どうも、燕尾です。
第三十六話です。
「愛華さん、一体どこに向かっているんだ!?」
古城は戸惑いながら叫ぶ。雪菜も心なしか心配そうな表情だった。
キーストーンゲートにいる優麻の元に行くため、古城と雪菜は愛華の後を追って走っていた。しかし、愛華は目的地に向かうどころか、まったく別の方向に向かっているのだ。
それでも、彼女の意図がわからなくても古城たちは困惑しながらついていくしかなかった。
「まあ、おとなしくついてきてください。もうすぐわかりますから。次、二百メートル先信号を右折です」
愛華の指示に従って走る。信号の角を曲がると、前にも体験したような浮遊感に襲われる。気づけばさっきまでいた場所から遠く離れた、見知らぬ商店街にいた。
「愛華さん、まったく別のところだぞ!?」
なにがなんだかわからない古城は、愛華に問いかける。すると愛華ははあ、とため息をつき自分のスマートフォンを古城に投げ渡す。その画面にはルート検索とだけ書かれたアイコンがあった。
「それは兄さんが作ったものです。空間の
「! そういうことか!」
愛華の言葉で古城はようやく理解できた。
現在絃神島は空間が
だが、これを作るときのシステム構築には、並外れた高度な技術が必要なはずである。それを一晩とかからずに作ってしまった劉曹に古城たちは相変わらず驚かされるばかりだ。
「後数回転移を繰り返したら、ゲートの頂上部に辿り着きます」
「わかった(わかりました)!!」
二人は頷いて次の転移先へと飛び込んだ。
「劉曹。この娘誰?」
彼女は最高神にふさわしい神気を
「ねえ、答えて劉曹。君にこんなことをしたこの娘は誰?」
再び問いかける彼女は力を込め過ぎて槍を砕いてしまう。
「落ち着け空音、抑えるんだ。おまえが力を振るうのはまずい」
空音が現れたことで時間ができ、気による内臓の修復をすることが出来た劉曹は彼女の肩を強く
「我、御身の器となりて共にあらん」
このままではまずいと思った劉曹は言葉を紡ぐ。
「契約を結びし神よ、心を一つに、羅刹悪鬼を打ち滅ぼせ――」
空音の身体が黄金の霧状に変わり、劉曹に吸い込まれていく。だがそれでも、内から溢れ出る力は抑えきることが出来ない。
深層意識へと入れられた空音は冷え切った声で不満を洩らす。
(なんでわたしを中に入れるの? ねえ、出してよ劉曹。あの女殺せないよ)
「少し頭を冷やしとけ。いま空音が暴れると世界が終わる」
疲れたように溜息を吐き、改めて自分を攻撃した政府機関の長と貴族の吸血鬼に向き直る。
「ハハハ、やはり君には興味が尽きないよ。劉曹」
「黙れヴァトラー、そして滅びろ」
笑うヴァトラーに劉曹は辛辣な言葉を浴びせる。だが、ヴァトラーは少したりとも堪えた様子はない。
「あなたも大変そうですね、"白焔の神魔"」
淡々と気持ちがこもってないように言う少女。劉曹は疲れたように溜息をつく。
「おまえもその原因を作っている一人だろうが」
「あなたが獅子王機関の障害にならなければよかったのですが、そうもいってられなくなりましたから」
「政府機関の都合で人を殺そうとするのか」
「これも世界のためなので、仕方のないことです」
その言葉を聞いた劉曹は心底うんざりした顔になる。
「もういい、お前らの戯言はもううんざりだ。これまでの鬱憤も含めていまここでお前らを潰してやる」
そう言って、劉曹は溢れ出る力に上乗せするように気と呪力を高める。だが、
「いえ、ここまでです。私の目的は終わりましたから」
どういうことだ、と劉曹が問いかける前に、では、とそれだけを言って去っていってしまった。直後、突如現れた三人の気配に劉曹は気がついた。
「ユウマ! 劉曹!」
少女の声が響く。振り向くとそこにはコスプレをした少女二人と、妹がいた。
「愛華……」
劉曹がジト目で妹を見つめると、彼女はばつが悪そうに顔を逸らし、鳴らない口笛を吹いている。
「キミは昔からそうだったよ。なにもわかってないのに、本当に大切な場所に現れる。
古城と対面した優麻は昔の記憶に
「愛華さんと劉曹のおかげだよ、ユウマ」
返す古城の表情は晴れない。まだ心のどこかでは彼女が今回の事件とは無関係だと信じていたかったのだろう。
しかしそれは叶わない。こうして古城の身体を乗っ取り、魔導書で空間の歪みを起こしている。それが何よりの事実だった。
「ユウマ……俺の身体を返してくれ!」
悲痛な面持ちで古城は叫ぶ。それに対して優麻は柔らかな笑みを浮かべ、いたわるように言う。
「心配しないで。この身体はすぐに返す。だから、少しだけ待っていてくれないか。もうすぐ見つけられそうなんだ」
「見つける……って、なんのことだ……?」
「っ!! 悪いが話はそこまでだ」
古城が真意を問いただそうとする前に、劉曹が優麻を止めるべく駆け出した。が、
「――"
声と共に膨大な魔力を持つ巨大な蛇が劉曹へと向けて閃光を放った。ヴァトラーの眷獣である。
ヴァトラーの相手は劉曹が従えている赤獅子に任せていたのだが、目をやると赤獅子は力尽きたように横たわっており、やがて光の粒子となって消えていった。
「いやー、このボクが獅子
舞っている光の粒子を裂いて不敵な笑みを浮べ、歩いてくるヴァトラー。
「でも、僕を殺すにはまだまだ実力不足だヨ。さあ、次はどうするんだい? もっと……もっと僕を楽しませてくれ……!」
「ちっ……この
苦虫を噛み潰したような表情をする劉曹。もはや、自分ひとりではどうすることも出来ないと悟った劉曹は思い切り叫ぶ。
「愛華、おまえは仙都木優麻を止めるんだ! 俺はヴァトラーを抑える!」
「はい!」
指示を受けた愛華は優麻に向かって走り出す。劉曹に負けず劣らずのまるで瞬間移動をしたような速さで詰め寄った。
しかし、相手は空間制御を扱う魔女。危険を察知した優麻は空間転移でその場から離れた。だがそこで優麻は驚愕した。自分の目の前に愛華がいたからだ。
「わたしは兄さんのように甘くはないですよ」
愛華の鋭い蹴りが優麻の首に迫る。しかし、その蹴りは空を切った。優麻は当たるギリギリのところでなんとか空間転移でかわしたのだ。
「"
優麻がそう叫ぶと、彼女の背後の空間が揺らぎ、青色の
今度は反応できなかった優麻はビルの端へと蹴り飛ばされ地面を転がる。
「ちょ……それ俺の身体なんですけど……!?」
遠くにいる古城が悲鳴に近い叫びを上げているが、そんなことを気にしている場合ではない。
「魔導書を止めなさい、優麻さん。あなたに勝ち目はありません」
這いつくばっている優麻を見下ろして愛華が言う。愛華の攻撃が相当効いたのか震える手で身体を持ち上げ、愛華を見る。
愛華に勝てないのは今の攻防で優麻自身わかった。だが、それは戦闘面のことでだ。彼女は含みのある笑みを浮べる。
「いや、僕の勝ちだよ。愛華さん」
愛華が言葉の意味を知るのはその直後だった。
中央にある魔導書から常軌を逸した莫大な魔力が天へと放出されたのだ。
「ハハハハハ! どうやら止めることはできなかったみたいだね、劉曹」
その光景を見て高笑いするヴァトラー。劉曹は悔しそうに顔を歪める。
絃神島北端の海上に出現する岩塊で覆われた小さな島。その頂上にそびえたつ石造りの聖堂。
異世界に隔離されていたはずの巨大な建造物が、世界の境界を引き裂いて、通常空間に強引に割り込んだのだ。
「それじゃあ僕はこれで失礼するよ、劉曹。これからの敵に備えて力を蓄えておくためにね」
やりたいことだけやっていき、ヴァトラーは黄金の霧へと変化して姿を消そうとする。
「待て……――っ!」
完全なる霧になる前に追撃をしようとする劉曹だったが、背後から禍々しい魔力を感じた。そこには劉曹の攻撃から立ち直った漆黒と緋色の魔女がいた。
「ねえ、オクタヴィア。わたくしいま、とっても不愉快ですの。あんな愚民にしてやられたことを」
「奇遇ですわね、お姉様。わたくしもいま、殺したくてたまりませんの」
二人はそれぞれ魔導書を開き、魔力を流し込む。すると二人の"守護者"である斑模様の触手が一面に現れた。
「経絡を打ち抜いたはずなんだが…どういうわけだ?」
「まさかあなたのような愚民にこんな高価な道具を使わされるとは思いませんでしたよ」
そういうメイヤー姉妹の手からは何かクリスタルのような欠片が落ちた。
「魔力結晶か」
「そう。事前に自分の魔力をしみこませることで、魔力回復や傷の治癒が出来る優れものですわ。ただし一回限りですが」
「ちっ…そんなものまで持っていたのか」
ちらっとヴァトラーがいたところを確認するが、気をとられたその隙に彼は完全に姿を消してしまっていた。
「さて……悪いけど僕はもう行くよ」
優麻は震える足で立ち上がり、自分の目の前の景色を揺らがせる。水面に広がる波紋のような空間の歪み。空間転移のためのゲートを開いたのだ。
「お待ちを――"蒼の魔女"」
漆黒の魔女が、慌てて優麻を呼び止めようとする。どうやら任務と私情は
「キミたちはここで彼らの足止めを」
「殺してしまってもよろしいので?」
そう問いかける彼女に優麻は少し間を空けるも、
「好きにするといい」
それだけを言ってゲートに入ろうとする。
「待てよ……ユウマ……!」
呼びかける古城。優麻は一瞬振り返って微笑むも、すぐに虚空に吸い込まれるように消えた。
「では、"蒼の魔女"の許可を得たことですし、わたしたちを怒らせたことを後悔させてあげましょう」
「穴という穴から、我らが"守護者"の枝をぶち込んで、引き裂いて内臓をかき混ぜて、綺麗なお肉の塊に変えて差し上げましょう!」
優麻が消えたことを確認した二人の魔女は、"守護者"の全てを劉曹へと向ける。どうやら狙いは先ほど自分たちを貶めた劉曹だけのようだった。
三百六十度逃げ場がないように触手たちが一斉に劉曹に殺到する。それに対して、劉曹は前へと駆け出して触手の一部を気を纏った手刀で切り落とし、スペースが出来たところに逃れた。しかし、残りの触手が追ってくる。
「あらあら、逃げることしか出来ないのですか」
避けることしかしない劉曹の姿を見て、緋色の魔女は嘲笑うかのように挑発する。だが、その余裕じみた表情は一変した。劉曹は触手をかわしながら、オクタヴィアとの距離を肉薄にしていたのだ。
「なっ――」
「自分の力を過信しすぎだ。オクタヴィア・メイヤー」
劉曹の拳がオクタヴィアの腹部へと迫る。だが、
「そこまでです! この小娘たちの命が惜しければ止まりなさい!」
漆黒の魔女の声が響き渡る。その言葉に劉曹の拳はピタリと止まり、姉のマヤを睨む。その後ろには、
「くそっ……! はなせ、この……!」
「くっ……油断しました」
「すみません、兄さん……」
触手に絡めとられた古城、雪菜、愛華の姿があった。三人は必死にもがくも、四肢を拘束され身動きが取れなくなっている。
「残念でしたわね、愚民。あなたに勝ち目はなくなりましてよ」
目の前のオクタヴィアが甲高い声で高笑いする。人質を取られている以上、劉曹は迂闊な行動が出来ない。が、
「あまりお笑いになると小じわが目立ちますよ、おばさま方」
突如、透き通るような綺麗な、明らかに二人の魔女を小馬鹿にする声とともに銃声が
「――"煌華麟"!」
長身長髪の少女が飛び出して、銀色の長剣を振り下ろし、無数の触手を難なくまとめて両断した。
「悪いな、助かった――ラ・フォリア、煌坂」
窮地を脱することが出来た劉曹は、助太刀に来てくれた二人に礼をする。
「この貸しは高くつきますよ、劉曹」
ニコリと微笑むラ・フォリア。だが、身体の全体からドス黒いオーラを放っている。紗矢華もなにか言おうとしていたようだったが、言葉を引っ込めた。ラ・フォリアのあまりの抑圧感に古城と雪菜、愛華も引いている。
「そ、それで、どうやってここまできたんだ? まだ空間の歪みは収まってないはずなんだけど?」
「彼に連れてきてもらいました」
彼? と返す劉曹。すると、ラ・フォリアの陰から一人の人物が出てきた。
「おまえは……」
「久しいな、"白焔の神魔"」
そう言うのは僧衣のような黒服を着た中年男性。アルディギアの元宮廷魔導技師で今は人工管理公社に拘束されているはずの男――叶瀬賢生だった。
「一時的な釈放をお願いしました。彼はこの状況に必要な人ですから」
紗矢華と賢生を除く全員の疑問を先読みするように言うラ・フォリア。それに紗矢華が続く。
「私たちが空間転移でここにきたのも彼の魔術のおかげなの」
「なるほどな……早速で悪いが叶瀬賢生、現れた監獄結界の近くに空間転移はできるか? 早急にこいつらをそこまで送り届けたいんだが」
古城と雪菜の二人を指して問いかける劉曹に賢生は可能だ、と端的に答える。
「決まりだな。古城、姫柊、お前らは先に行け」
「でも……」
「でももクソもあるか。優麻にとって唯一無二は俺じゃない。おまえなんだ。ならもうおまえが止めるしかないだろ」
劉曹に強く言われた古城は思い当たることがあるのか、ハッとする。劉曹はやれやれと溜息をつき、賢生に目配せをする。
黒衣の魔導技師はもう準備は出来ているといわんばかりに無言でうなずき、手に持っていた小瓶から水を
「そう簡単に行かせるとおもって?」
漆黒の魔女の声と共にメイヤー姉妹の触手たちが再び動き始める。足止めを指示されている二人はやはりそう易々と行かせてくれるつもりはないようだった。"守護者"である触手の数が増幅する。
「全員伏せろ!」
構える劉曹の咄嗟の声に反応して、古城たちは伏せる。それを確認した劉曹は薙ぎ払うように手を振り払った。
すると、無数に蔓延る触手たちが根元から切断され、粒子となって消える。
「いまだ、行け! 古城、姫柊!」
「ああ、わかった!」
「はい!」
隙が出た古城と雪菜はそれぞれ駆け出し、水面に映る景色の中に飛び込んでいった。
「さて……ラ・フォリア、煌坂、叶瀬賢生を頼む」
力尽きたように膝をついて息を切らす彼を二人に任せ、劉曹は前に出る。そしてその隣には愛華の姿があった。
さも当然のようについてきた愛華に微笑みながらも劉曹は真面目な面持ちで魔女姉妹に向き直る。
「オクタヴィア。わたくし、ここまでコケにされたのは初めてですわ」
「同感ですわ、どうやらとことん礼儀がなってない愚民のようでしたわね」
二人は怒りに
「愛華」
「はい、兄さん!」
二人は同時にうなずき魔女たちへと向かっていくのだった。
いかがでしたでしょうか?
ではまた次回に