ただ春の夜の夢の如し 作:優鶴
まだ、王が男色に明け暮れ昏君と呼ばれていた時。
白髪の老人は、地味ではあるが高級な造りの邸宅の前にいた。
「さて・・・。」
すっかり白くなった髭を触ってそう呟いた時、背後に冷たいものを伝わせた青年はゆっくりと振り返った。
「何か御用でしょうか。」
氷柱のごとく冷たい視線を注ぎ、冷たい声音でそう言ったのは濡れ羽の黒髪を持つ美しい女性だった。
「・・・・・・折り入って話がある。」
「わかりましたわ。」
手ぶりでついてくるように示すと、女性は邸宅の中に入っていった。その後ろについていく老人の姿が歩いていくうちに若返っていき、最後には美しい黒髪を持つ青年になっていた。
「お嬢様、お帰りなさいませ。」
「ただいま。・・・あの人と話をするわ。接待は無用。放っておいてくれればいいわ。」
「わかりました、お嬢様。」
お嬢様と呼ばれた女性は、美しい青年に成り変わった太師を一瞥する。冷ややかな視線にまったく応えることもなく、彼は微笑を張り付けて平然としている家人の前を通り抜けた。
接待室の鍵をカチャリと閉めて、女性は席についた。向かい側に座る青年には、相変わらず冷ややかな視線しか投げかけない。
「・・・何の御用なのでしょうか、霄太師?」
「・・・折り入って頼みと言ったが、その前に一つ言っておかなければならないことがあるな。」
「何ですか?」
「王を更生させるために、とある姫を後宮に入れることになった。」
「・・・誰です?」
女性の顔が強張る。
「・・・そう身構えることでもないだろう。今の貴女には。」
「・・・そうですわね。それで、誰ですの?そこまでおっしゃったということは、教えられて当然でしょう?」
「―――勿論、教えよう。・・・邵可の娘だ。」
「邵可殿のっ!?」
ハッと息を呑んだ女性に青年が意地悪げに微笑む。
「そこで、提案がある。」
「・・・何でしょう。」
眉を寄せ、固唾を呑んだ女性に青年は意地悪げに微笑んだまま告げた。
「後宮に戻らぬか?邵可の娘の補佐をするために。」
「・・・・・・わたくしが、断れるとお思いですか。」
「そなたなら必ず引き受けるだろう。」
「・・・不本意だろうと、引き受けざるを得ませんわ。このことを見越していたのですね。」
「・・・当然だろう。」
女性は膝の上に置いた手をぎゅっと握った。
「わかりましたわ。後宮に戻ります。―――ですが。」
「ですが?」
先を促すように聞いてくる青年をキッと睨んで、女性は言った。
「地位は指定させていただきます。」
「どの地位をご所望だ?」
「筆頭女官補佐、にございますが。」
筆頭女官補佐―――後宮において二番手にあたる席でありながら、それは未だに空位。
「受け入れぬなどとは申さぬでしょう?」
「・・・ああ、わかった。筆頭女官補佐についてもらおう。」
「わかりました。それで、わたくしはいつ後宮に入ればよいのです?」
「なるべく早い方がよい。邵可の娘が来るまで日はない。筆頭女官との打ち合わせも必要だろう?」
「・・・ええ。お気遣いありがとうございます。」
慇懃無礼とはまさにこのこと。
青年は女性を見て、口角を上げた。女性が眉をひそめる。
「期待している。」
「―――塵のような期待など、ない方がよいのですよ。よく心得ておいてくださいませ。」
「変わらぬな。」
「・・・交渉は終わりましたわね?さっさと消えてくださいませ。目障りですわ。」
「そうさせてもらおう。私としてもここに長居するのは不本意ゆえな。」
女性の鋭い視線が青年に向けられる。
二人の間にバチッと音を立てて火花が散った。
青年は誰でしょう。
彩雲国読者なら見当がつくはず。