負けず嫌いな新田さん   作:弥生

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すごろく

「平和ですねぇ……」

「平和だなぁ……」

 

 まったりと、お茶を飲みながら身体の力を抜いている美波とプロデューサー。

 事務所のソファに座って、この平穏な時間を享受していた。

 今日は仕事が完全な休みで、やることがない。

 そのため、こうして美波とお茶請けを摘みながら、和やかに談笑しているというわけだ。

 

「ふぅ……ここのお茶美味しいですね。心がほっこりします」

「これは紗枝から貰ったお茶っ葉だな」

「紗枝ちゃんからですか。私も今度ここのお店教えてもらおうかな」

「いいんじゃないか? それより最近、美波は仕事の方はどうだ?」

 

 プロデューサーが尋ねると、羊羹を口に含んでいた美波が小首を傾げる。

 

「うーん、特に変わったことはありませんね。スタッフさんや出演者の皆さんは優しいですし、お仕事で困ったことも起きていませんし」

「それなら良かったよ。なにか問題があったとしたら、その仕事を持ってきた俺の不始末だからな」

「ふふふ。前にも言いましたけど、プロデューサーさんのことは信頼していますので、お仕事関係は安心していますから」

 

 純粋に笑う美波の顔を見ていられず、思わずプロデューサーは目をそらす。

 口元をモゴモゴとさせたあと、手持ち無沙汰に羊羹を手に持つ。

 

「そ、そうか。そう言われると嬉しいよ」

「あら? もしかしてプロデューサーさん、照れています?」

「むぐっ!?」

「だ、大丈夫ですか、プロデューサーさん?」

 

 駆け寄ろうとする美波を手で制したプロデューサーは、湯呑みに注がれている緑茶を喉に流し込んでいく。

 

「ふぅ……大丈夫。ちょっと喉に詰まっただけだから」

「なら良いんですけど。……やっぱり、図星だからむせたんですね」

「そ、そんなことないからな?」

「えー? 本当ですか?」

 

 明らかに、今は分が悪い。

 意地悪くニコニコとしている美波に対し、プロデューサーは冷や汗を垂らしてタジタジだ。

 このままだと、美波にからかい倒されてしまう。

 

「そ、そうだ! 前の時のように、テスターを頼まれたゲームがあったんだ! せっかくだし、これから一緒にやらないか!」

 

 室内の不利な空気を変えるため、プロデューサーは立ち上がって机にしまっていたゲームを取りに向かった。

 背後で「ちぇっ」と残念そうな声が聞こえたが、どうやら美波はこれ以上の追求は辞めてくれるらしい。

 助かったと言うべきか。ともあれ胸をなで下ろしたプロデューサーは、ゲームを持って元の席に戻る。

 

 目の前に置かれたゲームを見て、美波が不思議そうに瞬きしていた。

 

「『アイドルマスター〜新米アイドル育成計画〜』……ですか?」

「そう。ほら、前に格闘ゲームを販売したことがあっただろう? あれが凄い好評でさ、またアイドルをメインにしたゲームを作ろう、って話が上がったんだ。それで、これがその第二弾というわけ」

「そんな経緯が……でも、これって要はすごろくですよね?」

 

 箱を開けて説明書を読んでいた美波に頷き、プロデューサーは中からボードゲームを出す。

 

「そうだな。これは、順番通りにボードについているルーレットを回して、出た目の数だけ進めるすごろくに近いゲームだ。基本的にはゴールを目指すんだけど、ここの分かれ道とかを見ればわかる通り、職業についてお金を稼いだりするんだ。まあ簡単に言うと、アイドル人生を体験するゲームだな」

「ふむふむ……へぇ、結婚システムもあるんですね。本当に、その人の人生を描いたゲームみたいになりそうです」

「そういうこと。さて、このゲームを二人だけでやるのは味気ないからなあ。暇な人がいるか呼びかけてみるか──」

 

 プロデューサーが携帯を取り出した時、美波が座っているソファの背もたれから頭が生える。

 

「ゲームをすると聞いて」

「楽してお金を稼げると聞いて」

「プロデューサーさんと結婚できると聞きました」

「きゃっ!? え、紗奈ちゃんに杏ちゃんにまゆちゃん!? ええ!? いつからそこにいたんですか!?」

 

 美波が驚いた通り、顔を出した三人は同じ事務所アイドルの紗奈と杏とまゆだった。

 まゆはプロデューサー達に微笑みかけたあと、プロデューサーの机を指さす。

 

「まゆはあそこにいましたよ」

「ああ、なるほど……紗奈ちゃん達は?」

「あたしは事務所に遊びに行こうかと思ってたら、プロデューサーさん達の声が聞こえたから」

「杏も同じ。まあ杏の場合は、家にいるときらりが外に引っ張りだそうとするから、ここに逃げ込んだだけなんだけど」

 

 うさぎを抱えながら、いそいそとプロデューサーの隣に座る杏。

 その反対側にまゆが腰を下ろし、美波の隣に紗奈が席につく。

 自然と五人がボードゲームを囲う体勢になる。

 

「きらりも呼ぶか?」

「やめてよ!? 一体、なんのために杏がここに来たと思ってるの」

「それもそうか。じゃあ、この五人でやるってことでいいのかな?」

「うふふふふ。プロデューサーさんと結婚……子供は何人欲しいですかぁ?」

 

 既に楽しい想像に花を開かせているまゆをよそに、プロデューサー達はプレイする順番を決める。

 回したルーレットの数で決めた結果、一番目は美波。そこから、まゆ、紗奈、杏、プロデューサーの順番になった。

 

「あら? 私が一番に対して、プロデューサーさんが最後……幸先が悪いですね?」

「ま、まだプレイ順を決めただけだから! 本番はこれからだし!」

「そんなムキにならなくてもいいのに。で、誰が銀行をやる?」

「ちなみに、銀行というのは、このゲームをする上で必要なお金などを管理する人だね」

 

 紗奈の言葉に補足したプロデューサーは、お金などを自分に引き寄せる。

 

「とりあえず、俺がやるよ」

「むむむ……自分で大金を管理するのは夢があるけど、管理は面倒だしね。うん、プロデューサーに任せるよ」

「まゆも手伝いましょうか?」

「ん、その気持ちだけ貰っておこうかな」

 

 まゆの好意に感謝したあと、プロデューサーは説明書を読みながらそれぞれに1000スタージュエルのお札を三枚配る。

 

「えっと、これは?」

「このゲームをやる上で必要なお金だな」

「……お札の絵柄はちひろさんなんだね」

「なんか、満場一致で決まったらしい。ちひろさんのイメージって一体……」

 

 なお、その話を聞いた時のちひろは「これじゃあ、私が守銭奴みたいではないですか!?」と涙目で怒っていた。

 ともあれ、全員にスタージュエルが行き渡ったので、プロデューサー達はスタート地点に車を置く。

 

「この車がいわゆるコマだな。これを動かしてゴールを目指す」

「その辺は他のと変わらないんですね」

「ふふふ……あそこに見える結婚マスまで行けば」

「他にすることはあるの?」

「んーと、ああ、これだ。えっと、自動車保険に入るかを先に決めるみたい。保険に加入するなら、1000スタージュエルを払ってくれ」

 

 プロデューサーがそう告げると、各々は悩む素振りを見せる。

 

「やっぱり入った方が良さそうな気がしますけど」

「ふふん。あたしはあえての縛りプレイをするよ! それに、そうそう自動車保険が必要なマスに止まるとは思えないし」

「杏は入るかな。リスクとリターンを考えても、ここで入っておいても大損はしないし」

「まゆはもちろん入ります。車が壊れたらたまりませんし」

「となると、紗奈以外は自動車保険に入ると。じゃあ、1000スタージュエルちょうだい……はい、これが自動車保険の紙な」

 

 お札とは違って、文字しか書かれていない簡素の紙を三人に渡した。

 プロデューサー自身も紙を交換し、改めてゲームスタートする準備が整う。

 

「じゃあ、一番最初は私なので、早速ルーレットを回しますねっ」

「おっと、ちょっと待ってくれ。その前に、マップを見てくれればわかると思うけど、ルートが二つに別れているだろう? ルーレットを回す前に、どっちのマスを進むか決めてくれ」

「わかりました。えーっと、『舞踏会に行かないコース』と、『灰被りのシンデレラコース』?」

 

 不思議そうに小首を傾げた美波に、プロデューサーが説明書を読みながら説明する。

 

「簡単に言うと、舞踏会に行かないコースはアイドルになるのを諦める道だな。そっちのコースに行くのなら、堅実にOLとして人生を歩む感じ」

「ということは、こっちのシンデレラコースはアイドルを目指す道ってことですね」

「そういうこと。堅実か、一発逆転か、ということだな」

「むむむ……個人的には堅実に行きたいのですが、せっかくのゲームですし、ここは一発逆転を狙うのも」

「そうそう。夢はでっかく持たなくちゃね。さあさあ、美波ちゃん。シンデレラコースに行くのだ〜」

 

 楽しそうな顔で誘惑する悪魔()に釣られ、明らかに目線がシンデレラコースに向く美波。

 少しの間悩む素振りを見せたあと、頬を赤らめて口を開く。

 

「べ、別に杏ちゃんに乗せられたわけではありませんけど、せっかくですので波乱万丈そうなシンデレラコースにします」

「うんうん、そういうことにしておくね」

「だから、違いますって! もう、じゃあ回しますよ?」

 

 自分に不利な空気を変えるためか、美波は返事を待たずにルーレットを回転。

 緩やかに回る数字盤はやがて勢いを止め、矢印が“1”を指して完全に停止。

 

「ぷっ! まさかの1かよ」

「あー、うん。ゲームの道も一歩からって言うし、むしろダンジョンだと行き止まりの方から調べたりするじゃない? だから、ここであえて低い数字を出すことで、今後のフラグを回収したってことだよ!」

「元気を出してください、美波さん。ダメですよ、プロデューサーさん。そうやって、笑っちゃ」

 

 慌てた様子で美波を慰める紗奈と、吹いたプロデューサーを咎めるまゆ。

 二人の気遣いに礼を告げつつも、美波はプロデューサーを睨んでから、車を一マス進める。

 

「ふんっ……えーっと、『アイドル養成所に通う。3000スタージュエル払う』!?」

「そういえば、美波さんって自動車保険に加入していたから、2000スタージュエルしかありませんでしたよね」

「しょ、初っ端から借金……杏は堅実な方に行こうかな」

 

 愕然とする美波を見て、冷や汗を垂らした杏がそっぽを向いた。

 そんな彼女の肩を強く掴み、凄みのある笑顔で美波が迫る。

 

「杏ちゃんも、こっちに来ますよね? 一緒に、1を出して仲良く借金を抱えましょう?」

「いやだー! 杏は楽をしたいだけで、借金なんか欲しくなーい!」

 

 なにやらじゃれ合い始めた二人を置いて、プロデューサーはまゆに顔を向ける。

 

「次はまゆだったな? ルーレットを回してくれるか? あとどっちのコースに進むかも」

「わかりましたぁ。まゆもシンデレラコースで、えいっ……数字は3だから、『Aランクアイドル』になれるみたいですね。給料は4万スタージュエル?」

「おお、他のマスを見る限り、一番の当たりマスだな。凄いじゃないか、まゆ!」

 

 プロデューサーが感心して声をかけるも、当の本人は虚空を眺めて意識が迷子だ。

 

「ふふふふ……Aランク……プロデューサーさん褒めてくれるでしょうか」

「えーと、この職業でいいってことかな?」

「あ、はい。これで大丈夫です」

「じゃあ、まゆは4万スタージュエルと。職業が決まったら、ここの給料日マスまで車を動かして……っと、5000スタージュエルで生命保険に入れるけど、入る?」

「もちろん、入ります。入らないと、なにかあった時困りますし」

「了解。つまり、まゆには3万5千スタージュエルと、生命保険の紙を渡すんだな」

「ありがとうございます。うふふ、養う準備ができてきましたぁ」

 

 不穏な呟きを漏らすまゆをよそに、次にワクワクした表情で待っていた紗奈に視線を転じる。

 

「次はあたしだよね?」

「うん、紗奈だね。回していいぞ」

「やりぃ! ふふふ、これよりあたしの伝説が始まるからとくとご覧あれ! あ、もちろん、コースはシンデレラだから」

 

 と言いつつ回したルーレットは、“8”の数字を示した。

 宣言通りの大きな数字に、紗奈はドヤ顔で腰に両手を当てる。

 

「ふふん。どうよ、プロデューサーさん」

「やるじゃないか! でもまあ、大事なのはどの職業に就くかだし」

「まあそうだけどさー。それで、あたしが止まったマスは……『Bランクのアイドルに認定された。給料は3万5千スタージュエル』だって」

「まゆの一個下か。十分に良い職業だな」

「一番じゃないのがちょっと残念だけど、まあまあかな。さ、プロデューサーさん。あたしに戦利品をくださいな」

「いいけど、生命保険には入る?」

 

 プロデューサーの言葉を聞き、腕を組んで考え込む様子の紗奈。

 

「たしか、前に似たゲームをしたことがあるけど、その時は生命保険に満期があったよね。このゲームにもある?」

「良いところに気づいたな。入らないって言ったら説明しようと思ってたんだけど……ほら、ここのマスに生命保険満期というのがあるだろ? ここのマスを通れば、生命保険を持っていれば10万スタージュエルを貰える」

「10万!? そんなに貰えるなら加入するしかないよねっ」

「了解。じゃあ、紗奈には3万スタージュエルと生命保険だな。ほい」

「ありがとっ!」

 

 まゆと同じ給料日マスに移動させた紗奈は、満面の笑みでお札を受け取った。

 次は杏なのだが、なにやら美波と手を合わせて力比べをしている。

 

「ぐぐぐ……なんで杏がこんな目に」

「負けを認めましたか? 認めたのなら、1を出して借金を背負ってください」

「まだ言い合っていたのかよ。おーい、次は杏の番だけど、どうする?」

「シンデレラコースで適当に回しておいて」

「……はぁ、了解」

 

 美波の対応をしている杏にため息をついたあと、代わりにプロデューサーがルーレットを回す。

 

「えーと、出た数は“5”だから、『Dランクアイドルに認定された。給料は2万スタージュエル』か。生命保険には入るかー?」

「満期で10万貰えるんでしょ? 入っとくー。ほら、美波ちゃん。杏は1じゃなかったから、借金は諦めて」

「……わかりました」

 

 元の姿勢になって座る美波を見て、安堵した様子で汗を拭う仕草をする杏。

 うさぎを抱えてだらける彼女に、プロデューサーは1万5千スタージュエルと生命保険の紙を渡す。

 

「ありがとう、プロデューサー。まあ、Dランクはあまり稼げなさそうだけど、ほどほどの仕事量っぽそうで性に合っているのかも」

「で、最後は俺か……全員シンデレラコースに行ったし、一人ぐらいは別のコースに行った方がいいよな。俺は堅実なアイドル諦めコースに行くよ」

「えー。プロデューサーさんは冒険心というものはないの?」

「まあ、これはテスターだからね」

 

 実際のところは、既に就いた職業のマス止まると、その職業になれないので、確実に職業に就ける堅実コースに行きたかっただけだが。

 そんなプロデューサーの内心を察したのか、杏は肩をすくめてあくびを漏らす。

 

「まあ、いいんじゃない? それで、回すの?」

「あ、うん。よいしょっと……“4”だから『好きなアイドルと同じ髪型に変える。1000スタージュエル払う』……いや、減るのかい!」

「やった! プロデューサーさんもお金が減りました!」

「ほらー、じっくりレベル上げなんかしようとするから、トラップに引っかかちゃったじゃん」

「くそぉ……はい、1000払いましたよ!」

「安心してください、プロデューサーさん。もしも、プロデューサーさんが借金を抱えたとしても、まゆがなんとかしますから」

「いや、それはそれでちょっと俺の立つ瀬がないというか」

 

 困ったプロデューサーが助けを求めて周囲を見回すと、杏と紗奈がジト目でこちらを見ていた。

 

「うわー、アイドルに養ってもらうとかプロデューサーサイテー」

「寄生プレイはあたしもちょっとどうかと思うなー」

「お前らわかってて言ってるだろ!?」

「えー、なんことだかわからない」

「あたしもなにを言っているのかわからない」

 

 拳を握って震えるプロデューサーに、杏が「DVヒモ彼氏だ」と棒読みで煽り、紗奈も「職業を遊び人から賢者にしようよ」と変なことを言ったりしていた。

 この状況を作ったまゆは、理解していない様子で小首を傾げていたが。

 

「くっ! 殴りたい、その笑顔」

「ほ、ほら! プロデューサーさん、抑えて抑えて。次は私の番でしたね、そーれ」

 

 場の空気を変えようとしたのか、慌てた様子で美波がルーレットを回す。

 文字盤は“5”を指し示したので、その通りにコマを動かしていく。

 

「えーっと、なになに。『Fランクアイドルに認定された。給料は1万2000スタージュエル』。あんまり高くないですね……」

「というか、一番下じゃない?」

「ランクFだしね」

「うぅ……残念です。でも、まだまだこれから! 最後に勝つのは私ですから! あ、生命保険には入りますね」

「あ、わかった。じゃあ、給料から借金と生命保険の代金を引いて、6000スタージュエルと生命保険だな」

 

 プロデューサーが美波に紙を渡し、まゆがルーレットに手を置く。

 

「次はまゆなので、回しますね。えいっ……美波さんと同じ“5”でした。コマを動かして……『自作のグッズが売れる。1万5000スタージュエル貰う』みたいです」

「おお、まさかの収入ゲット。やるね、まゆちゃん」

「序盤で5万を超えるとか。まゆさんは幸運のパラーメターが高いのかな」

「ふふふ、そんなに褒めてもなにも出ませんよ」

 

 とは言いつつも、ちょっとだけ嬉しそうなまゆなのであった。

 

「次はあたしー。さくさくっと……おお! “10”だやったね!」

「持ってるなあ、紗奈は」

「ふふん。プロデューサーさんとは違うのだよ、プロデューサーさんとは。さて、止まったマスは『恋人にお金を貢ぐ。5000スタージュエル払う』って……」

「ええ、紗奈ちゃんって恋人がいたんですかぁ!?」

「いやいや! これはゲームの中の話だから!」

 

 口に手を添えて驚くまゆに、説明する紗奈。

 そんな彼女達を無視して、杏は面白そうにニヤニヤしている。

 

「この分だと、紗奈ちゃんは苦労系のアイドルになりそうだねぇ」

「やめてよ!? まだ序盤だから、今回はたまたま貢いだだけだから。次こそは上手くやるし」

「そういう人ほど、失敗しちゃうんだよね〜」

「あはは……あ、紗奈ちゃんは給料日マスを通っているみたいですね。株券も一枚2000スタージュエルで買えるようですけど、どうします?」

「もちろん買うよ! 株券も最後は結構なお金になったはずだし」

「最後まで持っていたら、3万スタージュエルだな。株券は枚数に制限があるから、買える時に買っておいた方がいいぞ。……っと、ほい。紗奈の給料と株券」

「ありがと。これであたしは、6万1000スタージュエルだね」

「むむむ。やっぱり、良いランクになると違うね。次は杏が回すよ……ぐっ。たったの“2”かー」

 

 肩を落とした杏が、コマを進めてマス目の文字を読み上げる。

 

「『ボーカルレッスンの強化合宿をする。2000スタージュエル払う』!? えー! 杏も払わなきゃいけないのー?」

「さっきあたしを煽ったから、杏さんにもバチが当たったんだよ」

「ぐぬぬ……はい、プロデューサーさん。早く回して」

「了解っと。俺は“8”だな。どれどれ……『好きなアイドルのライブに行く。3000スタージュエル払う』。またかよ!」

「アイドルになるのを諦めても、アイドルに憧れている感じなんですね」

 

 苦笑いする美波に頷いたあと、プロデューサーは渋々とお金を払う。

 

「OLは給料が1万スタージュエルだから、生命保険にも入るとして、差し引き2000スタージュエルのプラスってところか」

「プロデューサーさんは3000スタージュエルしか残っていないね」

「OLは辛いのさ……」

 

 そう告げるプロデューサーの背中は、どことなく煤けていた。

 ちょっと微妙になった空気。それを変えるためか、美波が咳払い。

 

「ん、んん。よ、よーし。じゃあ、私の番なので回しちゃいますっ。あ、“10”です! やったあ!」

 

 ニコニコと嬉しそうに笑いながら、コマを動かしていく美波。

 しかし、紗奈と同じマスに止まってしまい、笑顔が引き攣る。

 

「紗奈ちゃんと同じで、5000スタージュエルを恋人に貢ぐだね」

「そんなぁ……あ、でも。私も給料日を通りましたので、給料と株券をください」

「ほいほい。えーっと、株券と1万スタージュエル。で、そこから5000を引いてっと。あ、それと同じマスに止まってるから“追突”も起きるな」

「追突ですか?」

「そう。たしか、美波は自動車保険には入っていたよな?」

「入っていますけど……?」

 

 それを聞いたプロデューサーは、美波から自動車保険を受け取りながら説明する。

 

「追突は同じマスに止まっちゃった時に起こるイベントなんだけど、まあ簡単に言うと、あとから来てぶつかった方が罰金を払う内容だな」

「えっ!? つまり、私は紗奈ちゃんに罰金を……?」

「いや、今回は自動車保険に加入しているから、代わりに銀行が払う。ただ、自動車保険はこれで失効しちゃうけど」

「ち、ちなみに、罰金はいくらですか?」

「1万スタージュエルだね」

「1万!? よ、良かったー。自動車保険に入っておいて」

「あたしはラッキーボーナスだね!」

 

 胸を撫でおろす美波をよそに、笑顔の紗奈にお金を渡すプロデューサー。

 これで、紗奈は他のプレイヤーを大きく引き離したことになる。

 

「次はまゆの番ですね。“8”が出たので、8マス進めます……結婚マス、ですね」

 

 ちょうど、必ず止まらなければならない結婚マスに止まったまゆ。

 彼女の双眸がキラリと光り、食い入るようにマスの文字を読む。

 

「『結婚記者会見。ルーレットによって、結婚できる相手が決まる。1,2で資産家。3,4,5で同じ芸能人。6,7,8で担当マネージャー。9,10で一般人』」

「貰える御祝儀も数によって変わってくるんだね。資産家は5000スタージュエルに対して、一般人と結婚すると御祝儀なしだって」

「御祝儀はそれぞれプレイヤーが払うから、資産家と結婚できたら四人分で2万スタージュエル貰えることになるな。だから、1か2を狙った方が……まゆ?」

 

 肝心のまゆは、酷く真剣な表情でルーレットを睨んでいた。

 

「6,7,8、6,7,8、6,7,8、6,7,8……」

「あの、まゆ? スタージュエルを沢山貰えるのは資産家だぞ?」

「プロデューサーさんの声が聞こえていませんね」

「6,7,8は担当マネージャーだから……ああ、なるほど」

「いきますッ!」

 

 納得した素振りを見せた杏をよそに、全身から気炎を放ったまゆがルーレットに手を添える。

 心なしか、文字盤が陽炎のように揺らめいていた。

 

 勢いよく回るルーレット。やがて減速していき、一つの文字を指さす。

 指された文字は──“6”だった。

 

「おおぅ。本当に6を引くとは」

「愛情バフによる幸運エンチャントがかかったってことかな?」

「やりましたぁ! ふふふふふふ、プロデューサーさん。これで、まゆ達はずっとずーっと、いっしょにいられますね」

「あー、あのな。これはただのゲームであって、実際に俺と結婚するわけじゃないんだけど」

「うふふふふ。結婚式はどこであげましょうかぁ。新婚旅行の行先も決めなきゃいけませんねぇ」

「まゆちゃん? まゆちゃーん?」

「うん。 ダメだこりゃ」

 

 トリップするまゆを見て、プロデューサー達は顔を見合わす。

 

「とりあえず、御祝儀だけ渡して俺達は進めようか」

「そうしましょう」

「次はあたしー! よーっし、あたしも早いこと結婚マスに止まって玉の輿を狙おっと。仲間はお金持ちの方が装備が充実するしね!」

 

 楽しげな笑みを浮かべながら、紗奈もルーレットを回すのだった。

 

 

 ***

 

 

 それからも、プロデューサー達の激闘は続いていく。

 相変わらずな貧乏アイドルとして、借金スレスレな手持ちの美波。

 担当マネージャーと結婚できたことでブーストでもかかったのか、億万長者になったまゆ。

 稼いだお金の大半を、恋人や旦那に貢ぐ苦労系アイドル紗奈。

 堅実にお金を貯める安定アイドルこと杏。

 そして、アイドルにならなかったのに、アイドルの真似事ばかりして浪費するOLプロデューサー。

 

「やりぃ! あたしも上がり!」

「くっ。紗奈が上がったから、あとは俺と美波の二人だけか」

「杏が一番で、まゆちゃんが二番上がりだったからねー。いやー、一位にはなれそうにないけど、概ね満足いく内容だったよ」

「ふふふ。まゆも七人も子供ができて良かったです」

「あたしは危うく破産するところだったけどね……なんで、旦那が不倫したせいであたしの家を売り払わなきゃならなかったのさ」

 

 不貞腐れる紗奈に苦笑いしながら、プロデューサーは対面する美波を見やる。

 彼女は眉を寄せてボードを見つめており、こちらの視線に気がつくと微笑む。

 

「さあ、プロデューサーさんの番ですよ。手持ち金額的に、先にゴールできた方が勝ちです」

「ピッタリで止まらないといけないから、俺は“6”を出せば勝ち……!」

 

 ルーレットに触れたプロデューサーは、手が力んでいるのを自覚していた。

 

 この際、美波以外に負けるのは仕方ない。ゲームの途中で諦めていたし。

 しかし、彼女にだけは、負けたくなかった。今までの勝負と同じように、ここで敗北するのはプロデューサーのちっぽけなプライドが許さない。

 

「頑張ってください、プロデューサーさん」

「杏はどっちが勝ってもいいんだけどね」

「勝利の女神が微笑むのはどっちかな。あたし的にはフラグを建てた方かなーって」

「よし、行くぞ!」

 

 外野の声をよそに、プロデューサーはルーレットを回した。

 くるくると文字盤が回転して、やがて動きが遅くなっていく。

 知らず全員は口を噤んで、行先に注目している。果たして、ルーレットが指し示す数字は──

 

「……“1”だな」

「見事な“1”だねー。プロデューサー、ある意味持ってるよ」

「あの、プロデューサーさん。元気を出してください。プロデューサーさんが負けても、まゆはプロデューサーさんの頑張りを見ていますから」

 

 肩を落とすプロデューサーを慰めるまゆに対して、満面の笑みで喜びを露わにしている美波。

 

「残念でしたね、プロデューサーさん! どうやら、この勝負は私の勝ちみたいです。ふふっ、これで連勝ですねっ」

「それでも美波さんは四位なんだけどね」

「うっ。それは言わないでください……」

「あはは、ごめんごめん」

「とにかく、プロデューサーさんは1進めてください」

「はぁ……わかったよ。まあ、まだ美波が上がれると決まったわけじゃないしな」

 

 美波は“9”を出さなければいけないので、それ以外ならもう一度プロデューサーの番が回ってくる。

 その時改めてゴールすれば、彼女に勝てるのだ。

 

 コマを一つ進めたプロデューサーは、マス目に書かれた文字を読む。

 

「どれどれ……『自作していたグッズが公式の目に止まり、公式からグッズ創作のオファーが来る。5万スタージュエル儲ける』。おお! ここで5万は大きいぞ」

「ええっ!? ちょ、ちょっと待ってください。つまり、プロデューサーさんは5万増えたということですよね」

「美波ちゃんとの差は3000ぐらいだったっけ?」

「ラストで逆転フラグを建てたのはプロデューサーさんだったかー」

 

 驚きを露わにしている美波に、まゆがゴール付近にあるマス目を見るよう促す。

 

「美波ちゃんもこことかのマスに止まれば、逆転できる可能性はありますよ」

「た、たしかに! よし、ここで良いマスに止まって、プロデューサーさんに大差を付けて勝ってみせますっ!」

「あー。見事なまでのフラグ建築」

「敵キャラとして出てきたらかませ犬みたいになるやつだね」

「杏ちゃん達は黙っててください!」

 

 ビシッと野次を入れる二人を注意したあと、真剣な顔の美波がルーレットを回す。

 

「……“9”が出ちゃいました」

「ゴール、ですね」

「えーっと、四着おめでとう。賞金の1万スタージュエルだよ」

 

 辺りには、いたたまれない空気が漂っていた。

 気まずいプロデューサーがお金を渡すと、俯いてぷるぷる震えていた美波がテーブルに突っ伏す。

 

「違うんですよ。プロデューサーさんより早くゴールできて試合には勝ったんですけど、これじゃあお金が足りなくて勝負に負けてるじゃないですか!」

「あー、うん。お疲れ」

「敗因はさっきの言葉だと思うなー。重要な選択肢はよく考えて選ばないとね。ミスると超強化された敵に襲われたりするから」

「おめでとうございます、プロデューサーさん」

「ありがとう、まゆ。なんというか、あれだな。虚しい勝利だった……」

 

 遠い目をするプロデューサーだったが、美波が立ち上がったことにより我に返る。

 彼女は瞳に闘争心の焔を宿していて、みんなを見回しながら口を開く。

 

「──もう一回です」

「え?」

「もう一回、やりましょう。このすごろくを」

「いやいや、待ってよ。杏はもう一回で満足したし、これ以上はお腹いっぱいというか」

「やります! やらせてください! こんな終わり方納得できません!」

「ダメだこりゃ。話を聞いていない」

「美波さん。あたし達もやらなきゃダメなの?」

「当然ですっ。紗奈ちゃん達には先にゴールされて負けましたからね。リベンジです!」

 

 どうやら、美波が納得するまでアイドル人生をループしなければいけないようだ。

 鼻息荒くすごろくの用意を始める彼女をよそに、プロデューサー達は顔を見回す。

 

「……まあ、俺もどうせなら一位になりたいし」

「ふふふ。もう一度プロデューサーさんと結婚できますね」

「はぁ。しょーがない。美波ちゃんのために、付き合ってあげますか」

「あたしも、やるからには優勝して気持ちよく終わりたいしね!」

 

 不敵な笑みを零し合ったプロデューサー達は、美波の用意を手伝うのだった。

 

 なお、結果的に美波が一位になるまですごろくは終わらなかったので、満面の笑顔で喜ぶ美波とは対照的に、プロデューサー達は死屍累々の有様だったとか。

 

 

 

 

 




書き溜めが尽きたのでここまで。
以降はネタを思いついたら書きます。
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