英雄達   作:人類最強の請負人

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35話当日

 

 

空は青く晴れ渡っていた。

 

「レフィーヤ、先に行ってるよー?」

 

「あ、はい、どうぞ!」

 

エルフィが部屋から出ていく中、私は準備を進めていく。

 

私は冒険者装身具でもあるシルバーバレッタを使い、髪を頭の後ろで結い上げる。

 

「よし!」

 

椅子から立ち上がり、魔杖《森のティアードロップ》を携える。

 

支援装備のバックパックを肩にかけ、部屋を後にする。

 

 

 

><><><><

 

 

 

「……」

 

団長室にて、床に片膝をつき、胸に片手を添える。

 

己が信仰する神『フィアナ』に祈りを捧げる。

 

「フィン、入るぞ。……おっと、邪魔じゃったか」

 

「いや、大丈夫だよ。今終わった」

 

部屋に入室してきたガレス、リヴェリアは出直そうとするが、僕は止めた。

 

「もう準備は整っとるぞ。物資を含め、不備はない」

 

「ああ、ありがとう、ガレス」

 

「念のため、最後の打ち合わせをしたい」

 

ガレス、リヴェリアと輪になって話し合う。

 

僕達は遠征を前に最終確認を行った。

 

「リヴェリア、みんなの様子はどうだい?」

 

「鍛錬漬けで体の調子だけが懸念だったが、問題ない」

 

「血気盛んな者達ばかりじゃからのう。士気も上々じゃ」

 

「アイズのランクアップの影響が大きいね」

 

「それと、レフィーヤも前回の遠征から大きく成長した」

 

「そうだ。フィン、レフィーヤを先発隊に入れたい」

 

「ん、レフィーヤを?」

 

「あぁ、並行詠唱を鍛えたんだが暇がつくれなくてな、十八階層に到着するまでに仕上げたい」

 

「僕はかまわないよ」

 

「レフィーヤ一人おらんくらい問題ないわ」

 

「すまんな、助かる」

 

話し合いも終え、両腕を組むガレスは目を細めた。

 

「若い者達が育ってきた……、儂等三人だけだったあの頃が懐かしいわい」

 

「まだ引退するには早いぞ、ガレス」

 

リヴェリアは両目を瞑って笑みを浮かべた。

 

「とうとうここまで来た。ゼウス、ヘラが残した未到達領域への挑戦……これを越えれば、あらためて僕達の名は世界に轟く」

 

小人族の一族復興のため、世界に名を轟かす。

 

「もう十分ではないのか?お前のことを知らない小人族はもういないさ」

 

僕は首を横にふる。

 

「オラリオで名を馳せている小人族は、僕を除けば神フレイヤの【炎金の四戦士】のみ、世界中の同胞達の名を、僕はほとんど知らない」

 

そう、僕達小人族の名聞は、未だ数えるほどしか聞こえてこない。

 

「小人族には光が必要だ、【勇気】という名の旗印が。ここではまだ終われない。何が待ち受けていようと、僕は先へ進む」

 

顔を上げ目の前のドワーフとエルフに笑って見せる。

 

「まったく……、出会った頃と何も変わっとらん。お主はいつだってその小さな体に不釣り合いな野望を持ち、それを口にすることもはばからなかった」

 

「丸くなったつもりだけどね」

 

「よく言うわい」

 

僕が肩をすくめると、ガレスは髭と一緒にくちびるを吊り上げる。

 

僕達のやり取りを眺めていたリヴェリアは、懐かしそうに言葉ってをこぼした。

 

「……あれだけいがみ合っていた我々が、今やダンジョン攻略の最前線か。不思議なものだ」

 

誇り高く融通の利かなかった王女に、それを毛嫌いしがさつに罵倒する大男、そして反発し合う二人に溜息が絶えなかった少年。

 

互いの出会いと今日までの日々をそれぞれ思い出すリヴェリア、ガレス、そして僕は、ふっと笑みを交わし合う。

 

「やっておくか。景気付けだ」

 

ガレスが片腕を伸ばす。

 

僕達の中央に差し出された大きな拳に、僕とリヴェリアも苦笑しながら、しかし申し合わせたように彼の動きに倣った。

 

過去、誓いの日に交わした三人の儀式の一つ。

 

非常に仲の悪かった僕達は、主神から強引に勧められるままこうして手を重ね合い、互いの願望を告げたのだ。

 

「熱き戦いを」

 

「まだ見ぬ世界を」

 

「一族の再興を」

 

ドワーフ、エルフ、小人族は順々に声を告げ、最後に突き出した拳をぶつけ合う。

 

「さぁ、みんな待っている。行こうか」

 

ガレスとリヴェリアは頷き、僕達は部屋を出る。

 

「そういえばここ最近ベルを見てないけど、二人は知ってるかい?」

 

「いや、儂は知らんぞ」

 

「そういえば、見ていないな」

 

アイズ達との訓練を辞めさせてから、ホームで見ることが減ったが二人も知らないか。

 

「良いのか、何も手伝わせずに自由にさせて」

 

確かにあのレアスキル、レア魔法を野放しにしておくのは少し不安だったけど。

 

「今は七年前に比べれば平和だからね、それにベルは型にはめるよりは好きにさせておく方が良さそうだからね」

 

「そうかもしれんが」

 

「もちろん今回の遠征が終われば、彼の育成に力を入れるさ」

 

僕は親指が疼いた事は伝えなかった。

 

 

 

><><><><

 

 

 

〜ギルド前 広場〜

 

 

 

「アイズさん!」

 

「レフィーヤ」

 

私はアイズさんを見つけて声をかける。

 

「アイズさんは先発隊でしたよね。……私も後から追いかけますから」

 

「…うん」

 

挨拶も済ませたので、ガレスさんの隊に戻ろうとしたら後ろから声をかけられる。

 

「レフィーヤ探したぞ」

 

「リヴェリア様⁉︎どうされましたか?」

 

「今回レフィーヤも先発隊と一緒に行動してもらう」

 

「…えっ、私がですか?」

 

「あぁ。突然ですまないが頼む」

 

「もちろんです!ですが、どうしてですか?」

 

「並行詠唱の仕上げをする。私が見るにはお前が先発隊に来てもらうのが手っ取り早いからな」

 

「……わかりました」

 

「五十階層より下に連れて行くかどうかも見極めさせてもらう。期待しているぞ」

 

そう言い残しリヴェリア様は戻って行った。

 

「レフィーヤなら大丈夫」

 

「はい!」

 

 

 

「総員、これより遠征を開始する!

 

「階層を進むにあたって、今回も上層の混乱を避ける為部隊を二つに分ける

 

「最初に出る一班は僕とリヴェリアが、二班はガレスが指揮を取る!

 

「そして今回はヘファイストスファミリアの鍛治師も同行する!

 

「十八階層で合流した後、そこから一気に五十階層へ移動!

 

「僕らの目標は他でもない未到達領域五十九階層だ‼︎

 

「君たちは古代の英雄にも劣らない勇敢な戦士であり、冒険者だ!大いなる未知にに挑戦して、富と名声を持ち帰る‼︎

 

「犠牲の上に成り立つ偽りの栄誉は要らない‼︎

 

「全員、この地上の光に誓ってもらう、必ず生きて帰ると‼︎あと

 

「遠征隊、出発だ‼︎」

 

 

 

「「「「オォ‼︎」」」」

 

 

 

-------

 

 

 

〜ダンジョン 上層七階層〜

 

「ヘファイストス・ファミリアが来てくれるなんて凄いねレフィーヤ」

 

「はいそうですね、まさか上級鍛治師がついて来てくれるなんて」

 

「神ヘファイストスに無理言ってね。粗相を働かないでくれよ、ティオナ?」

 

「そうよバカティオナ、団長の顔に泥を塗ったらただじゃおかないんだからね!」

 

「わかってるって!」

 

笑い返すティオナは勢いよく走り出し、前を歩んでいたアイズの背中に抱き付いた。

 

「ほー、【ヘファイストス・ファミリア】の連中なら、間違っても足手纏いにはならねえな。安心した」

 

「はい出たー。ベートの高慢」

 

ベートさんは、同行者がみな上級鍛治師と聞いて笑った。

 

「ベートはさ、何でそういう言い方しかできないの?他の冒険者を見下して気持ちいいの?あたし、そういうの嫌い」

 

「勘違いすんな。雑魚なんぞ見下して優越感に浸るなんて、俺はそんな恥ずかしい真似はしねぇ。事実を言ってるだけだ」

 

ベートが反感を招き、周囲の人達が言い返す。

 

「俺は弱ぇ奴が大っ嫌いなだけだ。何もできないくせにヘラヘラしやがって、吐き気が止まらねえ」

 

「強者の位置に立った者の驕りにしか、私には聞こえんな」

 

「そうだよ、ベートだって弱っちい時があったくせに」

 

「身の程をしれって言ってんだよ、俺は。そこのノロマみてえによ」

 

そのノロマと呼ぶ先には私がいた。

 

ベートさんの言葉はきつい。

 

何度罵られ、嘲笑され、心を傷つけられただろう。

 

「レフィーヤ気にするな、あいつは世界一不器用な阿呆なのだから」

 

「んだと、ババア‼︎」

 

騒がしい中突然アイズさんが顔を上げて言葉を漏らす。

 

「……四人かな」

 

「あんだよ、噂をすれば何とかってやつか?」

 

アイズさんの他にベートさん、ティオナさん達も反応する。

 

すると先の道から、四名の冒険者達が必死の形相で接近してきた。

 

彼らはまるで何かから逃げるように。

 

「なーんか、やけに慌ててるね。声かけてみる?」

 

「止めなさい、ダンジョンないでは他所のパーティには基本不干渉よ」

 

「ねぇ、どうしたのー!」

 

「馬鹿たれ」

 

ティオナさんとティオネさんの会話を聞いて少しだけ考えた。

 

例えば彼がこの場にいたらどんな行動をするだろうかと。

 

彼の性格なら困っている人を見過ごせないんだろうな。

 

きっと周りが止めても彼はティオナさんの様に声を掛けるのだろう。

 

「……ミノタウロスが、いたんだ」

 

突然の言葉に私は戦慄する。

 

「……あぁ?」

 

血の気が引いていくのがわかる。

 

「だからっ、ミノタウロスだよ!あの牛の化け物が、この上層でうろついてやがったんだ!」

 

嫌な予感がする。

 

「申し訳ない、貴方がたが見たものを、僕達に詳しく聞かせてもらえないだろうか?」

 

そんな事があるはず無いと自分に言い聞かせる。

 

「あ、ああ……」

 

彼がいるはずがない……

 

「さっきまでいつも通りダンジョンを探索していたら、広間に繋がる一本道のおくで、……ミノタウロスを見つけたんだ」

 

今朝から姿を見せていなかった彼が

 

「それで、白髪のガキが襲われているのを見て、」

 

私はその冒険者の言葉を最後まで聞かずに走り出した。

 

ドクンッ、と、自分の心臓が跳ねる。

 

どうして!何で!

 

焦りで呼吸もままならないまま走る。

 

嫌だ、人違いであってほしい。

 

しかし私は確信していた。

 

後ろで私の名前を呼ぶ声を置き去りにして走る。

 

動揺と混乱、危機感に突き動かされる。

 

 

 

ベルが襲われている

 

 

 

夢中になって走る中、憧れが横に並んで走る。

 

「アイズさん、ベルが!」

 

「九階層で襲われているって言ってた、掴まって全力で行くよ」

 

私はアイズさんに抱えられて、瞬く間に九階層まで踏破する。

 

心臓の音とは違い静まり返っている階層内。

 

あたかも異端の怪物に怯えるかのようにモンスター達が姿を消し、息をひそめている。

 

すると遥か彼方から猛牛の遠吠えが響いてきた。

 

怪物の咆哮とかすかに聞こえた人の悲鳴を聞き、私の全身が発熱する。

 

思い出すのは白髪が血まみれになったベルの姿。

 

Lv.1の下級冒険者がミノタウロスに襲撃されれば一溜まりもない。

 

いくらアイズさんと訓練していたってステータスが違いすぎる。

 

一秒でも早く駆けつけたい。

 

アイズさんも同じように焦りが顔に出ている。

 

ベルの正確な位置がわからないまま音だけを頼りにダンジョン内を疾走していると。

 

通路から深くフードを被った小人族……

 

ではなく

 

防具を装着する巌のような巨軀、二メートルを超える身の丈。

 

鋼鉄と見紛う筋肉で編まれた強靭な四肢。

 

錆色の短髪から生える獣の耳は獣人、獰猛と知られる猪人の証であった。

 

髪と同じ錆色の双眼が、アイズさんの顔を真っ直ぐ見据えている。

 

「……【猛者】」

 

目の色を変えたアイズさんは視線の先の【猛者】を見つめる。

 

【フレイヤ・ファミリア】首領、オッタル。

 

都市最強 Lv.7

 

【ロキ・ファミリア】に対敵する第一級冒険者である。

 

どうしてここに。

 

なぜ猛者がここにいるのか、混乱する。それはアイズさんも同じようで余裕がなくなっているように見える。

 

立ち尽くすアイズさんを見ながら、猛者は背中に担いだ背嚢を掴み、破り捨てる。

 

引き裂かれた布から現れた、大剣を始めとした無数の武器が、音を立てて地面に突き立った。

 

「【剣姫】……手合わせ願おう」

 

「⁉︎」

 

その発言に私達は驚愕をあらわにする。

 

猛者は大剣を掴み、静かに抜剣した。

 

「どうしてっ⁉︎」

 

「敵対する積年の派閥と、ダンジョンであい見えた、殺し合う理由には足りんか?」

 

猛者は揺らぎはしない。

 

「娘を置け、共に切るぞ」

 

アイズさんに抱えられた私を見て言う猛者は大剣を構える。

 

アイズさんは私を降ろして私の耳元で伝える。

 

「ベルをお願い……」

 

悔しそうな顔をしたアイズさんに頼まれて、私は頷く。

 

「絶対に助けます」

 

目を合わせ私は走り猛者の横を通り過ぎる。

 

直後、背後からとてつもない武器の衝突音が聞こえる。

 

【剣姫】と【猛者】

 

最強と謳われる二人の第一級冒険者が、強制戦闘へと突入した。

 

 

 

-------

 

 

 

私は背後の戦闘音とは別の戦闘音を探して走る。

 

息を切らしながら、一秒でも早く見つけれるように走る。

 

すると、通路から深くフードを被った小人族が現れる。

 

「貴方は……⁉︎」

 

顔はフードで見えないが、見たところ武器などは持っていないようだ。

 

この小人族も猛者と同じように私の邪魔を……

 

「彼を止めるのですか、レフィーヤ様?」

 

……小人族は何を言っている?

 

止めるのか?何を?

 

「混乱していますね、状況は簡単ですよ。私は足止めをしているんです」

 

「ベルの居場所を知っているんですか?」

 

小人族の口角が上がる。

 

呼吸を整え、冷静に考える。

 

【猛者】が突然現れて、私の前に現れた小人族。

 

「貴方達はベルに何をしているんですか」

 

「貴方と同じです」

 

……私と同じ?

 

何を言っている、この小人族は。

 

「どいてください、貴方と話している暇なんてないんです」

 

「心配しなくても教えてあげますよ」

 

「本当ですか⁉︎」

 

「はい。ですが約束してください」

 

「何を?」

 

「彼の邪魔はしないでください」

 

正規ルート、Eー16の広間。小人族は言い残し私の横を通り過ぎてた。

 

はたして信用していいのだろうか?

 

しかし闇雲に広いダンジョンを探す暇もなく小人族の情報に頼るしかない。

 

しかし先程この小人族は足止めと言ったが何を考えている?

 

通路を右に、左に進み、教えてもらった場所に駆ける。

 

遠ざかる背後の戦闘音に比例して、別の戦闘音が近づく。

 

「急がないと」

 

後は直線の通路のみ、全力で駆ける。

 

そしてようやくたどり着いた先で私が目にしたのは……

 

「…ッ⁉︎」

 

倒れたベルと、ベルの前に立ったミノタウロスがそこにいた。

 

助けないと!

 

しかし、倒れたベルは短剣を地面に突き刺し立ちあがろうとした。

 

 

 

「アイズ・ヴァレンシュタインに、もう助けられるわけにはいかないんだっ!」

 

 

 

弱き者の咆哮。

 

 

 

「レフィーヤ・ウィリディスに、もう心配させるわけにはいかないんだっ!」

 

 

 

英雄を目指す、少年の決意。

 

 

 

ベルは立ち上がった。

 

私は知っていたはずなのに……

 

貴方は英雄になると。

 

既に満身創痍で鎧も剥がれ落ち、血まみれの体で奮い立つ。

 

ミノタウロスも目を見開き、そして獰猛に笑った。

 

その背中は小さく、傷だらけで、英雄にはとても見えないが。

 

まさしく……

 

「勝負だッ……!」

 

 

 

-------

 

 

 

ベルを止めなかった私はその場に立ちつくしていた。

 

声は出さず、動くこともせずに。

 

全ての音が遠のき、視界がその戦いのみしか映さなくなる。

 

荒ぶる猛牛の大剣と走り続ける少年のナイフ、咆哮と雄叫びご溶け合い攻撃が交差する。

 

火花が散り、血の粒が飛び、甲高い武器の衝突音が続いていく。

 

互角ではなかった。

 

僅かにミノタウロスが押している。

 

互いの命を駆けた一騎打ち。

 

ベルは全てを賭して、目の前の格上の敵を打倒しようとしていた。

 

「レフィーヤっ……!」

 

背後から名前を呼ばれ複数の足音が近づいてくる。

 

振り返るとアイズさん達が揃っていました。

 

「アイズさん」

 

「ベルは?」

 

「……」

 

私は答えずに、目の前の死闘を見続ける。

 

「っ……⁉︎」

 

死闘を見たアイズさんも立ち尽くす。

 

「何ぼさっと突っ立ってっ…………あぁ?」

 

ベートさんは気づく。

 

「え……あ、あれ?」

 

「……Lv.1のはずよね?」

 

ティオナさんも、ティオネさんも気づいた。

 

「僕の記憶が正しければ……」

 

団長も察した。

 

「ベルがロキ・ファミリアに入ったのは、一ヶ月前だったはずだよ」

 

著しい成長を、凄まじい変貌を遂げたベルが、意志と思いを叫ぶ。

 

その姿はまさしく【冒険者】だった。

 

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」

 

「ああああああああああああっっ!」

 

咆哮が突き抜ける。

 

人と怪物が真っ向から激突し、速さと力の戦いを継続させる。

 

気づけば、誰もが私のもとに集まっていた。

 

ベートさんが、ティオナさんが、ティオネさんが、団長が、リヴェリア様が、アイズさんが。

 

誰もが言葉を発さず、その闘いを最も近く、ベルから気づかれない場所から見つめていた。

 

「【アルゴノォト】……」

 

ぽつり、と。

 

ティオナさんがおもむろに呟いた。

 

英雄を夢見る青年が、人の悪意と数奇な運命に翻弄されるお伽噺。

 

「あたし、あの童話、好きだったなぁ……」

 

そう。

 

それは、きっと、いや、絶対に、英雄譚の一頁だ。

 

私達の瞳を掴んで離さない光景。

 

私達が忘れ去っていたもの。

 

【眷属の物語】

 

「「--------------っッ‼︎」」

 

決戦する。

 

妥協を彼方に放り投げたぶつかり合い。

 

人と怪物が命を削り合う、決戦風景。

 

今までの教えを結実させ、全身全霊をもってベルは猛牛と激突し合った。

 

死力と渾身をつくし、油断や慢心など忘れ、ひたすらに勝利に飢える。

 

あらゆる技を。

 

あらゆる駆け引きを。

 

あらゆる機転を。

 

あらゆる武器を。

 

あらゆる魔法を。

 

この一線に、そそぎこむ。

 

しかし無情な叫びが広間に鳴り響く。

 

「ーーーーーウオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」

 

猛牛が決死の一撃を屠った。

 

「……っぐは⁉︎」

 

攻撃を受け流す事が出来ず、ベルは広間の壁まで吹き飛ばされ激突する。

 

「ベルッ‼︎」

 

息を呑んだ。

 

冒険者の経験が言っている。

 

今のはダメだ

 

致命傷だ

 

助けなきゃ

 

頭の中に鳴り響く警告音。

 

他の者も同様に顔が青ざめている。

 

 

 

 

---けれど少年は立ち上がった。

 

ぼろぼろになったら身体を立ち上がらせ。

 

口から血を吐き。

 

足を引きずりながら猛牛へ突き進む。

 

その姿はとても痛々しかった。

 

「……流石に終わりだ」

 

リヴェリア様が杖を構える。

 

この死闘を終わらせようとしている。

 

ベートさんも、ティオナさんも、ティオネさんも、アイズさんも。

 

私もベルを助ける為に止めなければ。

 

見殺しにはできない……

 

ふと頭をよぎるのは先程のフードを深く被った小人族の言葉。

 

『彼の邪魔はしないでください』

 

小人族の言葉の真意はわからない。

 

「レフィーヤ……?」

 

けど私の体は動いてしまった。

 

「おい、何やってやがる」

 

彼の邪魔をしないために。

 

「ちょっと何の冗談よ」

 

アイズさん達の前に立ちはだかる。

 

「……まだ、ベルは負けていません」

 

自分でもわかっている、ベルが死んでしまうかもしれないと。

 

けれどベルはまだ闘っている。

 

あの猛牛と。

 

「退け、レフィーヤ。本気でベルを殺すつもりか」

 

リヴェリア様の顔が本気で怒っている。

 

それでも、邪魔はできない。

 

ベルが、英雄の資格を手にするのを。

 

「レフィーヤ本気かい?」

 

団長がみんなの前に出て私の問う。

 

「もしベルが殺されたら、私も一緒にあのミノタウロスに殺されます」

 

覚悟を示す。

 

私はこの人たちを力で止められない。

 

なら私は言葉で、気持ちで、止めなくちゃいけない。

 

「……わかった、もう少しだけ見守ろう」

 

少し悩んだ団長が皆に武器を下ろすようにと指示を出す。

 

「フィン、何を考えている!」

 

リヴェリア様が、団長に掴みかかる勢いで怒鳴る。

 

「ベルを篩にかける」

 

「何?」

 

「本物がどうかのね」

 

それ以上は言わず団長の眼は再び死闘に戻った。

 

リヴェリア様は頭を抱えている。

 

「ファイアボルト!」

 

必死に争う声が聞こえた。

 

「ファイアボルトォッ!」

 

最後の気力を奮い立たせ。

 

弱者が、自分よりも強い者を倒さんとする咆哮が。

 

短剣を振り敵の攻撃を受け流し、勝利を掴もうとする冒険者。

 

「あああああああああっ‼︎」

 

短剣を猛牛の魔石の位置に突き刺す。

 

しかし、刺さった短剣は折れてしまう。

 

「武器がっ!」

 

だが折れた短剣を握っていた逆の手で、腰からもう一本の短剣を抜剣する。

 

再生する前にもう一本の短剣を突き刺す。

 

「ウヴオオオオオオオオオオオオォォォ」

 

猛牛は最後の咆哮を上げて崩れ去り、猛牛の片角とベルだけが残った。

 

「勝ち、やがった」

 

勝利をもぎ取ったその背中に、ベートさんが呆然と呟く。

 

「本当にアルゴノォトみたいだった……」

 

「生きてるのよね……?」

 

「……」

 

立ったまま動かないベルに、ティオネさんとティオナさんとアイズさんも戦慄する。

 

「ベルッ!」

 

ベルの元へ駆け出す。

 

「れ、レフィ……?」

 

血だらけでぼろぼろになったベルを抱きしめて、名前を何度も呼ぶ。

 

「ベルッ、ベルッ、ベルッ、ベルッ、ベル」

 

背中に回した手から、胸から、全身から体温を感じる。

 

やり遂げられた偉業。

 

 

 

 

今日ここに冒険者は、【英雄】の資格を得た。

 

 

 

 

 

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