負けず嫌いな新田さん 作:弥生
「
「今は暇だしいいよ」
「そんな固いことを言わないで……えっ!? いいんですか!?」
いつものように勝負を申し込んできた美波は、驚いた様子で目を見開いた。
それに呆れた表情を向けながら、プロデューサーは事務所のソファで眠る杏に毛布をかける。
「いいもなにも、そのつもりでここに来たんだろう?」
「それはそうですけど、こうもあっさりと頷いてくれるとは思わなかったんですよ。てっきり、今日は忙しいからダメだーって断るかと思いましたし」
「あー、最近は仕事が立て込んでて勝負できなかったもんな。ごめん」
「あ、いえいえ! 別に、プロデューサーさんに文句があるわけじゃなくて、ただ今日も無理かなーって半分ぐらい諦めていたので、ちょっと驚いたというか、嬉しかったというか」
少しだけ笑みを浮かべると、両指をちょんちょんとしている美波。
その照れくさそうな顔を見て、プロデューサーはなんだかこそばゆい気持ちだ。
なぜだか室内に甘い雰囲気が漂っているような気もするが、まったくもって気のせいである。
二人が話しているのは勝負の話で、勝ち負けという原始的欲求こそあれど、そこに恋愛感情が入る余地はない。
むしろ、本来ならばもっと殺伐としているはずであった。
「ところで、ヌメロンってなんだ?」
「あ、それは──」
「
「起きたのか、杏」
新たに聞こえた声の方に向くと、目を擦りながらあくびを漏らしている杏がいた。
なぜか彼女は砂糖を摂取したような表情をしており、ジト目でプロデューサーを見ている。
「そりゃあ、杏の前であんだけイチャコラされたらね」
「も、もう! イチャイチャなんてしてませんよ!」
「そうだぞ。杏の勘違いじゃないか?」
「ああ、はいはい。ごちそうさまー。美味しゅうございました」
やれやれと肩をすくめた杏は、うさぎのぬいぐるみを抱いて起き上がる。
ソファに座り込みながら、事務所のテーブルにあった紙に数字を書き込んでいく。
「いい?
「でも、ノーヒントだと当てるのは難しくないか?」
「そこで、数字を決めた出題者がヒントをあげるんです。そうですね……プロデューサーさん、なにか数字を三つ言ってみてください」
「んー、じゃあ『3、4、6』」
プロデューサーがそう告げると、杏からペンを借りた美波が、書かれている数字の横に『0/1』と書き込んだ。
そして、その数字を指さしながら口を開く。
「この数字には、それぞれ左から“場所も数字も合っている”意味と、“場所は違うが数字だけ合っている”という意味の二つがあります」
「んー……つまり、この場合だと左が0だから場所も合っている数字はないってことか。ただ、右側の数字が1と書いてあるから、3、4、6のうちどれかが数字だけは正解ってわかるのか」
「そういうこと。今回だと3が正解だから、『〇3〇』か『〇〇3』のどちらかに絞れる。最初に3は来ないからね」
「でもそれは、答えがわかっているからだろ? 可能性としては『4〇〇』『〇〇4』『6〇〇』『〇6〇』もあるよな?」
「そうですよ。ですから、何回も数字を言ってその都度相手からヒントを貰い、正確な数字を推理していくんです」
「数字の桁が四桁や五桁でもできなくはないけど、まあ最初なら三桁でいいと思うよ」
「うーん、わかったようなわからなかったような?」
腕を組んで首を傾げるプロデューサー。
概ねルールは理解したような気がするが、理論だけではいまいちピンと来ない。
たしかに聞いていると面白そうではある。ただ、同時に面倒そう……いや、複雑そうなルール内容とも感じてしまう。
杏達はしっかりと理解しているようだし、これが若さなのだろうか。
思えば、プロデューサーもいい歳だ。
プロデューサー業が忙しくて恋人を作る暇はなく、仕事に恋をしている状態なのに、家族からは孫の顔はいつ見られるのかとせっつかれる始末。
そんな簡単に結婚できたら苦労しない。ただでさえ、アイドル達は個性が強いのだ。
プライベートにかまける暇があれば、彼女達のために奔走する方がいい。
とはいえ、結婚したくないのかと聞かれれば、それは否だと答えるだろう。
自分だって子供が欲しいし、できれば専業主婦の奥さんに、おかえりと言ってもらいたい。
それでなくとも、共働きをして互いに仕事の愚痴を言い合ったりしたい。
最悪、自分を労ってくれる人がいればいいのだ。そして、自分も奥さんを支えて、支え合う夫婦生活を送ってみたいのだ。
「また、プロデューサーが別のこと考えてる」
「う、え? なんでわかったんだ?」
「そんなの顔を見ればわかるよね。ねえ、美波ちゃん?」
「そうですね。杏ちゃんの言う通り、プロデューサーさんってわかりやすいですし」
「俺って、そんなわかりやすい顔をしてるか?」
思わず問いかけると、二人揃って頷かれた。
どうやら、自分が考えている以上に、顔に出やすいタイプらしい。
それだけポーカーフェイスが下手と取るか、内心を見抜かれるほど彼女達と仲が良いと取るか。
どちらにしても、プロデューサーは少しだけ落ち込むのであった。しょんぼり。
「さて、プロデューサーは落ち込んでいますけど、
「あ、うん。大丈夫。それをやろうか」
「決まりですね!
ということで、審判に扮した杏が見ている中、プロデューサー達は出題する数字を考える。
少しだけ思考したのち、あまり深く考えなくてもいいかと『7、6、5』の三つに決定。
美波も決まったようで、向かいの席で不敵な笑みを浮かべる。
「お互い決まったようですし、早速始めましょうか。あ、言い忘れていましたけど、同じ数字を使うのはダメですよ。ややこしくなりますので」
「了解っと。先行後攻はどうする?」
「んー、じゃあ先行はプロデューサーさんに譲りますよ。ハンデです」
「むっ。それはなんだか微妙にムカつくな」
「ふふっ。でしたら、私を負かしてみてくださいね?」
「おお、いつになく美波ちゃんがやる気だ」
目を丸くする杏をよそに、美波は楽しげに流し目を送ってきた。
対するプロデューサーは眉間にシワを寄せながら、美波が決めたであろう数字を推察していく。
美波のことだから、単純な連番ではないだろう。
また、先ほどのプロデューサーが言った“
ある程度複雑な並びで、なおかつ裏をかきすぎない並び。
「うーん、『506』でどうだ?」
「えーっと、それだと“1/1”になりますね」
「……つまり、この三つのうち、どれかは場所も数字も合っていて、もう一つは場所だけ違うってことか」
「そういうことです。じゃあ、私も数字を言いますね。プロデューサーさんが考えた数字は、『218』です!」
「となると、“0/0”だな。一巡目は、俺の方が有利ってことかな?」
推理した数字のうち、美波のは既に二つも可能性を絞られてしまった。
“506”の中でありえる組み合わせが、『56〇』『5〇0』『60〇』『〇05』、そして『0〇6』『〇56』の六通り。
対する美波は一つも当てられなかったので、プロデューサーの方が情報量が多いように思える。
得意げに笑っていたプロデューサーだったが、美波は余裕のある佇まいのまま。
彼女の隣で脱力している杏も、肩をすくめてプロデューサーの言葉を流していた。
「まあ、杏的には美波ちゃんの方が有利に見えるけどね」
「ふふふ。プロデューサーさん、次はどの数字を言いますか?」
「なんだか含む言い方なのが気になるが、そうだな……『562』でどうだ?」
「それだと“0/1”ですね。私の予想は、『374』で」
「“0/1”だな。二巡目は情報量が同じぐらいか」
「うーん、それはどうでしょうね」
ペンを口元に添えながら、意味深に微笑んでいる美波。
微かな色気を漂わせており、その表情と相まって非常に様になっている。
しかし、プロデューサーとしては慣れているので、彼女のポーズには無関心であった。
「うーん。情報が足らなすぎて悩むな」
「私はもう決まりましたよ。早く考えてくださいねー」
「早くないか!? そんなにすぐ決まっちゃうものなのか?」
「今回は運が良かったですからね。解説の杏ちゃんはどう思いますか?」
「ふわぁ……そうだねー。美波ちゃんが最初に答えた三桁の数字。これは“0/0”と答えられたけど、逆に言うとこの三つの数字ではない証拠になるよね。だから、美波ちゃんは残り七つの数字の中から組み合わせを考えればいいから、プロデューサーの時より推理が簡単だと思うよ」
「そういうことだったのか……つまり、今は俺の方不利と?」
目を丸くしたプロデューサーが杏に尋ねると、可愛らしく小首を傾げられた。
「うーん、どうだろ? 最終的に数字を当てればいいだけだから、次の一手でプロデューサーが美波ちゃんを追い詰める可能性だってあるし」
「まあ、私がプロデューサーさんに負けるはずがないんですけど」
「むっ、言うじゃないか。次の数字で美波を追い込んで、俺が勝っちゃうから」
「いいえ、勝つのは私ですよ? ふふふ、プロデューサーさんは変なことを言うんですね」
「美波の方こそ、妄言が好きなようで」
「……ふふっ」
「ははっ」
攻撃的な笑顔で牽制し合う二人を見て、杏は呆れた表情でため息を一つ。
「仲が良いのは十分にわかったから、プロデューサーは早く答えたら?」
「ですから、別にプロデューサーさんとは仲良くありません! あ、いえ、プロデューサーさんが嫌いというわけではないんですけど、杏ちゃんが含んでいるような意味はまったくありませんから!」
なにやら弁明を始めた美波を置いて、プロデューサーは数字の推理を再開。
前回の数字である“506”と今回の数字の562”からわかることは、美波の数字には少なくとも0が含まれていることだ。
従って、候補としては『5〇0』『60〇』『〇05』『0〇6』の四通り。
また、移動していない5があったのに、ヒントが“1/1”から“0/1”に減ったことにより、5が一番左に入ることはありえない。
つまり、プロデューサーの数理が間違っていなければ、『60〇』『〇05』『0〇6』の三通りに数字は絞られているはずである。
「……『205』」
「おー。そう来たか」
「だからですね……って、205ですか。それは“0/1”ですね」
「これで、大分絞れたな」
「あながち、さっき言ったプロデューサーの逆転は間違いじゃないかもね」
「むむむ。これはまずいかもしれません。とりあえず、私の数字は『756』です」
「え!?」
「どうしましたか?」
「…………“1/2”」
「あら?」
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたプロデューサーの言葉に、美波の口角が嬉しそうに吊り上がった。
隣で飴を舐めていた杏も、おっと目を丸くしてうさぎのぬいぐるみを抱え直す。
「これは痛いねー、プロデューサー」
「ふふっ。どうやら、この勝負は私の勝ちみたいですねっ」
「い、いや、まだ正解を当てられたわけじゃないからわからないぞ」
「虚勢が苦しいですね。実況の杏ちゃん、どう思いますか?」
「プロデューサーの目線がわずかに逸れているので、自分でも苦しいということがわかっているのでしょう。これは勝負が決まったかー?」
「やる気のない実況は置いといて、次で俺が当てれば勝ちではあるんだよな?」
「後攻の私が間違えれば、ですけどね」
勝利を確信した面持ちで笑う美波をよそに、プロデューサーはメモ用紙に推理を書き込んでいく。
今までのやり取りにより、0は確定で更に6も入るであろうことがわかる。
前回の“205”が“0/1”だったため、候補は『60〇』『〇05』『0〇6』の前半二つが消える。
よって、数は『0〇6』と両端の二つが決まった。
それ以外にも、2と5は除外。
残る六つの数字のどれかが正解すれば、美波の数字を当てられるだろう。
確率は六分の一。当たるかどうかは、プロデューサーの運次第だ。
「さあ、答えは出ましたか?」
「ぐぬぬ……答えは『016』!」
「ぶっぶー。残念でした、それだと2/0になりますね」
「くそー!」
「ふふん。この勝負、貰いました! ずばり、プロデューサーさんが考えた数字は『657』ですね!」
立ち上がってプロデューサーを指さした美波は、盛大なドヤ顔を決める。
よほど、解答に自信があったのだろう。彼女からは、既に勝利者としての雰囲気が漂っていた。
「……“0/3”だな」
「ええっ!?」
「ねぇ、美波ちゃん。どうして、安牌から外したの?」
「うっ。だって、どうせプロデューサーさんのことですから、変にひねくれた感じにするかと思って」
「はっはっは。どうやら、勝利の女神はまだ俺に微笑んでいるみたいだ」
「で、ですが、まだプロデューサーさんが当てられると決まったわけではありませんし、私は次は確実に正解しますからこっちの方が有利ですよ!」
羞恥で顔を真っ赤にしながら、ソファに座り直した美波がそう告げた。
たしかに、彼女の言うことには一理ある。次もプロデューサーが外せば、美波の勝利が確定してしまうだろう。
ここで正解して、最悪引き分けに持ち込まなければならない。
腕を組んで思考を巡らせたプロデューサーは、片目を閉じて美波の様子を窺う。
彼女は焦った様子で落ち着きがなく、慌ただしく目が泳いでいた。
まだ確率で考えれば、美波の方は大分余裕があるはずなのだが。
先ほどの言葉から、数字は『0〇6』で間違いないはずだ。
真ん中に入る数字のうち、使われている0と6、外れた1、2、5は除外。
残るのは、3、4、7、8、9の五択。少なくとも、まだ焦る段階ではないだろう。
逆に、美波が焦る理由はなんだろうか。
彼女の気持ちで考えると、自分が正解する可能性を危惧していることになる。
……例えばの話なのだが、正解の数字が『076』だったとしよう。
その場合、プロデューサーが美波の立場なら、もう少し余裕があるかもしれない。
推理する材料がもうない以上、あとは当てずっぽうに当てはめるだけだ。
順番に一つずつ、正解するまでの総当り。
一般的にはそうだろうし、この場合は降順か昇順のどちらかになる。
だから、美波は焦っているのだろうか。順番で行くと、次は正解されてしまう、と。
「プ、プロデューサーさん? もう決まりましたか?」
目を細めて美波を見つめると、上擦った声が返ってきた。
あからさまな動揺の仕方に、杏はダメだこりゃとソファに寝転がっている。
これがフェイク……美波の策略の可能性はないだろうか。
プロデューサーがここまで読むのを見越して、わざと焦った様子を見せつける。
ありえない、とは言い切れない。なにせ、相手はあの美波だ。最近急激にポーカーフェイスを身につけている、侮れない相手なのだ。
安易に自分の推理を信じても良いのだろうか。
「……」
「プロデューサーさん、早く決めてください!」
プロデューサーは、己の勘を信じることにした。
今の美波の様子を見る限り──
「答えは、『036』だ!」
──本心から、焦っている。
プロデューサーの言葉を聞き、あからさまにがっくりと肩を落とした美波。
どうやら、この勘は正しかったようだ。
「正解です……私が考えた数字は、036でした」
「よっし! なんとか正解した!」
「むぅ。いいところまで言ったと思ったんですけどね。あ、プロデューサーさんの数字は『765』ですよね? というか、それしかないと思いますし」
「正解だ。ということは、今回の勝負は引き分けかな?」
「そういうことになりますね。あーあ、あの時素直に765と言っておけば」
残念そうに口を尖らせながら、美波はソファの背もたれに寄りかかった。
杏も眠たげな顔のまま、あくびを噛み殺している。
「終わった〜? なんだかんだ言って、結構な接戦だったね」
「そうだな、しかし、引き分けなのは悔しいな」
「じゃあ、もう一回やりますか? せっかくですし、杏ちゃんも一緒に!」
「えー? 杏はぐーたらしたいからパス」
「そんなことは言わずに、杏もやろうよ。それとも、俺に負けるのが怖いのかな?」
挑発的に笑えば、ムッとソファから起き上がる杏。
半目に静かな戦意を湛えながら、飴を口の中に放り込む。
「いい度胸じゃない。そんなこと言われたら、杏も黙っちゃいないよ」
「じゃあ、三人でやっていきましょう! 次こそは勝ってみせますからね!」
「それは望むところだ」
「さっさと倒して、悠々自適に寝させてもらうよ」
こうして、三人は再び
なお、戦績は杏が圧勝だったとか。
プロデューサー達は、気持ち良さそうに眠る杏の横で、机に突っ伏して落ち込んでいたのだった。