負けず嫌いな新田さん 作:弥生
「プロデューサーさん、なにをしてるんですか?」
ある日、紗奈とゲームをしていたプロデューサーの元に、小首を傾げた美波がやってきた。
彼女は事務所に置かれたテレビを不思議そうに眺めており、どうやらこのゲームが気になっているようだ。
「なにって、見ればわかる通りゲームだよ。あ、ちょっと待った!」
「へへーん。待てって言われて待つゲーマーはいないよ! ゲームは非情な戦争なんだよプロデューサーさん」
「ああっ!? また負けたあ……」
「やりぃ! これであたしの十連勝だね」
「あの、これってなんのゲームなんですか?」
「大乱戦アイドルシスターズって格闘ゲームだな」
肩を落としたプロデューサーが美波の質問に答えると、なんとも言えない微妙な表情が返ってきた。
「その、私の目がおかしくなっていないのなら、画面内で私がアーニャちゃんにボコボコにされていたんですけど」
「されてたけど」
「……プロデューサーさん?」
額に青筋を作る美波を見て、プロデューサーは慌ててテレビに向き直る。
「さ、さあもう一回やろうか!」
「お? いいよいいよ! あたしはいつでも受けて立つからね。連勝ボーナスをくれるならもっとやる気も出すけど?」
「ちょっと、プロデューサーさん! 私から逃げないでください! 大体なんですか、その大乱戦アイドルシスターズって!」
「あれ? 知らなかったっけ? このゲームは近いうちに発売される、家庭用ゲームソフトだよ」
「え? そうなんですか?」
なにを血迷ったのかよくわからないのだが、本来歌って踊るアイドル同士を戦わせる、という意味不明なゲームが近日に発売されるのだ。
これはそのゲームの試験品で、紗奈とプロデューサーで体験プレイをしている。
ちなみに、発売前の予約は殺到していて、売れ行きは好調になりそうであった。
「んー、美波さん。やってみる? 結構これ楽しいよ」
「え、私が? でも私、そんな格闘ゲームとかやったことないし」
「まあまあ、習うより慣れろって言うし。何事も、経験値を積んでレベルアップしなきゃ」
「そうそう! プロデューサーさんいいこと言うじゃん。ゲームは一日にして成らずって言葉があるぐらいだからね」
「それを言うなら、ローマは一日にして成らずですよ。でも、わかりました。今回の勝負はこれにしましょう」
不敵な笑みを浮かべながら、プロデューサーの隣に座り込む美波。
コントローラーを手にいじるその姿を見て、プロデューサーは闘争心が湧き上がっていく。
「いいのか? 美波はまだこれをやったことないんだろう?」
「ハンデですよ。どんな勝負でも、プロデューサーから逃げるわけにはいきませんからね」
「おー、二人とも暑いね! これは友情フラグが建つ予感……! それとも、あたしはあまり知らないけど、恋愛フラグの方が建つ可能性も?」
「建ちません!」
紗奈のやっかみをキッパリと切り捨てた美波は、キャラ選択画面で目を泳がせる。
「うーん……どのアイドルを使うか悩みますね」
「俺は今度は卯月にしようかな」
「あ、じゃあ私は凛ちゃんにしようかな」
「じゃあ、あたしは未央さんで!」
まったくもって偶然なのだが、ここにニュージェネレーションのキャットファイトが実現した。
ステージはいくつかあるうちの、事務所のレッスン室を再現した場所。
アイテムもありで、ストック制で三回やられたら退場。
そういった経緯を経て、大乱戦アイドルシスターズは開催される。
「とりあえず、この勝負は美波が慣れるために軽くやろうか」
「おっけー。美波さんとの協力プレイで、プロデューサーさんを討伐すればいいんだよね?」
「紗奈がガチになるとボコボコにされるからそれはなしで!」
「あはは……えーっと、このAボタンを押せば、凛ちゃんが戦ってくれるのかな?」
首を傾げた美波がボタンを押すと、画面内の凛がシャドーボクシングを始めた。
クール系統のアイドルである凛の動きは様になっており、中々してよくできている。
『ふっ! はっ! 行くよ!』
「あら? 画面内のキャラも喋るんですね。そういえば以前、声の収録をしたような覚えが……」
「美波さん、隣にあるBボタンは必殺技が出るよ!」
「必殺技? えっと、えい!」
紗奈の言葉に従った美波は、凛が愛犬のハナコをけしかける場面を見て、目を丸くする。
「凛はハナコを出すのか」
「なんだか、凄いですね……?」
「基本的にはその二つのボタンを使いながらやる感じかな。あとは左側にあるスティックを動かしてキャラを移動させるんだよ」
「ある程度操作方法もわかったことだし、試しに戦ってみようか」
「え、え!? ちょっと、待ってください!」
「待てと言われて待つ人はいませんー」
慌てる美波に意地悪く笑いかけながら、プロデューサーは卯月を凛に向かわせていく。
『行きますっ!』
ピンク色のライブ衣装に身を包んでいる卯月は、同色の波動を撃ち放つ。
ハート型の可愛らしいそれは、ろくに動けていない凛に当たるかに思えたが、両者の間に入った未央にガードされてしまう。
「ああ!」
「ダメだよ、プロデューサーさん。美波さんはまだ慣れていないんだから。ゲームはフェアにやらなきゃ楽しくないでしょ?」
「た、助かった……ありがとう、紗奈ちゃん」
「ふふん。そんな酷いことをするプロデューサーさんは、お仕置きが必要みたいだね」
「待って! 今のはちょっとしたお茶目だから、ほら、美波も前にルールがよくわからなかった俺をボコボコにしたことあるし、これはその時の仕返しというかですね」
「問答無用!」
楽しそうな笑みを浮かべると、未央を巧みに操りながら猛攻をしかけてくる紗奈。
画面内の未央は意味不明な動きをしており、プロデューサーが操作する卯月は右往左往していた。
『レッツパーリーターイム!』
『頑張るだけじゃ、ダメなのかな……』
「ああ!? 俺の卯月が!?」
「へへーん。悪いボスを成敗、ってね!」
声だけを聞くと勘違いされそうなことを告げながら、撃墜された卯月を見て涙目になるプロデューサー。
対する紗奈は輝かんばかりの笑顔を浮かべていて、とても楽しそうだ。
「私も、プロデューサーさんを倒します!」
「ちょ、ちょっと待って!」
「おお? 美波さんとの協力プレイだね! 勇者美波と、賢者紗奈のチームプレイで、魔王プロデューサーを倒そう!」
「おー!」
復活した画面内の卯月の両端から、機敏な未央とおぼつかない凛が挟み撃ちをしかける。
紗奈は流石ゲーマーアイドルと言うべきか、コントローラーを握る手つきに迷いがない。
まだ触れて間もないはずなのに、既に熟練のような動きをしていた。
「へいへい、プロデューサーさん押されてるよ?」
「タンマ、タンマだって! くっ、こうなったら美波を先に倒すしか」
「え、こっち来ないでください!」
「逃がすか!」
あっという間にやられかけたプロデューサーは、美波を狙い撃ちすることにした。
また紗奈に負けると十一連敗してしまうので、せめて汚名を返上しようと考えたのだ。
傍から見れば、初心者を狙う悪質な人にしか思えないのだが。
ともあれ、画面内の逃げる凛を追いかける、卯月。
そのさらに背後では、卯月を攻撃しようと未央が気持ち悪い動きで追っている。
このままだと、美波の凛が倒されてしまう。しかし、凛の前にアイテムが落ちたことにより、試合の流れが変わった。
「これは?」
「それはアイテムだよ、美波さん。Aボタンを押して使うんだ」
「よ、よーし。これを使ってプロデューサーさんを!」
アイテムを拾った凛が、それを上空に掲げた。
すると、ガラスの容器に包まれていたアイテムが割れ、中からメガネをかけたあやめが現れる。
『参りますっ!』
「これは、あやめちゃん?」
「えーっと、説明書には……あったあった。『サポートアイドル:グラスザニンジャアヤメ。このサポートアイドルは、相手を様々な投擲物で攻撃する。投擲物によって効果が異なり、いやらしい妨害系になっている』だって」
「ちょ!? ちくわが爆発したんだけど!?」
「なるほど。あやめちゃんが、私を助けてくれるんですねっ。頑張って、あやめちゃん!」
画面内を縦横無尽に飛び跳ねているあやめは、回避がしにくい軌道にちくわや手裏剣を投げていた。
プロデューサーは必死に卯月を動かして避けているのだが、チクチクと当たってしまっている。
強さ自体は大したことはないのだが、塵も積もればなんとやら。このままでは、遅かれ早かれやられてしまうだろう。
なお、紗奈は上手にガードを駆使して、あやめの攻撃を無傷で凌いでいた。
「ちぃ! こうなったら道連れだ!」
「え、きゃあ!?」
「あ! ずるいよ、プロデューサーさん!」
プロデューサーが苦し紛れに卯月を特攻させると、意表を突かれた美波の凛が巻き込まれ、二人揃って場外へ落下してしまった。
紗奈はあやめの攻撃に対応していたため、プロデューサーの行動を止められなかったようだ。
これで、紗奈は残り三機で美波が二機、そしてプロデューサーが一機。
当然プロデューサーに勝ち目はなく、復活後は二人にボコボコにされて負ける。
『これぞ、パーフェクトスター!』
リザルト画面でピースをしている未央をよそに、コントローラーを置いた紗奈が身体を伸ばす。
「ん〜! 楽しかったー!」
「うぅ……紗奈ちゃんにボコボコにされました」
「そりゃ、美波が手加減なしでって言ったからじゃないか?」
「そうですけど!」
肩を落としていた美波は、複雑な表情で口を尖らせた。
プロデューサーを倒したあと、当然残った紗奈と美波が戦うことになるのだが。
美波がそんなことを言ったものだから、紗奈が嬉々として応えたのだ。
なにもできずに一方的にやられるその姿は、いっそ哀愁すら漂っていた。
「ごめんね、美波さん。あたしもここまでやるつもりはなかったんだけど、美波さんが挑発してくるからつい」
「あ、ううん! いいの、大丈夫! プロデューサーさんに勝てたから、私としては満足だし」
「むっ。それは聞き捨てならないな。あれは紗奈がいたからやられたのであって、美波に負けたわけじゃないからな?」
「えー? でも、さっき私が呼んだあやめちゃんにやられてたじゃないですか」
「あれは美波も一緒に落ちたから、引き分け判定だろ?」
「最終的にはプロデューサーさんがビリだったので、私の勝ちですー」
「無効試合だ! それを言うなら、美波だって紗奈に負けてるから、俺達は仲良く敗北者だぞ!」
「え、嫌ですよ! プロデューサーさんと一緒なんて!」
どっちが勝った負けた、いやいやこっちが勝ちだしそんなわけないし、そもそもこの試合はカウントに入れるべきではない云々。
五十歩百歩とでも言うべきなのだろうが、二人は同レベルの言い争いをしていた。
仲良く勝ち負けを争っていた二人を見て、肩をすくめた紗奈が一言。
「だったら、二人で戦って白黒はっきりつければ?」
「それは名案だな」
「そうですね。今回の試合である程度操作方法を覚えましたし、紗奈ちゃんはともかく、プロデューサーさんになら勝てそうですし」
「こっちだって、紗奈さえいなければ勝利は俺のものだ」
「ふふっ。威勢がいいですね」
「美波もな」
火花を散らしながら、プロデューサーと美波は次に使うキャラを決めていく。
今回は紗奈は参加しないので、懐からゲームを取り出して完全に観戦ムードだ。
「アーニャちゃんを使えば、プロデューサーさんに勝てる気がします」
「じゃあ、俺は美波かな!」
「ああ! それはズルいですよ! 私自身だから攻撃しにくくなるじゃないですか」
「これも作戦のうちだからね。たまたま、俺が使いたかったキャラが美波だっただけだし」
「ぐぬぬ……汚いプロデューサーさんです!」
「策士と言って欲しいね」
口撃をしながら準備を整えている二人は、傍から見れば仲が良い友人だ。
本人達が聞けば否定するだろうが、紗奈はこれが気の置けない幼馴染枠かな、と恋愛ゲームについて一つ学んだ。
「さて、あたしは他の試験ゲームの『杏とはぴはぴ工場』をやらなきゃね」
「え、美波が投げたアイドルボールからちひろさんが!?」
「うそ、ちひろさん強すぎません……?」
なにやら恐れおののく二人をよそに、紗奈はゲームができる環境に笑みを深めるのだった。
ちなみに、二人の勝負は、最終的にはプロデューサーの辛勝だった。