それは、いつものように鍛錬に励んでいる時のこと。
その辺りから切り出した岩を坂の上まで運び転がし、剣で受けさせ……如何に力を流せば屈強な男相手でも立ち回れるかを教えていた時のこと。
……あぁ駄目か。目の前で弟子が岩に弾き飛ばされそのまま屋敷に激突した。
本来ならこちらの力で押し返して仕舞えば良いのだが、弟子は俺と違ってあまり図体は大きくない。こう言った小手先の技を覚えさせる必要があると朝飯の時に思いついた。
「……あの……すいません剣が折れました。あと骨も変な音がして痛みが──痛っ」
「安心しろ、鬼の住処から取ってきた剣ならば幾らでもある。値もつかぬ鈍ばかりだが鍛錬には使えるだろう。
……ふむ、骨もヒビは入っていないが氷で冷やしておけ」
鬼狩りは身体が資本だ。少しの気の緩みで大怪我につながりかねない。無理はいけない。
仕方がない、甘いと取られかねないが岩流しはまた明日に回すことにしよう。基礎鍛錬に励むと良い。
「えっ、明日も……? 明日もこれ……?」
そう言えば弟子は嬉し涙を流し氷を取りに屋敷の中へと向かった。若干涙に血が混じっている気がしたし呪詛を吐いている気もするが……気のせいだろう。
弟子を待っている内に、一羽の鴉が屋敷の縁側に降りてきて頭に止まる。頭上でガーと鳴いて、人語を話す。
『──!』
「……そうか、あい分かった。明日にはそちらに向かうと伝えよ」
『──!』
そう伝えると、鴉はア゛ーと汚い声を上げて空高く来た方へ戻っていった。その様子を見てふと、いつぞやのことだったか始めてあれを見た時、人語を解する鴉は売れば幾らになるだろうが? と捕らえようとした時のことを思い出した。
空に逃げられては対処が難しい。投網でも持ってこようかと悩んでいる内に逃げられてしまったが。
しかしいまにして考えてみれば、あれほど賢い烏では飼う方も気を使い、希少性に比べ値段はあまりつかなかっただろうとも思えた。
「氷取ってきました……あれ師匠、今どなたかとお話ししておりませんでしたか?」
「っあぁ、鴉がな──時に我が弟子」
『柱』……と言えば俺が考えるのはなんだと思う。そう我が弟子に尋ねてみた。
すると、弟子は氷を腕に当てながらしばらく悩み……かなり悩み、「消耗品」と答えた。
いい答えだ。これで自信満々に間違えようものならデコピンで食らわせてやろうと思っていたが、必要なかったようだ。
「そうだ。柱とは屋敷を支える……大黒柱さえ折れなければ、例え他が折れようと補修がきく。
……この場合で言えば、屋敷とは鬼殺隊当主、産屋敷殿だ。目にしたことはあるか?」
「い、いいえ……」
そうか、そういえばこいつは入隊してすぐ俺の所へ来たのだったか。柱が一堂に会す柱合会議の時でもなければそうそう姿を現すこともない。
まだまだ階級も低い……とは言っても態々会う必要もないが。
「そうか、であれば……初めて会う時は注意せよ。特にあの方の声にはな」
「は、はぁ……?」
──産屋敷輝哉、周りものからは親方様と呼ばれる者。
奴は聞く者の心を浮かし熱する声を持つ。別段、その声を持つことは悪い事ではないし。それを使って洗脳紛いの事をしているわけではない。柱のやる気向上には使われるだろうけれど。
だがあの声を頼りに剣を振るうのは危険なことだ。仕事を人生にしてはいけない。これはとても大事だ。
俺も鬼を狩り、或いはついでに見つけた金になりそうなものを売りさばいたりして金を稼いでいるが、ただ稼ぐだけ稼いで溜め込み死んではあの世の笑いもの。
その金を使い何をするか、そちらを夢見て振るう。ちなみに今の夢は舶来の果物であるという*1をたらふく手に入れることだ。
一度だけ味わったことがあるが……不思議な甘さだった。
「……ええと師匠、それで鴉はなんと?」
「あぁすまん──柱の一人が亡くなったそうだ。これで八人……故にまた代理……真柱としての仕事が来るわけだ」
恐らくは……鬼の中でもひときわ強力な、いわゆる幹部。十二鬼月たちの仕業か。憶測のみなのは恐らくそいつについていた烏も食われたか。
今となって走る由もない。ただ柱が死んだという事実が残るのみだ。
「……そう、ですか」
それだけ聞くと弟子は俯く。
大方、呼吸を使い鍛えぬいている柱が死んだと聞いて……呼吸も未だ使えない自身の死にざまを想像したか? 名もない鬼に成す術なく殺される……と。
……それはない、と拳骨を軽く落とす。俯いたままの奴に回避する手段はない。
「痛っ!?」
「阿呆め、金を貰ったこの俺が鍛えるのだ。生半可な鬼に殺される程度で放つ訳もないだろう。我が弟子よ、強く生きたければただ今は目の前の鍛錬に励め。
顔も知らぬ者の死に一々落ち込むな」
「そ、そりゃあ心強いですが。半年以上はこうして鍛えているのに未だ呼吸のこの字も使えず……」
更にもう一発。
「痛い!! あの多分師匠小突く感じでやってると思いますがだいぶ痛いんですけれど!?」
「ド阿呆が。確かに呼吸が使えれば身体能力も上がり技の精度も上がる。
だが、その下地には必ず──己の肉体が付いて回るのだ。いくら呼吸が上手くとも体が貧弱では宝の持ち腐れだ」
現に、昔は以前話した異能の鬼の首を落とすのに三回は切る必要があったが……今では一度でよい。
真の呼吸も進化はしたが、それ以上に肉体も鍛え上げた。だからこそ俺は今日この日まで生きているのだ。
呼吸は大事だが、全てではない。
「──では今日は、この話をしよう。
呼吸に頼れず、己の肉体に頼ることでしか窮地を脱することが出来なかった時の話だ」
◆
あくる日の事。鬼狩りとして仕事がないか探していた時のことだ。
俺は無性にナマズが食いたくなり、とある湖の近くにある村を訪れた。
噂では、ここの宿には臭みの全くない……絶品ナマズ料理が出てくるのだという。自分で釣って自分で裁くのもよいが、他人の手で作られた料理とというのも乙なものがある。
普段は野宿で済ませているがそういった時には畳の上で眠るのもよい。そう思い、ついこの間狩った鬼の分の報酬を懐に扉の戸を叩いた。
「すまない、旅のものだが今晩は泊まれるだろうか?」
すると出てきたのは薄紅色の着物の女性。どこか顔色は悪いが、俺を見るとニコリと笑顔を作り暖かく出迎えてくれた。
簡単に予算を伝え、これで観光もかねて2泊ほどしたいと伝える。
「あぁご丁寧にありがとうございます。お部屋でしたら勿論大丈夫でございますが」
「──それと、こちらではナマズ料理が出ると聞いたのだが……」
宿の外装と娘さんの態度から、これは期待が出来ると胸膨らませていた。
けれど、その料理の名を出すとびくりと肩を割るわし……丁度、今のお前の様に俯いてしまった。
どうやら何かあるようだと残念がるとともに、もしやこれは稼ぎ時ではないか? そう思い尋ねる。
「……実は──」
しばらく悩むそぶりをみせたあと、女性はポツポツと少しずつ話をし出した。
だが……しばらく聞いている内に、つい話の流れを塞ぐように言葉がこぼれてしまった。
「湖に河童?」
「……はい。普段ナマズを卸してくれいただける釣り師さんたちが襲われ……」
頭に皿、鋭い爪に水かきに甲羅。そんな姿形をした化け物が先日現れたそうなのだ。
そうか、鬼がいるというのなら河童もいるものか。そう思った俺は「では河童の首を取って来よう」と言いだした。
「ですので申し訳ありませんがナマズをお出しすることが……はい?」
「その河童がいなくなれば問題ないのだろう。俺は腕には自信がある、ついでにナマズも取って来よう。
……その際には、宿賃をマケていただけるか?」
「は、はいですがそ……その、そういって既に何人か向かわれているのですが……誰も帰ってきてはいないのです」
女性はそう言って俺を引き留めようとしたが問題はない。
上手いナマズ料理の前の腹ごなし、ついでに宿賃も浮くとなれば万々歳だ。そう思い自慢の鉈と、宿に置いてあった釣竿を借り湖へと出かけた。
……今にして思えば、観光という事もあり気が浮ついていた。反省すべき点だな。
「──ここか」
人気のいない、けれど人の手が入っていたのだと分かる湖。波もない水面に蓮の花が浮かび、僅かながら霧も出ている。
水草と、栄養が豊富なことを指し示す大量の藻が水の中を見通せないようにしていた。
そうして、僅かながら水の中を漂う「血の匂い」。人が襲われたとは聞いたが、この匂いからしてかなり近い時点で誰かが食われているのがわかった。
「……」
試しにとそこらで手に入れた瓜を針につけ垂らしてみる。
そうして数十分待ってみる。
けれど、何かがつつく感触こそ来るが一向に食いつかない。よくよく考えてみればこれしきで河童が釣れるわけもないか。
このまま湖の景色を眺めつつ河童を待つのもいいが……いやよくない。
さっさとナマズ料理が食いたいのだ俺は!
そう思い、服を脱いで湖の中へと飛び込んだ。
──えっ!? 河童居るんですよねそこ
あぁ、居るからこそ。人を襲う河童がいるならば陸で待つより水中に行った方が来るかと思ってな。
湖はそれなりに深い。視界は不明瞭で水草が多くかなり泳ぎづらくもあったが……まぁ問題はない。腰に巻き付けておいた鉈で邪魔な草を刈りながら河童を探した。
……ついでに穴の中に隠れていた丸々と太ったナマズを見つけたので手を突っ込み捕まえた。
──素手で?
あぁ。噛まれるといけないからお前もやる時は先に頭を叩き気絶させるといい。
片手で数えきれない程度に捕まえ陸に揚げた。
これで河童が見つからなくともナマズは食えるかと思っていた矢先であった。
──足が何者かに捕まれ、そのまま水底へと引きずり込まれた。
「──っ」
「ヒッヒッヒ……俺の湖で泳いでるなんて肝が据わってらぁ……うまそうだなぁ」
そこに居たのは河童……の様に見える鬼であった。対面した瞬間に気がついた。
なんだ、河童はいないのかと酷く落胆したよ。河童の体ならば干し粉にすれば妙薬、肉は珍味。爪や皿だって金になる。
だが鬼は違う、鬼は倒せば灰となり消えてしまう。金にならない。
──真の呼吸・壱の型 断ち伐り!!
あぁ仕方がない。さっさと切り刻み、日に当てて殺そう。そう思い鉈を振るった。
だがここで、俺は自分が失策したのだと気づかされる。
「っ!? (固……いや、この水が"重い"のか!)」
「痛ぇっー!? なんてなぁ、俺の水の中で切れるわけねえよなぁ? 随分と間抜けな奴だ」
鉈の刃が奴の左腕を切り落とそうと切り込むが途中でその勢いが止まる。
普段ならば水中で活け造りだって作って見せる自信があったが、どうにも河童鬼が操る水は重く、鉈を振るう速度が落ちてしまう。
おかげで以前会った異能の鬼より柔いだろう河童鬼の体を断ち切ることが出来ない。
……加えてここは水の中。力を爆発させるための「真の呼吸」が継続的に出来ない。先ほどは体に残っていた呼気を使ったがそのために潜水時間も減った。
隙をつき、水面に上がろうとして狙うが重い水がそうはさせまいと足を水底にまで沈ませる。
「ケケ、鉈ごときで殺せると思うなよ!」
更に、目の前の河童鬼は腕にめり込んだ鉈を奪い取り、獲物まで無くしてしまう。
まさしく、絶体絶命の危機であった。
──その、書に記させてもいいですか? とても気になります!
お、やる気が戻ってきたか。いい事だ。
それではしっかりと準備するがいい。ことはここから急転直下に進むのだ。
◆
既に技を封じられ武器も失い、放ってももうじき酸欠で溺れる身──ちなみにあとどれほど水に潜れたのでしょう? 四半刻……結構余裕じゃありませんか? 当時なら半刻いけるって……。え、えーととにかく追い詰められていました。
──けれど、男は諦めません。それこそが真の呼吸の使い手であり、あまたの強力な鬼を太陽の下消滅させてきた……鬼狩りである真柱の若き姿なのですから当然です。
対する河童鬼は既に勝ったといわんばかりに、男の体を見て舌なめずりをします。
さて……男──師匠は一体ここからどうやって勝利を収めたのでしょうか。
「まずはその太もッ──」
笑う鬼に対し、男が繰り出したのは……拳? 水底にあった小石を握りしめたと。
それも動きが制限されぬよう最小限の動きにとどめ顎を狙った?
……それで? 鬼の脳を揺らし気を失わせたら水の重さが消えたのでそのまま陸に打ちあげ八つ裂きに……?
その後はナマズ料理に舌鼓を打って大変満足したと……。
「鍛え抜いた体がなければ無理なことであった。このように、例え呼吸できなくとも、その時に出来る事を探し実践できる肉体を思考力を養っている必要があるのだ。
……どうした? 筆が止まっているが」
……いやその、鬼の脳天揺らす拳って……師匠の剣速が落ちるレベルに重い水の中でって……もうちょっとこう、奇想天外な発想とかでどうにかしたのかなって……。
それ多分、普通の人にできないって言うか……無理だと思います。
「無理だと思うから無理なのだ。人は無駄な動きさえそぎ落とせば、いくらでも無理が可能になる。
──腕の腫れも引いたようだな、よし今日は水の中で足に巻いた紐を切る鍛錬をするとしよう」
あっ、そのい、いきなり腕が痛くなってきたなーって……駄目ですか?
ちょ、その紐の量なんです!? 明らかに束の単位使うレベルですよね!! それ巻き付けて沈めるんですか!?
「安心しろ、今のお前が限界まで頑張れば達することのできる難易度にしている」
無理、助けて! この鬼!
殺される、柱になる前とか名もない鬼にやられるとかじゃなく──師匠に殺される!
アンタそもそも呼吸法使わず鬼倒しているからその筋力を元に考えている節がありますよね!!
継子が何も継げず死にますからやめて!!
鬼!って言われて怒らないタイプの柱(代理)
~オリキャラ紹介~
・真柱くん
前回のあとがきで間違えて深柱と表記してしまった。
鬼を斃す途中で拾った刀とか金品をこっそりいただいている。
しばらく保管し誰も探してなかったら自分のものにする。多分鬼狩りの刀とか混ざってる気がするけれど本人は刀は使わないそう。
ちなみに色変わりの刀を持たせると淡い緑色になるそう。
・真継子くんちゃん
刀が折れてしまったので師匠から鈍らと評されたものをいただいた。
所詮は消耗品よ……
手に汗握る戦いが幕を開けるかと思ったら何も始まらなかった。
訴訟。
・河童鬼くん
重い水で敵を上に上げずに溺死させる。水の呼吸の使い手とかでもないと何気にキツイ。
けれど真の呼吸だからしょうがない。
甲羅とかはあるけれど、そこまで固くないスッポンタイプ。