sideー ベート・ローガ ー
自室で仮眠を取っていた所をロキに起こされ、薬の準備が出来たと知らされた。
十八階層まで共に薬を運ぶサポーターがすでにバベル前広場で待っていると聞き、黄昏の館から遠征の疲労が回復しきれない体で向かった。
行けばわかるとロキから言われ、ディアンケヒトの上級冒険者でも来るのかと思っていたがギルド前に居たのは違った。
「何でテメェがここに居んだ」
こちらを見つけ、薬が入っているだろうバックパックの一つ抱えた兎が目の前まで少しの駆け足で近づき、目の前まで止まる。
「ロキ様に同行するように言われて来ました。それとこれをベートさんに渡すよう預かっています」
ファミリアの印を押されて手紙と薬の入ったバックパックを渡される。
二人分のバックパックなら、俺が十八階層から往復せずに薬を運べるなと思った。
だが、目の前の兎のお守りをしながらダンジョンに潜らなければならないと思うと、どっちにしろ面倒クセェ。
バックパックを貰い、手紙の封を開き、中身を確認すると二枚の手紙が入っていた。
一枚目の紙には
『主神命令。ベル・クラネルと共にダンジョンに入り十八階層へ進む事♡』
と短い文章と終わりにクソムカつくマークが書かれていた。
そのまま一枚目の紙を破り捨て、二枚目の手紙に目を通す。
「っち…」
ファミリアの印まで押されている手紙を無視する事は出来ず、舌を鳴らす。
手紙を乱暴にポケットに入れてダンジョンへと歩みを進めた。
「死ぬ気でついて来い、足引っ張ったら置いてくぞ」
兎は「はい!」と無駄にでかい返事をして、薬の入ったバックパックを背負い直してから後ろを歩く。
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雑魚を蹴散らしながら、ダンジョンを走り抜ける。
単独であれば、ほぼ全てのモンスターを無視して十八階層まで進む事ができるが、今はそうは行かない。
途中何度か兎が背負っているバックパックを奪い兎を置いて行こうと考えたが、主神からの手紙の内容を思い出しなんとか踏みとどまっていた。
モンスターの交戦を最低限に抑え、十三階層へと続く道の前まで着いたところで一度止まる。
少し後ろを走って着いて来た兎も足を止めて先を覗き込む。
道中置いていく言い訳を作ろうと、加減はしたものの置いていくつもりのスピードで進んだが、意外な事に兎は着いてきやがった。
………。
「おい」
「はい。中層の正規ルートも出てくるモンスターも覚えていますので大丈夫です」
……ババァの英才教育、様様だな。
ノロマ以外が全員逃げだした、あの座学を続けてるだけはある。
「ビビって止まんじゃねぇぞ、何があっても脚を止めんな。モンスターは俺が蹴散らす。」
そう言って再び十八階層へと疾走する。
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sideー ベル・クラネル ー
「おらぁ!!」
目の前でモンスターが一蹴され、速度を落とす事なく十三階層を走り続ける。
魔石の回収が目的でなくただ先へすすむ為、ベートさんは魔石ごとモンスターを文字通り粉砕する。
僕の全力の速度に合わせながら、進行の邪魔になるモンスターだけを蹴散らしていく。
僕は必死に進みながら、アイズさんやレフィとは違う強さに、ダンジョンにいる事を忘れて見惚れてしまいそうになる。
「遅ぇぞ!」
しかし、先を行くベートさんはもちろんそれを許してくれない。目的は最短で十八階層へ薬を持っていく事だ。
いくらベートさんが、僕に合わせてくれているはいえ、一瞬でも気を抜けばすぐに置いていかれそうになる。
上層よりモンスターの遭遇率が上がっている。
しかし第一級冒険者の前では、モンスターも一瞬で灰になり、灰を踏みながら進む。
順調に進んでいる中、モンスターを蹂躙する音、モンスターの遠吠え、自分の息の音が聞こえる。
そんなダンジョンの中で、刹那、微かにだか聞こえた。
聞こえてしまった。
僕は立ち止まってしまった。
同時に前を進んでいたベートさんの足も止まる。
「おい、余計な事を考えんじゃねぇぞ。そもそもダンジョン内では他の奴には不干渉が暗黙のルールだ。その荷物を十八階層に持って行くことがテメェの仕事だろぉが」
ベートさんは第一級冒険者だ、そして獣人、僕が気づく前からとっくに気づいていたのだろう。
僕の考えを諭される。
しかし僕は気づいてしまった。
聞こえてしまった。
背負っていたバックパックを下ろす。
「ベートさん。すみません。これをお願いします」
バックパックをベートさんに無理やり押し付けるように渡した。
声が聞こえた正規ルートからそれた通路を駆け出す。
気づいてしまったなら、僕にそれを無視する選択肢はない。
薬を届けるのは僕じゃなくても良い。
それにベートさん一人の方が圧倒的に早く十八階層へ辿り着く。
そう思い、助けを求める声に向かって一人で駆ける。
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sideー ベート・ローガ ー
たった一瞬。
たった一瞬だが、先ほどまで何の違和感も無かったただの空間に違和感を感じた。
獣人の俺でさえ、いや獣人の俺だからこそやっと気づけた程の僅かな違和感。
その空間の違和感はすぐになくなった。そもそも気のせいだったのではと錯覚する程に。
そこからはもうすでに何も感じ取れない。
あの手紙を読んでいなければ、ダンジョンでなければ、気のせいだと無視していた……。
兎から渡されたバックパックを肩にかるい、十八階層へ再び進み出した。
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sideー ベル・クラネル ー
全速力で向かう先の通路から、怪物から逃げるパーティが見えた。
先頭を走る体格の良い男の背中には、血まれになった女性の冒険者が担がれていた。
思考する。
一つは、彼等と一緒に後ろの怪物を殲滅するか。
二つ目は、怪我をした冒険者を一刻も早く治療する為に、怪物達の足止めをして彼等の逃げる時間を稼ぐ。
今ここで彼等を救うためにはどちらの選択が正しいのか。
走りながら短剣を取り出す。
彼等が恐らく僕に気付いたが、足を止める様子はない。
………。
そして彼等とすれ違い後ろの怪物達に突っ込み、数体の怪物の魔石を砕く。
「逃げてください!この怪物達は僕が引き受けます!」
僕がこの怪物達を殲滅させて、その間に彼等が地上に戻って仲間を治療する。
それが最善の選択。
一瞬だけ彼等の足が止まり、こちらを振り向いたがすぐに踵を返し地上への正規ルートへ向かった。
「【ファイア・ボルト】!!」
魔法を駆使しながら短剣を振い、確実に怪物の魔石を砕いていく。
………凄いっ、これがLv.2のステータス!
ランクアップして、初めて潜るダンジョンでの実戦。
豊饒の女主人での特訓で感覚の『ズレ』を無くすための鍛錬を行なっていた。
ステータスに振り回されない用に『肉体と精神のズレ』を合わせる必要があると体に叩き込まれた。
「今の僕なら……」
初めての中層、しかしダンジョンの知識やモンスターについてはリヴェリアさんに叩き込まれている。
モンスターに囲まれないように立ち回る。
遠距離からの攻撃には魔法で対処する。
視界を塞がないように短剣を振り抜き、移動しながら盤面を確認する。
モンスターの攻撃に対処できている。
しかし一体一体確実に撃破はしているが、モンスターの勢いはいまだ止まらない。
怪物の攻撃に対処できていた。
だんだんと一本の短剣では捌ききれなくなる。
遠距離からの攻撃全てに魔法で対処していては精神疲労を起こしてしまう。
ダンジョンの経験値が乏しく、押し寄せるモンスター達の物量を前に、一つ一つの対処が遅れはじめる。
戦闘は長引き怪物の勢いは減らず、増える傷。
動きに影響が出るほどの攻撃は喰らってはいないが、このままでは物量に押されてしまう。
怪物の鳴き声でうるさいのに、だんだんと心臓の音が大きくなる。
ベルの現在の実力としては問題ない階層ではあった。
通常、怪物進呈は逃げる事が生存率をあげる最も正しい選択、もしくはパーティであれば迎え撃つ事も可能なのだが。
ソロでの経験がほとんどで、初めての中層に挑むベル・クラネルに最善の選択肢を選ぶ思考はない。
加えて、本来ならば二刀での戦闘スタイルだが一刀での戦闘。
ベルに足りないダンジョンに対する経験値、早熟するステータスの圧倒的なアドバンテージであるがゆえの弱点。
バックパックには少ないポーション、ベルのダンジョンに対しての驕りと油断がこの状況を招いた。
やがてヘルハウンド達は一斉に頭を振り上げた。
何匹かは魔法を撃ち倒すことが出来たが、数が多すぎて全てを処理できない。
真っ赤に燃える口腔を開け放ち、砲口のごとく的を照準する。
圧縮された炎の塊は獰猛に揺らぎ、そして一気に空中へと解放された。
大爆炎。
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sideー ベート・ローガ ー
第一級冒険者の、足手纏い無しでダンジョンを進む様はまさに目にも留まらぬ速さで、背負ったバックパックの中の薬に衝撃が伝わらぬように静かに駆ける。
兎と別れ、半刻も経たぬうち十七階層【嘆きの大壁】まで到着していた。
目的の十八階層の入り口が見え、ようやく一息つけると気が緩むが、速度は落とさない。
そして考えるのは十三階層で感じた違和感。
第一級冒険者で獣人の自分ですら、毛ほどの違和感しか感じ取れなかったもの。
怪物ではない。
十中八九冒険者。
それも兎を追っていたであろう、最後の最後に僅かに油断したか、わざと気づかせたか、それまで一切オレに気づかせずに追跡していた程の手だれ。
ロキからの二枚目の手紙内容
『ベルが目をつけられている可能性がある。色ボケ女神のとこは確定や。勘やけど複数の他派閥からもな。ダンジョンで何かしらの動きがあった場合の判断は任せる。』
あの兎を殺すのが目的なら、俺らが遠征に行っている今のタイミングを狙うだろう。
それにロキがホームから外にださねぇようにするか、回りくどい手紙なんぞ渡さず言ってくる。
なら、泳がせて問題ねぇだろうと判断し兎を置いてきた。
「弱えままなら、そこでくたばれ」
実際には全て憶測で、尾行していた者などいないかもしれないが。
あの兎は自身の判断で、俺と別行動を選んだ。
置いていく理由には十分だ。
気づけばすでに十八階層の野営地に到着していた。
オレを見つけて寄ってきた者にバックパックを渡す。
バックパックを受け取った者は、負傷者を寝かせているテントの方へ走って行った。
そのまま眠りたいが歩き続け、ファミリアのエンブレム入りの旗が立つ小屋の中に入る。
ここへの用事はフィンに報告とロキからの手紙を渡すためだ。
中に入るとフィンは一人、顎に手を置き思考していたがこちらに気づき、顔を合わせる。
「おかえりベート、想定よりだいぶ早く帰ってきてくれたね。ご苦労様」
「おう」
無愛想に一言返事をし薬もすでに他の団員に渡した旨を伝えてから、手紙を渡す。
フィンは手紙受け取り一瞥した。
「まぁ、ダンジョンでオッタルとの接触で僕 も確定できた事だけど。他派閥も可能性が…」
「他派閥もほぼ間違いねぇぞ、十三階層まで尾けられてた。あれはフレイヤファミリアの連中ではねぇ」
あいつらなら尾けるなんて真似はしねぇ、それにあいつらならオレが気づかねぇ訳がねぇ。
「尾けられていた?君が?」
少し驚いたように聞き返される。
「オレにも気づかれねぇように尾けてやがった。正確には兎野郎をだがな」
「ん?ベルと一緒にここまで来たのかい?」
「十三階層に置いてきた」
そのままの事実を伝えると、フィンが苦笑いを浮かべたまま固まる。
「「………」」
フィンが固まり、会話が無いまま時間が過ぎる。
先に口を開いたのはフィンだった。
「なるほど、大体の状況はわかった。」
頭を抱えため息を吐く。
「確かにあの偉業はスキルを差し引いたとしてもランクアップするだろう。さらにベルが目をつけられているのなら、尾行している者には見殺しにはされないと判断した。」
少ない会話と時間でほぼ全ての状況を把握していくフィン。
「ロキからの手紙は僕にこれらのことを伝える為かな?全くやっと地上に帰れると思ったけれど、やる事が山積みで嫌になるね」
再びため息を吐きながら、やれやれと首を振る。
「ランクアップは確認したわけじゃねぇぞ」
「でも十三階層まで、君について来れたんだろう?」
見通していたかのように眉を少し上げ、口の端をあげながら言い返される。
「そもそも何であの兎野郎が狙われてる?」
そうだ、なぜあの兎が他のファミリアに狙われる事になっている?確かにレアスキルでの成長速度は異常だ。
娯楽に飢えている神が目立つ冒険者にちょっかいをかけるのは、オラリオではよく聞く珍しくも無い話だ。
だがロキ・ファミリア相手だぞ。
オレらを敵に回す可能性のリスクがあるにもかかわらず、兎を狙う価値があるか?
質問に対し、フィンは黙って首を振る。
「………そォかよ、じゃあオレはもう寝るぞ」
「うん、改めてご苦労様。しっかり休んでくれ」
フィンとの会話を終え、やっとまともに寝れると思いあくびをしながら小屋から出たところで、
オレは意識を失った。