地獄の底のアリス <Alice in the Underground> 作:龍河 神音
ゼルマ=アンチェルは今日も青い空を夢見る。ゼルマ=アンチェルは今日も穏やかな日差しを夢見る。
ヒンノムの谷に落とされアケローン川を越えさせられ,ゼルマは絶望の淵に立たされた。
抱けるものならば希望の一片だけでも抱きたい。叶うならばハルピュイアに己が身を捧げたい。しかしすべて叶わぬ願いなのだ。
今日も悪魔に呼び出される。フレジェトンタへの
叶うのならばマーレボルジェに落ちてしまえ。不快な笑みを浮かべ悪徳に染まる快楽主義者どもに悪鬼どもの鞭を与えたまえ。
ゼルマ=アンチェルだけではない。ゼルマの隣で壊れた笑いを浮かべる少年も,ゼルマの前でゼルマの鎌を凍った眼で眺める少女も,ゼルマの後ろですすり泣く少年も。誰も彼もが悪魔どもに殺意を抱いている。恐怖に身を竦めようとも憤怒は一切失われない。敵わないから従わざるをえない,それだけのこと。叶わないから嘆くことすら忘れ,意思をすべて捨て去って人形となるしかないのだ。
そう,それだけ。ゼルマたちは一生このままこのゲエンナに縛られ続けるだけ。そう思っていた。
ゼルマの周りに人形が増えてきた。ゼルマも人形になりかけていた。既に心と躰は乖離していた。想うことに苦労し哀しむことに苦労し悼むことに苦労する。無感動に無感情に己の腕は動くのに,心を動かすことは難行と化していた。
諦めれば楽になれる。それでもなぜかゼルマは感情をすべて捨て去ることは出来なかった。生来の気性だろうか。如何なる奇跡だろうか。苦しむことは理解っていたのに,ゼルマは苦しみを自ら受け入れていた。
人間であることを辞められない少女がいた。悪鬼は嘲笑って人形に鎌を渡した。
人間であることを辞められない少年がいた。悪鬼は嘲笑って人形に斧を渡した。
人間であることを辞められない少女がいた。悪鬼は嗤ってゼルマに鉈を渡した。
人間であることを辞められない少年がいた。悪鬼は嗤ってゼルマに銃を渡した。
人形は無感動に鎌を振り下ろす。人形は無感情に斧を振り下ろす。
ゼルマは無感動になれなかった。無感動を装いつつもどこか違和感を抱いていた。あるいはありもしない罪悪感か。わずかに残った善性の発露か。それでもゼルマは処刑を執行する。
あるとき,ゼルマは気づいた。腑抜けた悪鬼どもの油断傲慢慢心驕心。警戒は無いわけではない。武器は携えている。それでも悪鬼はゼルマを人形と確信し,己が玩具を宛ら己が身のように扱っていると過信している。
殺せる。
それは確信だった。彼らの抵抗は無意味に終わる。無為に無価値に無惨に無用な無駄として彼らは地獄に打ち棄てられる。慈悲などありはせず,断罪は一切の躊躇いなく履行される。
人形を閉じ込める牢獄はスティージュの沼となった。悪鬼どもは人間だった。不死の怪物ではなかった。抵抗する
笑え。嗤え。哂え。腐れた糞尿どもの断末魔に幸あれ。
穏やかな光に目を擦る。窓から覗くのは雲一つない青空,今日もいい天気だ。
少女は大きく背伸びをする。こんなにもいい天気なのだから少女の心も晴れやかに違いない。
少女は笑う。無垢に無邪気に輝かんばかりに笑う。大輪の花が咲いたかのように,空に浮かぶ太陽のように晴れやかに
Zelma slaughtered sinners.
I won't write a sequel.