インフィニット・ストラトス ファントム   作:OLAP

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第119話

「ん……んん」

 

クロエは目が覚めた。

 

眼前には見知らぬ天井、そして清潔感のあるベッド。此処がどこなのか全くわからない。意識を失う前の最後の記憶は誰かから攻撃を受けて、ゼロに抱きしめられた記憶。

 

「……」

 

そういった雰囲気ではなかったとはいえ、クロエは男性からあんなに強く抱きしめられ感情をぶつけられたのは初めての経験だった。

 

「…………!」

 

クロエの体のウチが思わず熱くなり、彼女の顔は茹でダコの様に真っ赤になってしまう。

 

「……よう、起きたか」

 

声がした。

 

彼女はベッドの上で仰向けになったまま、首だけを動かして声の主を見た。

 

そこにいたのはゼロ、疲労しているのかいつもの覇気は何処かへいってしまっている。

 

ISスーツから亡国機業の制服に着替えている。平然としてはいるが、制服の奥には肉体を治療する為に様々な治療具をつけてある。

 

「……ここは、何処なのですか?」

 

「束さんのラボ兼潜水艦だ。蒼天を運搬する為にすぐ近くまできていたからな。利用させてもらったよ……………大変だったんだぜ、お前の治療」

 

「……そうですか、ありがとうございます」

 

クロエはベッドのリクライニング機能を使って、ベッドをへの字型に折り曲げ座る。

 

「他の皆は……」

 

この場所は治療室のようだが、彼女の仲間の姿は一切見当たらない。他の場所にいるのだろうか、それとも別の場所にいるのだろうか。

 

「死んだし、殺した」

 

答えはこの世の何処にもいない、だ。

 

「……そう、ですか…………結局、私だけが生き残ってしまったのですね。自分の生きる意味を知ろうとして、仲間をまきこみ、束様を殺して………それで、それで、私だけが生き残った」

 

クロエは震える両手を自身の顔に押し付けた。

 

激しい後悔と懺悔の念が彼女の体に襲いかかる。自分のせいで、仲間を恩人を殺してしまった。

 

「私はどうすれば良い……私は何故生きてる」

 

「…………」

 

彼女はゼロが少しでも目を離せば今すぐに自殺をしてしまいそうになるほど精神が弱り切っている。

 

だからこそ、今の彼女には生きる支えになる何かが必要である。

 

「テメエ、死のうと考えてないか?」

 

「それの何が悪いのですか!?そうでもしないと私の罪は償われない。死という贖罪しかないんです」

 

クロエは声を荒げた。今の彼女に冷静な判断をする能力はない。

 

「やっぱ馬鹿だ。死は贖罪じゃねえ、逃げなんだよ。テメエの仲間はテメエを生かす為に死んでいったんだよ、それなのにテメエが死のうとしてどうする。それはテメエの仲間の気持ちを無駄にすることになるぞ、それに束さんの想いも」

 

「束様の…………想い」

 

「あの人はお前を恨んではいない」

 

「そんな事、わかるはずがない!あの方は私が殺したんだ」

 

「わかるんだよ。ほら、見てみろ」

 

ゼロが部屋に備え付けられたモニターを指差した。その画面には何も映っておらずクロエは何故指したのかよくわかっていない。

 

「……何が──」

 

「ヤッホー!進化した皆のアイドル、篠ノ之束だ──」

 

ゼロはリモコンを使って無言でモニターを消した。

 

「……今のは?」

 

「何も見なかった。オーケー?」

 

「………はい」

 

有無を言わさぬ強烈な圧力がかけられた。クロエは素直にはいというしかなかった。

 

「ちょっと、ちょっと!いっくん酷いよ!」

 

画面が点灯して再び電脳妖精に変化した篠ノ之束が姿を表した。

 

「人が真面目に話をしている時は空気を読んでください。俺でもこんな時は巫山戯ませんよ。終わった後は巫山戯ますが」

 

「束さんにシリアスは似合わない!!」

 

何故か妙に喧嘩腰の二人、そして二人を見てオロオロと戸惑うと同時に画面に映る束の姿に驚いているクロエ。

 

正直言って後一人冷静な人間が欲しい所だ。

 

「あ……あの、これはどういう……事、なのですか?」

 

「あ?この人生きてた?生きてんの?生きてるって言っていいの?」

 

ゼロは説明を行おうとしているが、何という風に説明をすれば良いのか上手くわかっていない。

 

「束さんはISコアに宿る意識、電脳妖精と同じ存在になれたのだ。流石束、超天才」

 

「生きてねえけど、イキッてはいるな。うん」

 

「いっくん、少し束さんに対する当たり強くない?束さんも傷つくんだよ。意外にも」

 

「そんな事はいいですから、早く伝えたい事伝えてください」

 

ゼロはクロエを親指で指差しながら束を促す。

 

「くーちゃん」

 

優しい声音で束は画面越しにクロエに声をかけた。その声には一切の怒りが込められていない。

 

「………束さま」

 

自分が殺した人間が目の間にいる。そして同時にこの世で自分を救ってくれた人間でもある。

 

クロエの体が緊張で硬直してしまう。

 

「くーちゃん、私は今回の事を怒ってはいません」

 

「……………………え?」

 

飛び出したのは予想外の言葉。

 

「……どうして、怒っていないのですか?私は……貴女を」

 

「私には、他人を怒る資格なんてないから」

 

それは悟りを開いたような言葉であった。

 

「この世界が今現在混沌としている原因は私にある。くーちゃんがISコアを埋め込まれたのだって、私がソレを開発しなければこんな事にはならなかった」

 

怒る資格を持たない。

 

それは全ての罪を受け入れる覚悟を背負っていると言っても過言ではない。

 

「くーちゃんが考えて起こした事なんでしょ?自分の生まれた意味を知る為に……だから、生きて。貴女が私を殺したことに罪悪感を覚える必要はないです。代わりに前を向いて生きてください。それが、私の願いです」

 

優しい聖母のような笑みを浮かべる束。今の彼女にはクロエに対する恨みも怒りもない。いや、もともとそんな感情は持っていない。

 

「………ごめんなさい。ごめんなさい」

 

クロエの瞳から涙が零れ落ち、彼女は激しく泣き始めた。嗚咽を漏らし、子供のように己の感情の全てを曝け出す。

 

「良いんだよ、泣いて。今は誰も責めたりしないから」

 

束もゼロもソレを止めることはない。

 

束は優しい声をかけながら、ゼロは腕を組んでクロエを見守っている。

 

「私は、私は!束さまの想いに何も気がつかなかった!」

 

今の彼女にはこの時間が必要なのだ。

 

 

 

 

 

 

「落ち着いたか?」

 

「……………はい」

 

クロエが泣き始めてから数十分後、彼女は漸く泣き止んだ。彼女は涙を流しすぎたのか、目の周りが少しだけ腫れている。

 

「今のこの姿ってさ、案外気に入ってるんだよね。なんか肉体に縛られていない感じがして良い」

 

篠ノ之束が画面の向こうで笑い、ソレを見たクロエもまた少しだけ楽しそうに笑った。

 

「それでよぉ、テメエはこれからどうするつもりだ?行く場所はあるのか?」

 

「……ソレは……ないです」

 

クロエ本人に戸籍は存在していない。試験官ベイビーとして極秘裏に生まれた彼女の存在は世界の闇だけなのだ。

 

今のままでは表の世界に居場所などありはしない。

 

「テメエが良ければ、俺の部下として亡国機業に入るか?俺丁度部下が欲しかったし、入るなら居場所は確保できるぜ」

 

「良いのですか?」

 

「安心しろ、亡国機業は国籍思想宗教性癖に縛られることのないグローバルワイドな団体なのだ」

 

「いえ、そうではなく………私みたいなのがいて良いのでしょうか」

 

「良いだろ」

 

ゼロは迷うことなく即答した。

 

「卑屈になりすぎるな、もっと胸を張って生きろ。お前は束さんに生きろと言われた……なら死ぬ時まで自分に自信を持て。過去は変えられない。でもなあ、だからといってこれから変えることのできる未来を諦めて良い理由にはならないんだよ」

 

この男、真面目なことも言える。

 

「………自信を持って、生きる、ふふっ、そうですか。ならば貴方の言葉を信じてみます。これからよろしくお願いします……ゼロさま」

 

「よろしく頼むぜ、クロエ」

 

二人は硬い握手を交わした。

 

「うんうん。大団円、大団円」

 

画面の奥で篠ノ之束が満足気な表情で頷いている。

 

「まぁ、取り敢えず帰ったらゴメンナサイ、そしてよろしくお願いしますだ」

 

ユックリと握手を解除する二人、そしてゼロは画面に映る束を見た。

 

「すいません、No.1000を奪われてしまいました。俺の実力不足のせいです」

 

「いっくんは自分を責めないで、元はといえば私が作ったものだから……………でも、アレは早く止めなければいけない。アレは間違いなく最凶のコアだから」

 

一つの戦いが今終わった。

 

だがこの戦いは世界を巻き込む巨大な戦禍の始まりにすぎない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「時はやがて満ちる。同志達よその時の為に備えよ。世界はやがて我らを知るであろう、自分たちが排斥した生命の強さを、そしてこれからの世を統べる王の事を。同志達よ、戦え。我らが理想郷の為に!!」

 




これで第二章は終わりです。

次回から最終章を始める予定です。

いやぁ、長かった。
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