現在バイトに生きているような生活を送っています、燕尾です。
なんで春休みは言った瞬間に週六も入らないといけないんでしょうか。やってられませんっ!
というわけで現実逃避しながら書いた十六話目です。どうぞ
「放せ、アスタルテ。俺はあいつを三枚に下ろさなければ気がすまない。これ、命令」
アスタルテの眷獣に拘束されている劉曹は目の前にいる青年貴族に思い切り殺気をぶつけていた。古城や雪菜、紗矢華が一歩以上引いている中、劉曹の殺気を一身に受けている青年貴族はただただ微笑んでいる。
「否定、その要求は聞くことはできません。ここは抑えてください」
「僕は別に放してくれてもかまわないんだけど? むしろ放してあげてほしいね」
ヴァトラーはにこやかに提案する。
「だめに決まってるだろ! おまえと劉曹が暴れたら、確実に絃神島が沈没するだろうが!!」
疲れた表情で古城は叫ぶ。両隣にいる雪菜と紗矢華も同じく疲れきっているように溜息をついていた。三人の気も知れず、劉曹は一切の感情がこもってない声で喋る。
「ああいう快楽主義者は今すぐ消滅させるべきなんだ。この世にいたらいけない存在なんだ。ここでこいつを逃したら絶対また面倒ごとを持ってくるに違いない。古城、よく考えてみろ。掃除をして悪いことがあるだろうか、いやないだろう。というわけで殺す」
「なんで反語なんだ!? 劉曹も落ち着けって。今ここでやりあったってなんにもならないだろ?」
「なるぞ。この雑菌を滅することによって世界がより美しく、澄んだものになる」
自信満々に呟く劉曹に紗矢華が頭が痛いという風に額に手を当てて返す。
「なるわけないでしょう。国際問題とかに発展してさらに汚くて
「俺がこのゴミクズを片付けるのに証拠を残すと思ってんのか? 塵も残さず綺麗に出来るぞ」
なにを言っても聞く耳持たない劉曹。困り果てた表情の古城と紗矢華。すると雪菜が何かをひらめいたように劉曹に声をかける。
「楠先輩、病院にいきましょう!」
「病院? 俺の頭はまだ正常だぞ? まっとうに仕事しようとしているぞ、汚物の排除という……」
「そういうことではありません! 浅葱先輩と凪沙ちゃんに会って無事な姿を見せてあげてください! 凪沙ちゃんは眠っていたからともかく浅葱先輩は楠先輩が死んでいると思っているので」
雪菜がい言うと劉曹が纏っていたものが霧散した。
「……それもそうだな。放してくれ、アスタルテ。いまヴァトラーと
言葉が本当だと感じたアスタルテは眷獣を消す。しばらく拘束されていた劉曹はほぐすように身体を伸ばした。
「なんだ、
残念そうに劉曹に向かって言う青年貴族にふんっ、とそっぽを向いて歩き出した。その後ろにアスタルテがついていく。
「おまえの相手よりしないといけないことがあるからな。それに……」
立ち止まって劉曹は停泊しているオシアナス・グレイヴの甲板のほうに視線を移す。そこには三つ編みのお下げの眼鏡をかけた女性がいた。
「タイミングが悪い。おまえはともかくあいつまで殺したら、俺は追われる身になるしな」
劉曹がなんのことを言っているのかわからず、古城たちは怪訝そうにして彼を追うようについていった。
「ん……」
白いシーツに包まれたベッドの上で目を覚ました浅葱。
「ここは……?」
浅葱は虚ろな状態で周りを見渡した。
清潔感溢れる白い壁に、嗅ぎ慣れない薬品の臭い。そして、自分の傍で手馴れた様子でリンゴをむいているのは――白髪紅眼の少年。
「…………劉曹っ!?」
中途半端な意識が目の前の少年のおかげで一気に覚醒して、大きな声が出る。
いきなり大きな声を出されたはずなのに特に驚くこともなく、なにもなかったようにスルスルとリンゴの皮を剥いて、いつも通りの声で浅葱に話しかける劉曹。
「気がついたか、浅葱。気分のほうはどうだ?」
一口大の食べやすい大きさに切って、爪楊枝を添えて安心した表情で浅葱の目の前に差し出す。
それは大丈夫だけど、とリンゴに爪楊枝を刺し自分の口に運ぶ。
しっかりとした歯ごたえにひんやりとしたちょうどいい温度。噛めば噛むほどに甘いリンゴの果汁が溢れ出る。
「美味しい――」
思わず呟いた浅葱はそこでハッとする。
「――って、そうじゃなくて! どうしてあんたが!? あんた……し、死んだんじゃ……」
「人を勝手に殺すなよ」
「だ、だって、あのガルドシュってやつが劉曹は死んだって言ってたから……」
「んじゃ、俺は幽霊で浅葱にとり憑くために化けてでてきた。恨めしや~」
手首を折り、指先を下に向けてぷらぷらさせ浅葱に迫る劉曹。
そんなおふざけが気に食わなかったのか浅葱はばかっ、と不機嫌そうな顔をしてそっぽを向く。そして、そのまま俯き黙り込んでしまった。
意地悪だったかと思っていたのだがそこで劉曹は浅葱の肩がわずかに震えているのに気づく。
「……浅葱?」
俯いたまま肩を震わせ動かない浅葱の顔を覗き込んだ劉曹は目を見開く。彼女の瞳に涙が溜まっている。溢れ出た滴がぽたぽたと白いベッドスーツを濡らした。
「ほんと……に…無事で……よかっ…た……っ! わたしのせいで……死んじゃったんだと思ってたから……」
声を掠らせて、かすかな
浅葱はやるべきことを正確に判断して冷静に対処していた。普通ならばテロリストに連れ去られるという時点で取り乱すものだ。そう考えると目の前の少女は肝の据わった強い人間だと思われるだろう。
しかしそれは違う。犠牲者を増やさないためにも強がっていなければならなかっただけなのだ。
本当は、友人が生死不明に陥ったことに対する不安と後悔、そしてその原因が間接的とはいえ自分だという責任が重くのしかかり、怯えていた。
泣きじゃくる浅葱の頭に手を置き、劉曹は優しく撫でる。
「心配かけて悪かった。よく頑張ったな、浅葱」
「ほんとうよ、馬鹿……馬鹿ァ……」
服の裾をギュッと掴み、馬鹿、と呟き続ける浅葱。劉曹はその言葉を甘んじて受け入れて彼女が落ち着くまで頭を撫で続けた。
「落ち着いたか?」
「………」
劉曹がそう問いかけても浅葱は答えない。顔を真っ赤にして黙り込んでいた。
「(ありえないありえない! なんであたしあんな事したのよ!? いくら安心したからってあれはありえない、絶っっっっっっ対ありえない!!)」
うあああああ! と小さくうめきながら顔をぶんぶん横に振りっている。
おそらく――ではなく間違いなく羞恥に悶えているのだろう。
「んじゃ、俺はそろそろ行くよ」
そっとして置いたほうがいいと判断した劉曹は一言だけ言って退室しようとする。すると、待って、と呼び止められた。
「えっとその……あの……」
振り向いていて浅葱の次の言葉を待っているが気恥ずかしさからかしどろもどろになっている。
一つ深呼吸をして気持ちを落ち着かせた彼女はしっかりとまっすぐ劉曹を見て、
「どうやってあんな状態からそんなに元気になるのかはわからないけどあんたが無事で本当によかったわ。それと、あたしたちを助けてくれて――」
ありがとう、その一言を言おうとしていた。だが、劉曹に遮られる。
「――それは古城に言うんだな。おまえや凪沙ちゃんを助けたのは古城だ。よかったな
「な……なにいっているのよ、馬鹿! 私はそんな……」
先ほどのように顔を赤くして否定する浅葱。しかしそんなことはお構い無しに劉曹は意地の悪い笑みを浮かべる。
「さて、そろそろ古城が来るだろうな。お邪魔虫は退散――する前に一つアドバイスだ。少しぐらい大胆にならないと姫柊に取られるぞ?」
「なっ――」
「じゃあな」
絶句する浅葱を置いて劉曹は部屋を後にする。
その直後、なんなのよ劉曹の馬鹿ーー! と浅葱の叫びが部屋から廊下へと響いた。
「おまえ、なに言ったんだ?」
浅葱の様子を見にちょうどやってきた古城がジト目で尋ねてくる。傍に雪菜の姿はなく、彼女とは別行動のようだ。
「別に。さっさといってやれ」
そういって劉曹は古城の横を通り過ぎ、古城は浅葱の部屋に入っていく。
「さて……どうしようか」
んー、と背を伸ばして考える劉曹。浅葱や凪沙の無事は確認した。なにかあっても古城と雪菜がいる。やることがなにもなくなった劉曹は家に帰ってさっさと寝ようと思い病院の廊下を歩く。
するとロビーに楽しそうに話をする雪菜と凪沙の姿が見えた。
「あ、そう君!」
「楠先輩」
劉曹に気づいた凪沙は劉曹の元に駆け寄り、雪菜もその後をついてくる。
「もう動いて大丈夫なの? しっかりベッドで休まなきゃだめだよ!」
ポニーテールを揺らして勢いよく劉曹に詰め寄る凪沙。
「あ、ああ。ある程度休めたから大丈夫だよ、問題ないから」
「しっかり休まないとだめ! 大した怪我じゃなかったみたいだけど入院って扱いになっているんだから」
凪沙は劉曹が撃たれたときの記憶がない。保健室で凪沙を眠らせたときの催眠術で記憶も書き換えていたのだ。あのときの光景は凪沙には刺激的すぎてトラウマになりかねないから。
「いや、事件関係者で事情聴取を含めた入院だったから。もうそれも終わったし帰りたいなと」
意地でも病院から出ようとする劉曹に凪沙はムスッとする。
「むー……。言うこと聞かないのなら美森ちゃんのところに連れて行くよ?」
「美森ちゃん?」
いち早く反応したのは雪菜だった。古城と劉曹と関わっている中で一度も聞いたことのない名前だからだ。しかし、劉曹はその名前を出された瞬間、顔を青ざめさせていた。
「あの、凪沙さん? 自宅療養でしっかり休ませていただきますので帰していただけないでしょうか?」
劉曹は身体を九十度に曲げて
「自宅療養は駄目に決まってるでしょ。ここか美森ちゃんのところだよ」
「勘弁してくださいお願いします」
「く、楠先輩?」
雪菜は困惑する。黒死皇派やナラクヴェーラと対峙しているときの勇敢な姿ではない、一つ年下の少女に土下座をしている情けない先輩の姿に。
「ど、どうしたんですか、楠先輩? 美森ちゃんって誰ですか?」
問いかける雪菜に劉曹は身を固めて震えながらも答える。
「美森ちゃんっていうのは古城と凪沙ちゃんの母親だ。暁家の母親は一癖どころか二癖も何癖もある人で、何度も俺は……いや、やめよう。思い出したくもない。俺としてはもう美森さんと会うのも遠慮したい」
「(楠先輩をここまで怯えさせる凪沙ちゃんたちの母親って……)」
怯え震える劉曹に、雪菜は会ったことのない凪沙たちの母親を想像する。
「えー、最近そう君に会ってないって美森ちゃんぶーたれてたよ? それにそう君の女装はかわいいからいいじゃん。女の私でも羨ましく思っちゃうもん」
「じょ、女装……!?」
思わず大きな声で復唱してしまう雪菜。
驚きを隠せず劉曹の方を見る。劉曹はこっちを見るなという風に睨んできた。
「も、もしかして楠先輩はそういう趣――」
「違う!!」
雪菜の話を最後まで聞かずに否定される。雪菜も劉曹がそんな趣味を持っているとは最初から思ってはいない。
「では、どういうことですか?」
尋ねる雪菜に劉曹は深いため息をつく。説明をするのも億劫だという態度の劉曹に変わって凪沙が口を開く。
「ほら、そう君って女の子っぽい顔や身体してるでしょ? それで美森ちゃん――お母さんが見たときに無理やり女の子の格好をさせたの。それが凄い美森ちゃんのツボにはまっちゃって、そのあとも会うたびにこういう格好させてるの」
ほらこれ、と携帯の画面を雪菜に見せる。そこには苦笑いしている古城と笑顔の凪沙、そして涙目でいじけている可愛い女の子がいた。
「凪沙ちゃん、この女の子って」
「うん、女の子の格好をした中学生くらいの頃のそう君だよ。家のアルバムにはもっと可愛い格好をしたそう君の写真があるよ」
「なんで暁家のアルバムにあるんだよ……」
深々とため息をつく劉曹。
「なんでしょうか、これを見ると自分に自信が持てないです」
スラリと細く長い足にくびれた腰。パットを入れているのかその頃の同い年よりはるかにある胸。腰まである長く艶のある白い髪に真紅の潤んだ瞳。雪菜はお世辞抜きで女装した劉曹は可愛く、綺麗だとおもった。逆にこれ以上ルックス、スタイルがいい女の人がいるのかどうかわからなくなるほどだ。
「姫柊、それ以上考えるな。俺は男だ。つまり、比べるのは根本から間違っているんだ。というか、こんな女装した男なんて気持ち悪いだけだ」
「男の人に劣るんですね、私たちは……」
「世の中って非情だね……」
明らかに落ち込んでしまった雪菜。そしてわざとらしく呟く凪沙。
だー、もう! と叫んだ劉曹は凪沙の携帯を取り上げてその画像を消去する。
「あー!! なんてことをするのそう君!? あたしの大切なそう君メモリーの一つがが!」
大声で非難する凪沙。しかし、劉曹も引き下がるわけにはいかなかった。それになぜ凪沙が女装した写真データ大量に持っているのか疑問に思う。
「なんだ、そう君メモリーって! いつの間にそんなもの作ったんだ!?」
「女の子の携帯奪ってデータをいじる人には教えない! それに画像は全部家にバックアップとってあるから携帯の消したって意味ないもんね!!」
あーでもないこーでもないと言い争う凪沙と劉曹。そしてそれは、あの、と突然凪沙の袖を引っ張った雪菜によって止められる。
「ん、どうかしたの? 雪菜ちゃん?」
ふー、ふー、と肩で息している凪沙に雪菜は遠慮がちに言う。
「え、えっと、その――後で写真のデータをもらえますか」
「姫柊さん!?」
「もちろんだよ! 後で雪菜ちゃんにデータ送ってあげるから」
劉曹の介入する余地が微塵もなく話が勝手に進んでしまう。何故だと劉曹は雪菜に問い詰める。だが雪菜は、秘密です、と劉曹に教えることはなかった。
頭痛が起きたように頭を抑えて劉曹はため息をつく。
「はあ、もういいや……それより浅葱が目を覚ましたぞ。古城もちょうど様子を見にいった。二人もいったらどうだ?」
「浅葱ちゃん目覚ましたの? なら、いかなきゃだね!」
「暁先輩が……?」
古城の名前が出た瞬間、雪菜の眉がピクリと動いたのを劉曹は見逃さなかった。
「ああ、俺はさっき起きたのを確認したし、他にやる事もあって(家に)戻るから」
古城ご愁傷様、と心の中で合掌し、凪沙たちと反対方向に歩き出そうとした劉曹だったがその手を凪沙ががっちりと握る。
「凪沙ちゃん、やることあるから(家に)戻りたいんだけど……」
「戻るってどこに? 絶対部屋じゃないよね?」
にっこりと笑う凪沙。しかし、笑顔のはずなのに目は笑っていなかった。圧倒的オーラを感じる。
「い、いやいや……部屋に戻るよ。荷物をまとめにね。先生に傷が治っているところを見せたら退院していいって言われたし、言って置くけど俺は事情聴取込みの検査入院的な扱いだかね? 終わったから帰っていいんだよ」
出任せの口上で何とか逃れようとする劉曹。だが、それは雪菜の一声で一瞬にして崩れ去る。
「そういえば……さっき看護師の人たちが先輩が病室にいないって騒いでましたよ」
「…………」
凪沙は劉曹をジトッと睨み、手を握る力を強める。劉曹は恨めしそうに雪菜を見る。だが、雪菜はなんでもないように振舞う。凪沙に引き摺られて連れて行かれる劉曹は諦めたように溜息をついた。
三人が浅葱の病室に入るととんでもない光景が広がっていた。
古城と浅葱の顔がキスできてしまうほどに近く、何故か古城が鼻血を大量に出していたのだ。
「古城君、浅葱ちゃん、顔近っ! しかも古城君なにそれ鼻血!? 二人でいったいなにやってんの!?」
軽く混乱した様子で叫ぶ凪沙。浅葱は穏やかな笑顔で答える。
「ん、ちょっとね、なんだろ。球技大会の練習……だったりして?」
「ええー……? 怪しい……」
凪沙が疑わしげな表情で、兄とその友人の顔を見比べる。
「いや、怪しいとかそういうのじゃなくてだな……」
すると古城は手で鼻血をぬぐいながらようやくドアの前でたたずんでいる雪菜に気づいた。しかも明らかに不機嫌な顔で。その後ろで劉曹が笑いをこらえている。
「――反省してくださいって言いましたよね、先輩」
凍えた刃物のような雪菜の声を聞いて今度は激しく咳き込んだ。
古城は途方に暮れながらも必死に首を振り、
「待て、反省というか、これはそういう問題じゃなくてだな……」
視線を移し劉曹に助けを求めるも、彼はニヤニヤしながらどこかに去っていった。
「もう知りません。先輩のばか」
拗ねた子供のような雪菜の声が病室に響いた。
その後、劉曹が居なくなったことに気づいた凪沙があれこれ脅して病室に連れ戻すのはまた別の話。
いかがでしたでしょうか?
しばらく更新してない間にお気に入りが500を越したということが起きていました。
二週間以上も更新していないのに読んでくれる人がいるというのは嬉しいものですね。
これからもよろしくお願いしますm(..)m