アクィラの翼   作:音恩

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第2話

アクィラの翼2

 

 

 人には思考する力がある……

 

 この世の全ての事象に対して『善』と『悪』で選り分けている動物は人間だけだ。だが、それは第三者の視点があることが前提である。

 自分を善や悪と決めつけられるのは、自分ではなく自分ではない他人が必要不可欠だ。

 その他人が自分達を見たとき、どちらが善と悪なのか。

 もしかしたら、どちらも悪かもしれないし、両方とも正義に準じているのかもしれない。

 俺はただ考え思考していた。人としての在り方を。

 俺の二つに枝分れした心の善と悪の天秤を……

 

 

 

「ルイゼンハート」

 

 

 

 色が白くよく煮込んである暖かいコーンスープをスプーンで掬う。

 手に握る銀のスプーンに僅かな量の液体が指先に重量を感じさせた。

 

 

 カチン、カチャン……

 

 

 スプーンが皿の底に触れて小さいが確実に耳に響く金属の音が漏れる。

 

 

「うまいな……」

 

 

 純白色の液体の味を確かめ簡素だが自分なりの味の評価を口にした。

 何が美味しくて何が不味いのか……

 少し前まで『それ』を判断する基準は俺には存在しなかった。

 だが、今では様々な料理を口にし、泥のように濃い味もあれば薄氷のように薄っぺらい味もあり、なおかつそれが美味しいものだと理解を得た。

 

 

「……」

 

 

 鉄よりも硬く理解が困難な人間は、人間であるために様々なものに意味を求めた。

 寒さや身を守るためにある服にはファッションセンスや芸術性があり、栄養を摂取する食べ物には味や素材にも拘る。

 子をなし子孫を増やすためにある生殖行為も、愛を確かめるなど快感を得るためだのとセックスをする意味さえも本来の内容から外れていることが多い。

 では、俺は今さっき口に含んだ味をどのような意味を見出したのか……

 それは自分でもよく分からなかった。

 

 

「アルマにしては悪くない評価だな。また味が分からないなどと言われるのかと思ったぞ?」

 

 

 視線を食事から外し俺は重力を倍にしたような重い空気を持つ女性に眼を向ける。

 

 

「別に……今まで不味いなんて一言も言ってないけどな」

 

「くくっ……そうだったか?」

 

「笑い方が気持ち悪いな。ホレそうだからやめてくれ」

 

 

 彼女は笑いながら俺の冗談にはスルーをした。何も反応してくれないのも寂しいが笑っているだけと言うのもなかなかに酷い。

 

「はぐっ…」

 

 俺はパンを鷲掴みコーンスープに浸してそのまま口に突っ込んだ。もちろん下品な食べ方だが別にコイツ等は気にはしないだろう。

 

「アルマがこのルイゼンハートに来て大分経つが、もうそろそろ舌が肥えてきたころだろう?」

 

 彼女は絹のように光沢のある金の長髪を気だるそうにいじりながら、彼女は無機質な笑みを浮かべてそう聞いてきた。

 

 

「ああ、そうだな……ここに来て好物の料理が増えた。どうでもいいことだけどな」

 

「ふむ、そうか? それにしては嬉しそうだが」

 

 言われてみれば確かに、俺は唇に笑みの形を作っていた。

 

「そうか?…………そうかもな」

 

 だが、それは料理ではなく今のこの状況に対して。

 無駄に広いこの部屋の空間を見渡すと、そしてこれまた無駄に大きいテーブルに自分を含めた『3人』の人間が少しずつ離れた席に座って各々で自分のペースで食事をしている。

 1人は俺、1人はいかにも偉そうな女、最後の1人は…

 

「アリィ、お前も黙っていないで何か雑談に華を咲かせたらどうだ?」

 

「え?」

 

 話が振られるとは思っていなかったかのか、存在を消すように気配を薄くしていた少女の肩が大きく揺れる。

 

「お前の大好きな兄が帰ってきて久しぶりに家族で食事をしているのだから……お父様は残念ながらいないがな」

 

「え、えっと……すみません。イザベルお姉さま」

 

 消え入りそうな弱々しい声で黒髪の少女は『姉』に謝罪の口をした。

 少女の格好は年齢の割には子供っぽいゴシックロリータを身に纏っている。

 ある意味いかにもと言った少女趣味を持ち合わせている。

 

 

「イザベル、お前もこの妹みたいに、もう少し少女趣味を増やした方が良いんじゃないのか? よかったら俺が今度クマさんのお人形でも買ってきてやろうか?」

 

「ほぅ…お前からプレゼントを貰うなど初めてだな。姉としては嬉しいよ。楽しみだ」

 

 

 『姉』そう……自分の姉だ。

 イザベル・ダリア・ルイゼンハートは冷たく笑みを浮かべていた。

 心を覗けば黒色に染まってしまうような畏怖を感じさせる力を持っている。

 

 

「これを機に、私のことは『イザベルお姉ちゃん』とでも呼べば良いんじゃないのか? そう言ってくれた方が私にも愛嬌がでる」

 

 

 なかなかに魅力的で気持ち悪い提案だ。妹のアリィなんて「うげぇ」みたいな反応をしている。

 妹のアリィは兄である俺がどんな反応をとるか横目で伺っているが心配せずともそんなキモい呼び方をするつもりはない。

 

 

「背中が痒くなりそうだからやめとくよ」

 

「フッ……そうか。それは残念だ」

 

 

 何が可笑しいのかイザベルは愉快に笑っていた。

 その笑みとサファイアのように澄んだ碧い瞳は人の心を黒く染めてしまうような人の枠を超えた何かを孕んでいた。

 

 

「それよりも、どうやら自治都市侵攻作戦の任務は一応は成功。そして個人的な成果も上げたみたいだが、反面かなりの犠牲が出たようだな。アルマ」

 

 ついこの前に参加した作戦。その結果を淡々とありのままの戦果を口に出された。

 

「そうみたいだな。隊長として遺族とかに謝れば良いのか?」

 

「その必要はない。お前が頭を下げにいったとしても、かえってルイゼンハートの名に傷が付くだけだろうからな」

 

 

「そりゃ確かに」

 

 

 俺は小さく笑い彼女から視線を外した、話はもう終わりだろうと勝手に判断し食事に集中するが……

 

 

「その罰と言ってはなんだが、お見合いをするつもりはないか?」

 

 

 は?

 

 

「すまん、もう一度言ってくれないか?」

 

「聞き取れなかったのか?それとも聞こえなかったフリか?」

 

「食事に集中していたから、聞こえなかったんだ」

 

「そうか、すまないな。もう一度言おう、おまえの結婚相手を探してやったから顔合わせしてみろ。と言ったんだ」

 

 

 今度は逃げ道を塞ぐように具体的に説明された。

 

 

「オマエが今回の作戦でやらかした尻拭いは私がしておこう、遺族への対応もな。その代わりと言ってはアレだがお前にはルイゼンハートとしての役割を担って貰おうと思ってな」

 

「まるで、俺が部下を殺したみたいな言い方だな」

 

 実際に1人殺してはいるが話がややこしくなりそうだったのでそれは黙っておいた。

 というか賞味期限ギリギリのイザベルこそ相手を見つけたらどうかと思ったが口に出さずに飲み込んだ。

 

「俺は一向に構わないが相手が気の毒だな」

 

 自分がマトモな人間だとは思っていないし、むしろ周りからはいい加減で変人のヤベー奴ぐらいの印象だろう。

 

 

「お前は気が付いてないかもしれんが『アルマ』と言う男はルイゼンハート帝国の若き英雄なのだぞ? 我々はルイゼンハートの本家とは違う分家筋とは言えルイゼンハートの名を冠しており家柄も一流だ。まあ、肝心の本人は英雄にしては命令無視、味方の殺害。あげくには上官の妻を寝取るような問題児だがな」

 

「酷い英雄もいたもんだ」

 

「そこでだ。お前もそろそろ身を固めたらどうかと思ってな。そうすれば多少なりには曲がった性格も落ち着くんじゃないかと考えたワケさ」

 

 こんなこと言っているがイザベルこそ三十路近いし独り身なのだからその重苦しい気配を落ち着かせて欲しいのだが。

 もちろん男である俺はイザベルとはまた違う意味で婚約が重要になっているのだろうが……

 こう言った話は今までなかったかと言われればあるにはあるが、俺の性格が原因してか暫くナリを潜ませていた。

 

「アルマ、お前の相手だが……」

 

「興味ない。お前らの好きにすればいい」

 

 おそらくだが相手は隣国のレオノールの人間。

 小さな国ではあるが彼らレオノールとルイゼンハートは昔からの同盟国である。しかし、レオノールからしてみれば次々と戦果を広げながら勝利を収めている帝国の力は畏怖の対象であろう。彼らの王族の人間をこちらのルイゼンハート帝国の血と混ぜることにより確実な同盟の証しにもなりこちらとしては人質にもなる。

 相手が俺というのは単なる厄介払いな気もするが……

 

「そもそも、俺に拒否権はないんだろうしな」

 

 俺は立ち上がり今度こそ話は終わりだと打ち切った。

 

「ふふっ……いや、笑ってすまない。大変だろうが頑張ってくれたまえ」

 

「ああ、お互いにな……」

 

 イザベルが笑った理由は分かってはいたがあえて無視してその場を後にした。

 

 

 

 

「ああぁ……やっと終わったぁ」

 

 年齢のわりに小柄な身体で黒い髪に黒い瞳の東洋人を思わせる姿をしている少女が精神をすり減らしきたかのような溜め息を吐いた。

 

「おまえ、本当にイザベルのこと嫌いだな」

 

 俺は食事を済ませた後、後ろから急ぎ足で追いついて来た『妹』に後ろを振り返えらず言葉をかける。

 

「あの姉は女の人が持っていて良い気配じゃありませんよ。きっと中身はチタン合金で出来てるんじゃないんですか?」

 

「サイボーグだって言われても驚かないかもな」

 

 イザベルのことは個人的には嫌いではないのだが………やはり周りからの反応は威圧的に感じるのは仕方がないだろう。俺とは違うベクトルで性格が歪んでいる。

 妹のアリィとしてはイザベルなんかは天敵だろう。

 

「まあまあ、あんなキモい姉の話はいいですよ。それよりも一緒にゲームでもしましょ〜〜」

 

「いや、俺疲れてるし……てか、俺のことサンドバッグにするつもりだろ」

 

 特にやり込んでもいないゲームで対戦させられてボコボコにされるのは目に見えていた。

 

「アルマ弱いですもんね」

 

「お前が強すぎなんやで、てか友達とやれよゲームくらい」

 

「私に友達いると思ってるんですか?」

 

「せやな……」

 

 あまりにも悲しい現実だった……。

 ていうか、俺も友達とか全然いなくて死にたくなった。

 

「アルマは意外に友達いっぱいいるじゃないですか……ホラ、あのフィリップ中佐って人とか」

 

「それ上司です……」

 

「アナタ思いっきり友達感覚みたいに喋ってるじゃないですか」

 

 てかフィリップって名前だったけか。まあ、アイツは俺のことを嫌ってるだろ。いろいろと態度悪いと思うし。

 

 

「アルマは本当に適当な人間ですからね。レオノールの宮廷に視察しに行ったとき、いつの間にかにフラッと消えて、見つけたと思ったら第一王女とポーカーゲームをしてて大爆笑しながらパンツ一丁だったときは本当に焦りましたよ」

 

「フルチンだったら処刑されてたな……恐ろしや」

 

「充分に社会的に死んでる案件なんですが……」

 

 

 あの時は王女様に何故か気に入られて何事もなかったが、本来ならルイゼンハートとレオノールの間に亀裂が入ってたかもしれない。

 

 

「アルマはネタキャラとしてステータス全力振ってますよね」

 

「ネタキャラって……」

 

「アルマが頭悪いのは今に始まったことじゃないんでどうでもいいですが、もう少し妹の面倒を見ても良いんじゃないですかね〜」

 

「お前は俺のことが好きなのか馬鹿にしたいのかどっちかにしてくれ……」

 

「馬鹿にします」

 

「 お い 」

 

「あ、そういえば結婚おめでとうございます」

 

「ついでのように言うな」

 

「えー、だって私かなり前から知ってましたよ」

 

「ま、まじで? え? 俺だけ? 本人省いて俺だけ知らなかった?」

 

「アルマの婚約はあの姉が勝手に持ってきた話っぽいので私しか知らないでしょうけどアルマが知らないってウケますよね」

 

「ぇ、ぇー……」

 

 アリィはなんか馬鹿にしたようなムカつくツラしながらニヤニヤしていた。

 

「というわけで、アホアルマはとりあえず妹とゲームしましょう!」

 

 何がというわけなのだろうか……

 

「わかったわかった、そんな腕ひっぱるなっての」

 

 俺は妹のいつもの能天気な態度に苦笑いしつつ、こんな日常がいつまでも続けば良いと感じた。




元はPCゲーム用のシナリオだったんだけど供養として載せる感じで
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