負けず嫌いな新田さん   作:弥生

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にらめっこ

 事務所で書類整理をしていたプロデューサーの耳に、部屋の扉が開く音が届く。

 そちらの方に目を向けると、自分が担当しているアイドルの新田美波が入ってくるところだった。

 

「どうした? 今日は仕事は休みだったよな?」

 

 休日はゆっくりしていると思っていたので、当然疑問に思って尋ねるのだが。

 まるで今から戦場に赴く武士のような顔をしている美波を見て、プロデューサーは彼女がここに来た理由を大体察す。

 

 新田美波。

 言わずと知れた346プロダクションのアイドルで、沢山のファンから愛されている。

 346には個性的なアイドルは多いのだが、彼女達に比べると、美波はいわゆる正統派に近いだろう。

 その正統派で人気を博しているため、他のアイドルに埋もれているわけではないが。

 

 また、面倒みが良くしっかりしているので、年下のアイドル達からも慕われている。

 プロデューサー自身も、美波には助けられたりしている部分があるからか、どこか姉に頼るような信頼感も抱いていた。

 

 そんなお姉ちゃん的側面もある彼女は、一方で少々厄介……いや、世間的には可愛らしいのだが、困った性格でもあった。

 

「プロデューサーさん。今、大丈夫ですか?」

「まあ、書類整理は大体終わったからね。なにか話があるのかな?」

 

 プロデューサーの言葉を聞き、少しだけためらう素振りで頬を染める美波。

 しかし、直ぐに覚悟を決めたのか、凛々しい表情を浮かべるとこんなことを言い出す。

 

「に、にーらめっこしーましょ。笑うと負けよ、あっぷっぷー!」

 

 そう告げるや否や、頬にめいいっぱいの空気を送って膨らませる美波。

 咄嗟にプロデューサーも同じことをしたので、自然と二人は無言で睨み合う姿勢になる。

 

 辺りには奇妙な沈黙が舞い降り、美波が視線で早く笑えと訴えかけている。

 対するプロデューサーは、内心で苦笑いを零す。

 

 そう、担当アイドルの美波は──極度の負けず嫌いだった。

 

 

 


 

 

 美波とこんなきっかけになったのは、いつ頃からだっただろうか。

 

 彼女とは二人三脚でアイドル道を歩んでおり、その過程で信頼関係も結ばれていた。

 当然、二人は色々な言葉を交わすようになっていき、その話の流れで軽い遊びを始めたのがそもそもの原因だろう。

 

 最初は和やかにトランプ勝負をしていたはずなのだが、それも美波が負けるまでだ。

 自分が負けると知ると、美波はもう一度とプロデューサーに頼み込んできた。

 断る理由もないので、それに頷いた。今思えば、それがいけなかったのかもしれない。

 

 序盤は無邪気に何度も再戦を申し込んできた美波だったが、負けがかさむごとに眉間にシワが寄っていった。その時はプロデューサーの運が良く、美波に連勝していたのだ。

 連敗したから、機嫌が悪い。そう思っていたのだが、美波は別に不機嫌というわけではなく、ひたすら負けたくない、とにかく勝ちたい、といった純粋な思いを抱いたように見える。

 流石にプロデューサーは勝ちを譲ろうと思ったのだが、それを察した美波が「手を抜いたら許さないですよ!」と睨んできたため、仕方なく全力で相手をしていた。

 

 その日は結局、時間切れでプロデューサーの逃げ切りになった。

 当然美波は納得するはずがなく、別の日に改めて勝負することになる。

 それから、勝ったり負けたりを繰り返すうちに、二人はこんな関係になっているのだった。

 

 

 


 

 

 ──事務所は、重苦しい沈黙に包まれていた。

 

 片や頬を膨らませたまま、笑わせようとしているのか、眉間を寄せている美波。

 対して、担当アイドルの動きを無表情で見つめているプロデューサー。

 三分が経過しても、二人は笑うことはなかった。

 

 相手が笑わない……負けないことに、美波が視線で訴えかけてくる。

 

『早く負けを認めてください!』

 

 言葉にすると、こんなところだろう。

 しかし、わざわざ勝負を降りるつもりはない。やるなら全力、それが今のプロデューサーのモットーだ。

 少なくとも、美波に対して手を抜く真似はしたくなかった。

 

『美波の方こそ、笑って負けたらどうだ?』

『嫌です! 今回こそ、私が勝ちますからね』

 

 そんな風に、お互い視線で言葉を交わす。

 火花が散るようなアイコンタクトだが、それだけ二人は真剣なのだ。

 

 美波的には普段から勝ち数が多いプロデューサーに黒星をつけるため、ここで敗北するわけにはいかない。

 対するプロデューサーも、このまま美波と差を広げるために、連勝をしたかった。

 

 終わらないにらめっこに煮えを切らしたのか、初めて美波が動きを見せる。

 警戒するプロデューサーをよそに、両指を目尻に当てて吊り上げていく。

 ややタレ目の美波の綺麗な瞳が、歪に上がって顔の造形が崩れた。

 

「っ!?」

 

 普段との美波のギャップに、思わずプロデューサーが吹き出しかけた。

 それを見たツリ目美波が、得意げな雰囲気を漂わせている。

 

『そのまま笑ってもいいんですよ?』

 

 ふふんとどこかのカワイイアイドルのような目をする美波に対抗して、プロデューサーも指を鼻に当てて持ち上げる。

 見事な豚鼻に早変わり。対面する美波が目を見開き、慌てた様子で口を押さえた。

 

『ほらほら、笑っちゃいなよ』

『絶対に笑いません! 負けたくないですから!』

 

 お互い強情なので、勝負は平行線になっていた。

 これはまた終わるまで時間がかかるか、と二人が思っていた時。

 事務所に新たな訪問者が来たことにより、空気がぶち壊される。

 

「おっつすうぃーてぃー☆ みんな大好きはぁとちゃんがやってきたぞ☆」

 

 まさかの佐藤心であった。

 いつもの独特な口調を響かせながら、彼女は機嫌よくこちらへやってくる。

 途中でプロデューサー達の様子に気がついたようで、首を傾げて口を開く。

 

「どうしたどうした、プロデューサー。そんなにほっぺたをぷっくりさせて。いやん、はぁとに怒ってるの? もー、はぁとは悪いことなんてなにもしてないぞ☆ ん? 美波ちゃんもいるじゃん。んー、夜這い?」

「ぶっ!?」

「ダメだぞ、美波ちゃん☆ 乙女がそんな汚い声を出しちゃ」

 

 危うく吹き出しそうになった美波は、身振り手振りで必死に心に説明していた。

 腕を組んでそれを聞き、心が満面の笑みで頷く。

 

「わからん☆」

 

 揃ってプロデューサー達がずっこけ、慌ててにらめっこの再開。

 無言で睨み合う二人を見て、心はようやく現状を察したようだ。

 

「ふむふむ、なるほど。じゃあ、はぁとは邪魔しないようにあっちに行ってるねぇ」

 

 心が視界から消えたので、二人は安心して相手を笑わせようと表情を変えていく。

 が、彼女の登場で気が抜けたのか、先ほどまでの張り詰めた空気がない。

 このまま勝負が流れるかな……なんて思ったプロデューサーは、美波の背後を見て笑わなかった自分を褒め称える。

 

「……?」

 

 口を押さえて笑いを堪えていると、美波が疑問の篭った眼差しを送ってきた。

 無言で後ろを指差す。それを見た美波が振り向き、ひょっとこの仮面を被った心と顔を合わす。

 

「ぷっ!? な、なにしてるんですか心さん!?」

「心じゃなくてはぁとって呼びたまえ☆ これは、さっき露天商で買ったお面だよ。どーどー? はぁとならなにをつけても似合うだろ☆」

「似合うとかそういう問題じゃないと思うんですけど……あっ」

 

 ため息をついた美波は、自分が笑ってしまったことに気がついたらしい。

 錆び付いたロボットさながらの動きで、プロデューサーへと振り返る。

 

「ふぅ……今回も、俺の勝ちだな」

「ま、待ってください! 今のはノーカンです! 私を笑わせたのは、心さんです! プロデューサーさんじゃないので、この勝負は無効ですっ!」

「え〜? はぁとなんのことを言ってるのかわかんなーい☆」

「よくやった、佐藤!」

「はぁとって呼べよ☆」

「ズルいです! 二人で共謀して私を負けさせるなんて……」

 

 こちらを睨みつける美波を見て、プロデューサーは側に来た心と顔を見合わす。

 

「共謀もなにも、俺は佐藤のいつもので慣れてるから笑わなかっただけだぞ?」

「そうそう。はぁとはプロデューサーを笑わせようとしただけで、美波ちゃんを笑わせるつもりはなかったんだぞ……って、おい☆ いつものってなんだよっ」

「いつものはいつものだよ」

「ぶぅ……それじゃあ、笑った私がダメだったみたいじゃないですかっ」

「というよりは、佐藤が来た時点である程度覚悟してなきゃダメだからな」

「はぁとな☆」

 

 プロデューサーにツッコミを入れる心を見て、美波は大きなため息を零した。

 

「悔しいですが、今回は私の負けを認めます。ですので、もう一回にらめっこをしましょう!」

「えっ」

「おお、じゃあはぁともやるやるー☆ 三人でにらめっこをしようぜっ」

「いや、俺そろそろ書類整理の再開を……」

「にーらめっこしーましょ」

「笑うと負けだぞ☆」

『あっぷっぷー!』

「俺の話を聞いてくれって!」

 

 このあと、美波が納得するまで、めちゃくちゃにらめっこをするのだった。

 

 

 

 

 

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