこから聞こえていた。

 だが、俺は、ここに求めるものがあると感じていた。多分、呼ばれているのだ。それが何かは分からない。俺は、目をそむけたくなるような奴隷たちの間を歩いて行った。

 気が付くと、足元に、それはいた。薄汚れた少女の奴隷だった。丸い耳を持ち、細長い尻尾を生やしていた。顔色は青白く、呼吸は浅く、速かった。俺はその少女に見覚えがあった。アニメの中で。リファナ?ラフタリアの親友である、イタチの亜人の少女…。

 「ラフタリア、ちょっとこっちへ来てくれ!」

 俺は思わず叫んでいた。しばらくして、胸と口を押さえながら、ラフタリアが困惑顔で現れた。尚文君も、ついて来ている。胸には、ふ卵器に入った魔物の卵を下げている。奴隷商も一緒だ。次の瞬間、ラフタリアの、悲鳴にも近い叫び声が上がった。

 「リファナちゃん!リファナちゃん!」

檻に縋りつくように、親友の名前を呼んでいる。

 「どうした!ラフタリア。」

 突然叫び出したラフタリアに、尚文君は戸惑った。

 「リファナちゃんです。私の親友の…。ルロロナ村の…。」

ラフタリアも、思いがけない出来事に、感情が先行して、言葉がうまく出ていない。だが、尚文君は、察したようだった。

 「奴隷商、こいつは、どうしたんだ。」

 「ある貴族から、処分されるところを、買い取ったのです、ハイ。長くは持たないと思ったのですが、まだ生きていたのですか…。」

奴隷商は、ポーカーフェイスで言う。

 「こいつを買い取るぞ、いくらだ?」

 「勇者様の慈悲深いお心に、私、感激いたしましたです、ハイ。まけて、銀貨15枚でございます。」

 奴隷商は、部下を呼び、リファナを檻から出した。そのまま抱えていこうとするのをやめさせ、回復薬を飲ませる。呼吸が少し落ち着いたようだが、彼女の意識は戻らなかった。

 奴隷紋の儀式に関して一悶着あった。特に奴隷にする必要がない俺たちに対し、奴隷商は、手続き上、奴隷の登録をしないと売れないと言い張った。結局尚文君は折れ、インクに血を垂らした。奴隷紋の儀式にも、リファナはほとんど反応しない。

 

 俺たちは治療院へ向かった。だが、そこではロクな扱いを受けなかった。まず、亜人と言う事で見下され、診察も雑にしか行われず、しかも、尚文君が盾の勇者だとわかると、入院を断られた。

 仕方がないので、俺たちは薬屋を頼った。いつもあまりいい顔をしない主人は、今日は、妙に愛想が良かった。リユート村で親戚が俺たちに助けられ、俺たちに助力をするよう頼まれているとのことだった。

 リファナを診せると、主人は難しい顔をしながら、

 「イグドラシル薬剤が使えるといいんだがね。」

と言った。

 「高いのか?」

と訊くと、

 「今のお前さんたちには手が出ないだろうね。」

と答える。代わりに、そのバッタ物を安く譲ってくれるという。それでも、銀貨70枚である。早速、リファナに飲ませてみる。

 薬の効き目を待っている間に、主人は、尚文君に、一冊の本を手渡した。

 「お前さんが作ってくる薬より高度の、中級レシピの本だ。そろそろ挑戦してもいいころだろう。」

 尚文君は、礼を言って受け取ったが、渋い顔をしていた。彼は、字が読めないからな。

 リファナを見ると、青白かった顔に赤みが差し、呼吸も落ち着いてきている。やがて、彼女は眼を開いた。

 「リファナちゃん!」

ラフタリアは、親友の手を取って、名前を呼ぶ。リファナは不思議そうに、言った。

 「お姉さん、誰?…ひょっとして…。」

 「そうだよ、私、ラフタリアだよ。良かった…本当に良かった。生きててくれて、ありがとう。」

 ラフタリアはリファナを抱きしめた。

 だが、バッタ物に出来たのはそこまでだった。彼女は立つ事が出来なかった。仕方がないので、尚文君が抱えて運ぶ。今のリファナは羽毛のように軽かった。

 「あ、あの、貴方は?」

リファナが戸惑って言う。

 「いーい。リファナちゃん、驚かないでよ。」

ラフタリアが、少しだけもったいぶって、言う。

 「盾の勇者、ナオフミ様よ。」

 「盾の勇者って、あの伝説の?」

リファナが尚文君をまじまじと見る。尚文君が、面白くなさそうに視線を逸らす。リファナが慌てて言った。

 「助けてもらって、ありがとうございます。なおふみ様。」

 「お前を見つけたのは、あいつだ。」

尚文君が、俺を顎で示す。リファナが、俺を見て訊く。

 「貴方は?」

 「俺は魔法使い、入江勝彦だ。」

尚文君の視線が痛い。後で、その辺聞きたいんだがと目で言っている。困ったな。

 その時、薬屋が、魔法屋も同じように用があると言う。これ幸いと、尚文君を促し、魔法屋へ向かった。

 魔法屋のおばさんには、孫が世話になったと、礼を言われた。そうして、魔法適性を調べてくれた。尚文君は援護と回復、ラフタリアは光と闇、リファナは火と闇の適性があるとのことだった。

 俺を調べて、おばさんが驚く。

 「おやまあ、魔法適性が何もないねぇ。それで、魔法が使えるなんて、驚きね。」

この世界の魔法が使えないのは、神様と打ち合わせ済みである。俺は、適当にお茶を濁した。

 おばさんは、魔法書を譲ってくれた。尚文君は礼を言うが、表情は冴えない。ラフタリアは、文字も、魔法も、一緒に覚えましょうと、尚文君を励ました。俺は日本語も、現地語も両方できるので、かなり助けになるはずである。

 

 リファナを休ませる必要があるが、どうせなら、気心の知れたリユート村の宿屋がいい。俺たちはリユート村へ向かった。リファナは俺が背負った。魔物が出てきた場合、尚文君もラフタリアも前衛で戦わねばならない。俺ならば、口さえ空いていれば、魔法で援護が出来る。

 村に近づくと、波の魔物の死体がかなり落ちていた。尚文君は、それらを盾に吸わせている。

 その先には、波の化け物のボスの残骸があった。処理作業に当たっていた村人に許可を取り、解体して盾に吸わせる。残りの肉は、尚文君がもらい受けた。村で預かってくれるよう頼んでいた。

 リユート村へ着くと、すでに日は傾いていた。宿屋は、奇跡的に被害がなかった。

 リファナは、道中俺の背で寝ていたが、さすがに、疲労の色が濃かった。普通の食事は受け付けず、宿屋のおかみさんに、重湯を焚いてもらった。ラフタリアが、かいがいしく世話を焼いて、食べさせている。

 夜は、男同士、女同士で部屋を取った。ラフタリアは、リファナを看病しながら、寝るのだ。二人で積もる話もあるだろう。俺たちは、しばらく、文字と、魔法の勉強をした。

 休憩に入ると、尚文君が聞いてきた。

 「勝彦、お前、どうやって、あの子を見つけた?なぜラフタリアを呼んだんだ?」

 俺は、慎重に答えた。

 「尚文、お前が卵を選んでいるとき、誰かに呼ばれている気がしたんだ。で、その声に従っていくと、あの子を見つけた。」

こいつは本当。

 「見ると、瀕死の亜人の子じゃないか、どうしていいか、分からなくなって、ラフタリアを呼んだんだ。」

こいつは紅白の嘘。真っ赤で、白々しい。

 「それがたまたま、ラフタリアの同郷の子だったと。」

 「ああ。」

尚文君は、しばらく考えていた。そして、

 「お前がそう言うのなら、そういう事にしておこうか。」

と言った。限りなくグレーに近いが、判定は白というところか。とりあえず、セーフである。

 そのあと尚文君は調合を始め、俺はベッドに横になった。精神的に疲れていたのか、俺は瞬く間に眠りに誘い込まれていった。

 

 翌日。尚文君の呼ぶ声で、目が覚めた。彼は、窓際に置いておいた、魔物の卵を見ている。

 「孵るぞ。」

見ると、卵にひびが入り、一部の殻は割れ、中からピンク色の羽毛のようなものが見えている。

 次の瞬間、卵が割れ、ピンク色の羽毛の玉が、尚文君の頭の上へとジャンプした。ピイピイと鳴いている。どうやら、鳥系の魔物の雛らしい。

 「尚文を親だと思っているみたいだな。」

俺が言うと、

 「刷り込みってやつだな。」

尚文君が答える。

 そのあと、ラフタリアたちの部屋へ雛を見せに行くと、女子二人は、しきりに可愛いを連呼していた。

 村にある牧場へ持っていくと、フィロリアルの雌の雛であることが判明した。尚文君は、フィーロと名付ける。フィロリアルだからフィーロ。安直だ。

 朝食の後、俺たちはレベル上げに出かけることにした。ラフタリアは、リファナの看病に残ると言ったのだが、結局、宿屋のおかみさんが面倒を見てくれることになった。幼少期のラフタリアも世話になった、信用のおける人だ。

 レベル上げで、フィーロはすくすくと成長していった。飯を食らう事、食らう事。いつかのラフタリア以上だ。俺たちが戦うのを、尚文君の頭の上でピイピイと応援していた。

 雑食と言う事なので、道端の牧草など、食えそうなものは何でも食わせる。やがて、フィーロは、饅頭を二つ重ねたような、でっぷりした体形に成長した。羽の色も、ピンクから桜色に変わっている。

 頭の上では重すぎるので、道に下ろすとトコトコと歩き出す。ペンギンのような愛嬌がある。

 宿屋へ帰ると、ラフタリアは真っすぐにリファナに会いに行き、その顔を見て安心していた。

 フィーロは相変わらず飯を食らう。宿屋の主人に、フィーロをどこで寝せたらよいかを相談すると、馬小屋に案内された。見ると、波のボス、次元のキメラの干し肉が、天井から下がっている。ここで預かっていたのか。

 フィーロが寝付くまで、一通り遊んでやる。

 それから、勉強会を女子の部屋で行なった。ラフタリアは魔法書、尚文君は中級レシピを紐解き、俺は二人の質問に答えた。リファナは、うつらうつらしているようだった。

 そのあとは、部屋に帰った。昨日と同じく尚文君は調合を始め、遅くまで起きていた。

 




(リファナ)を生かすことにしました。
多少強引ですが、温かい目で見ていただけると、幸いです。
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